2009年05月01日

水際作戦

1943年の初夏、第二次大戦で敗退を続けるイタリアの独裁者ムッソリーニは、「連合軍のイタリア上陸は水際で食い止められるだろう!」と豪語しました。しかしその演説が発表されたときには、すでに連合軍はイタリアの本土であるシチリア島を進撃中で、ムッソリーニの面目は丸つぶれになりました。「水際の演説」で知られる有名なエピソードです。

最近、豚インフルエンザに関連して、「水際作戦」という言葉をよく耳にします。ウイルスの拡大を、日本国内に入る前に水際で止めようというわけです。空港では、メキシコからの便に対して厳重な検疫対策が取られているようです。

なるほど、伝染病の拡大を抑えるには、水際作戦に勝るものはないように見えます。上陸されてしまえばある程度の被害は避けられないし、根絶するのは困難になります。ならば敵が脆弱なうちに叩くというわけで、それが一番簡単かつ確実であるように思えます。しかしながら、伝染病も、戦争も、水際作戦ほど簡単そうでいてうまくいかないものはありません。

「水際の演説」と同様に、「上陸してきたら大西洋にたたき落とす!」と自信を見せていたドイツも、ノルマンディで大軍に上陸を許すなど、戦争で水際作戦が成功したのは、それこそ遙か昔の元寇くらいなような気がします。しかも神風の助けを借りて。

というように、滅多に成功しない水際作戦ですが、戦争における水際作戦でなにより特徴的なのは、上陸を許してしまうととてももろいということです。イタリアもドイツも、水際作戦に失敗したあとは、1年ともたずに白旗をあげています。敵を水際で止めるためには、長大な海岸線に大軍を貼り付けておかねばならず、そのため一度上陸を許してしまうと、敵の侵攻を食い止めるだけの予備兵力が不足し、いいようにやられてしまうのです。

もちろん、成功すればそれに越したことはない水際作戦のために海岸線に大軍を並べ、かついざというときのために十分な予備兵力も後方に温存しておければいいのですが、どんなに強大な国家でも、そこまでの余裕はありません。限られた予算、資源、マンパワーの中から優先順位をつけてやりくりせねばならず、だからこそ、「あっちを立てればこっちが立たず」で、水際作戦を優先して失敗してしまうともろいのです。

今回のインフルエンザ騒動で、政府はとてもよく仕事をしているように見えます。WHOによれば、「水際で止めることは不可能」だそうですが、それでも水際で止めるために大がかりな検疫体制をとり、かつ、上陸を許した後の対策も整えているようです。

どこかの国のニュースでは、サーモグラフィーによる発熱検査は何の意味もないということですし、たまたま見たロシアのニュースなどでは、「そもそもインフルエンザで毎年1万人以上死んでいるので、今回の件で大騒ぎするのは解せない。ワクチンの特許を持つアメリカの製薬会社の影を疑う声もある」などというひねた伝え方すらしていましたが、それでも、万が一に備えて出来る限りの手を打つのは立派な態度に違いありません。

第二次大戦で硫黄島の防衛を任された栗林中将は、米軍の上陸を水際で食い止めるのは不可能だと判断し、陣地を内陸に移して1日でも長く敵を釘付けにすることを目指し、その目標を果たしました。輝かしい勝利とはとても呼べませんが、限られたリソースに優先順位をつけて運用し、できるかぎりの効果を生んだ好例です。

栗林中将は名将といわれますが、彼と反対の態度を取る指揮官を愚将、あるいは凡将といいます。たぶん彼らは、中将と同じ立場におかれた場合、水際作戦を捨てきれず、こんな風に言うはずです。

「内陸の陣地に下がるのは勝利を捨てるのと同義。ほんのわずかでも可能性がある限り、水際での撃退に賭けるべき」。

絶望的な戦いに挑み、最後はバンザイ突撃で玉砕したりして、それもまた勇気ある立派な態度といえるのかもしれませんが、それだけです。

指揮官として究極の判断を強いられ、それを実行した栗林中将などに比べると、新型インフルエンザという敵の来襲に備える今の日本政府の指揮官たちは、水際作戦で敵の上陸をくじくことに全力を投入しつつ、かつ上陸を許した場合にも万全の体制で備えられるほどに無尽蔵のリソースを有する超裕福な超人集団なのかもしれません。

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