2010年01月13日

日本の負けパターン

日本の情報空間の中にいると見えなくなることがあります。

例えば前回は地球温暖化について書きましたが、国際会議の場などで「地球温暖化に対する危機意識が足りない」などと欧州諸国にたしなめられてばかりの日本は、「環境意識後進国」のような気がします。

しかし実際のところ欧州でどれだけの人が地球温暖化を信じているかというと、例えばイギリスでは、去年11月の調査によれば、わずか41パーセントの人しか温暖化論を鵜呑みにしていません。この数字は、欧米で大スキャンダルとして報道された「クライメート事件」発覚前のものであり、記録的な寒波もありますから、もし今調査すれば、さらに大きく下がることは確実です。

Global warming is not our fault, say most voters in Times poll
(Times Online 2009.11.14)

同じ調査を日本でしたらどんな結果になるでしょうか?恐らくずっと高いと思います。日本にいる外国人の中には、「この国の温暖化信仰はひどすぎる」と感じている人も少なくありません。なにしろクライメート事件をこれほど小ネタ扱いし、温暖化論に対して論陣を張ることをタブー視し、健全な懐疑心と批判精神を発揮する新聞社もテレビ局もない国は、日本くらいなものです。

欧米の優等生知識人の言葉を真に受けて、「バスに乗り遅れるな」とばかりに政府、マスコミあげての温暖化キャンペーンにはげんでいる日本ですが、欧米の社会というのは決して一枚岩ではありません。自信満々に温暖化防止を訴える政治家の背後には、それに対して真っ向から疑問を唱えるマスコミと市民がいて、政治家などというのは、世論の変化に合わせてコロリと態度を変えたり、クビをすげ替えられたりするのです。そのとき日本はどうなるか?はしごを外されて一人馬鹿を見て、「騙された!」と自己憐憫にふけるのです。

日本の情報空間に閉じこめられてしまうと見えなくなる外国との空気の差は、温暖化議論だけに限りません。「資本主義」とか「新自由主義」をめぐる議論もそうです。

リーマンショック直後は、フランスのサルコジさんあたりが「資本主義の終わりだ!」などと発言したり、アメリカでは平等指向のオバマ政権が成立するなど、あたかも新たな社会主義時代の幕開けのような雰囲気になり、それを見た日本の政治家とマスコミは「バスに乗り遅れるな」とばかりに右に倣えし、「資本主義の暴走を許すな」とか「市場原理主義の見直し」を訴える民主党政権が成立しました。

しかしめでたく革命を成就して、「チェンジ!イエス・ウィー・キャン・トゥー」と海外に発信してみると、新世界秩序を求めていたはずの欧米首脳は一様に渋い表情で、新聞もあきれたような伝えぶりです。それもそのはずで、当初から欧米には、「金融危機イコール資本主義の見直しのわけないだろ」と考える人たちがたくさんいて、一時のヒステリーが沈静化すると、そういう冷静な意見が多勢を占めるようになったからです。

あの社民主義天国であった欧州は、この経済危機にもかかわらず、というか経済危機だからこそみるみる社会主義的価値観から離れており、スペインの社会主義者サパテロ首相ですら、最近はオウムのように「経済成長」しか口にしません。そんな中わが国の首相は、本屋で「新資本主義」とか「超資本主義」を模索する始末。すでにはしごは外されていて、そのうち「ユダヤに騙された!」とか叫んで自己憐憫に浸るに違いありません。

首相、丸善で本買い漁る 計28冊50287円也 いつ読む?
(産経ニュース 2010.1.11)

これはいつか見た光景です。そう、70年ほど前の日本も同じことをしていました。

当初は諸外国の知識人からも賞賛されていたムッソリーニ、ヒトラーの成功を見て、「バスに乗り遅れるな」と国をあげてファシズムに傾斜。欧米における根強い反ファシズムの底流にも気づかずにドイツと手を結んで孤立し、さらにはヒトラー流のマキャベリズムを理解できずに対ソ連政策において振り回された挙げ句、ドイツの勝利を予想して対米開戦を決意し、ドイツ軍の敗走開始に合わせてパールハーバーを奇襲するという見事な情弱ぶり。そしてある者は「軍部に騙された!」と叫び、またある者は「アメリカに騙された」との思いを胸の奥に隠し、ひたすら自己憐憫にふけりました。

まあ、当時の西欧世界は遙か彼方でしたから、日本の情弱ぶりは仕方ないかもしれませんが、ネットによる情報のグローバリゼーションが進む現代に同じパターンを繰り返しているのを見ると、日本社会には、何か根源的な欠陥があるのではないかとさえ思えてきます。

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