「平和ママ」ことシンディ・シーハンさんについてどこから話し始めたらいいでしょうか。
反戦運動の象徴としての彼女がその頂点を迎えた、9月24日からワシントンで行われた反戦デモの様子と、彼女を「作った」力についてのお話しからしていきましょう。
ワシントンの反戦デモ行進、10万人規模に
イラクに駐留する米軍の撤退などを訴えてワシントンで24日に行われたデモ行進は、10万人規模に膨れあがった。ホワイトハウス前で集会をした後、デモ行進が始まると大勢の参加者が繰り出し、一時は身動きがとれないほどだった。
集会では、イラクで戦死した米兵の母親で、派兵反対の象徴的存在になったシンディ・シーハンさんも登壇。「これ以上1人も死者を出してはいけない」などと呼びかけると、大きな拍手が起きた。
デモ行進はホワイトハウスのすぐわきを通る形で行われた。参加者数についてロイター通信は主催者の発表として「30万人」と伝えた。イラク派兵を支持する人が道ばたで抗議する姿も散見されたが、大きな混乱はなかった。反戦コンサートも開かれた。
ブッシュ大統領はこの日、米南部に上陸したハリケーン「リタ」の被災状況を視察するため、コロラドとテキサス両州を訪れており、ホワイトハウスにはいなかった。<朝日新聞より>
誇張された情報と矮小化された情報
盛り上がる反戦運動と追いつめられるブッシュ政権。日本だろうとアメリカだろうと、大メディアの描くデモのイメージは基本的に変わりません。
しかしメディアの報道には、意図的か無意識的にか、誇張された情報と、矮小化された情報があります。
誇張された情報とは、参加者の数です。
こうしたデモの成否を計る最も大きな要素は参加者の数で、主催者は水増しした数字を発表します。主催者の「インターナショナルANSWER連合」は、上の記事にあるように、参加者30万人と発表しました。
しかし明らかにそれより少なかったようで、どの記事も10万人か、せいぜい15万人という表現にとどまっています。そして各新聞の記事をよく見てみると、参加者の数字の後に「規模」と付けて曖昧にしたり、数字を括弧で囲んで、ワシントンポスト等のソースを示したりしています。
実は警察は公式にデモ参加者の数を発表をしていないので、数字はすべて推計なのです。現地でデモを見た人たちの中からは、10万人はあり得ないという声が上がっています。

集会の全景をとらえた貴重な空撮写真
集会のメイン会場 ホワイトハウス前のエクリプス広場の様子<Reuters>
集会のメイン会場 ホワイトハウス前のエクリプス広場の様子<Reuters>
確かに、反戦集会をノーカットで中継したケーブルネットワーク、C−SPANの映像を見ると、かなり閑散としています(映像はインターネットで見られます。すべて見ると3時間38分!暇で仕方ない方はどうぞ)。とても10万人の大集会とは思えません。
別にデモの参加者が1万人でも10万人でも、大勢集まったことは事実ですし、メディアというものは何でもかんでも大げさに伝えるということなら構いません。しかしそうではないから問題です。
実は今回の反戦デモにあわせて、それに対抗する保守派のデモが行われ、何人かのブロガーがデモの様子を写した写真を自分のサイトにアップしています。AP通信は、まかりなりにもカウンターデモに関する記事を配信しましたし、反戦デモ参加者との間で、なかなか活発なヤジの飛ばし合いになったようです。
この人たちのことは、冒頭で紹介した記事の中でも紹介されています。「イラク派兵を支持する人が道ばたで抗議する姿も散見された」とある部分です。
大きな組織が動員をかけたわけでもなし、カウンターデモの参加者数など知れたものです。しかし、確認も取れない疑わしい数字を10万人にまでふくらませつつ、一方のグループを「散見された」で済ませたり、無視したりする行為は偏向と呼びます。
朝日新聞の名誉のために言っておけば、これは何も一部の新聞に限ったことではありません。日本もアメリカも、既存のメディアはほとんどこのような伝え方をしています。
日本では、「良心的市民」によるデモは、少数によるものでも大きく報道され、それに反対する声はほとんど紹介されません。事情は、太平洋の向こう側でも同じなのです。
デモ主催者の正体
サヨク勢力とメディアの偏向に関する日米の共通項はこれにとどまりません。
扶桑社の歴史教科書採択で中核派が動員をかけていたように、日本では、ある程度大きなサヨク市民のデモには、必ずその背後に左翼過激派が隠れています。
しかしそれは日本独自の文化ではなく、アメリカも同様です。
今回の反戦デモを主催した「インターナショナルANSWER連合」とは、実はマルクス・レーニン主義を奉じる「労働者世界党(Worer's World Party=WWP)」の別働隊なのです。
WWPは、パレスチナゲリラはもちろん、金正日、カストロ等の独裁者を公然と支持する過激派です。
年に何度もデモを主催し、2003年1月にはワシントンとサンフランシスコでそれぞれ20万人を集めて平和デモを敢行した「ANSWER連合」にとって、数万人の動員などお手の物。むしろ今回30万人を集められなかったことは、反戦運動は衰退している証とすら言えるかもしれません。
右よりの市民運動には「右翼」、「保守派」という言葉を使い、左翼過激派の先導する市民運動を伝える記事には「左」という単語は出てこない。これは、国を問わず、21世紀初頭のマスメディアに共通する傾向です。
MAMA MOONBAT*
そんなメディアに愛され、一躍時の人となったのが、戦死した息子を持ち、ブッシュ大統領の牧場の隣で「大統領と話しがしたい」とキャンプを張った、「平和ママ」ことシンディ・シーハンさんです。
8月上旬にひっそりとキャンプを始めてからおよそ2ヶ月。平凡な戦死兵の母から、反戦デモの主役に上り詰めたその理由は、決して草の根から「燎原の火のように」広がった反戦ムードのせいではありませんでした。
彼女は当初からメディアに注目され、大新聞の記事と、テレビカメラの力で一躍スターダムに上り詰めたのです。
彼女と行動を共にする賛同者たちはせいぜい十数人と言われていますが、彼女のまわりにはそれを遙かに上回る数のカメラマンたちが常に群がり、彼女の価値に目をつけたサヨク著名人たちが群がり、さらにカメラの数は増えと・・・これが、「シンディ・シーハン現象」のからくりです。
当初シーハンさんは心から亡き息子のために行動していた風で、それが一般の人々の同情を誘いました。しかしやがて彼女の発言は一人の平凡な母親の言葉を逸脱し、左翼活動家のアジ演説へと変貌していきました。
そして「ブッシュに会う」という目的は、活動のための口実に変わりました。8月下旬、シーハンさんはこう語りました。
「(ブッシュ大統領が)私に会わなかったことに、とても、とても、とても感謝しています。だってそれにより平和運動に火がついて、盛り上がったんですもの」
一人の可哀想な母親から、極左組織が主催する「反戦デモ」の主役へ。彼女を変えたのはメディアで、彼女はメディアの被害者だという人もいるでしょう。
しかしぼくはそう思いません。確かに同情する立場にあるにせよ、彼女は最初から普通の母親などではなく、ゆがんだ理想を描き、世界をそれに合わせようとするペテン師でした。
大メディアは彼女の実態を見抜く眼力を欠き、暴走する彼女の一挙手一投足を追いかけて怪物を作り出し、最後には自らの偏向ぶりを世間に晒してしまうことになるのです。
さて、8月下旬にテキサス州のキャンプ地を離れ、仲間と三台のバスに分乗して「平和キャラバン」を繰り広げてきたシーハンさんは、9月22日にワシントン入りしました。
このときの様子を、ワシントンポストは、「シーハンと支持者、首都に 降臨」と伝えました。確かにこの時写した次の写真を見ると大勢の支持者に囲まれて、意気揚々とした雰囲気を醸し出しています。
しかし次の写真を見ると総勢わずか30人ほどで、少し寂しげです。
メディアとサヨクのランデブーは、いよいよクライマックスを迎えることになります。
<つづく>
*MOONBAT=スラングで「サヨク」を意味する言葉。




