2009年08月29日

ひるむマスコミ。だがもう遅すぎる。

田原総一朗さんが、最近のマスコミの選挙報道をめぐる変な風潮についてこぼしています。

私は日曜の番組の冒頭で、「民主300議席超、と各紙が書いているので、私は少し、麻生さんの応援をしたい。残酷な応援だけどね」としゃべったが、これに対するクレームがすごかった。「田原は自民党の犬か」とまで言われた。

テレビも含めてマスコミは今、守りに入ってきている。問題を起こすのを避ける空気が強くなっている。クレームが来るのを、嫌がっている。

しかも最近は、まともに突っ込むと批判が多くなる。何となくいやな時代だなと感じる。

『民主圧勝、自民激減』報道の裏で置き忘れられたもの

マスコミは議論を避けている、議論をしようとしても世間が許さない・・・「マスコミは今、守りに入ってきている」という意見に首是します。いや、少し前までは喜々としてアグレッシブに麻生首相を叩いていたのですが、特に民主が300議席を超えそうだという調査結果が出たあたりから、一部の確信犯を除いて、目に見えて慎重になってきています。

田原さんは、民主が圧勝しそうな理由をこう述べます。

私は、その理由はわりと単純だろうと思っている。

それは、国民の多くが「このへんで一度、政権交代をさせたほうがいいのではないか、こんなに長く、1955年から一回も野党が政権を握れないのは異常だ」と考えているからだろう。

「そんな国は共産主義にしかない。このへんで政権交代させたほうがいいのではないか」という思いを持ち、そして、「政権交代となるならば、自分自 身が政権を変える一員になりたい、政権交代に参加したい、新しい政権をつくれるチャンスだ」と、国民の多くが考えているからだろう。

一方で、自民党のどこが悪いとか、民主党のどこがいいとか、もっと言えばマニフェストなんかは、もうどうでもよくなってしまった。

「マニフェストなんかは、もうどうでもよくなってしまった」というのはその通りだと思います。民主も自民も、基本としてどっちを向いているのかよくわかりませんし、各党のマニフェストを吟味して投票先を決めている人は、極めて少数なはずです。

要するにもう誰も、政策なんて聞いちゃいません。マスコミがあんまり自民を叩くものだから、自民に対して理屈ではなく生理的な嫌悪感を植えつけられて、かつ「歴史的、歴史的」と連呼するものだから、歴史的なビッグイベントに参加する高揚感で民主にドっと流れたと。こうなると議論もなにもありません。ただワッショイ、ワッショイです。

だからマスコミは慎重になっているのです。

民心に火をつけようと団扇でさんざん煽っていたらうまい具合に火がついて、最初のうちは得意になっていたけれど、やがて火の勢いが予想以上に強くなって制御不能に陥り、焦り始めているといったところでしょうか。

でも一度勢いがついた火がなかなか収まらないように、煽られてのぼせた群衆というのは、集団ヒステリー状態になって、ちょっとやそっとでは正気に戻りません。田原さんの番組に感情的なクレームが多く舞い込むようになったのはそういうことで、猛り狂う火は、火をつけた放火犯さえ飲み込んで、燃えるものがなくなるまで燃え続けます。

こういうことは、マスコミの誕生以来幾度もありました。

日本において本格的に新聞が普及した日露戦争後に早速起きた「日比谷焼き打ち事件」に始まり、そしてもちろん対米戦争もそうです。教科書的には、軍部が新聞を押さえつけて、国民を戦争に導いたとされていますが、当時のジャーナリズムは、マスコミの性に従い、率先して大衆を焚きつけたのです。

真珠湾攻撃の1ヶ月前、衆議院で有名な「国策完遂に関する件」の決議が全会一致でなされました。これは、「国民の用意はできているから、いつまでもだらだら交渉などしていないで、早くアメリカと開戦しろ!」という決議です。

すなわちわが国の現にやっているこの支那事変の完遂途上に横たわっているところの最大の障害物が何であるか(「撃て」と叫ぶ者あり拍手)アメリカを主体とする敵性国家群の横やりから来ているのである(拍手)・・・正義を蹂躙し、好意を無視し、独立を脅威し、さらに正統なる進路を遮断せんとするような態度に対して、これをこのまま受け入れて、侮辱、威嚇に屈して自滅を待つがごときことは、我々の正義感、我々の愛国心が絶対にこれを許さないということを言っておきたいのである(拍手)およそ我々の経験で、話をして分からぬ者がよくある、しかしながら話をして分からない者はなお分からせる方法工夫がある、ひとり分かっておりながらなお分からないと称して理屈をこね回しておるところの者に対してなすべき事はただひとつのみである(「ヒャー」拍手)我々はこれまでたびたび不退転の決意、大いにやる、こういうことを聞かされている、・・・しかしながら決意である間は、牢固であるか、弱乎であるか分からないのである(拍手)決意の牢固たることは、宣伝では決まらない、実行によって決まるものである(拍手)これを私は責任ある当局が深く考える必要があろうと思うのであります。

「国策完遂に関する件」島田俊雄議員の演説

まだ政党政治が行われていたこの頃、選挙で選ばれた国民の代表たる議会が、タカ派の軍人首相である東条英機にこう迫ったのです。まだ交渉を諦めていなかった東条首相は、威勢良くこう迫られて、きまりの悪い答弁をしたのでした。

煽られた国民は、いつの間にか軍部の強硬派さえ追い越していたわけで、こうなると冷静な状況認識も何もありません。この決議の数日後に、有名なハル・ノートを突きつけられた東条内閣には、もはや開戦の道しか残されていませんでした。そして燃え上がる炎はあらゆるものを焼き尽くしたのです。

今の日本にはもう戦争をする力はないでしょうが、焼け野原になる方法は戦争だけではありません。日本の経済がバーストすれば、日本のみならず世界は、昨今の金融恐慌など比較にもならない地獄に突き落とされるのですから。

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