2009年07月24日

来るべき日本の時代

こんなタイトルのコラムを見つけました。

Gerontocracy, Idiocracy, and the Coming Japanese Century

カミング・ジャパニーズ・センチュリー、来るべき日本の時代です。来るべき○○の時代といえば中国で決まりな昨今、こんなセリフを聞くのは15年ぶりくらいです。

さて、なんで日本の時代になるのかというと、こういうことです。このコラムは先進国の少子化(人口の高齢化)について論じているのですが、先進国での人口の高齢化を避けられないことと断じ、ゆえに、

人類がこうした時代を隔てる橋に差しかかったとき、最初にその橋を渡る国は、他の国々に対して大きく先行することになる。農耕社会から最初に工業化したイギリスは、その後長く世界を支配した。それと同様に、この人口変異を乗り切る道を最初に見つけた国は優位に立つことになる。その一番の候補は、すでにその橋に乗りかけている日本だ。そうであるならば、22世紀は日本の時代になるだろう。

以前同じようなことを、別のところでも読んだことがあります。それはヨーロッパの移民問題を論じるフォーラムで、「ヨーロッパの移民は深刻な社会問題と化しているのに、経済的な都合の前に移民は受け入れざるを得ないものとされている。しかし恐らく日本は積極的に移民を受け入れることはなく、自力で人口の高齢化を切り抜ける道を必死に探そうとするはずだ。日本が解決策を見つければ、ヨーロッパのお手本となり、世界の潮流は変わるだろう」というような意見でした。

要するに日本は世界のモルモットというわけで、あまり嬉しくありません。嬉しくはありませんが、事実です。

今はまだ多文化共生と移民の受け入れが無条件に賞賛される時代ですが、西欧において移民の問題が無視できなくなるにつれ、こうした意見はあちこちで聞かれるようになると思います。

なぜ豊かな民主主義国家は一様に少子化するのか。少子化を克服するにはどうすればいいのか。これは単に政策だけで解決する問題ではなく、社会思想、経済、科学とあらゆる分野でのブレークスルーが求められている気がします。そしてそのやっかいな作業に社会の存亡をかけて否応なしに取り組まざるをえない国があるとするなら、確かに日本しかないのです。



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