2009年07月31日

ニュースはコメディである

マスコミの作り出す空気に惑わされて、訳の分からないうちに「歴史的な政権交代」劇を見させられそうな我が国。

5年前の選挙は劇場型と散々批判されましたが、なにはともわれ明確な争点を軸に戦われたあのときと比べると、争点らしい争点もなく、にもかかわらず無闇に「歴史的」とばかり叫ばれる今回は、気味悪ささえ感じます。

こういう事態を見て、「日本のマスコミはひどい」という声があちこちで聞かれます。しかし間違えてはならないのは、どこの国でもマスコミはひどいということです。

例えばジャーナリズム先進国と思われているアメリカ。

アメリカマスコミの情報を間接的に浴びる日本人の多くは、オバマというと頭脳明晰な切れ者というイメージを持っていると思いますが、実は麻生さん顔負けのおバカぶりを何度も発揮しています。

前大戦での日本の降伏を、「ヒロヒトが降伏文書にサインした」と言ってみたり、advice という名詞の綴りを advise と間違えてみたり、オーストリアを訪問したときの演説で「オーストリア語」と言ってみたり、メキシコ大使の前でスペイン語で5月4日と言おうとして、4月4日と何度も繰り返してみたり・・・。

先日アラスカ知事を辞職したペイリンさんに対しては、日本にまでおバカの評判が伝わってくるほどの揚げ足取りをするのに、オバマさんのミスはほとんどスルーするというむごいダブルスタンダードぶりです。

先日タイム誌は、今アメリカで最も信頼あるニュースキャスターは誰かという投票を実施したのですが、1位はなんと、コメディニュースショーの司会者、ジョン・スチュワートでした。

所詮ネット投票ですからこんな結果は何のアテにもなりません。しかし日本人的に驚いてしまうのは、この結果をシャレとして受け取らずに、大まじめに彼を「現代のクロンカイトだ」と呼ぶアメリカ人もとても多いということです。

アメリカのコメディアンというのは日本のお笑い芸人とはぜんぜん違い、たいてい時事問題にものすごく長けていて、それを鋭い風刺で切るところに匠を発揮します。コメディという皮を被って右も左もタブーなしにぶった切るスチュワートさんの番組を、日本の感覚でコメディと捉えると見誤ります。


M・ジャクソンの死亡報道を茶化すジョン・スチュワート


とはいうものの、やはりコメディはコメディ。ギャグをいえば「ワハハー」と笑い声が入る、あくまでフェーク・ニュースショーです。スチュワートさんへの支持は、従来のマスコミニュースに対する批判の裏返しといえます。投票の結果を伝えるハフィントンポストの記事のコメント欄を見ると、「マスコミのニュースに失望している」という声で埋め尽くされています。

こんな投票しなくてもわかってるよ!マスコミはゴミだ。そしてさらにひどいのがそれを気づいていないことだ。

マスコミがジャーナリズムを失わなければ、こんなことにはならなかっただろうね。でも今政治を斬れるのは彼しかいない。マスコミを斬れるのもね。

ニセのニュースマンがマスコミのおしゃべり人形キャスターより信頼があるとは、アメリカのニュース界に対する最高の告発だね。こうしてマスコミのひどさを認識できるのもスチュワートのおかげだよ。

政治を学んでる学生だけど、マスコミのバイアスには閉口してる。スチュワートのショーは毎晩見てるよ。彼は率直でいつも外さないからね。

ジャーナリズムには尊敬に値する知性も技術もプロ意識もない。今のアメリカじゃ何もジャーナリズムに限ったことじゃないけどね。もう60超えてるけど、こんな軽薄な国になるとは予想もしてなかったよ。

64歳のベトナム帰還兵でリベラルだけど、悪趣味なエンターテイメントに堕しているマスコミのニュースは見てられない。スチュワートのショーは一番信頼できるニュースメディアだよ。

69歳だけど同意見。マスコミはニュースと呼ぶのをやめて欲しいね。

とうわけで、マスコミがマスゴミなのは日本だけではなく、世界中そうなのです。日本だけが悪いとなれば、マスコミ構造改革をしたり、ジャーナリズムの倫理を説いたりすれば改善するような気もしてきますが、そうではありません。マスコミというのは、世界のどこでもマスゴミであり、ぼくたちは、そういう厄介者と付き合っていく覚悟を持たなくてはならないのです。



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