2005年08月30日

パースペクティブ

シンディ・シーハンさんを知っているでしょうか?

ここ最近、日本では選挙報道以外のニュースを伝える余地はほとんどありませんので、大きく取り上げられることはありませんが、アメリカでは大変な有名人です。

イラク戦争で息子を失ったシーハンさんは、ブッシュ大統領との面会を求めて、今月6日から、テキサス州にあるブッシュ大統領の牧場の脇でキャンプ生活を続けています。これが報道されると、シーハンさんに賛同する市民たちが続々と声を上げ始め、シーハンさんは、一躍イラク反戦運動のシンボル的存在になりました。

評論家の立花隆さんは、日経のコラム「全米にイラク反戦のうねり、キャンプ・ケーシーに注目!」で、次のように述べています。

全米各地に次々に設置された、シーハンさんの抗議運動を支援する、「キャンプ・シーハン」(彼女はブッシュ大統領に徹夜で抗議するために、ブッシュ牧場のすぐ隣の土地にキャンプを張った)、「キャンプ・ケーシー」(ケーシーは死んだ息子の名前。シーハンさんは自分のキャンプにそう名前を付けていた)が、イラク反戦運動の核となって、ここ数日、全米各地で、シーハンさんを支援して、イラク戦争に反対するデモや集会が行われている。それがメディアに大きく取り上げられたので、このままいくと、イラク反戦運動がベトナム反戦運動のように大きく広がり、アメリカの政治に大きな転機をもたらす可能性がある。

かつてニクソン大統領が悲劇的な退陣を強いられた最大の背景は、ベトナム反戦運動の燎原の火のような広がりだったが、ブッシュ大統領も、このままいくと、同じような運命をたどる可能性がある。

イラク戦争をベトナム戦争に例える声は、イラク戦争開戦直後から良く聞かれてきましたが、これまでは、ベトナム戦争の時見られたような、草の根からの反戦運動が盛り上がることはありませんでした。しかし、「息子を失った母親が大統領の家の近くでキャンプを張る」というイメージはシンプルかつ強烈で、反戦気運に火を付けるのに十分です。イラク戦争に反対する人たちが、「いよいよベトナム化」だと、色めき立つ気持ちは良くわかります。

シーハンさんのような「象徴」の存在は、何よりメディアにとっては重要です。

最近ブッシュ大統領の支持率が就任以来最低の40パーセントに下がったのですが、それをテレビで伝えても、あまりニュースになりません。むしろイラク戦争開戦直後に記録的な高支持率を記録して以降、あまりに頻繁に支持率低下が伝えられ過ぎて、むしろ40%でも高いと思えてしまうほどです。

しかしここにシーハンさんのエピソードが加わると、支持率低下のニュースが持つ印象は一変します。亡き息子への想いから平和を訴える母親と、彼女を支持して集まった市民のイメージは、泥沼化するイラク情勢と、急激に支持を失うブッシュ政権を強烈に印象づけます。そもそも大メディアは基本的に左を向いているので、こうしたエピソードにはよだれを垂らして飛びつきます。

シンディ・シーハンさんのキャンプ生活が長く続けば、自衛隊の撤退問題と絡めて、今後日本でも頻繁に取り上げられるようになるはずです。

ところで、上に紹介した立花さんのコラムは、シーハンさんの抗議運動を全米に広めた要因としてインターネットに注目し、イラク戦争反戦運動におけるインターネットの役割について述べます。

アメリカにおけるベトナム反戦運動の高まりは、テレビというメディアが戦場の生の現実を毎日アメリカの家庭の茶の間に送り届けたことによってもたらされたといわれているが、イラク戦争の反対運動の広がりは、おそらく後年、インターネットによってもたらされたといわれるようになるのではないか。

テレビなどのマスコミ情報は、結局大きな動きと平均的な動静しか伝えることができないが、インターネットというメディアは、あくまで個の情報を伝えつづけることができるので(戦場の恐るべき現実、イラク戦争の無意味さを伝える兵士たちの心情的Eメールがどんどん転送されて広がっていく効果も大きい)、それだけ個別情報の届く対象は限られるが、個人個人に対するエモーショナルな働きかけの強さも確保されるので、個のエモーションの集積がパワーとなる個人参加型の社会運動の起爆剤となっていく可能性が大きい。


これからはネットの力が社会の意見形成に影響を持つようになるのは間違いありません。しかしそれは、立花さんが言うように、反戦運動を加速させる方向に作用するとは限りません。

あるアメリカのブログに、次の写真が紹介されていました。「キャンプ・ケーシー」に作られた戦死者の十字架に祈りを捧げるシーハンさんとその支持者たちです。見る者を神妙にさせる写真です。

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しかしそのブログでは、この写真の次に、同じシーンをロングショットでとらえた写真を掲載しています。シーハンさんたちを取り囲むカメラは、「シンディ・シーハン現象」の正体を何よりも雄弁に物語っています。

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上の2枚の写真を見ていると、パースペクティブという言葉を思い浮かべずにいられません。パースペクティブとは、絵画の遠近法、事物を立体的に描く時に必要とされる技法のことですが、正しい観点という意味にも使われます。なぜかと言えば、奥行きのある風景を描くには、一つの視点ではなく、二つの視点が必要とされるからで、正しい観点を持つには、複数の視点が必要だからです。

かつてぼくたちの見方は、大衆を教え導く使命に燃えた、大メディアというインテリの視点に規定されてきました。しかしこれからは違います。インターネットというメディアは、「結局大きな動きと平均的な動静しか伝えることができない」マスコミ情報に生き生きとした色彩を与えるだけでなく、マスコミ情報を疑い、パースペクティブを持つための「もう一つの眼」を、ぼくたちに与えたのです。



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2005年08月28日

少子化は災難か?

今年上半期の死亡者数が出生者数を超え、日本の人口がついに減り始めました。少子化による人口減少は、日本が抱える大きな問題です。

今回の選挙でも、多くの政治家が少子化対策を課題にあげています。「高齢化は防げないが、少子化は防げる」というわけで、子供を増やすことで高齢化に対処しようという声も多く聞かれます。しかし、子供を産んでも損しないようにインセンティブを与えれば、子供は増えるものでしょうか?

考えても見て下さい。仮に毎年100万人ずつ人口が増えていくと、日本の人口は80年後には2億、180年後には3億人を突破します。人口が増え続けるということは、遅かれ早かれそうなるということで、日本の国土にそれだけ多くの人が住めるとはとても思えません。

そうでもなくても日本は山岳地帯が多いので、居住可能面積は国土の3割程度に過ぎず、実際の人口密度はドイツの5倍、フランスの8倍にもなります。限られたスペースに住める人間の数はどこかで飽和すると考えなら、1億2千8百万人という人口はすでに限界を超えており、減り始めるのはむしろ自然ではないでしょうか。

ぼくの実家は今の「さいたま市」で、大学生の時は埼京線で都心に通学していたのですが、8時50分からの講義がある時は憂鬱でした。朝が苦手ということもありますが、それ以上に、殺人的な通勤ラッシュに耐えられなかったからです。ある時うっかり電車の立ち位置を間違えて、本当に背骨が折れるかという姿勢で30分くらい耐え続けたことがありました。新宿でホームに出た時は無性に怒りがこみ上げてきて、うずくまって世の中を罵ったものです。その時ぼくは、毎日こんな目に遭う生活は絶対にしないと誓いました。

その誓い通り、まわりから後ろ指を指されつつも、ぼくは勤め人にはなりませんでした。今しているフリーのテレビディレクターという仕事は、もちろん担当する番組にもよりますが、仕事時間はひどく不規則です。しかし逆にラッシュ時間に移動することはほとんどありませんし、休みもたいてい平日です。フリーランスなど所詮はフリーターで、収入は安定しませんし将来の保証もありませんが、人混みを避けられるというのは、何よりの贅沢だと感じています。

しかしそれでも時々ラッシュにかち合わせると、慣れていないだけに激しくダメージを受けます。先日もうっかり祝日であることを忘れて、近くのメガマーケットに行ったら、普段は車で10分で着くところが1時間近くかかり、駐車場に止めるのに30分かかり、店内に入れば自由に移動できず、レジでは延々と待たされ、帰りは再び渋滞と、へとへとに疲れてしまいました。

でもまわりの人たちは落ち着いたもので、そういう混雑を普通の状況として受け入れています。彼らはラッシュ時間に通勤し、休日は人混みの中でショッピングを楽しみ、レジャーに行くことに慣れているようです。そういう人たちに対して、ぼくは皮肉ではなく心から感心します。大人も子供も、ぼくには出来ない苦行に涼しい顔で耐える様子を見ていると、同じ日本人として切ない気持ちになります。

しかし、人混みに慣れていないぼくから見れば、そうした生活はやはり異常です。家にいても外に出ても他人との隙間が取れず、常に社会性を求められるような生活が、明日への希望を生むとはとても思えません。この国には人が多すぎます。

ですから、インセンティブを与えることで少子化を解決し、高齢化に対処しようという声には、違和感を感じるのです。子供を作らない理由は、個人の事情よりも、集団としての危機感が一人一人に働きかけ、小作りにブレーキをかけているように思えてなりません。給料が安すぎたり、夫婦共働きで子供が育てられないカップルに多少のインセンティブを与えたところで、ほいほい子供を作り始めるとは思えません。

もちろんそうした対策はある程度は必要ですが、それよりも、まず人口減を避けられないこととして受け入れ、高齢化社会に合った社会のシステムを整えること。そして急激な人口減を食い止めるのであれば、対症療法的に子供を増やそうとするよりも、時間とスペースをバーチャルに広げることで、個々の生活空間にゆとりを持たせることの方が大事だと思います。

例えばネットを活用した在宅勤務を国レベルで奨励して、会社に行く日を減らせば、通勤ラッシュは緩和されて、田舎で暮らしながら都心で働くことも可能になります。地下鉄を24時間動かして、夜遊びの時間を深夜にずらさせれば、フレックスタイムの幅はさらに広がります。

休日も、土日に仕事することで平日に休むことを奨励します。小中学校も、年に何回か土日に授業をして、学校ごとに休日を平日に振り替えるようにすれば、親子でのんびりレジャーに行けるようになります。

そうやって個々の生活の隙間を広げ、生活のゆとりを作るようにすれば、自然に子供は増えるような気がします。今のまま、ただインセンティブを与えて無理に子供を作らせても、生まれてきた子供は決して幸せになれるとは思えませんし、社会が荒れてしまうだけのような気がします。

子供の頃、大きな鳥小屋を造ってそこにインコを飼っていたことがあります。最初は4羽くらいだったのですが、ねずみ算式に増え続けて、すぐに小屋は一杯になってしまいました。ところがある時点からぴたりと増えなくなりました。ひどいケンカをして殺し合ったり、生まれた子供をつつき殺したりして、むしろ数が減り始めたのです。人も同様で、限られたスペースに集中し過ぎれば、人心が荒れて、何らかの形で小作りにストップがかかるのは当然だと思います。

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2005年08月26日

役目を終えた政治家

政治ジャーナリストの島信彦という人は、TBSの御用評論家で、良くも悪しくも優等生的で、波風の立たない発言をする、極めてテレビ向きの人です。

しかし、昨日、今日とTBSの朝番組を見ていたら、珍しく引っかかりのある発言をしていてアレッと思いました。それは今回の選挙の結果予想についてです。多くの評論家は、現時点では自民が大きくリードしているが、この先どう動くか読めないとして、判断を留保しています。しかしそんな中嶌さんともあろう人が、自公、民主ともに過半数を取れず、政局が混沌とすると予想、あるいはそう希望しているような発言を端々に繰り返すのです。

「自公、民主ともに過半数が取れなければ、大きな政界再編が起きて面白くなる」と彼は言います。第三者として端から見ている分には確かに面白いかもしれません。しかし日本にとっては最悪のシナリオです。短期的には日本売りで、株価は下落して景気は落ち込みます。それが日本の政治が前に進むために避けられない犠牲であるのならいいでしょう。しかしそうなるとは思えません。なぜなら、自公、民主ともに過半数を取れない政局混乱で主導権を握るのは、小沢一郎だからです。

小沢さんという人は、保守かと思えば極めてリベラルな発言をしたり、どんな政治理念を持っているのかよく分からない人です。ここ十数年来、常に変わらない彼の行動原理は自民党を倒すというただそれだけで、倒した後にどんな政治をするかは二の次です。右だろうと左だろうと誰とでも合従連衡します。

彼が十数年前に自民党を飛び出したときはそれでも良かったと思います。当時の自民党はすでに役割を終えた恐竜で、まず自民党を壊さなければ何も始まりませんでした。しかし今はどうでしょうか?かつてのように地方利権の調整集団ではなく、自由主義を奉じる保守政党という、理念と政策を前面に打ち出した政党に脱皮しつつあります。

それなのに小沢さんは、いまだに自民党を壊すことだけにこだわり、理念や政策を度外視した合従連衡を目指しているように見えます。かつて彼が倒そうとした自民党は時代遅れの恐竜でしたが、今は彼自身が恐竜です。折角本当の政党政治が始まる気配を見せているのに、彼が目指しているのは、ただ権力を巡って離合を繰り返す、昔ながらの永田町の政治なのです。

自民党を追い出された造反議員たちは、やむなく新党を作ったりしています。巷では選挙互助会などと呼ばれていますが、ぼくは「国民新党」は悪くないと感じています。(現実的な)大きな政府を目指す保守政党というのは、存在意義があります。それなのに、恐らく小沢さんの暗躍もあり、新党「日本」などという奇妙な政党ができてしまったことは本当に残念です。

彼らが「国民新党」のもとに集えば、「優しい日本的な政治」を求める層に支持されて、公明党くらいの規模を持つ政党になれるはずです。小さな政府を奉じる保守である自民党と、(現実的な)大きな政府を奉じるリベラルである民主党の間に立ち、政策を巡ってケースバイケースでどちらかと連立を組むという構図は、ドイツの政党分布にも似て、極めて魅力的です。

しかし、小沢さんがいる限りダメです。彼が力を持っている限り、自民が勝とうが、民主が勝とうが、理念と政策で競い合う政党政治は完成しません。特に勢力が拮抗した場合、せっかく成分が分離しようとしているところをまたミキサーでかき回されて、マスコミ好みの「永田町劇場」に逆戻りです。

その意味では、嶌さんのような典型的なマスコミ評論家が小沢さんに期待するのは尤もです。しかし今の日本に、そんな内向きの権力闘争を楽しんでいる余裕はありません。今一番いらない政治家は、小沢一郎だとぼくは思います。

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2005年08月25日

勝ち組のための改革

今回の選挙で、小泉さんの改革を、勝ち組の横暴という人がいます。勝ち組が勝ち組の論理で勝ち組のための改革をして、負け組を切り捨てるというわけです。自民党の「落下傘候補」が大抵女性エリートであることや、堀江さんの登場がそのイメージを強くしていますが、一理あると思います。

政府を小さくして規制を撤廃し、民間の競争力で勝負する自由経済は、確かに弱肉強食の世界です。福祉は縮小され、弱者にはつらい時代になります。何から何まで良いことずくめというわけにはいきません。

小泉自民党を攻撃するなら、民主党や造反議員たちはもっとはっきりこのことを訴えればいいのですが、今ひとつ強く出られないのは、日本のおかれた現状からして、彼らも小さな政府を目指さざるを得ないからです。「負け組」に優しい政治を訴えたところで、それが難しいことを良く知っているのです。

ですから、自民党も民主党も同じ穴のムジナだという、共産党や社民党の主張はもっともです。彼らはとても正直ですが、ただそれは反対党と自認しているからこそできることで、もし万が一政権についたら180度政策を転換するか、さもなくば日本は沈没します。

さて、では自民も民主も同じであれば、どちらを選んでも同じかといえば、まるで違います。民主党に改革はできません。大きな政府を小さくするのに痛みは避けられず、口で言うのと実行するのでは全く違うからです。党内に社民勢力を抱えた民主党には、日本を改革する前にまず党内改革をしないと、肉を切らせて骨を切るような根本的な改革は実行できません。

民主党や造反議員たちは、「議論を尽くしてすべての国民が納得するような法案を作ればいい」と良く言いますが、重大な案件を巡ってそんな法案はあり得ません。そんなことを言うのは、改革者でありつつ弱者の味方でありたいという口先だけの無責任、何もしないと言っているのと同じことです。そうしたセリフこそ、まさに彼らに改革ができないことの証明です。

日本同様に構造改革を迫られている国として、ドイツがあげられます。福祉国家を追求してきたドイツでは、日本を遙かにしのぐ深刻な経済停滞ぶりで、1930年代以来の高失業率に喘いでいます。シュレーダー現首相は構造改革をあげて政権につきましたが、何しろ彼は社民党です。大きな政府の夢を捨てきれずに改革は思い切りを欠き、追いつめられて弱者に犠牲を強いる改革を断行しようとすれば党内の反発を浴びるわで、ほとんど前に進みませんでした。日本で総選挙が行われる一週間後に行われる連邦選挙で、社民政権の退陣は必至と見られています。痛みを伴う大改革に、中途半端はないのです。

ところで、勝ち組、負け組という表現を使って構造改革を語るのは、確かにある面正しいのですが、誤解を生みやすい表現でもあります。ここでいう勝ち組、負け組とはそもそもどういう人のことを指すのか、人によってイメージするものが違うからです。

自由経済における勝ち組とは、必ずしも今現在社会で成功している人のことではありません。社会を切り開いていこうという気概、能力を持つ人のこと、勝ち組になりたいという意欲を持つ人のことを指します。

国家の力を小さくすることで福祉は後退し、一人一人の自助努力が求められる厳しい社会になります。しかしその一方で、国の保護の下、既得権益にしがみついて利益を上げている人たちもまた、自由競争の波にさらされて淘汰されていくことになります。自由経済は、弱者だけでなく強者にも厳しいのです。

それは、弱者に優しい大きな政府を支持する人たちがどんな人たちかを見ればわかります。そうした勢力は、社会の中流以下よりも、むしろ社会のエリートと言われる人たち、特に親の代から裕福だった人たちの間に多く見られます。彼らが弱者に優しくあろうというのは、心理的な負い目であるとともに、自己保身の本能が働いていると見て間違いないでしょう。

国のお金で弱者を保護することは、一見人道的なようでいて、実は大抵の場合弱者を弱者として固定化し、社会の階層を硬直化させる作用があるのです。

日本の社会に大変動をもたらした戦争から60年。大きな政府に保護されてきた日本の社会は、想像以上に硬直化しています。どの世界を見ても二世、三世ばかりで、それはそれで結構なことですが、そろそろシャッフルして、活力を取り戻すべき時が来ています。

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2005年08月23日

「マスコミ時代」の終焉

新党「日本」はおかしな集団です。自民党を愛してやまないという「自民党守旧派」の党員に、党首は民主党のシンパでリベラル臭漂う田中康夫。そして党の名前は「ニッポン」という愛国的な名前。どんな理由をつけようと、ハチャメチャです。

しかし見方を変えれば、この奇妙な新党こそ、今回の選挙を象徴しているように思います。

今回の選挙の最大の争点は、郵政改革を巡る「小さな政府」か「大きな政府」の選択です。しかしそれだけではない、もっと大きな時代のうねりを感じずにはいられません。そのうねりは何なのか、答えはもちろんひとつではありません。しかしひとつの見方として、「『マスコミ時代』の終焉」をあげることができると思います。

今回の選挙を巡って、大マスコミは明らかに戸惑っています。「郵政改革選挙」だと宣言した小泉さんに対して、選挙の争点はそれだけではないと主張しますが、「もっと大事な争点」とは何なのか明確に提示できません。大義のない解散総選挙だと考えるなら、そこを批判すればいいのにそうもしません。有権者のために争点をはっきりさせろと訴えてきたのはマスコミのはずなのに、色々と難癖をつけて、その挙げ句に「わかりにくい選挙だ」などと捨てぜりふを言うコメンテーターもいます。

その結果、華々しい経歴を持つ「刺客」の紹介だとか、造反議員の苦悩ぶりだとか、昔ながらの浪花節でおもしろおかしい表層をなぞるばかりです。しかし、今回の選挙が大きな注目を浴びる理由は、そんな所にはないと思います。マスコミの報道はどこかずれています。

要するにマスコミは、明らかに今回の選挙に対処できていません。そしてその理由は、マスコミと政治、国民の関係が、根本的に変化しつつあることにあるのではないでしょうか。

55年体制の崩壊後、いや恐らく80年代半ばから、日本の政治を動かしてきたのは政治家ではなく、マスコミだったと言えます。各政党はマスコミの用意した土俵の上に乗り、有権者の歓心を得ようとしてきました。日本新党、マドンナブーム、菅直人、田中真紀子、そして小泉純一郎。マスコミはその時々の主役を作り、政治家はマスコミ受けを狙って奔走してきました。

しかし、そうしたマスコミが作った偶像の最たるものだった小泉純一郎はマスコミの操り人形ではありませんでした。大マスコミにより権力を授かった彼は、マスコミの作った土俵に乗ろうとせず、自分で勝手に土俵を作ってしまったのです。

過去20年近く、自分の土俵で政治家に相撲を取らせてきたマスコミです。混乱するのも無理はありません。しかし反乱者を処罰したくても、世論は自分たちの操作するように動いてくれません。日本の社会は、かつてマスコミの意のままに動いた頃とは違うのです。

衆院解散直後、今回の解散を何と呼ぶかが話題になりました。反小泉派の政治家や評論家たちは、「自爆テロ解散」だの「干からびたチーズ解散」だの「わがまま解散」だの「だだっ子解散」だの、ここぞとばかりにおもしろおかしいキャッチフレーズをいろいろと考え出しました。どれもこれも、マスコミ受けを狙った言葉です。ところがそのどれも時代の感覚に合わず、今では誰も口にしません。

かつてのマスコミの寵児、田中真紀子さんは、いまだに意気盛んで、テレビカメラに追いかけられています。先日テレビで見た講演会では、「頭の悪いおっさん」だとか「ペテン師」だとか、口を極めて小泉さんを罵倒していました。ところが講演会には空席が目立ち、リポートを受けたある評論家は「田中さんの弁舌にはキレがなくなった」というような感想を言っていました。しかし、ぼくが思うに彼女は「マキコ節」が一世を風靡した頃から少しも変わっていません。変わったのは彼女を見る世の中の方です。

小泉自民党に送り込まれた「刺客」たちの態度にも、興味深い現象が見られます。「刺客」たちの中には何人か有名人がいて、マスコミは殊更そのことを指摘しますが、ぼくはむしろ、マスコミに対する彼らの飄々とした態度に注目します。広島から出馬することになった堀江さんは、先日テレビで、「あなたはもっと個性的な人かと思ったが、小泉さんと言うことが一緒で幻滅した」というようなことを言われて責められていました。これは堀江さんだけでなく、他の「刺客」たちも同様で、確かに彼らは一様に、マスコミが期待する「個性的な」発言をしません。しかしそれは個性がないのではなく、マスコミが好む面白い発言をしないだけのことです。彼らはマスコミに迎合する必要性を感じていないように見えます。

マスコミの予想に反して解散を強行し、歴史的な大選挙を「郵政改革選挙」などと面白みのない呼び方をする小泉さんにしろ、おとなしい「刺客」たちにしろ、マスコミのペースに合わせようとせず、自分たちのペースで逆にマスコミを翻弄しています。その一方で、反小泉勢力は、これまで同様大マスコミから得た情報を元に情勢を判断し、大マスコミにおもねる態度を貫いています。そしてその結果、世論調査をするたびに支持率を上げているのは、小泉自民党の方です。

これまでのパターンだと、マスコミが選挙の争点をおもしろおかしく整理し、「重要な選挙だから投票しましょう!」と呼びかけて、それでも投票率は60%程度でした。しかし今回は、マスコミ自身が戸惑っているのに、このままだと80%を超える勢いです。大マスコミは、明らかにかつての影響力を失い、権力の座から転げ落ちようとしているのです。

こうして見ると、田中康夫というマスコミの寵児を中心に集まった奇怪な政治集団は、「マスコミ時代」の断末魔の叫び、マスコミ主導のパフォーマンス政治を凝縮した奇形児と言えます。一部では、新党「日本」に田中真紀子さんの合流も囁かれていますが、さもありなんという感じです。

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2005年08月20日

二つの731部隊

読者のみなさんからたくさんメールを頂いております。励ましのメールや、外国語の習得方法についてのご質問や、各種情報など、本当にありがとうございます。外国語の習得方法についてなど、いずれこのサイト上の記事に反映させていこうと考えています。また、頂いたメールはなるべくお返事を書こうとしているのですが、ひとつ文章を書く度に考え込んでしまうタイプなので、なかなかはかどりません。本当に、本当に申し訳ありません。

さて、ドイツ人の読者の方から、次のようなメールを頂きました。今回はこのメールにお答えしたいと思います。

・・・私は南京事件について聞いたことがあります。ドイツのテレビで、BBCやアメリカで制作されたドキュメンタリーを見ました。すべての状況はとても奇妙で、さまざまな議論の余地があり、とても「やっぱり日本軍がやったんだな」と断定できないと思います。

・・・1、2年前に生物化学兵器に関するドキュメンタリーを見ました。番組は4部構成で、第1部は第一次大戦におけるドイツの化学兵器、第2部は第二次大戦とその後におけるイギリスの生物兵器、第4部はアメリカとロシアの核兵器に焦点を当てていました。その中の第3部は、日本の化学兵器に関するもので、731部隊に焦点を当てていました。

731部隊の司令官:石井四郎
場所:ハルビン近郊
時期:1934年〜1945年
犠牲者:2万3千人〜2万4千人
犠牲者の国籍:ロシア人、中国人、アメリカ、ニュージーランド、オーストラリア等の戦争捕虜

どの国もこうしたことをしているので、この部隊が特別なものだとは思いませんし、日本人は残酷だとか野蛮だとかは思いませんが、このドキュメンタリーは興味深い内容でした。この問題は、日本と中国の間で議論になっていますので、731部隊について調べた所、以下のような情報が出てきました。

http://www.taz.de/pt/2002/08/26/a0139.nf/text
http://de.wikipedia.org/wiki/Einheit_731
http://en.wikipedia.org/wiki/Ishii_Shiro
http://www.asahi-net.or.jp/~rz7t-tcy/gyoseki/presentation/IAB5.html
http://www.abc.net.au/news/newsitems/200508/s1437314.htm
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0060186259/249-0516867-

これらの情報は正しいのでしょうか?あなたの考えを聞かせて下さい。この問題について、ひとつの見方だけをしたくないのです。ですから、731部隊について知っていることを教えて下さい。


731部隊について、彼が指摘したリンク先はすべて英語かドイツ語のページです。以下に、詳細に記述してあるドイツ語版ウィキペディアの内容を簡単に要約します。

石井四郎を長とする731部隊は、生物化学兵器を研究する機関で、中国市民、戦争捕虜を使った人体実験で、3000人の中国人と数百人のロシア人を殺した。また細菌をばらまく実地試験を行い、数千人の中国人を殺した。終戦時、証拠隠滅のため日本軍に爆破された施設からペストに感染した鼠が逃げ出し、2万人が死んだ。731部隊により遺棄された化学兵器は、今日も被害者を出し続けている。石井四郎を始めとする731部隊の高官は、情報提供と引き替えに米軍に特赦された。日本の愛国的歴史家たちは今日まで731部隊の行為を否定しており、多くの日本の教科書はそのことに触れていない。篠塚良雄を始めとする731部隊の元兵士の証言などにより、2002年に東京地裁は初めて731部隊の戦争犯罪を認める判決を下した。


ぼくは、731部隊についてあまり詳しくありません。ですから、個々の事実についてここで論じるのは控えたいと思います。ただ個人的には、731部隊は、相当いかがわしい方法で生物兵器の開発をしていたと考えています。その根拠は、当時の軍事大国として、生物兵器の開発、実験をしないとは考えられないからです。もし日本軍が生物兵器に手を染めていなかったら、逆にあまりに無邪気過ぎます。

しかし、そこから先 ー 人体実験がどのような形で行われ、細菌の散布など実際に行われたのか否かについては、確定した事実はないと思います。731部隊の犯罪を糾弾する学者の主張には、それと同じ分の反論が用意されているからです。

731部隊について考えるときは、学者の間で論争が続いている実在した731部隊と、日本軍の残虐さの象徴として政治的に使われている、イメージとしての731部隊という、二つの731部隊に、分けて考えることが必要だと思います。

イメージとしての731部隊の出発点は、1981年に出版された「悪魔の飽食」(The Devil's Gluttony)という本です。森村誠一という小説家により書かれ、731部隊の残虐ぶりを初めて大々的に世の中に問うたこの三部作は、残酷な描写と証拠写真で社会に衝撃を与えました。その後に書かれた731部隊に関する本の多くは、この本を下敷きにしています。

「悪魔の飽食」は、その後の調査で、この本で紹介された写真のほとんどは偽物であり、その内容のかなりの部分はフィクションだったことが明らかになっています。しかしその衝撃的な内容は日本だけでなく海外にも伝わり、731部隊の悪魔的なイメージは一人歩きしていきます。

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上の写真は、「731部隊によって生体解剖される中国人の犠牲者」というタイトルで世界に流布しているものです。「Unit 731」でグーグルのイメージ検索をすると、この写真がたくさん出てきます。中国では教科書にまで載せられている、731部隊を象徴する写真です。しかしこの写真で解剖されている女性は中国人ですらなく、中国人に虐殺された日本人の検死の様子であることが証明されています。

1987年に制作された「黒い太陽731」(Men Behind the Sun)という香港映画は、「悪魔の飽食」で作られたイメージを元に、日本軍の残虐さを告発した映画ですが、日本人を猟奇的殺人者として描き、ひたすら残虐シーンを連ねただけの、見るに堪えない内容です。

しかし、こうした荒唐無稽な映画ですら、人々のイメージに働きかけ、日本軍の残虐さを補強することに貢献しています。韓国では今月15日に、「黒い太陽731」の映像の一部を、事実としてニュースで放送しました。

というように、イメージとしての731部隊は、学術的な研究と関係ない所で一人歩きし、本や新聞記事で見かける残虐な描写は、たいていこの「偽731部隊」の仕業なのです。

731部隊は、南京虐殺、従軍慰安婦と並んで、日本軍の野蛮さを示す三大テーマの一つです。そのどれも、まったくの作り話しではありません。日本軍は生物化学兵器を開発していましたし、南京では市民を巻き込む市街戦をしましたし、軍人を相手にする売春宿はありました。しかし、事実として確認できるのはそこまでで、そこから先は、語る人、党派によって変わります。

歴史に「was」はなく、「is」しかないと言われますが、今の東アジアにおいては、日本の過去は政治的駆け引きの材料であり、まさに歴史は過去の問題ではなく現在の問題です。「犠牲者」の数は今も刻々と増え続け、日本軍は残虐さを増し続けています。

過去と向き合い謙虚であることと、ただ無闇に謝ることは違います。完全に潔白ではないからこそ、罪を否定するのは後ろめたいですし、まわりから睨まれることになるかもしれません。しかし、いざこざを避けようとする日本政府の曖昧な態度こそが、日本の過去を政治問題にしてしまった最大の理由だと思います。このように誇張された、イメージとしての犯罪を政府レベルで事実と認めて謝罪するようなことは、絶対にすべきではないと考えます。

ドイツの友人のために、みなさんのご意見を歓迎します。

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2005年08月19日

中田英語ベラベラ

サッカーの中田英寿選手が、イングランドのボルトンに移籍しました。テレビ朝日の夕方のニュースでは、記者会見の模様を「中田英語ベラベラ」というタイトルで伝えていました。ニュースとは思えない軟派なタイトルですが、ある意味とても素直です。このニュースで一般の人たちに最も訴えるニュースバリューは、中田が通訳を使わず英語で会見したということにあるからです。

イタリアではイタリア語を話し、イギリスに行けば英語を話し、中田というのはたいした男です。そこらへんのスポーツバカとは違います。中国語を喋る卓球の福原愛ちゃんもそうですが、世界で活躍するアスリートはこうでなくてはいけません。

彼がイタリアでプレーしている頃は、ニュースでイタリア語のインタビューが放送されても、何しろぼくはイタリア語がわからないので、どれだけうまいか判断できませんでした。それで今回は、彼の語学力を確かめてやろうと耳を澄ませて聴いてみました。するとうまいじゃないですか!ややたどたどしいところもありますが、何しろ日本語を喋るときと同じ感じで喋るのがすばらしい。自然体で力が抜けていて、伝えたいことはしっかり無駄なく伝えています。英語のうまい日本人アスリートというと、メジャーリーガーの長谷川滋利投手が有名ですが、良い勝負です。10年近くアメリカにいる長谷川に比べて、中田はイタリアで英語などあまり使わなかったはずですから、すごい語学能力です。

この部分は良く聴いていなかったので少し違うかもしれませんが、記者会見中に、日本人記者が「ぼくたちも英語で質問しなきゃいけませんか?」と日本語で聞いたら、「どこにいるか考えて下さい」とか何とか英語で返事していました。いや何てすごい男なんだ。何て格好いいんだ!

・・・しかし、中田を褒めるつもりでそのことをカミさんに話したら、カミさんは、「何て傲慢なやつだ!」と怒り出しました。

ウチのカミさんは自分の英語力に自信満々なので、妬みではありません。中田の語学力にも感心しています。しかしそれでもやり過ぎだと言います。

言われてみればその通りです。確かにプレーするのはイギリスで、イギリス人記者がメインの記者会見ですから、英語で会見するのは正しいことです。しかし日本人なのだから、日本人の質問には日本語で答えるのが自然ではないでしょうか?イギリス人記者たちだって、それくらい何とも思わないはずです。

それなのに中田をすごいと思ってしまったぼくは、外国にコンプレックスを感じる卑屈な日本人なのかもしれません。

アスリートにしてもビジネスマンにしても、外国で活躍するには語学力は極めて重要で、大きな武器になります。しかし、最も大事なのはその分野における能力で、語学力はそれを生かすための手段に過ぎません。それなのに、外国語を流ちょうに喋っただけですごいと思ってしまうのは、コンプレックスに他なりません。

今日本ハムでプレーしている新庄剛志選手は、アメリカでプレーしている頃、「ぼくは英語を勉強するために来たんじゃないから英語は喋らない!」と宣言していました。それはそれで極端な態度だと思いますが、彼は英語は全然だめだったにもかかわらず、常に笑顔を絶やさないサービス精神旺盛な態度で、チームメイトにもメディアにもファンにも、とても愛されていました。そして彼は、アメリカでも日本にいる時と同じようにのびのびとプレーしていました。

外国語を身につけることは大事ですが、それより大事なことは、外国語をコンプレックスに感じない自信と、言葉など気にせず相手に心を開く態度です。そして逆説的ですが、そういう態度でのぞむと、外国語も自然に早く身に付くものです。外国語なんて、その気になりさえすれば簡単に身に付くのです。

とにかく日本人は、外国語ができる人を無条件にすごいと思ってしまう傾向がありますが、そういう田舎根性は捨てましょう。情けないだけじゃなくて、きっとそれが外国語が苦手な一番の理由です。政治家に必要とされるのは政治力、アスリートに必要とされるのはプレーの実力です。中田が、イングランドのフィールドで評価されることを祈ります。

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2005年08月18日

「アジア」と日本

<1950年代に、イギリス領シンガポールで、貧しいインド移民の子供として育った私は、友人たち共々、生きている間にアジアの世紀がやってくるなどと想像もしていなかった。世界の中心はロンドンであり、道は金で舗装されていると信じていた。インドと中国は出口のない貧困にあえいでいた。しかし今、アジアの世紀は幕を開けた・・・。>


これは、タイム誌(アジア版)の最新号の特集、「モダンアジアの誕生」の巻頭コラムの書き出しです。シンガポールの思想家、キショール・マブバニ氏によるこのコラムは、欧米にひれ伏し、貧困に喘いでいたアジアが、なぜ短期間のうちに驚異的な発展をしたのか、その理由を考察しています。そして、アジアの発展における日本の役割を極めて高く評価しています。以下、日本に関する記述を要約します。

<・・・何世紀にも及ぶヨーロッパの植民地支配は、アジア人に自信を失わせていた。未来のインド人は、私の祖先を含む3億人のインド人が、なぜ10万人にも満たないイギリス人への隷属を受け入れたか不思議に思うだろう。まだ生まれていない世代は、ヨーロッパ人の文化的優越の神話がどれだけ当時のインド人の心に深く刻まれていたかを理解できないだろう。インドの初代首相、ジャワハルラール・ネルーは、1905年に日本がロシアを破ったことで、初めてインドの独立を着想したと語ったことがある。これは注目すべき発言だ。当時のインドの知識人は、アジアの国家である日本がヨーロッパ人を下すまで、自分たちで国を治めようと着想しなかったということなのだ。

第二次大戦における日本の振る舞いひどいものだ。しかし、もし日本が20世紀前半に成功しなかったら、アジアの発展はずっと遅れていただろう。日本がアジアの勃興を促したのだ。日本の過酷な植民地支配を受けた韓国でさえ、日本というお手本がなかったらあれほど早く飛び立てなかっただろう。アジアは日本に感謝状を贈らなければならない。残念なのは、アジアと西洋の間に引き裂かれた日本が、自らのアイデンティティに曖昧でいる間は、そうした感謝の言葉を贈るわけにはいかないということだ。

中国人でさえ日本に感謝すべきだ。第二次大戦中の暴虐行為を再三否定する日本政府の態度は、中国との関係を複雑化させている。しかし、トウ小平が計画経済から自由主義経済へと移行する運命的な決断をしなければ、今の中国はなかった。トウ小平は、台湾、香港、シンガポールで発展する華僑の姿を見て、思い切った決断をするに至ったのだが、この3匹の虎と、4匹目の虎である韓国は、日本に刺激を受けたのだ。日本がアジア太平洋に投げ込んだ石は波紋となり、やがて中国の利益にもなったのだ。>


日本では、中国と朝鮮半島の反日ムードをして、アジア諸国の声とする傾向がありますが、アジアはアジアでも、中韓とその他のアジア諸国を一緒くたにするのは間違いです。

もちろん、東南アジア人はすべて日本の過去に優しいわけではありません。1945年のマニラ戦をはじめ、日本は東南アジアで市民を巻き込んだ残酷な戦いをしています。中韓に劣らず、激しく日本を恨み続けている人たちもいます。

しかし、日露戦争や1942年のシンガポール占領が欧米の植民地下で暮らすアジアの人たちに勇気を与えたのも事実です。アジアの開放を信じて、日本と運命をともした人たちが大勢いたことを忘れるべきではありません。

中国と韓国を明確にそう呼ばず、アジアと呼べば、世界情勢を見誤ります。

それにしても、日本人にアジアの先駆者としての気概を持ち、アジア人との連帯を訴えるマブバニ氏のコラムを読んでいると、複雑な気持ちになります。下の写真は、第二次大戦中に、東南アジアで使われたと思われる冊子の一部です。

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「私たちの大東亜を、私たちの手に返そうと、日本は立ち上がりました。」

こちらのページで紹介している「ダイトウアキョウドウセンゲン」と題するこの冊子は、日本の大義を説明する、アジア人向けの日本語読本です。この冊子は、以下のような言葉に溢れています。

「共存共栄」

大東亜の人々は昔から正しい心を持っています。それぞれ立派な言葉、立派な宗教を持っています。

言葉は違い、宗教は違っても、私たちは正しい心で、兄弟のように仲良くしましょう。楽しみも苦しみもともにしましょう。

アメリカやイギリスやオランダは、大東亜が栄えることを恐れて、私たちを互いに争わせたことを忘れてはなりません。私たちが仲良くし、互いに助け合えば、私たちは必ず幸せになります。

「世界進運貢献」

大東亜の私たちは、力を合わせてアメリカやイギリスを討ち滅ぼします。しかし、世界の良い国々とは仲良くします。私たちは、一生懸命勉強して、私たちの優れた文化を世界に広めます。

また他の国々に足りない必要な産物を送ってやります。そして世界中をもっともっと良くするのです。私たちの心は一つです。さあ、みんなで足音高く進みましょう。


ここには、「アジアを向け」というマブバニ氏の訴えを、当時のやり方でそのまま実践している日本の姿があります。もちろんプロパガンダですから、額面通りに受け取ることは出来ません。しかし、当時の日本人は、邪悪な侵略の意図を糊塗し、アジアの人たちを騙すつもりでこうした主張をしていたのではありません。至って真剣でした。

当時の日本人は、冷徹な計算を持って人心をコントロールするような狡猾な外交術を持ち合わせておらず、アジアの人々を騙すどころか、いわば自分で自分を騙して、美しいスローガンを信じ込んでいたのです。

当時の世界情勢を冷静に見れば、日本の生きる道は、政治的には欧米列強と協調する以外にありませんでした。しかし日本には、そうした現実路線と相反する勢力、日本人のアイデンティティをアジアに求め、アジア人としてアジアの人たちと政治的に連帯しようという大アジア主義がありました。肌の色と、欧米列強への対抗心という、情に根ざした思想です。

満州国を建設して、中国の内戦に積極的に介入し、対米強硬路線を訴えたのは大アジア主義者たちです。日本人は、自ら叫ぶ美しいスローガンに騙されて、現実を見失っていったのです。

日本を破滅へと導いた大アジア主義は、戦後も反省されず、今も生き続けています。「日本はアジア村の一員」というのは朝日新聞お得意のフレーズですが、「ダイトウアキョウドウセンゲン」の主張は、朝日新聞の社説と似ていないでしょうか?

戦前の大アジア主義者たちは、日本の力を貸せば、中国は目を覚ますと信じて、大陸に積極的に介入していきました。今は、頭を下げれば中国は心を開いてくれると信じて、東アジア共同体の構築を叫んでいます。

ファシズムの中国と、ウルトラナショナリズムの朝鮮半島は、多様な意見の混在を許さない全体主義的傾向を持つ国家です。そうした国々と政治的に接近することは、端から見れば、民族主義的な大アジア主義に傾いた戦前の日本と何も変わりません。

大正末期、軍国主義へと走る前夜の日本の思想、経済界は、現在とよく似た、中国、アジアブームに沸きました。「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目である」といいますが、過去の見方は一つではないとすれば、最も危険な存在は、自分は過去と向き合っていると思いこんでいる輩かもしれません。

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2005年08月16日

大人の関係

8月15日が過ぎました。中国系の新聞は相変わらず激しく日本を叩き続けていますが、中国国内は平穏で、朝鮮半島は日本叩きより南北団結に夢中。東南アジア各国は終戦の日であることさえ忘れた様子で、欧米各国の報道には感情的なものはほとんど見あたりませんでした。春の中国の反日デモ以降、今年の終戦記念日はどうなることかと危惧していましたが、驚くほど平穏でした。

もちろん大メディアは相変わらず反日的で、日本人に反省ばかりを促す態度に変わりはありません。しかし、朝日新聞の社説にかつての威勢はなく、夜に放送されたNHKの討論会では、左右の意見を比較的分け隔てなく紹介していたように思います。これは数年前に比べれば驚くべき変化です。

小泉首相は靖国に参拝しませんでした。ぼくは、日本国の首相は8月15日に堂々と靖国に参拝すべきだと思います。しかし、今回ばかりはそう断言できませんでした。中国、韓国に配慮してではありません。その逆です。

中国と韓国の反日プロパガンダは、想像以上のスピードで化けの皮がはがれ始め、反日的傾向を持つ欧米人の中でさえ、共感を得にくくなり始めています。日本にとって明らかな追い風です。それだけに、今回もし15日に参拝を強行すれば、中国と韓国のプロパガンダに信憑性を持たせ、弱体化した国内外の反日勢力を蘇生させ、逆に普通に参拝できる日を遠ざけてしまうような気がしていたのです。

ですから、今回ばかりは、首相が15日の参拝を避けたことに、正直ほっとしました。楽観的過ぎるかもしれませんが、現実としてすでに捻れている靖国問題を近い将来に正常化するためには、戦術として悪くなかったと思います。

ところで、久しぶりにニュース23で筑紫哲也氏を見たのですが、ドイツ取材に行っていたようで、案の定「ホロコースト記念碑」を取り上げていました。それはともかく、取材の中で、ドイツはポーランドなどの周辺国と歴史認識の共通化を進めているということを伝えていました。

60年代のドイツの教科書は、ポーランドにおけるドイツ軍の暴虐ぶりについてほとんど述べていなかったが、ポーランドの抗議を受けて内容をすり合わせ、今では詳しく描写しているそうです。

ぼくはドイツの教科書の変遷については知りませんが、60年代の西ドイツはまだポーランドを含む共産ブロックと関係を正常化しておらず、1938年のミュンヘン協定すら条約として残っている状態でした。教科書内容が変化した最大の理由は、「共通の歴史認識」などという理念的なものではなく、政治状況の変化だと思います。

しかし、歴史的事実の確認ならともかく、文化の壁を越えた共通の歴史認識など可能なものでしょうか?

個人対個人の関係でも、人格は記憶の集積であることを考えれば、歴史認識を共有することなど不可能です。人はみんな身びいきであり、いくら自虐的な人でも、突き詰めれば自分に都合のいい解釈しかできません。それは健全なことで、そうしないと鬱病になってしまいます。

そして、独立した人格を持つ大人同士の付き合いで最も大事なことは、自分とは違う相手の人格を「お互いに」尊重することです。それができている限りは、極端に言えばどんなウルトラエゴイスト同士であろうと、生産的で固い友情を育むことができます。

しかし、相手にも自分と同じ歴史観を持つことを強要し、それが無理なら友情は成り立たないと考える人とは、大人の友情など築けません。そういう人は幼児です。

泣けば自分のわがままはすべて通ると考えている幼児には、世界は自分の一部ではなく、泣いてもわがままは通らないということをわからせなくてはいけません。甘やかしてばかりいると、とんでもない怪物に育ってしまいます。

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2005年08月14日

土曜日の朝、各局のニュースワイドショーは、一週間の出来事を振り返ります。普段は土曜日の朝にテレビなど見ないのですが、たまたま見たら、涙のオンパレードでした。

20年前の日航機事故の遺族に、「刺客」を送られた自民造反議員に、横浜の佐々木の引退試合で最後の対戦をした巨人の清原。

三つとも違う質の涙です。

ぼくは「男は泣くもんじゃない」と教育されたので、幸か不幸か大粒の涙をぼろぼろこぼすような泣き方をしたことは滅多にありません。

しかし数少ない経験からすれば、そういう涙というのは、自分の意思に反して溢れてくるもので、だからこそ戸惑い、反射的に隠そうとするものだと思います。

日航機事故の遺族の方は、確か息子を失った父親で、インタビューの最中に気持ちが込みあげてきたのか、涙をこらえようとした後、「すいません」と言ってカメラから顔を背けて嗚咽していました。

三つの涙のうち、カメラから涙を隠そうとしたのは、彼だけでした。

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2005年08月12日

恥の記念碑

「日本は過去を反省していない!」という話しになると、その比較対象として必ず持ち出されるのがドイツです。

実はドイツの過去反省は、罪をナチスに押しつけていたり、ドイツ国防軍の戦争犯罪に対して大甘だったりと問題はたくさんあります。しかしそれはともかく、ナチスのユダヤ人絶滅行為=ホロコーストに対しての反省ぶりは徹底していて、文句の付けようがありません。

今年5月にオープンしたホロコースト記念碑 ー ベルリン中心部の広大な土地に、墓石を摸した2700枚の石板を配したその記念碑は、その象徴と言えるでしょう。

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日本の靖国神社は、一部の方々から、「ベルリンの中心部にナチス神殿があるようなものだ」と揶揄されたりします。そういう表現をする方々は、「A級戦犯の分祀や、新たな戦没者追悼施設さえ作れない日本と、過去を真摯に見つめ続けるドイツの違い」を、このホロコースト記念碑に見ようとするに違いありません。

しかし、このブログでも以前ここここでお伝えしたように、実はこの記念碑は、かなり危ないおばさんの歪んだ情念の結晶で、建設に至るまでのプロセスを知れば、「我々もドイツを見習うべきだ」などととても口に出来ないような代物です。

そして、歪んだ情念により作られた歪んだオブジェは、そのまわりに何とも言えない歪みを再生産し続けています。

戦後60年を経て、ホロコーストと直接関係のない場所に唐突に現れた、墓ともアートとも言い難い政治臭のする施設に対して、いかに善良な人であろうと、素直に敬虔な気持ちなど抱けるわけはありません。オープンするやいなや、石板の上をぴょんぴょん飛んで遊ぶ子供たちが続出し、落ちてケガする人まで出たのはほんの序の口です。

今度は、「カレーヴルスト事件」が起きました。

カレーヴルストというのは、焼いたソーセージにカレーケチャップをかけて食べる、ベルリンの伝統的ファストフードです。その屋台が、最近ホロコースト記念碑のすぐ脇で営業を始めました。これに対して、政治家たちが激怒したのです。ナチスに虐殺されたユダヤ人に思いを馳せることもなく、祈念碑のすぐ脇でカレーヴルストに舌鼓を打つのは不謹慎だというわけです。

ベルリナー・ツァイトゥンがヴルストを食べている人たちに話しを聞いてみところ・・・

「飢えている子供のニュースを見ながらポテトチップスを食べているようなもので、ちょっと気が引けるわ」とひとりの女性。すると彼女の連れは驚いたように彼女を見て、「食べていいに決まってるだろ。飢えた人がいるからといって、君まで食べちゃいけないなんておかしいよ。ここで食べたって何の問題もない」と言った。別の人は、何故そんな質問をされるのかわからないといった様子で「ここは本物の場所じゃないからね。強制収容所跡の真ん中に屋台があるんだったら話しは別だけどね。感じ方は人それぞれだよ」と言って、石板に座って子供たちに食べさせている母親たちを指さした。


ホロコースト記念碑は、ホロコーストとは直接関係のない場所に政治的な意図で建てられた、「まやかしの記念碑」に過ぎないのですから、質問に答えた人たちの気持ちは理解できます。人に敬虔な気持ちを強制することなどできません。「屋台を不謹慎だと思う人は食べなければいいだけで騒ぐ必要はない」という冷静な意見は、事件を伝える新聞コラムの中にも見られました。

しかし政治家は黙っていませんでした。ホロコースト記念碑のすぐ脇とはいっても、屋台が出ている場所は私有地で、合法的に営業しています。本来政治家に口を出せる問題ではありません。しかし何と、建築条例を持ち出してきて、即刻営業停止に追い込んだのです。

政治の力で、表現の自由を抑圧したナチス時代と本質的に変わっていないというのは言い過ぎかもしれませんが、ドイツの政治家は強権的です。

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営業停止させられたヴルスト屋台 ドイツによくある「インビス」です

しかしこの事件には、さらに歪んだ側面があります。

ヴルストというのは、前述した通り、純ドイツ的な料理です。そして、写真を見ればすぐわかる通り、屋台はドイツ的な作りをしています。実はこれが、問題を大きくしたのです。ホロコースト記念碑基金のウーヴェ・ノイメルケル氏は言います。

「伝統的なドイツ風の屋台であることが、場所にふさわしくないんです。」ノイメルケル氏は、記念碑で食事をすること自体には反対していない。しかし、ホロコーストにふさわしい食事とは何であるかは、彼は言えなかった。

そう、この屋台が非難された最大の理由は、ホロコースト記念碑で食事をすることではなく、ホロコースト記念碑でドイツ風の食事をすることにあったのです。

この事件について意見を交わすフォーラムでは、「カレーヴルストはナチスと何の関係もないのに」とか、「(トルコ料理の)ドナーケバブだったらいいのか?」とか、「アドルフが作ったアウトバーンを使って見に行くのも不謹慎なのか?」などという、至極当然な声が飛んでいます。

政治的な人工物など作っても、人の心に届くわけはありません。敬虔な心を人に強制しようとしても、むしろ真摯に過去を見つめようとする謙虚な態度を妨げ、社会を歪めるだけです。これからも続くであろう、ホロコースト記念碑をめぐる騒動は、そんなメッセージを発していると思います。

日本は、ドイツに学ぶべきです。

戦後60年もたった今になって、しかも中国、韓国の圧力によって、戦没者と何のゆかりもない場所に、ただただポリティカル・コレクトネスだけのために新たな追悼施設を作っても、それで多くの日本人の共感を得られるものでしょうか?仮にそんなものができたら、そこで素直に敬虔な気持ちになれるものでしょうか?そこで不謹慎な行為をしたら、それは「戦没者への冒涜」にあたるのでしょうか?ホロコースト記念碑のような、「恥の記念碑」にならないと、誰に言えるでしょうか?

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2005年08月10日

サド・マゾ的世界観

岡田代表によれば、民主党はアジア重視の外交をするそうです。多分、アメリカにノーを言い(格好いいですね!)、中国、韓国と仲良くするということだと思います。

しかし、ファシズム国家の中華人民共和国と、ウルトラ国粋主義的大韓民国は、外交とはギブ&テイクであることを理解する、普通の国ではありません。彼らの口にする友好とは、自分の世界観を捨てて、あちらの奉ずる世界観を全面的に受け入れることであり、違う考えを持つ者同士が、ギブ&テイクで仲良く共存するオプションはありません。中国、韓国との関係をギクシャクさせた最大の理由は、かつて両国にギブばかりしてきた日本が、大人同士の普通の付き合いを求め始めたことにあると、ぼくは見ています。

こういう風に言うと、それは傲慢な見方だと批判する声が聞こえてきます。中国と韓国は何ら特殊な国ではなく、こちらが誠意を持ってギブすれば、あちらも心を開いてきちんとギブしてくれる。関係をギクシャクさせた非は小泉政権の傲慢な態度にあり、日本は謙虚になり、中国と韓国にもっとギブしなければいけないのだ、というわけです。しかしそうでしょうか?

リベラルから保守、というか反リベラルに転じた「ネオ・ネオコン」さんのブログ(英語)で、このテーマにつながる興味深い論文が紹介されていました。

「21世紀のテロリズムへの対処法」と題された、精神分析医により書かれたその論文は、テロに甘いリベラル派の態度を、サド・マゾの観点から分析する内容です。

「サディスト的」なイスラムテロリストは、90年代の「マゾヒスト的」リベラルの融和的態度により過激化したと主張するこの論文は、911テロ直後の、2001年10月に発表されたものです。しかし、その後始まる対テロ戦争を通じて、対テロ強硬派、融和派に割れることになるアメリカ社会の構造を予見していて、それだけに説得力があります。

なお、その論文を書いたロバート・ハーマン博士は、異端の精神分析医、ウィルヘルム・ライヒに連なる学派に属しています。ウィルヘルム・ライヒは、フロイトの愛弟子で、性欲を軸とした精神分析を究極まで突き詰めた人物です。「すべての人間はオルガスムを求めて生活している」と考えるライヒは、完全なる性の解放を説き、最後には自ら精神を病み、すべての病気を治癒する「オルゴン・ボックス」なる怪しげな金属箱を考案した、20世紀を代表する奇人の一人と言われています。

しかし、ハーマン博士の論文は極めて常識的です。そもそも今日の心身医学の始祖とされているライヒは、思想は別にして、臨床精神科医としては優秀で、アメリカの「ライヒ派」は、その臨床面での成果を受け継いで発展させてきたということです。サド・マゾのような観点から世界について語らせれば、性欲の専門家であるライヒ派の右に出る者はいないと言えるかもしれません。

さてハーマン博士は、真のリベラルは、理性を重視して社会の進歩に貢献してきた立派な人々だと賞賛しつつ、ある種の情緒的疾患に感染しやすい傾向を持つと指摘します。それはマゾヒズムです。ハーマン博士によれば、マゾヒズムというのは「痛みを喜ぶことではなく、常に自分を苦しい状況に陥らせてしまう態度、考え方」のことだそうです。マゾヒズムとリベラルの関係について述べる部分を、以下に要約します。

暴力的な男と結婚した女性がいるとしよう。彼女が夫と別れず、暴力を受け続ける場合、それは彼女のマゾヒスト的態度に負う場合が多い。マゾヒスト的態度とは、例えば次のようなことだ。冷えていないビールを何よりも嫌う夫が、妻が出したビールが十分に冷えていないことに激怒し、彼女に暴力を振るったとする。しかし彼女は家出しようとせずに、これからはビールをきちんと冷やしておこうと考えるのだ。彼女はビールを、夫が仕事から帰る20分前まで冷蔵庫に入れなかったことを思い出す。「夫は日頃からビールを良く冷やしておけと言っているのに、私がうっかりしていた」と考える。こういう自己批判はマゾヒスト的だ。同じような状況で文句を言う夫はたくさんいるが、すぐに忘れるか、「文句を言うなら自分で冷やせ」と言われて黙るのが普通だと指摘しても彼女の気持ちは変わらない。彼女の相談に乗り、警察を呼べとアドバイスすれば、「そんなことしたら大騒ぎになる。それにますます夫を怒らせるだけだ」と答えるし、家を出て別居しろと言えば、「一人で生活できるほど稼げないし、どうせ彼は私をストーカーする」と答えるし、じゃあ保護施設の世話になれと言えば、「学期中に子供を転校させるわけにはいかない」などと答えて埒があかない。そして、夫と別れて一人で暮らす条件がすべて整っていたとしても、そうした抵抗は子供じみた愚かなことで、どうせ失敗するという思いは、彼女から消えない。

マゾヒズムの特徴をまとめると以下のようになる。

  • サディスト的な攻撃に対して自分を責める
  • 自分が攻撃された時、相手に優しくすれば、相手は攻撃を止めると考える
  • いかなる解決法を示しても、問題を深刻化させるだけだという言い訳を並べ上げて拒もうとする
  • 毅然として自分を守ろうとする行為は子供じみており、失敗すると考える

    リベラルであることはマゾヒストであることとイコールではないが、マゾヒスト的な態度に陥りやすい傾向を持っている。感情を排して理性的であろうとするリベラルの態度は、特に力の行使が必要な場合に、マゾヒスト的な反応につながりやすい。なぜなら暴力に訴えようという衝動は、頭ではなく、肉体の奥深くから呼び起こされる衝動だからだ。

    というわけで、自国が攻撃された場合、良き真のリベラルは、以下のようなマゾヒスト的反応をとりやすい。また、真にマゾヒストである似非リベラルは声が大きく、学会やメディアに大きな影響を持っていることが、その危険を大きくしている。

  • 自国を批判し、場合によっては自国に責任があると責める
  • 自国を憎む者に優しく接することで問題を「解決」しようという切実な欲求を抱く
  • 「力の行使は相手の憎悪を増幅するだけ」で、事態はより深刻化するというシナリオを頭に描く
  • 自国とその指導者は(特にそれがリベラル派でない場合)愚かだと考え、直接的な防衛措置を断念させ、効果の薄い生半可な措置をとるように主張する

    こうしたマゾヒスト的反応は、テロリストのサディズムを刺激するだけで、新たな攻撃を生み、それがさらにマゾヒスト的な反応を深まらせるという悪循環に陥るだけだ。9月11日のテロは、90年代のサド・マゾ的悪循環がもたらした、ひとつの頂点だった。

    過激派を黙って見過ごした我々の態度はイスラム世界で疑念を招き、強硬な態度をとるよりも、むしろ激しい憎悪を募らせる結果になった。抵抗しないということは、我々を脅かし、憎む者と真剣に向き合わなかったことに他ならず、それはちょうど、激しい議論の最中に相手に背を向けるようなもので、相手の怒りに火を付ける最も確実な方法なのだ・・・。


  • この論文は、イスラムテロに対するアメリカのサヨクの反応を扱ったものですが、中国や韓国のサディスト的な態度と、それに対する日本のサヨクの反応と同じ構造であることがわかると思います。

    中国や韓国はテロリストではありません。しかし、この論文は2001年9月11日のテロの直後に書かれたものであり、テロを引き起こしたのは、事なかれ主義でイスラム過激派の台頭を許した、90年代のマゾヒスト的態度にあったと指摘していることに留意すべきです。

    中国や韓国の、60年前に終わった戦争をダシにした反日気運は、明らかに20年前より高まっています。90年代の謝罪外交は、傷を癒すどころか、新たな怒りを生み出しただけでした。この期に及んで、まだ謝罪が足りないと頭を垂れ続ければ、「サド・マゾ的悪循環」が激化しないと誰に言えるでしょうか?そして21世紀の極東地域は、それに比べればイスラムテロなど子供の遊びにしか見えないような大暴発をする可能性を孕んでいると囁かれているのです。

    ぼくは現在の日中、日韓関係は、言われるほど悪くないと思います。経済、文化の交流を政治問題と明確に分離して進め、時々感情をぶつけ合ってガス抜きしていけば、やがて丸く収まるのではないかと楽観視しています。しかし、ここで再び政治と絡めてマゾヒスト的態度をとればどうなるのか?

    民主党の訴えるアジア重視の外交は、危険過ぎます。

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    2005年08月08日

    祝選挙

    衆議院選挙になりました。

    日本の政治の最大の問題は、二大政党であるはずの自民党も民主党も政治理念が入り交じっていて、政党政治が機能していないことです。

    西洋人はよく、日本には政権交代がなく、だから日本は一人前の民主国家ではないと批判します。共産党一党独裁の中国と変わらないと揶揄する人さえいます。しかし、日本はどう見ても独裁国家ではありません。ではなぜ政権交代がないかと言えば、政党間の理念対立は、資本主義か反資本主義かしかなく、資本主義を奉ずる勢力間での理念対立がなかったからです。

    これでは本当の意味での政権交代などあり得ません。

    どの先進民主国家でも、政権交代というのは、小さな政府を目指す勢力と、大きな政府を目指す勢力の間で繰り広げられるものです。自由と平等を重んじない民主国家はありえませんが、自由と平等は相反する概念です。そこで、平等よりも自由、小さな政府と民の活力を重視する陣営と、自由よりも平等、大きな政府と弱者保護を重視する陣営に分かれ、マイルドな政権交代を繰り返すのです。

    資本主義を奉ずる民主国家において、これ以上大きな対立軸はありません。しかし日本では、この肝心要の対立軸がぼやけていました。

    郵政民営化は、それ自体は今すぐに解決すべき緊急課題ではないかもしれません。しかし、郵政公社の民営化もできずに、いずれにしても不安と痛みを伴う小さな政府など追求できるわけはなく、年金改革だろうと何だろうと、中途半端になることは間違いありません。その意味では、郵政改革は単なるひとつの法案ではなく、小さな政府を支持するかどうかの踏み絵です。確信を持ってそれに反対する政治家は、それはそれでいい。大きな政府と弱者保護を重視するのは立派な理念です。

    しかし今は、小さな政府を追求すべき時です。

    小泉首相の独裁的な手法等々の批判は噴飯ものです。重い問題であるばあるほど、話し合いだけで丸く収まるわけなどなく、指導者には、6対4の4を切り捨てて進む決断力が求められるものです。むしろ問題山積の今、指導者に求められる、好ましい資質です。

    実はぼくはこれまで、ほとんどの選挙で棄権してきました。その理由は、誰に投票していいかわからなかったからです。自民党であろうと民主党であろうと、個々の候補者によって主張が違い過ぎて党としての理念が見えず、どちらが勝っても何も変わらないとしか思えなかったからです。そして人を馬鹿にしたようなパフォーマンスの数々・・・。普通の神経を持った人なら、政治に嫌気がさして当然だと思います。

    しかし今回は違います。小泉自民党から立候補する者は、個々の考えの違いを超えて、徹底して小さな政府を追求することになります。小選挙区などなく、すべて比例区でもいいくらいです。

    党としての意見をまとめられず、事なかれ主義で大きな政府の維持に進むことは間違いない民主党と、自民党から割れた守旧派対、小さな政府を目指す自民党。こんなに分かりやすい構図はありません。

    空虚に改革を叫ぶだけのムード選挙や、パフォーマンスによる無党派層の取り込みなど、選挙民におもねるようなこれまでの選挙ではなく、党の理念を国民に問う本当の選挙です。

    早く民主党にも、大きな政府と小さな政府を求める勢力に分裂し、二つに割れた自民党に合流してもらいたいものです。それでやっと、政権交代できる政界再編の完成、まじめな政党政治の復活です。

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    2005年08月06日

    あるギョポの日本旅行記

    少し前に、韓国で仕事をしている、ある韓国系アメリカ人女性のお話しを紹介しました。韓国で暮らせば暮らすほど韓国人に対して批判的になり、人間不信に陥ってしまった彼女の感覚は、韓国という隣人と付き合わざるを得ない日本人の感覚にとても良く似ていました。

    彼女の告白は、日本旅行に出発する所で終わっていました。そして今、彼女のブログには、日本旅行の感想がどっと載せられています。韓国から逃げ出した彼女が日本に何を見たのか、気になる方は多いと思いますので、今回はそれをお伝えしようと思います。

    プサンで暮らす彼女は、ソウルで暮らすギョポ(韓国系外国人)の女友達と一緒に京都と広島を巡りました。2人とも日本は初めてで、日本に関する予備知識はそれほどなかったようです。

    そんな彼女が全体として日本に持った印象は、まず他の国に比べて街がとても清潔であること。電車の中などで携帯の使用を控え、静かで落ち着くこと。子供が少ないこと。そして皆とても親切なことです。

    <道を聞くと皆とても親切でした。韓国でよくあるように、口を開く前に追い払われるようなことは一度もありませんでした。言葉がわからなくても、みな手を休めて一生懸命助けてくれようとしてくれました。私たち2人は、日本人は外国のお客さんにとても親切だなと、とてもいい印象を持ちました。>


    こういう事は以前から日本人の良い点として喧伝されていることで、別に目新しくないと思われるかもしれません。しかし一切留保を付けずに、ここまで言い切る外国人はそうはいません。しかも彼女は、旅慣れない日本フリークではありません。アメリカで育ち、中央アジア、ヨーロッパ、韓国で暮らした、いわば異文化体験のプロです。

    幕末に、清国経由で日本を訪れた考古学者のシュリーマンは、その旅行記の中で、堕落した清国人と比べて、礼節を重んじる日本人をべた褒めしました。それと同じで、韓国経由で訪日すると、日本は輝いて見えるのかもしれません。

    そんな彼女の一番の思い出は、京都のお寺でも景観でもなく、意外にも京都の寿司屋、「とみ寿し」での食事でした。親切な日本人たちに案内されて、観光客向けではない寿司屋ののれんをおそるおそるくぐった彼女たちは、活気ある店内でカウンター席に座り、板前の腕に感心し、暖かい雰囲気に酔います。

    <ワサビ抜きの寿司を出されたので(外国人はワサビが嫌いと思ったのかな?)、丁寧にワサビを頼むと、他のお客さんや店員は歓声をあげて大歓迎してくれました。アサヒビールを注文した時も、やはりみんなから暖かいかけ声をかけられて、それからみんなで乾杯してくれました。

    まるで、とびきり陽気なイタリアの家族に大歓迎を受けているようでした。でもそこにイタリア人はおらず、私たちを除けばごく日常的な、日本人の男女でいっぱいのお店に過ぎないのです。

    ・・・板前は3人いて、そのうち一人は片言の英語を話し、困っている私たちにすばらしいお奨めを握ってくれました。彼はすごくキュートでした!いつも満面の笑みで、私たちが彼の写真を撮るのを不思議そうにしていました。

    お茶はお代わり自由で、私の友達がワサビの固まりをうっかりビールの中に落とすと、店員とお客さんたちは愛想良く笑い、それからビールをただで取り替えてくれました。>

    彼女の疲れた心を癒したのは、人間でした。彼女の日本旅行記には、文化財やエスニックな風俗に関する記述は驚くほど少なく、とにかく人間、人間。礼儀正しくて友好的な日本人と日本の社会をべた褒めです。読んでいてぼくも行きたくなるほどです。

    こういう話しを聞いて良い気分になるのは脳天気過ぎる、所詮は観光地での観光旅行だという人は多いと思います。しかし、そもそも彼女のブログは日本人に読まれることを前提に書かれたものではなく、心の内を吐露する場所です。そしてそんなスペースで、素直で鋭い観察眼を持つ彼女のような女性に手放しで賞賛されたことは素直に誇りにすべきであり、そうした美徳は、この国の財産として大切にしていくべきだと思います。

    彼女のブログの随所に見られる誠実な人柄と鋭い観察眼は、例えば広島を訪れた時の描写に見いだせます。広島の平和祈念碑と祈念館を訪れた彼女は、泣きたくなるほどつらい気持ちになったと述べ、原爆投下の判断を巡る議論についてはどちらが正しいのかわからないとしながら、次のように述べます。

    <祈念碑と博物館を訪れてひとつ気付いたことがあります。日本人にとって、それらの展示を反米キャンペーンに使うことはとても簡単なはずですが、アメリカ人や米軍への憎悪を煽るような空気は一切感じられなかったのです。

    ・・・博物館や原爆ドームの保存は、日本人と外国人への教育を目的としている以上に、日本にとって、今も続く傷を癒すためのプロセスだと感じました。それはまず何よりも日本人自身のためであって、世界に発信することは二の次に過ぎない、少なくても私はそう感じました。>


    ここ数回のエントリーで何度も述べているように、アメリカのインテリサヨクは、原爆投下に良心の呵責を感じています。だからこそ日本の過去を貶め、それにより、「究極の悪を倒すためには必要なことだったのだ」という倫理的な慰めを得ようとします。

    そういう人たちは、広島の展示が「戦争の原因を作った日本の悪についてはっきりと言及していない」ことを殊更強調して取り上げ、「日本人は自らを犠牲者と位置づけている」と結論します。

    そんなインテリのひねくれた見方に比べて、彼女の見方がどれだけ的を得ていることか!曇った眼鏡をかけたインテリジャーナリストの言葉より、澄んだ眼をした彼女の言葉の方が、何倍も価値があると思います。

    さて、そんな彼女ですが、嫌な体験がなかったわけではありません。しかし幸いそれは日本人ではなく、いずれも外国人によるものでした。ひとつは、祇園でヨーロッパ人男性から日本人と勘違いされて馬鹿にした扱いを受けたこと。そして混雑するトイレで起きた、次の一件です。

    <トイレが空くのを並んで待っていると、韓国人のおばさん集団が列を無視して個室のドアをノックし始め(日本人女性により使用中のトイレです)、そこがまるで韓国の土地であるかのように振る舞い始めました。

    やがて彼女たちは、日本人女性たちと一緒に並んでいる私が韓国人であることに気づき、なぜ列を作っているのか、トイレは壊れているのかと聞いてきました。彼女たちには、列を作るという概念、もっと正確にいうと、そこが韓国ではないということがわからないようでした。

    日本人女性たちは、黙ってやり過ごしていました。彼女たちは静かに列に並び、韓国人たちが先に用を済ますのを待っていました。私もそうしました。もちろん私も順番を抜かされるのは嫌でしたが、それ以上に早くおばさんたちに立ち去って欲しかったのです。>

    韓国の事を一時でも忘れるために日本に来たのに、彼女の気持ちを察します。そう、日本にいても、韓国から逃げることはできません。

    <京都のにぎやかな錦市場の自動販売機で、飲み物を取り出そうと手を伸ばした時のことでした。私はそれを見たのです。そして叫びました。

    私の異変に気付いた友人は、大丈夫かと声をかけ、その気持ちの悪い物体を指さして立ちすくむ私の方を振り返りました。

    騒ぎの元を確認した彼女は、天を仰いで嘆きました。「だめ、そんなもの見たくない。もうたくさん。何でここに?」

    私たちは、とにかくそれから離れたくて、自動販売機から一目散に立ち去りました。

    その時、私たちは直撃を受けたのです。日本の最もあり得ない場所で、韓流の直撃を受けたのです。その時私たちは、いくら逃げても逃げ切れないということを悟ったのです。>


    これまで日本とは縁もゆかりもなかった韓国系アメリカ人女性が、なぜここまで徹底して、韓国を変だと思う日本人と同じ感覚を持つのか不思議です。(彼女を震えさせたものは何なのか?答えはリンク先にあります)

    いずれにしても、日本旅行で癒された彼女は、再び韓国で暮らしていく力を得られたということで、本当に何よりでした。彼女のページはとても興味深いので、面白いエントリーを見つけましたら、またここで紹介したいと思います。

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    2005年08月05日

    歴史の耐えられない軽さ3

    歴史は真実ではない。真実は語りの中にある。
    ーロバート・ペン・ウォーレン

    過去などというものはない。すべては現在だ。
    ーウィリアム・フォークナー


    最近読んだ Walking Since Daybreak という本の序文です。第二次大戦後にカナダに移住したラトビア人歴史家、モドリス・エクスタインズの著書で、第二次大戦をめぐるバルト三国の歴史を、自分の追想と家族の歴史を交えて記しています。

    バルト三国の人々は、第二次大戦の開戦と同時にソ連の侵略を受けましたが、英米仏から徹底的に無視され、後に進駐したドイツ軍を解放軍として迎え、結果的にソ連に併合されました。そのたびに同じ民族同士で憎しみ合い、殺し合い・・・ヒトラーの防空壕を最後まで防衛したSS隊員の中には大勢のラトビア人がおり、ベルリンを占領した赤軍の将校の中にもラトビア人がいました。

    日本から縁遠い地域の歴史に関する本なので、残念ながら日本語には翻訳されていません。しかし、大国に翻弄されて、加害者が犠牲者になり、犠牲者が加害者になるこの地域の過去は、ひとつの見方で歴史を規定しようとすることの愚かさ、その不可能性を教えてくれます。

    この本の中から、東ヨーロッパの解放について述べた一節を訳出して、このお話しを終えようと思います。

    連合軍による解放は皮肉に溢れていた。甘い解放などほとんどなく、解放はもっぱら苦いものだった。15歳の少年だったチェコ人のオータ・フィリプは、1945年5月に、プラハで3度解放を経験した。最初の解放は、彼が暮らすアパートの家主によってもたらされた。5月5日、撤退するドイツ軍に対してチェコ人が蜂起すると、家主は、アパートからドイツ人を一掃しようと考えた。

    アパートの3階には、ドイツ人の女性医師が住んでいた。彼女の夫は3月に西部戦線で戦死し、彼女は4月に赤ん坊を出産したばかりだった。ドイツ人から奪ったアフリカ軍団の軍服に身を包んだ家主は、手に武器を持ち、三階に駆け上がった。短い小競り合いの後、小さな物体 ー 赤ん坊が、フィリプの脇をかすめて階段の下に投げ落とされた。暗闇の中で柔らかい物体がつぶれる音、続いて一発の銃声が響いた。アパートは解放された。

    2度目の解放はその3日後、5月8日の早朝に、プラハを占領したウラソフの軍隊によりもたらされた。ウラソフはもともとスターリンお気に入りの将軍だったが、1941年にレニングラードでドイツ軍に降伏し、ソ連が勝てば自分の命はないと悟ったウラソフは仲間を裏切り、ドイツ側について戦ってきた。しかし、アメリカ軍が近づくとウラソフは再び寝返った。5月8日にフィリプを解放したのは、この裏切り者の軍隊だった。

    そして5月9日、フィリプは、4日間で3度目の解放を経験した。今度は、その後44年間チェコスロバキアを占領することになる、赤軍の戦車師団だった。「1945年5月8日のことを思い出すと、歴史にだまされたように感じる。私は、1945年の5月に、人生と平和の入り口に立っていた15歳の少年が経験してしかるべき本物の解放を、拒否されたのだ。」

    <おわり>

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    2005年08月04日

    歴史の耐えられない軽さ2

    左右の報道の違い

    原爆投下の正当性を強調するアメリカの「右翼」は、その対象である日本の過去と、第二次大戦に日本の大義を見ようとする日本の「右翼」を憎悪しているのでしょうか?

    「アメリカの産経新聞」ことワシントン・タイムズは、7月28日に靖国神社をめぐる詳細な記事を掲載しました。タイムズ紙やAP電とは違い、感情を排して両論を併記した、極めてバランスの取れた内容です。

    例えば、前回紹介したタイムズ紙の「反日記事」は、靖国神社の遊就館を次のように描写していました。

    靖国の博物館には、反省という言葉は見あたらない。

    ・・・神社関係者はインタビューを拒否した。しかし靖国の歴史観が中国人を怒らせる理由は明白だ。例えば靖国神社は、ほとんどの歴史家が少なくても30万人は死んだとする南京虐殺をこう描写する。「松井岩根大将は軍規を徹底するよう指示した。日本軍は中国人市民のために安全区を設置し、・・・市民は平和な生活を取り戻した。」

    松井は戦後処刑された犯罪者だ。

    ・・・靖国の展示は、ルーズベルト大統領は日本の資源を枯渇させて挑発し、1941年11月7日の閣議で「日本を戦争に引きずり込むアメリカの作戦」を実行に移したと主張する。

    平和のチャンスは、その1ヶ月後に出された最後通牒、「ハル・ノート」により失われたとする、とうの昔に論破されている説をいまだに繰り返している。実際には、日本の艦隊はハル・ノートが東京に届く前に出撃しているのだ。

    「靖国は犯罪です」と同志社大学の浅野健一教授は述べる・・・。


    一方ワシントン・タイムズの記事は靖国の展示をこう描写します。

    博物館で上映される「私たちは忘れない」という50分のビデオは、日本の真珠湾攻撃はルーズベルトの謀略だと主張し、「不正な」東京裁判は、「ゆがめられた歴史の押しつけだ」と強調する。

    靖国神社の広報は、神社のスタンスを文章でこう説明する。「信頼できる歴史的データに基づいてひとつの見方を提起している・・・政治的イデオロギーに基づいた特定の歴史観を押しつけるつもりはない。」


    随所に怪しげなコメントを挟み、イメージ操作をしているタイムズ紙の記事に比べて、ワシントン・タイムズ紙の記事は、靖国神社側の説明を紹介するなど、客観的な態度を貫いています。

    アメリカの保守は、少なくても「良心的なサヨクエリート」に比べれば、日本の過去を冷静に見つめる眼を持っているのです。


    日本の保守に甘い理由

    ホワイトハウスの記者会見では、上に紹介したワシントン・タイムズの記事を巡り、マクリラン報道官と記者の間で、次のようなやり取りが交わされました。

    Q:今朝のワシントン・タイムズに、一部の歴史家からベルリンのナチス神殿にも例えられている靖国神社に関する詳細な記事が載りました。ブッシュ大統領は、東条英機を含む処刑された戦争犯罪人を讃えるなと、小泉首相に言うべきではないですか?それとも私たちは、バターン死の行進を忘れるべきなのでしょうか?

    A:極東地域には、その問題に関して微妙なしこりがあると思います。ここではそれについてコメントしません。大統領は小泉首相といい関係を築いており、友情関係を評価しています。

    Q:日本の戦争犯罪人に関わるべきではないと考えていないのですか?

    A:今言った通り、それについてはコメントしません。


    ブッシュ政権が日本の「過去の見直し」に甘い理由は、ワシントン・タイムズの同じ記事の中でこう述べられています。

    「アメリカは、日本政府を困らせるような、或いは日本が世界で普通の国としての役割を果たすことに反対していると解釈されかねない発言をしないように気をつけていると思います」と、リバータリアン系シンクタンク、カトー・インスティトュートの国防、外交部副所長、テッド・ガーレン・カーペンター氏は語る。

    「アメリカは、日本を中国に対する戦略的対抗勢力としてだけでなく、北朝鮮の核問題を含む、多くの問題における重要なパートナーとして見ています」彼は付け加えた。


    過去よりも現在というわけです。しかし、純粋に実利的な理由だけなのでしょうか?本当は気にくわないけれども、より大きな敵に対抗するために大目に見ているだけなのでしょうか?


    穏やかな保守

    こちらや、こちらの保守系ブログで、原爆投下は正しい判断だったとする主張がなされているのですが、そこには、悪の帝国日本は核で殲滅されて当然だったなどという、感情的な意見は見あたりません。「日本の本土に侵攻していたら、日米ともに甚大な被害が出たはずだ」とか、「ソ連との日本分割を防ぐためには仕方なかった」とか、「現在の視点からすれば核攻撃は犯罪だが、当時の人たちはそう考えなかった」などと、各種のデータに基づいて、あくまで論理的に論じています。

    原爆のように、政治的かつ心情に訴える話題になると、古今東西を問わず、感情的な議論になるのが常です。

    例えば、欲求不満のたまった反日サヨクガイジンと中国人のたまり場と言われる英字ウェブ新聞 Japan Today では、日本の過去に関する記事を開けば、1分で次のような投稿を見つけられます。

    「原爆について語るなら、パール・ハーバーについてとか、その前に起きたことを語ろうよ。そうすれば、広島と長崎を全体像の中で捉えることができるからね。」

    「日本人が第二次大戦中に犯したすべての罪に思いを馳せるなら、広島、長崎に思いを馳せるのに100パーセント賛成だよ。他国の侵した罪にだけ思いを馳せて、日本の犯した罪を無視するのは、平和を訴える手段としては弱いね。」

    「靖国カルトは東京の地下鉄を襲撃したオウム真理教より破壊的だ。」


    そこにあるのは、「自分の方がモラルが上だ」というモラル合戦で、論理的な議論など皆無です。日本人が過去の「すべての罪」を懺悔したら、原爆についてアメリカに懺悔を迫れるなんて、何て卑しく下劣な考え方でしょうか。彼らの世界には、加害者と犠牲者しかいないのでしょうか?

    一方、原爆投下を肯定するブログに寄せられた投稿はどれも冷静で、最も感情的な意見はこれです。

    広島+長崎=パールハーバー+4年間の利子


    しかもこの投稿でさえ、別の投稿者に感情的で非建設的だとたしなめられています。この手の微妙な問題を議論する場で、みな一様にこれほど冷静なのは、特筆に値します。

    アメリカの保守たちは、なぜこれほど冷静なのか?その答えを解くヒントは、例えば上記のブログに寄せられた次のようなコメントの中にあると思います。

    核爆弾を落とすというのは、それ自体極めて非人道的な行為で、議論の余地はない。・・・いくらデータをあげた所で、結果は行為を正当化しない。しかし、アメリカ政府の犯した破壊行為により、日本のようなすばらしい社会がもたらされたことは神に感謝すべき幸運だった。恐ろしい悲劇から、いい結果が出ることもある、ということだ。


    一読すると無責任な発言にも思えます。しかしぼくはこの発言に、「加害者対犠牲者」「抑圧者対非抑圧者」というサヨク・エリートの二項対立的世界観を乗り越えようとする知的努力と、歴史に対する謙遜した態度を感じます。歴史は犠牲者ゲームではありません。


    本当に和解するということ


    サヨク・エリートの人たちは、「過去と真摯に向き合うべきだ」と良く口にします。彼らの辞書では、それは「日本の過去の犯罪行為をあることないことすべて認め、犠牲者に謝り続ける」という意味です。

    しかし、過去と向き合うこと、かつての敵と和解するということは、そんなに単純なことでしょうか?

    今年3月に硫黄島で行われた日米合同慰霊式で見られた次のような光景は、そうした和解の図式から外れます。ここには、勝者も敗者も、加害者も犠牲者もありません。しかしぼくは、これこそ本当の和解、過去と真摯に向き合う姿だと思います。

    元海兵隊のニック・ジンガロ氏は、87人の退役軍人とともに、硫黄島を訪れた。アメリカが日本兵から奪った戦利品を、日本の遺族に返却するためだ。

    「ひとりの年老いた女性に旗を返却すると、彼女は私の腕をつかみ、私に抱きつこうとしました。日本人は普通そういうことをしません。日本人はとても控えめな人たちなんです。だから私は彼女にお辞儀しました。すると彼女もお辞儀を返してくれました。」とジンガロ氏。「彼女はとても喜んでいました。他の人たちも、旗を受け取ると、みな大事そうに抱きしめていました。」

    2年前に、戦利品を集める活動を始めたジンガロ氏ともう一人の退役軍人、マーティン・コナー氏は、旗の他にも手紙や写真を遺族に返却した。

    「こうした物は日本の遺族にとってとても大事なのです」とジンガロ氏。「もし反対の立場だったら、私たちも返して欲しいと思いますからね。」


    アメリカ流の派手な感情表現で抱きつこうとした日本兵の未亡人と、それを制して日本流に控えめにお辞儀をした元海兵隊員。お互いに憎悪をかき立て合い、日米合わせて3万人の兵士が命を落とした激戦地で、60年後に起きた出来事です。
    <つづく>

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    2005年08月02日

    歴史の耐えられない軽さ1

    8月になりました。夏本番です。そして、終戦記念日まであと2週間です。大メディアではうんざりするほど戦争特集が組まれ、海外でも日本の過去に関する記事が多くなります。今この瞬間を刹那的に楽しもうという衝動と、感傷的な気分が交錯する8月は、歴史というものに思いを馳せるには最適の時期です。


    バウネットの提灯記事

    イギリスのタイムズ・オンラインは、7月31日に、靖国を巡るマイケル・シェリダン記者の記事を掲載しました。台頭する右翼勢力と戦う良心的市民という図式で展開されるこの記事に登場する人物は、VAWW-NETの西野留美子共同代表と、その仲間である同志社大学浅野健一教授と、「元慰安婦」のソン・シンドさんの3人だけです。

    内容は、100パーセントのバウネット史観。西野、浅野両氏の以下のようなコメントのオンパレードで、細かく説明する必要はないと思います。

    「昭和天皇の戦争責任を問わなかった失敗は日本の足かせになっており、それは今もタブーです」

    「中国、韓国のひとたちが怒るのは無理もありません。日本の兵士は朝鮮半島と占領地域の人たちを軽蔑していたからです」

    「靖国は犯罪です」

    「問題は若者が歴史を学ばず、私の世代(団塊の世代)が過去を忘れたがっていることです」

    「私はもはや母国に住んでいるとはいえません。(右翼からの)脅迫は表現の自由を抑圧しようという試みです。戦争前の状況と同じです。私は国家の敵と言われています」

    バウネットという極めて偏った考えを持つグループにだけ取材したこの記事は、朝日新聞ですら二の足を踏むような一方的な内容です。靖国神社に取材を申し入れたが拒否されたと書いていますが、それもどこまで本当かわかりません。シェリダン記者は腐ってもタイムズ紙の記者です。なぜこんな記事を書いたのか、その経緯はわかりませんが、ジャーナリストの仕事としては信じがたいほどお粗末です。悪意のあるプロパガンダか、とんでもない知的怠惰のどちらかです。

    ぼくは歴史にとても興味があり、美醜を含めて過去を大切にしたいと思っています。しかし、西野代表や浅野教授のような歴史観にはどうやっても到達しません。どういうことでしょうか?

    人や民族の個性は記憶の集積です。バウネットのように一面的で薄っぺらな歴史観を持つ人たちこそ、人間の尊厳を軽んじる人たちであり、そうした哀れむべき皮相な歴史観を力ずくでまわりに押しつけようとする彼らに、日本人としてではなく、人間として激しい嫌悪をもよおします。


    自らを犠牲者化する日本人?

    一方、AP通信のジョセフ・コールマン記者が7月30日に配信した記事は、興味深いテーマを提供してくれます。終戦間際に起きた中国人労務者の反乱事件、花岡事件を取り扱った記事で、シェリダン記者の記事に比べればずっとまともですが、基本的には、日本の過去に情け容赦ありません。

    日本の攻撃は無慈悲だった。一般市民を爆撃し、生物兵器の対象とし、マシンガンで銃撃し、生体実験の実験台に使った。数万人の女性が日本軍の買収宿で無理矢理働かされ、捕虜は虐待され、処刑され、食料も与えられずに死ぬまで働かされた。


    このような描写は、この記事に限らず、欧米の大メディアでは検証するまでもない事実として確立してしまっています(こうしたレッテルを短期間のうちに解消するのは恐らく不可能です。地道な努力と、時代が一回転するのを待つしかないと感じます)。しかしその一方でこの記事は、バウネットの提灯記事とは違い、日本は口先だけの謝罪だけでなく、事実として60年間平和を守り通してきたと述べて、日本の平和主義をそれなりに評価しています。

    軍国主義の過去を美化しようとする一方で、戦争を嫌う平和主義者という矛盾した態度を日本人にとらせる理由は何か?コールマン記者はそう命題を立て、 ー興味深いのはここです!ー その答えを原爆投下に求めます。

    広島のグラウンドゼロは、日本人の胸に深く刻まれた戦争観を象徴している。それは、日本を犠牲者として見る眼だ。

    8月6日、一発の爆弾で14万人の人々が死に、3日後に長崎で8万人の人々が死んだ。それは、日本人の意識から、アジアの侵略とパールハーバー奇襲という、それ以前に起きた記憶を消し去ってしまった。

    原爆を投下されたことで、日本人は自らを加害者ではなく犠牲者と見るようになった。だから日本人は戦争を毛嫌いし、その一方で日本の過去を美化するのだ、というわけです。しかしそうでしょうか?原爆の犠牲になった被爆者はともかく、多くの日本人は、この指摘に大きな違和感を感じると思います。

    最近右翼に傷つけられた原爆慰霊碑の碑文、「過ちは繰り返しません」を見るまでもまく、日本では、原爆の悲劇は日本人が自らの手で招いた悲劇だというニュアンスで語り継がれています。それに、戦前、戦中の日本を徹底的に否定する東京裁判に反発する人は多いものの、被爆国であることを盾に自らの非を帳消しにし、犠牲者として振る舞おうとする日本人は極めて少数だと思います。

    ではなぜコールマン記者は、日本の論調を少し調べればずれているとわかるおかしな結論に飛びついたのか?その理由は、コールマン記者の内面にあると思われます。広島のグラウンド・ゼロは、日本人の戦争観ではなく、欧米インテリの対日戦争観を象徴しているのです。


    日米に共通する自虐史観

    アメリカの保守系ブログでは、この時期になると、原爆投下は正しかったとする主張があちこちでなされるようになります。その理由は、ただ闇雲にアメリカの正義を叫びたいからではありません。アメリカの正義が脅かされ、過去がゆがめられているという危機感があるからです。

    ブログというのは、大メディアへのアンチテーゼという性質を持ちますが、原爆投下を肯定する主張はまさにそれに当たります。実はアメリカの大メディアやインテリの間では、原爆投下はアメリカの罪だとする考えが支配的で、戦時中の日系人収容と原爆投下は、インディアンの迫害や黒人差別と並ぶ、アメリカ史の恥部なのです。

    これを聞いて、アメリカにも良心的な人はいると喜ぶのは早とちりです。中国や韓国の反日行動に共感を寄せ、日本の過去を一方的に断罪するのも、そうしたアメリカの「自虐史観派」だからです。

    日本の「自虐史観派」は日本だけでなく、「アメリカ帝国主義」も嫌いですが、アメリカの「自虐史観派」は、アメリカだけでなく、「差別的で反省しない日本」も大嫌いです。

    先の記事を書いたコールマン記者は、そうしたサヨク・エリート的史観を持つ人だと思われますが、彼はこう記事を締めくくっています。

    夫と一緒に原爆ドームの写真を撮っていたナカノ・キヨコさんは、無実の民の殺戮は犯罪であり、非難されなければならないという、平均的な日本人と同じ考えを持っている。

    しかし、多くの日本人とは違い、彼女は日本を犯罪者の中に数え、日本の非を隠そうとする勢力を厳しく批判する。

    「彼らは嫌な過去を隠したいのです。でも過去に向き合わなければ、日本は前に進めません」


    コールマン記者は、ナカノ・キヨコさんの言葉を借りて、日本の「右翼」だけでなく、アメリカの「右翼」を批判し、なおかつ良心の咎めなしに、自分の持つ罪悪感を軽減するアクロバットを演じているのです。

    日本でもアメリカでも、サヨクエリートは大メディアと学会を支配し、自虐的史観を抱いています。

    それに対して日本の保守は、日本の過去を黒一色に染め上げようとする自虐史観に違和感を感じ、日本には誇るべき過去もある、歴史はそんなに単純なものじゃないと主張します。

    アメリカの保守もやはり、アメリカの悪い過去ばかり強調する自虐史観に違和感を感じ、アメリカ人にはアメリカの輝かしい過去を語り継ぐ権利があると主張します。

    極めて似た構造です。

    では、原爆投下の正当性を強調するアメリカの「右翼」は、その対象である日本と、第二次大戦に日本の大義を見ようとする日本の「右翼」を憎悪しているのでしょうか?長くなったので、この続きは次回です。
    <つづく>

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