2005年07月12日

偽善者が得をする世界

アフリカ支援を訴えるライブ8について先日書きましたが、そのコメント欄で、主宰者のボブ・ゲルドフがノーベル平和賞にノミネートされたことを伝えている方がいました。

ゲルドフがノミネートされるのは、20年前にバンドエイドを主宰した時に続いて2回目です。ノミネートされたからといって、受賞すると決まったわけではありません。特に今回のライブ8については、欧米では左右両陣営から偽善だと叩かれ気味です。しかし、偽善者がノーベル賞を受けるのはおかしい!と思っている方がいるとすれば、それは間違いです。

理工系のノーベル賞の信頼度はわかりませんが、人文系のノーベル賞の選考基準はかなり疑問といわざるを得ません。特に平和賞は、時折とんでもなく誤ったメッセージを世界に送ることがあります。

その象徴は、1992年にノーベル平和賞を受賞した、グアテマラ先住民のリゴベルタ・メンチュウです。

彼女は80年代に「私の名はリゴベルタ・メンチュウ」という自伝を発表し、先住民族の人権活動家として一躍世界に認知されました。

貧しく学校にも行けず、白人地主に虐げられた悲惨な少女時代を描いて、先住民族の差別を世に問うたその自伝のヒットにより、彼女はリゴベルタ・メンチュウ基金を設立し、世界の被差別民の代表ともいえる地位を手にしました。自伝が出版されなければ、彼女は埋もれたままだったでしょう。

ところが、ノーベル賞受賞後に、本の内容に多くの嘘が含まれていることが暴露されたのです。実際の彼女は地主の娘で、教育もきちんと受けていました。

批判されたメンチュウは当初、人種差別的な意図に基づいた言いがかりだと反論しましたが、それが通らないとなると、今度はインタビューをもとに本を書き起こした作家による脚色だと主張し始めました。ところがインタビューの内容を再確認すると、脚色はありません。最後には彼女は「あれは私の本ではない」と開き直ってしまいました。要するに彼女は、自分の政治目的を達成するために、過去をねつ造していたのです。

自伝のねつ造を指摘されたノーベル財団はどう対応したのでしょうか。平和賞の剥奪?とんでもありません。人権活動家としてブレークするきっかけとなった自伝の内容に嘘があっても、その後の彼女の活動は平和賞に値するものであり、問題はないとしたのです。

嘘つきでも、その志が正しければノーベル賞はもらえるということです。正直者はバカを見ると言うことです。

人権活動家として成功したかったら、嘘でもなんでもついて犠牲者を演じ、同情を集めて金と名声を手にし、権力者の非道について大声で叫べばいいのです。それが、リゴベルタ・メンチュウ騒動に見るノーベル賞スタンダードです。ボブ・ゲルドフやボノが受賞しても、全くおかしくありません。




さて、そんなライブ8ですが、ホワイトバンドを買う買わないはともかく、出演者の顔ぶれはそうそうたるものでした。見逃してしまった方は、こちらのページに主要アクトがまとめてありますので、心ゆくまでお楽しみ下さい。

小泉やブッシュの顔をバックに演奏するビッグアーティストたちの姿は、相当シュールです。

banner_03.gif