2009年08月02日

もしたけしが20歳だったら

お笑い芸人に限らず、アイドルから何から、ここ数年のテレビ界は世代交代が進まないなとぼくも常々感じていたので、この記事を興味深く読みました。

ビートたけしの「テレビ界の世代交代が進まない理由」

この記事に対するはてぶのコメントを読むと、ビートたけしの若手芸人に対する謙虚さと懐の深さに感心する人が多いようですが、ぼくはちょっと違う風に受け取りました。

弱肉強食の芸能界で生きてきた人はけた外れに負けず嫌いです。歳なんて関係なくみんなライバルで、「古い人」とは絶対に呼ばれたくない。ただそれでも時代には逆らえずに若手に追い越されてしまい、仕方なしに「最近の若いのは」と愚痴る。それがあるべき姿だと思うのです。

ところが、もう何十年も芸能界のトップに君臨し続けている超ベテランの口から若手を賞賛する言葉しか出てこない。これは若手にまるで脅威を感じていない証で、本当に芸能界は世代交代が進んでいないし、その気配すらないのだなと、改めてそう感じさせられました。

ではなぜそうなのか?それについては、同じ記事の中でたけし自身がヒントを出してくれています。

ある時期さ、走り高跳びで「ベリーロール」とか「ロールオーバー」とかやってて、「背面跳び」になった瞬間のすごさってあるじゃないですか。あれでオリンピックでぜんぶ背面跳びで世界記録出したでしょ?

でも、最初に背面跳びやった奴は、それだけだよ。記録があとぜんぜんこんなに違うから。でもその人が歴史に残る。だから実力的に今の人のほうが絶対に上だけど、「あ、それオレやったことある」みたいな、優越感だとしたらそこの部分くらいだね。で、やっぱり今のほうが上じゃない、そのアレンジしたやり方だったら。


つまり、背面跳びとは違う跳び方をする選手がでてこないのです。

技術的にいくら前の世代を凌駕しても、手法が変わらなければ前の世代は「古く」なりません。たけしがカントなら、今の若手はカント哲学の枠内で哲学を語っているようなもので、そうである限りは、カントはいつまでもリアルタイムで大御所であり続けます。ヘーゲルになり、ショーペンハウアーになり、ニーチェにならなくては、カントは古くなりません。

テレビ芸能というのは、まさにそうした手法の進化でダイナミックに世代交代してきたのですから、たけしのこの発言は、今の若手芸人たちに対する、下手な苦言など比較にならないほどに辛辣で厳しいものだと思います。

その根源的な理由は、おそらくテレビ局が若手に活躍の場を与えないからではありません。突き詰めれば、もしたけしが今野心に溢れた20歳の若者だったら、テレビタレントを目指しただろうか?ということだと思います。

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