2009年08月25日

勝利に酔いしれるマスコミ

4年前の「郵政選挙」と、今回の「拷問選挙」は、同じようにムード選挙の側面を強く持ちますが、ムードはムードでもまるで異質なムードです。

前回の選挙は、まさに小泉純一郎というカリスマ政治家により作り出されたムードでした。主役と演出は小泉さんで、彼は自分の言葉と行動で人々を酔わせました。

そのときマスコミはどうしたか?マスコミも荷担して煽動したと感じている人は多いと思いますが、総体としてのマスコミは小泉さんを大嫌いでした。マスコミからすれば、小泉さんなど所詮マスコミの力で持ち上げてみたピエロにすぎません。にもかかわらずマスコミの進言に耳を貸そうとせず、内政も外交も、マスコミに根強い左派的価値観を足蹴にし、配下の安倍さんにマスコミ攻撃をさせた男など、サポートするわけはありません。マスコミの内部にいて、「史上最低の総理だ」という罵りを多く聞いたのは、森、小泉、安倍、そして麻生の4人でいい勝負です。

小泉政権の政策を頭で評価して応援していたマスコミ人は、ごく一部にすぎません。その他大勢は、今麻生さんに対してそうしているように、彼を叩き潰そうとしたのです。でも、ダメでした。叩けば叩くほど、叩いた方が醜悪に見えてしまうのです。小泉さんのカリスマと言われる所以です。それどころか、ただ小泉さんについて報道しただけで、彼の個性はどうしようもなく際立ち、見る者にその存在感を印象づけてしまいます。応援など金輪際したくないのに、何をしても宣伝することになってしまうのです。

やがてマスコミは反抗する気力を失い、郵政選挙直後の小泉チルドレン報道などは、見ていて痛々しいほどのおもねりようでした。それはマスコミの敗北宣言で、総体としてのマスコミがあそこまで意志を失い無力化されたのは、少なくてもぼくの知る80年代以降、初めてのことだと思います。

一方今、300議席を超える地滑り的大勝利をしそうな民主党には、小泉さんに比するキャラはいません。鳩山兄?管?岡田?小沢さんは、民主党合流以降マスコミにさんざん持ち上げられてきましたが、鋭いコメントをするわけでもなく、印象的なパフォーマンスをするわけでもなく、基本的に愛されるキャラではありません。党全体としての印象も、若さを前面に押し出すわけでもなく、女性候補を売りにするわけでもなく、タレント候補攻勢をかけるわけでもなく、イメージは中途半端に分散しています。

では政策で勝負しているかといえば、そういうわけでもありません。その政策は、直感に訴えかける輝きもなければ、新しい時代を予感させる新鮮さもなければ、地味ながら味わい深いというわけでもなく、改革路線を踏襲する政策と、かび臭い社会主義的政策と、水と油のような政策のごった煮で、芯のないポピュリズムの最たるものです。ついでに「マニフェスト」もころころ変えて、自ら提案したマニフェスト選挙を骨抜きにする始末です。

民主党という商品は、ほとんど何一つ、消費者を夢中にさせて旋風を巻き起こすような要素を持ちません。本来ならこれは、政権奪取を狙う野党としては致命的な欠陥です。にもかかわらず、郵政選挙なみの、あるいはそれ以上の地滑り的勝利をしかねないというのは異常事態です。そしてそれを可能にしたのは、マスコミの力です。

徹底したネガティブキャンペーンで安倍政権をつぶし、麻生政権に対する生理的嫌悪感を植え付け、「歴史的」をあおり・・・、新聞の一面には連日大きな「政権交代」の隠し文字が躍り、テレビでは、「政権交代」のサブリミナル放送が行われているようなものです。

選挙というものがムードに左右されるのは仕方のないことで、古くはマドンナ旋風が吹き荒れたり、新党ブームに沸いたり、むしろムードに流されない選挙はありませんでした。小泉旋風もムードで、今回もムードです。

しかし特にムード性の強い前回と今回の選挙におけるマスコミの役割は180度違います。4年前の郵政選挙では、マスコミは意志を持たない拡声器にすぎませんでした。しかし今回はマスコミの意志こそすべてであり、個々の政治家や政党など、その駒にすぎません。

今回の選挙の勝者は民主党ではありません。マスコミです。

昨日紹介した朝日新聞の天声人語は、「久しぶりに、いや初めて『歴史』に関与している感慨を覚える」と書いていましたが、恐らくこれは誇張ではなく本音です。今マスコミは、高揚感に浸っているのです。4年前の雪辱を果たし、自らのペンとカメラで民心を操り、うだつの上がらない政党に大勝利をもたらした自らの力に酔いしれているのです。

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