ところで今月日本で、「バーダー・マインホフ・理想の果てに」という映画が公開されます。「実録連合赤軍」と全く同時期にドイツで活動した過激派の話で、日本では「おくりびと」とアカデミー賞外国語映画賞を争ったことで知られています。
以前ぼくは、この映画の主役であるバーダー・マインホフ・グルッペ(アンドレアス・バーダーとウルリケ・マインホフを軸に活動したグループなのでそう呼ばれる)に興味を持ったことがあり、この映画の原作も読んでいたので、しばらく前にこちらの方を先に見ていました。そして今回たまたま「実録連合赤軍」を見たのですが、同じ時代に、同じ夢を見て洋の東西で起きた若者の反乱が、異様なほどシンクロしていながら、かつ異様なほど正反対であることに改めて打たれました。
手配ポスター 上列左から2人目がバーダー
「実録連合赤軍」で描かれる日本の過激派は、暇さえあれば仲間内で共産革命について議論していて、その過程で「自己の共産主義化が足りない!」とか「総括しろ!」とかいう話になって、仲間をリンチで殺しまくります。
一方ドイツの過激派、バーダー・マインホフ・グルッペことRAF(赤軍派分派)は、細かい議論などほとんどせずに、アンドレアス・バーダーというリーダーのカリスマで突っ走ります。やることはバイオレントで、日本の過激派が悶々と総括している間に、米軍施設やら保守系新聞社やら、ばんばん爆破して人を殺していきます。
グループ内での確執は当然出てきますが、日本のように「おまえはスターリン主義者だ!」などと言いがかりを付けて処刑することはなく、去りたい者は去れで離反者を止めたりしません(1人粛清したという説もあるが確認されていない)。
またドイツの過激派はグラマラスです。日本の過激派はやたらと禁欲的で、女性のメンバーがおしゃれな服を着たりパーマをかけたりすると、「共産主義化が足りない!」という話になって陰湿なイジメが始まります。しかしドイツの過激派はクスリはやりますし、平気で人前でいちゃいちゃしますし、逃走する際に好んで盗む車はBMW(バーダー・マインホフ・ヴァーゲンと呼ばれた)ですし、おかげで当時はマニアックなスポーツカーメーカーにすぎなかったBMWは脚光を浴び、一躍メジャーなメーカーに成長したという逸話もあります。やることは外道ですが、ロックスターのような魅力も備えていたということです。
左は反抗声明書に添付していたポップなRAFのロゴ。右は当時西ドイツで流行した「私はバーダー・マインホフ・グルッペではない」というバンパーステッカー。これを貼ってBMWに乗るのが粋だった。
彼らは日本であさま山荘事件が起きたのと同じ1972年に逮捕されましたが、逮捕後の態度も日本の過激派とぜんぜん違います。感傷的なムードの中あっけなくリンチ殺人等についてゲロした日本の過激派に対し、ドイツの過激派はまるで態度を改めず、法廷闘争を続けながら脱獄のチャンスを待ちます。
そしてその後、日本でもドイツでも、彼らの跡を継ぐ新たな過激派が現れ、国内外で凶悪なテロを起こして収監中の仲間の釈放を迫り、両国共に1977年に起きたハイジャック事件を契機に、テロの時代は終息に向かいます。しかしここでも両者は決定的に対称的です。
日本の場合、ダッカ空港日航機ハイジャック事件で、当時の福田首相は、「人命は地球より重い」と語ってテロリストに譲歩し、超法規的措置で身代金を払い、収監中のテロリストを釈放しました。しかしその1ヶ月後に起きたドイツのルフトハンザ機ハイジャック事件では、ドイツ政府は一切譲歩せず、対テロ特殊部隊GSG9を投入して制圧しました。
というわけで、同じ現象でありながら、何から何まで正反対な両国の過激派群像ですが、もうひとつ、もしかしたらさらに大きな違いがあります。それは、事件を語るナラティブの違いです。
日本では、この「実録連合赤軍」以前にも「突入せよ!あさま山荘事件」や「光の雨」という映画が作られました。そしていずれの作品にも共通するのは、テロリスト側か官憲側か、どちらか一方の視点から描かれているということです。「突入せよ!あさま山荘事件」は官憲側の視点からのみ語られますが、それへのアンチテーゼである「実録連合赤軍」の方は、テロリスト側からの視点のみで語られています。
ドイツでも、バーダー・マインホフの話は過去に何度か映画化されています。しかしそのどれも、どちらか一方の視点からのみ描かれたものではありません。
これは何も、語り部の態度として両者の視点を尊重しているからではありません。どこで読んだか忘れてしまいましたが、「バーダー・マインホフ」の監督は、当初テロリスト側からの視点だけで描こうとしたそうですが、ストーリー上難しいので、官憲側の視点を随所に入れることにしたといいます。
確かにその通りで、ドイツの場合、一連の出来事は、テロリストと官憲の動きが、両者がまるで物騒な文通でもしているかのようにインタラクティブに作用しつつ進展するため、どちらか一方の視点からのみ描くのは不可能なのです。
ところが日本では、どちらか一方だけから描くのは十分に可能です。というより、どちらか一方から描かないと、ただのイベントの羅列と化して、物語として成立しにくいような気さえします。
その分析をし始めると長くなりそうなのでここでやめておきます。いずれにしても、「バーダー・マインホフ」という映画は、単体で見ると日本人にはピンと来ないかもしれませんが、日本の学生運動回想映画と対比して見ると、なかなか興味深い映画だと思います。
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