クロンカイトというと、日本では筑紫哲也氏が日本のクロンカイトを目指していたことで知られていますが、1972年に行われたアンケートで「アメリカで最も信頼できる男」に選出されたことで、今もそのキャッチフレーズで呼ばれています。
そのクロンカイトさんで最も有名なエピソードのひとつが、ベトナム戦争の帰趨を決したといわれる放送です。1968年2月27日、クロンカイトさんは、終結したばかりの「テト攻勢」について伝え、「今やベトナムで勝てないことが明白になった」と訴え、アメリカの厭戦ムードを決定的にしました。
テト攻勢というのは、南ベトナムの主要都市に対して北ベトナムが仕掛けた大規模なゲリラ戦で、米軍の反撃により、北ベトナム軍が壊滅的な打撃を受けていたことがその後明らかになっています。しかし「アメリカで最も信頼できる男」のひと言でアメリカの銃後は総崩れとなり、時のジョンソン大統領に「クロンカイトを敵に回したらもうだめだ」と嘆かせたのでした。
"It seems now more certain than ever that the bloody experience of Vietnam is to end in a stalemate."
クロンカイトさんがそれほどの影響力を得られたのは、彼のそうした主張に説得力があったからではありません。それまでの彼が私情を交えない客観報道に徹していたからです。「客観的でフェア」というのが彼の代名詞であり、だからこそ視聴者は、ここぞという所で出た彼の意見を素直に吸収したのです。
これは視聴者に対するひどい裏切りです。テレビジャーナリズムの絶頂期を生き抜いたクロンカイトさんは今も尊敬を集め、劣化した現代のジャーナリズムが立ち返るべき存在と讃えられていますが、現代のジャーナリズム不信へと至る種は、クロンカイトさん自身によりまかれていたのです。
さて、「客観的でフェア」を売り文句にして、ゴミ情報を高く売りつけるーーこれは前回のエントリーで紹介したコメディアン、ジョン・スチュワートの姿勢と正反対です。
スチュワートさんの番組はあくまで「偽ニュース」ですから、客観的でもフェアでもありません。あえて笑い声の効果音を入れてコメディであることを強調した上で、意図してバイアスをかけまくります。そうしてあらゆる情報をゴミ扱いすることで、逆に真実を浮かび上がらせるのです。
これは「なぜニュース報道は劣化したのか?」という問いに対するひとつの解答であり、スチュワートさんに与えられた「現代のクロンカイト」という称号は、大げさではなく真理を突いているといえます。
クロンカイトさんは、「客観的でフェア」という権威を武器にして政治を動かしましたが、もしスチュワートさんが政治を動かそうとすれば番組はコメディではなくなり、彼に対する信頼は瞬時に失われます。いくら人気が出ても権威は持てないこの状況は、正統ジャーナリズムがそうあるべきとしながらできない姿勢で、その意味でもコメディニュースは、マスコミ権力の暴走を心配せずに楽しめる、現代に残された数少ないニュース鑑賞媒体なのです。
これからのマスメディアニュースは、徹底してたんたんと客観的な事実を伝えるもの(人気はまったく期待できませんが)と、絶妙のバランス感覚を備えたコメディアンにより仕切られる偽ニュースに二極化していくのかもしれません。