2009年07月11日

ペタペタについて

KJ法の生みの親である文化人類学者の川喜多二郎氏が、今月8日にお亡くなりになったそうです。

「KJ法」創始者、文化人類学者の川喜田二郎さん死去

KJ法についてのウィキ

白状すれば、ぼくはKJ法ということばをこのニュースで初めて知りました。ぼくの中ではKJ法は「ペタペタ」です。

なぜペタペタかといえば、ペタペタをしたことのある人ならわかると思いますが、ポストイットにトピックを書いてペタペタとボードに貼っていき、ああでもない、こうでもないと、みんなでペタペタ貼りかえるからです。

そしてこのペタペタという手法は、ドキュメンタリー等のテレビの番組制作の場で欠かせないものとして定着しています。欠かせないものどころか、「テレビドキュメンタリーとはなんぞや?」と問われれば、「ペタペタだ」と答えてもいいほどのレベルです。

テレビ番組の小道具に、フリップ(NHK用語ではパターン)というものがありますが、少し大きめのフリップの裏はペタペタをするのにちょうどよく、番組を作るおりに局内のあちこちから使用済みのフリップを調達してきて、それを壁に立てかけてペタペタとやるのです。

petapeta.jpg


十数年前にペタペタをしている人を初めて見たとき、「この人バカなんじゃなかろうか?」と思ったぼくは、もともとペタペタがあまり好きではありません。

ペタペタをして、ああでもない、こうでもない、とストーリーラインを揉むようでは、そもそも企画自体に問題ありで、要するにペタペタというのは、本来は一筆書きのようにスッと行くべきものが失敗したときの、失敗作救済法だと今でも思っています。

ですから、ペタペタに頼るようになったら負けだと、可能な限りペタペタをしないで済まそうとしてきました。しかし民放はそれでいいのですが、NHKで仕事をするとなるとペタペタは避けて通れません。

予算とマンパワーに余裕があるNHKでは、民放と比べてプロデューサーは暇です。だから番組作りの細かいところまでかかわりたがります。ディレクターの思考をブラックボックス化することを嫌がり、時間をかけて一緒に番組を作ろうとします。そこでペタペタの出番となります。NHKスペシャルなどになると、ペタペタスペシャルと名前を変えるべきと言いたくなるほどにペタペタの修羅場となります。

グループシンキングをする場合、ペタペタは悪くないとぼくも思います。しかし万能ではなく、欠点もあります。

ぼくは、3分の作品と10分の作品と1時間の作品では、それぞれテーマから構造までぜんぜん違うと考えていて、そういう態度で制作にのぞむのですが、ペタペタというのは、尺の長さによる違いをはじめ、ペタペタで表現できない部分を全然考慮しないシステムなのです。

だからペタペタに慣れたNHKのディレクターの中には、10分のVTRを作るのに、一編(最初の編集)で、1時間の長さにつないだりする猛者もいます。プロデューサーも、最初から10分程度のVTRを作ってくるぼくのような人間よりも、そういうタイプを歓迎したりして、ここはいらない、あれもいらないと、一緒にシコシコと不要な部分を削っていきます。

そうして出来上がったものを見ると、あちこち接ぎ木したようで、なんかガチャガチャしています。ぼくはペタペタによる傑作を見たことがありませんし、ムダに時間ばかりかかり、ディレクターは思考をまわりにゆだねる習慣がつくだけで、そういう風に見ていくと、ペタペタというのは、実際の効果よりも、みんなで考えたような気になれる手法という気もして、プラスよりもマイナス面の方が多いように思えます。

しかしNHKで仕事をするかぎり、ペタペタは避けて通れません。へたをすると、きれいに出来上がりかけていたものがバラバラに解体され、見るに堪えないフランケンシュタインにされてしまいます。だからNHKで何度か仕事をするうちに、ぼくは自然とペタペタ地獄を逃れる方法を身につけました。

これはブレインストーミングの段階からペタペタをする場合には無理で、自分の中で作品の方向性が決まっているときしかできないことなのですが、全体の中にわざと、よく考えてみるとおかしい部分を残しておいてペタペタにのぞむのです。

時間をもてあました大抵のプロデューサーというのは、心底いいものが作りたいわけではなくて、「オレのおかげでいいものに仕上がった」という感覚を抱きたいだけなので、おかしな部分を見つけさせてあげると、ヘタに文句の付けようもないものを見せられるよりも喜びます。

さらにいいことに、明らかにおかしな部分があると、他の小さな欠陥がかすんでしまって目に入らなくなるので、作業はとてもスムースに運びます。

悪賢いですね。でも、普段からペタペタに頼り過ぎている人に限って、こういうやり方にコロリと引っかかるのですから、これもペタペタの弊害のひとつといえばいえなくもありません。

川喜多氏の訃報をきっかけにして、ペタペタについてあれこれ考えてみましたが、改めて自分でも、ぼくはペタペタが嫌いなのだとよくわかりました。



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