2011年01月19日

王様の耳はロバの耳2011

昔々、冷酷な王様がいました。王様には秘密がありました。王様の耳はロバの耳だったのです。傲慢な王様はかつて神様に立て付き、その罰として耳をロバの耳にされてしまったのでした。王様はその恐ろしい秘密がばれるのを恐れ、いつも頭に布を巻きつけて、念入りに耳を隠していました。しかし床屋にだけは隠すことができませんでした。年に一度髪を切る王様は、床屋を宮殿に呼びつけて髪を切らせると、そのたびに床屋を殺していたのでした。

その年も髪を切る時期がやってきました。指名された若い床屋は、泣き叫ぶ母親に別れを告げて、覚悟を決めて宮殿に参じました。床屋は、王様と二人だけの部屋で、頭から布を解いた王様の髪を刈りはじめました。そして耳のところまで刈りすすめたとき、床屋は恐ろしいものを見てしまいました。若い床屋は、どうして床屋が生きて帰れないのか、その理由を悟りました。

とそのとき、宮廷のドアがガタンと開きました。そこには、衛兵に抱えられた床屋の母親の姿がありました。母親は、息子を救いたい一心で城にのりこんできたのです。「王様、どうか息子をお助けください。親一人子一人の身で、一人息子をなくしたら、わたしは生きていけません。どうしてもというのであれば、息子のかわりに私の命をお召しください」

衛兵に殺せと指示を出しかけていた王様は、それを聞いて考えました。「若い床屋だけならともかく、このみじめな母親まで殺してしまったら、怒った領民は何をするかわからぬ。ここは慈悲深いところを見せておくのが得策かもしれぬ」

王様は床屋に言いました。「よろしい。母親をつれて家に帰るがよい。ただし、おまえがここで見たことは絶対に他人に口外してはならぬ。もし約束を破れば、わかるな」

床屋は王様に感謝し、母親とともに家に帰りました。

それからしばらく、床屋の親子は命があることに感謝しつつ幸せに暮らしました。また王様も上機嫌でした。床屋を許した翌日、鏡を見ると、ロバの耳がすこし小さくなっていたのです。善い行いをすれば、神様が罰を軽くしてくれる。そのことに気づいた王様は、それまで毎週のように実施していた公開処刑をやめ、領民に施しをするようになりました。ロバの耳はすこしづつ小さくなっていきました。

しかしそんな日々は長くは続きませんでした。若い床屋はふさぎ込みがちになり、やがて寝こんでしまったのです。様子を見に来た町の長老に、床屋はいいました。「苦しいのです。頭の中に他人に言えぬ秘密があって、口から出ようとするのです。この秘密を出してしまわないと、正気でいられないのです」

長老は言いました。「ならば町外れの森に行けばよい。森をずっと進んでいくと、開けた場所がある。そこに穴を掘って穴の中にすべて吐き出せばよい。おまえにはまだ教えていなかったが、心が落ち着かない町の人は、みなそうしているのだよ。どうしたわけか、最近そういう者が増えて困っているのだがね」

話を聞いた床屋は、一目散に町外れに行き、森の中を進んで行きました。すると開けた場所に、たくさんの穴があいていました。ひとつの穴に頭を入れてみると、中にはこんな声がこだましていました。「町の徴税人はワイロをとっている」別の穴に頭を入れると、今度は「長老は酒屋の女将と浮気をしている」とこだましていました。

ひとしきりいろいろな穴の声を聞いた床屋は、意を決すると新しく穴を掘り、力のかぎり叫びました。「王様の耳はロバの耳!」そう叫ぶやいなや床屋の頭はスウッと軽くなりました。足取りも軽く、床屋は町に帰りました。

それからしばらくしたある日、森に頭を軽くしに行っていた屋根葺き屋が町に帰ってきて言いました。「ある穴に首をつっこんだら『王様の耳はロバの耳』って聞こえてきたんだが、あれは本当なのかね?」

家具職人が言いました。「そういえば王様はいつも頭に布を巻いてるな。信ぴょう性ありだな」

パン屋が言いました。「オレもそう思う。だが誰が王様の耳を見たのかね?」

皮なめし屋が言いました。「床屋が臭いな。あいつこのあいだ城に王様の髪を切りに行っただろ。王様の髪を切りに行った床屋はいつも帰って来ないのに、あいつは帰ってきた。てことは、王様と約束したんじゃないだろうか。誰にも話さないとね」

それまで黙って話を聞いていた長老が言いました。「間違いない。あいつは他人に言えない秘密があると言っておった。しかしまさかそれが王様との約束とは思わなんだ。約束を破るだけでも人として許されざる行為だが、王様との約束を破るとあれば一大事だ。この町の住人として、放ってはおけぬ」

長老たちは床屋に押しかけました。口をつぐむ床屋を縛り上げると、「白状しろ!」「みんなに詫びろ!」と叫びながら石を投げつけました。ほどなく床屋は絶命しました。長老たちは、泣き叫ぶ母親に言いました。「彼を許すことは、町のみんなを苦しめることになるのだ。あなたが今泣いているのも、あの男の不徳がゆえ。どこまでも親不孝者よ」

続いて長老たちは城に向かい、王様に面会を求めました。一行を柔和な笑顔で迎えた王様に、長老は言いました。「王様、床屋のやつめがあなた様との約束を破り、王様の耳がロバの耳であると言いふらしておったことはお耳に入っているでしょうか?」

それを聞いたとたん王様の表情は青ざめ、激しい怒りに身を震わせはじめました。「あんな男を信じたわしが愚かだった。親子ともども八つ裂きにしてくれる!」と王様は思いました。しかし王様は懸命に冷静を装い言いました。「もちろんとっくに知っておる。で、おまえたちはなにしにここに来たのだ?」

長老は言いました。「さすがは王様、お耳が早い。信用を裏切られた王様のお気持ちは、われわれにもよくわかります。しかしご安心ください。慈悲深い王様の手を、人間として最低の義務さえ守れない下劣な者の血で汚す必要はもうありません。われわれ民衆の問題は、われわれ自身で解決いたしました。そのことをご報告にまいったのです」

それを聞いた王様は、しばらく考えてから問いました。「おまえたちは、余の耳をどう思う?」

長老は答えました。「王様の耳はロバの耳。それがどうしたと言うのでしょうか。むしろ大きくて長い耳は、君主としての美徳ではありますまいか」

王様はニヤリと笑うとこう言いました。「お前たちは何か勘違いしているようだが、余はあの男とは何の約束もしておらぬ。余の耳はロバの耳などではないからだ。にもかかわらずおまえたちは、余の耳をロバの耳だと言う。これは許されざる王への侮辱である」

翌日、長老をはじめとする一行は八つ裂きにされました。久しぶりの処刑を見ようと、処刑場はたいへんな人出でした。森の穴は町民により埋められ、以降、不吉な森に近づく者はありませんでした。

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2011年01月15日

ソーシャル・ネットワークを観た

映画「ソーシャルネットワーク」を観ました。

あちこちでとても高い評価を受けている話題作です。でもひとことで言うと、この映画は日本人には敷居が高すぎます。

この映画をフルに楽しむには、アメリカの名門大学のあり方を知らないと、なかなかピンと来ないと思います。また当然ながら、普段からネットに親しんでいる人でないとお話になりません。このふたつの要素だけでも、ほとんどの日本人を疎外するに十分ですが、もうひとつ重大な問題があります。

それは、主役のザッカーバーグ君をはじめとする登場人物が一様に早口で、なおかつ病的によく喋るということです。あの早口に耳でついていける日本人は、全人口の0.1パーセントに満たないでしょうから、たいていの人は字幕を読むことになりますが、そうすると字幕を読むのに精一杯で、映像を楽しむのは辛いと思います。話題作だからと軽い気持ちで観ると、ザッカーバーグ君の早口が炸裂する開始5分で根を上げることになると警告しておきます。

さてしかし、そういう大きなハードルを、想像力と「よく分からんけどまいっか」という諦めでカバーして見ていくと、この映画は評判通りなかなか面白い映画です。評判のいい映画というのはたいてい複眼的で、観る人それぞれに違う楽しみどころがあるものですから、これはあくまでぼくだけの感想にすぎませんが、こんなにストレートにスカっとする映画は久しぶりに見たという気がします。

スカっとする映画というのは、基本的にアンチ現実であり、アンチ現実ということは、アンチ・マネーです。この映画は徹底的にアンチ・マネーで、アンチ現実が現実を打倒するという内容です。

登場人物は、フェイスブックの創業者であるマーク・ザッカーバーグにしても、ナップスターで名を馳せたショーン・パーカーにしても、半分壊れたやつばかりです。成功したからいいものの、成功しなけりゃ社会不適合者扱いされることまちがいなしです。そんな中で唯一まともなのは、ザッカーバーグ君のただひとりの親友であり、フェイスブックの共同創業者であるエドゥアルド・サヴェリンです。そんなサヴェリン君がクレージーなやつらに翻弄され、捨てられていく様子が、物語の大きな縦軸を構成しています。

このサヴェリン君、映画の中ではそのまともさゆえに浮いていて、凡人の悲しさを漂わせ、観るものの同情を誘うのですが、実のところ彼は決して凡人ではありません。ハーバードで経営学を学ぶエリートです。現実の世の中では、彼のような人間がマーケティングやマネタイズの方法を模索し、浮世離れした発想をコントロールすることにより、世の中を動かしていくわけです。ところがこの映画には、そういう王道のビジネスに居場所はありません。

フェイスブックが順調にユーザー数を伸ばしていく中、サヴェリン君は資金調達に奔走し、事業として利益をあげるために広告を載せようと提案します。するとザッカーバーグ君は嫌だと言いいます。なぜかというと、「クールじゃないから」。ロックな空気を漂わせまくるショーン・パーカーも同じ意見で、「広告を載せるなんて、パーティの最中に『パーティは11時まで』と言うようなもんだ」と一蹴します。

ただただクールなものを追い求めて成功するお伽話は昔からありました。アーティストやアウトローはその代表格です。ところが彼らは、ほとんど例外なく現実の餌食となります。純粋なアーティストは、彼らの才能と名声にむらがるマネーにスポイルされ、アウトローは政治権力に押しつぶされます。最後に残るのは現実の世界で、アンチ現実は一瞬の輝きを残して消える運命にあるのです。

しかしこの映画ではそうではありません。サヴェリン君に象徴される現実はお行儀よくて弱く、クレージーなやつらをスポイルするどころか、徹底的にスポイルされ続けます。マネーの世界はアンチ・マネーに屈し、現実はアンチ現実に飲み込まれていきます。最後までアクセルを踏み続けて勝ち続けるボニーとクライドです。

「なんで日本からはグーグルもアップルもフェイスブックも生まれないんだ」などと嘆く人がいますが、そういうセリフを口にするのは、たいていサヴェリン君のようにビジネス畑の人で、すでに評価されている事業について、後出しで意見しているにすぎません。本当に型破りなビジネスは、サヴェリン君には理解できないし、サヴェリン君を奈落に突き落とすのです。この映画は現実のフェイスブックの実態をそのまま伝えているわけではありませんが、この映画に描かれる壊れたやつらを全的に抱擁できなければ、そういうセリフを口にする資格はないと思います。

ところで、アンチ現実が美しく思えるのは、それがはかないもので、最後に敗れることを運命づけられているからです。勝ち続けるやつは美しくありません。ザッカーバーグ君も、プログラミングの才能を除けば、悪人にすらなりきれない凡庸ぶりで、ぜんぜん美しくありません。しかしラストに、勝ち続けるザッカーバーグ君に対する皮肉めいたシーンがあり、彼は一番大事なものを手に入れていないことが示されます。おかげでザッカーバーグ君は悲壮感を帯び、観るものに好感を与えて物語は終わるのでした。

facebook フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

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2011年01月13日

アリゾナ銃乱射事件と分裂するアメリカ

アメリカ、アリゾナ州で起きた銃乱射事件。民主党のギフォーズ下院議員が狙われたことで、事件発生直後からあちらのマスコミは「過激な右派思想」を激しく叩き始めました。ニューヨーク・タイムズは、まだ速報のうちから、「サラ・ペイリンは、自分のフェースブックページに、ギフォーズ議員を含む民主党議員に銃の照準を合わせた画像を掲載していた」と報じ、また同紙の論説員である経済学者のポール・クルーグマンは、事件の責任はティーパーティーを始めとする右派の言説にあり!と断定しました。

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ペイリン陣営による、銃の照準をモチーフとした問題の図柄


アメリカの保守派はやられたな、と思いました。なにしろ9歳の少女も命を落とした感情を揺さぶる事件です。いくら言い訳をしたところで、たとえそれが正論であろうと、ペイリンが銃の照準をモチーフとした図柄を掲載していたのは事実ですし、これはアメリカの政治地図を一変させる分水嶺になる、そう思いました。

10日の月曜日のCBSラジオ、11日のCNNの論評などに見られるのは、「事件の犯人はメンタルな問題を抱えていた」のは確かだが「国内問題で激 しい対立を煽り、政敵がまるで外国の手先であるかのような罵倒を繰り返すような言論」が「こうした人間を暴力に追い詰めた」というようなレトリックです。 つまるところは「党派性に根ざした相手を全否定するような言論」が問題だというのです。

実にまっとうな議論で、私はアメリカに18年住んでいますが、こんな正論は初めて聞いたというぐらいの正論です。

乱射事件で一変したアメリカ政界の「空気」とは?


ところが、ハフィントン・ポストの事件記事に寄せられる大量のコメントを読むうちに、大きな「?」が浮かんできました。ハフィントン・ポストはリベラル派のウェブ新聞ですが、「ペイリンを見ているだけで吐き気がする」とか「ペイリンとその支持者は切除されるべき」とか、まさに「党派性に根ざした相手を全否定するような言論」が炸裂しているのです。新聞の中には、「犯人はペイリン」とまで書くところまであり、その同じ口で「相手を全否定するような言論は問題だ」と主張しているのですから、党派性むき出しにもほどがあります。

やがて犯人の素性が明らかになると、いよいよ「?」は決定的になりました。マスコミが右派叩きに走った理由は、被害者が有力な民主党議員であり、犯人が白人であり、犯行に使われた凶器が銃であり、その舞台が左右の政治対立が激化しているアリゾナであることにありました。以上の要因から導きだされる犯人像は「イカれた極右」です。ぼくもそう連想し、だからこそ保守派はアウトだと感じたのです。しかしその後の調べで、犯人のジャレッド・ラフナーは、ティーパーティー運動に影響を受けたどころか、アメリカ国旗を燃やすことをクールと考える、あえて言うなら極左であり、また彼は、ペイリンが登場する以前の2007年から、ギフォード議員に対する敵意を表明していたことも明らかになりました。

なるほどそれでも、民主党候補に銃の照準を合わせたペイリンはやりすぎかもしれません。そういう殺伐とした政治対立が、ラフナーのような基地外に影響したと考えることもできます。しかし物騒な表現は政治キャンペーンではよくあることで、オバマ大統領もかつて「敵がナイフを使うなら、我々は銃で対抗する」などと演説していました。また敵対議員に銃の照準を合わせるモチーフもペイリンがはじめてではなく、今回撃たれたギフォード議員は、ペイリンに狙われる以前に、こともあろうに有力なリベラル派サイト「デイリー・コス」で、方針の違いから「狙撃の対象」とされていたのでした。

Is Daily Kos Involved in Arizona Murders?


そういうわけで、当初は保守派にとてつもないダメージを与えるかに見えたこの事件ですが、時間とともにアメリカマスコミの党派性と軽薄さが浮き彫りになり、猛烈なバックラッシュを起こしつつあります。

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リベラル派にも使われていた、選挙戦における銃の照準のモチーフ


ラスムッセンの世論調査によれば、連日のマスコミ報道にもかかわらず、アメリカ人の大多数は今回の事件を政治テロではなく、異常者による犯罪ととらえています。民主党支持者でさえ、政治テロととらえる人は少数です。

Most Voters View Arizona Shootings As Random Act of Violence, Not Politics

被害者の喪が明けたとき、今回の一件で「敵」の姿をより明確にとらえた保守派と、焦燥感をつのらせる左派の対立は一層激しさを増すと思われます。もはやアメリカは、武力をもちいない内戦状態に突入したと言えるのかもしれません。

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2011年01月12日

そうあるべき生と死

ネットは、「死」があふれた場所です。

去年はネットで自殺中継がありましたが、今年は年明けに、元日の海で高波にさらわれて行方不明になる高校生の様子を映した映像がユーチューブにアップされました。また、さまざまな事情で亡くなり、放置されたブログを始めとする個人ウェブページは、死そのものよりも死というものを意識させます。

ネットで触れる死は、どれもこれも衝撃的です。なぜ衝撃的なのかというと、これまでそういうものだと思い込まされてきた死と違うからです。ネットにおける死は、マスメディア時代の死とは異質な死なのです。

マスメデイア時代の死には、「そうあるべき死」の定形がありました。死とは、事件報道や訃報、お涙頂戴のドラマという特定の場で、涙や(事件の場合は)憤怒とともに語られるもので、それは非日常の存在でなくてはなりませんでした。

しかしネットでは、死はある特定の場所に囲われたものではなく、ユビキタスな存在で、往々にして笑顔や嘲りとともに語られます。まさに死は日常とともにあり、今ここにいる自分と連続して繋がっているのです。

高波にさらわれた高校生の映像は、のどかにフワッと生死の一線を超えていく高校生と、ビデオの背後で交わされる若い女性のあまりに日常的でのんきな会話が衝撃的ですが、死というのは元来あのようなもので、ああいう生々しい現実を伝える文体をマスメディアは持たず、ゆえに隠されてきたのでした。マスメディアのない世界の人にネットにおける死を見せたら、何が衝撃的なのかわからないに違いありません。

自殺中継 ネットに衝撃 「孤族の国」男たち (朝日新聞1月5日)

朝日新聞の記事は、あたかもネットが人間を歪めて孤独にし、歪んだ死へと駆り立てるかのように描いています。しかしそれは違います。ネットは歪みを生産しているのではなく、これまで隠されてきた生と死のあり方をあらわにしているだけです。

ネットにおける「衝撃的な死」も、ネットにたむろす「孤独で歪んだ人たち」も、以前からずっと社会に存在していましたが、マスメディア社会にその居場所はありませんでした。それがネットという表現手段を得て、一気に外に出てきただけなのです。

ではその「孤独」や「歪み」は何により生み出されたのか?おそらくそれは、ありのままの死を「衝撃的な死」に変えたのと同じように、人それぞれのありのままの生を「そうあるべき生」と「歪んだ孤独の生」に分類してしまったシステムにあるはずです。

この年明けに自殺したあるマンガ家志望の青年のブログを読みました。文章から素直な人柄が漂う彼は、先の衆院選を前に麻生元首相をコケにし、「民主革命」に熱狂していました。流行りのスイーツを親にプレゼントし、街で芸能人を見て幸せを感じるとともに我が身との差を嘆き、「のりピー事件」を気にしていました。そしてこの年末、部屋に残されていた民主党のポスターを始末し、のりピー本を夢中で読み、自ら命を絶ちました。

素直で純粋な彼は、テレビや新聞により植えつけられた「そうあるべき生」に合わせようと努力し、できない自分を責め、ついにそれを不可能と悟り、この世に別れを告げたように見えます。

一昔前なら彼の死は、余計な部分を隠蔽された「そうあるべき死」として新聞の片隅に場所を与えられてお終いでしたが、ネットのある今、彼の死はありのままの姿をぼくたちの前に晒しています。同情、共感を誘う部分だけでなく、罵り、笑い、批判、すべてを含んだ、それゆえに「衝撃的な死」です。彼は死ぬことで「そうあるべき〜」から解放されたのでした。

朝日新聞の記事は、自殺中継を見ていた若者に、「ネット漬けの生活を卒業する決意」をさせたりしていますが、それは彼を苦しめる「そうあるべき生」に追い返しているだけです。それでは何の解決にもなりません。根本的な解決のためには、「そうあるべき生」を破壊しなくてはなりません。そしてその最初のステップは、それがどこからやってきて、どうやってぼくたちの脳髄に埋め込またのか、それを意識するところから始まるはずです。

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2011年01月10日

経験と肩書き

もうかなり前になりますが、某公共放送局の休憩室で、ベテランの記者と20歳そこそこの女性ADが、報道のあり方について議論しているのを傍から聞いていたことがあります。

普通はそんな凸凹コンビで議論になどならないのですが、議論好きで若者に媚びたところのある記者と、ステレオタイプそのままの「空気の読めない自己主張の強い帰国子女」だからこそのディベートでした。

それはある突発的大事件を特別枠で放送するさなかのことで、たしか彼女は番組の基本的な報道姿勢に異議を唱えていたと思います。そしてディベートは完全に彼女の勝ちでした。

若いぺーぺーにこてんぱんにやられるベテランの姿に、ぼくを含むその場に居合わせたスタッフは苦笑をかみ殺していたのですが、容赦のない彼女は追撃をやめません。番組の報道姿勢に問題があると認めるのなら、ベテラン記者の立場でそれを変更しろというわけです。記者の方は顔を赤くしながら言い訳していましたが、最後にぶちきれてこう捨て台詞を残して場を去りました。

「オマエは戦場取材をしたことがあるのか?オレはある。何にもわかってないくせに偉そうな口をきくんじゃない!」

言うまでもなく、彼は手段と目的を取り違えています。なるほど現場取材の経験は重要ですが、なぜ重要かといえば、現場を知らない人にはなかなか持てない知恵を得られるからです。そしてその知恵を何らかの形で表現できてはじめて、「さすがは戦場取材経験者ですね」となるわけです。肝心なのは知恵であり、すべての経験はそれを得るための手段にすぎません。

ところが、こういうごく当たり前のことを、報道記者というインテリで、しかも経験豊富な年輩者でさえ勘違いしてしまうのです。いや、彼も頭ではわかっていたに違いありませんが、体で理解できていないのです。だから頭に血が登ったときにポロリと本音が出てしまったわけです。

取材にしても何にしても、経験することはとても大事です。しかし、経験することの大切さを説くがあまり、彼のように、経験を手段ではなく目的と取り違え、経験を肩書きとしてとらえてしまうケースは多く見られます。

経験を肩書きとしてとらえるのは、必ずしも悪いことばかりではありません。履歴書を書くときには役立ちますし、「オレはこれだけ経験したんだから大丈夫」と、自己暗示をかけて自信を持てるようになるという点においても大いに有用です。しかし同時に、たぶんそれよりも貴重なものを失う可能性を覚悟しておくべきです。

経験という肩書きで自分を計る習慣をつけると、他人をも肩書きで見るようになり、その悪癖は、もしかしたら死ぬまで抜けなくなるということです。

ぼくは多くの人と同様、意識してそうしないように気をつけていますが、少しでも気を抜くと、ついつい人を肩書きで判断してしまい、あとでそれに気づいて暗澹たる気分になります。意識することなしに、肩書きというフィルターに惑わされずに人を見れる人は、小さな子供をのぞけばとても稀少です。ぼくはこれまでの人生で、そういう人を2人しか知りません。しかもそのうち1人は身近な人ではありません。

「他人を肩書きで見てはいけない」というのは倫理の問題ではありません。ひどく損をするからよくないのです。感性が鈍り、大事な情報を見落とし、まわりに流されて騙されやすくなります。また、肩書きを持たない人を見下す一方で、肩書きを持つ人を同じ人間として評価できなくなります。見下すにしろ見上げるにしろ、リスペクトを欠くようになるわけです。そして人をリスペクトできない人は、リスペクトされません。

なにかと経験至上主義の世の中ですが、経験はあくまで手段にすぎません。そして手段と目的を取り違えたとき、経験は人生をつまらないものにする麻薬に変わるということを意識しておくべきだと思います。すごい経験をした人は案外たくさんいますが、経験という肩書きに惑わされない人は本当に稀なのです。

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2011年01月07日

テレビの夢見た未来

マスメディアの崩壊を告げる出来事が、年明けから毎日のように起きています。

まずは、「グルーポンおせち事件」。グルーポンを通じて販売されたバードカフェの半額おせちが見掛け倒しだったというこの事件は、某ブログの「告発」により明らかになり、それが2ちゃんねるを始めとするネット空間で大々的に取り上げられ、新聞とテレビがこれを後追いしました。

そして、広島市、秋葉市長のユーチューブによる不出馬宣言。マスコミのインタビューを拒否し、ユーチューブのみを通して市民に語りかけました。



ようやく時代はここまで来ました。あらゆるものがマスコミをあからさまにパッシングし始めたのです。

尖閣ビデオ、ウィキリークスのケーブルゲート、ツイッター不倫暴露事件と、すべてはひとつにつながっています。マスコミという20世紀の遺物が、音を立てて、加速度的に崩壊しているのです。

こういう事態に対して、マスコミは信頼を取り戻す努力をせよ!と叫ぶ人もいるでしょう。でもそれは難しいことです。マスコミが本気で信頼回復しようとするなら、マスコミ以外の何かになるしかないからです。

そう、かつてマスコミは、マスコミ以外の何かになろうとしていました。マスコミの王様テレビは、その影響力が頂点に達した1990年代初頭に、テレビを超える存在になろうと模索していたのです。

その頃のテレビの課題は、テレビというメディアの限界である、「一方通行性」と「1日は24時間しかない」という問題をどう乗り越えるかにありました。ステージと客席の区別を取り払い、視聴者を受身な存在ではなく積極的な参与者とすることでより没入させ、放送時間という物理的な枠を拡大出来れば、テレビの力はより大きくなるはずだからです。そのため当時のテレビは、番組作りにおいては「いかに視聴者を巻き込むか」を主眼におき、営業においてはイベントやグッズ販売、映画制作など、ブラウン管の外へと進出するようになりました。

それは進化しようという意志であり、その意志があればこそテレビは人々を惹きつけ、そこに信頼が生まれていたのです。

そして今、その野望は果たされつつあります。ただしそれはテレビとは呼ばれず、別の名で呼ばれています。インタラクティブでオンデマンドのインターネットこそ、テレビが夢見た、テレビの未来だったのです。

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2011年01月06日

文明のエンジン

アメリカの、特に共和党よりの自由主義者たちは、ヨーロッパ諸国の政治のあり方をとても軽蔑しています。ヨーロッパには「大きな政府」を奉じる福祉国家が多いからです。そんなことでは何のイノベーションも生み出せない。だからヨーロッパは老人なのだというわけです。

しかしよくよく見てみると、ヨーロッパというのは、ヨーロッパ独特のやり方で、自由の国アメリカも顔負けな自由さを維持していることに気がつきます。

ひとつひとつの国はやたらと規制にうるさく統制的であるけれど、各国ともにそれぞれ方針が違うので、息苦しくなったら国境を越えればいいのです。これはなにもEUができてからの話ではなく、ずっと昔からそうでした。18世紀の音楽家は、理解あるスポンサーを探して各国を渡り歩きましたし、ある国で迫害された思想家や科学者は、別の国で保護されることで活動を続けました。ヨーロッパの文化は、そういう多様性の中で育まれ、世界を支配するに至ったのです。

そんなヨーロッパ式多様性の優越性は、たとえば大航海時代のヨーロッパと中国の差に如実に現れています。中国の明王朝は、当時としては空前の規模の大艦隊(鄭和艦隊)を編成し、ヨーロッパに先駆けてアフリカ東岸に至るまでの大航海を実施しました。しかしこの大国家事業は国庫を圧迫するばかりで、中央の方針が変わるとピタリと海外進出を停止し、残された航海記録まで破棄されてしまいました。まさに歴史のあだ花、中央集権国家の悲しさです。

一方ヨーロッパの場合、遠洋航海はベンチャービジネスとして始まりました。有能な探検家は国境を超えて計画を売り込み、各国はそれぞれの思惑からそれぞれのタイミングで参入し、ポルトガル、スペイン、フランス、オランダ、イギリスと競争の中で主役は入れ替わり、海外進出は途絶えることなく続きました。その過程で航海技術は進歩し、リスクを軽減するために株式や保険の制度も発展し、後の産業革命に向けて富を蓄えたのでした。

ヨーロッパというのは、個々の国々を見ると統制的かつエリート主義的でろくなものではありませんが、国境を閉じずに各国が競いあうことで、文化の発達とイノベーションに必要な多様性と自由競争を確保してきたのです。EUがヨーロッパを殺すと言われる理由もそこにあります。EUが政治統合を強めれば強めるほど、ヨーロッパの活力は失われてしまうのです。

そんなヨーロッパのあり方に照らすと、逆になぜアメリカが個人の自由というものに強くこだわるのかもよくわかります。アメリカは、州ごとにある程度の独立性が保持されているとはいえ、あくまでワシントンDCを首都としたひとつの国家です。そしてアメリカと同じ北米文化圏に属する国はカナダくらいしかありません。そんなアメリカが多様性と自由競争を確保するためには、政府の力を制限し、個人の力を大きくするしかないのです。ヨーロッパ型の大きな政府を導入したアメリカなど、中国の中央集権帝国と何ら変わりません。

アメリカとヨーロッパは、政治志向的に正反対の方向を向いているように見えながら、実はそれぞれ違う形で、多様性と自由競争を確保しているのです。

では日本はどうか?日本は、トインビーやハンチントンによれば、独立したひとつの文明に区分されますが、残念ながら日本文明は、文明として刷新発展していくためのエンジン=多様性と自由競争を欠いています。イノベーションは外部(海外)に委託し、それをカイゼンすることに特化した奇矯な文明、寄生文明です。

寄生文明だろうと何だろうと、明治維新から1990年代まで、日本文明はほんとうによく健闘してきました。しかしもはや外の世界にはお手本とすべきイノベーションはなく、自分で見つけるしかありません。アメリカのように個人に力を与えるか、ヨーロッパのように分身するか、どちらも嫌なら文明の看板を外して、どこかにお世話になるしかありません。

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2011年01月03日

茂木健一郎氏と「甘え」

脳何とかの茂木健一郎さんが、元日の早朝に放送された「朝生」での就職談義にキレて、ツイッターで腹を立てていました。

目が覚めたら、朝まで生テレビやっていた。日本の就職問題について、「新卒」だとか、「卒業後何年」だとか、現状、ないしはそれを小手先でいじっただけの制度についてしたり顔で言っているやつを見ると、本当に腹が立つ。

だいたい、大学卒業だとか、新卒だとか、そういう「制服」みたいな定規に人を当てはめて、それだけで判断して後は口を拭っているやつは、一人残らずバカだ。つまり、原理原則にかえって考えるという態度が全くできていないんだよな。

日本の風土病の最も深刻な点は、人間が作った奇妙な制度を、そのまま受け入れて、「そんなこと言ったってねえ、チミ、現実はこうなんだよ」と言って何かを説明した気になっている愚鈍なやつらを大量に生み出すことだろう。批判する学生側も、案外そういう制度に囚われている。

茂木健一郎氏激怒する;「朝生での就職談義」における「学生と企業の不毛さ」

この主張を読んでいて、ある言葉が頭に浮かびました。「甘い!」というやつです。これは典型的な「甘い」主張なのです。「茂木健一郎クン、いい歳してキミは甘いよ。そんなこと言ったって問題は何も解決しないから。もうちょっと建設的な意見を言いなさいな」。

ところがこういう反応に対する茂木氏の返答は、すでに冒頭の主張の中に含まれています。彼はまさにこういう反応を「愚鈍」と呼んでいるのです。

「『甘え』の構造」という本があります。精神分析医、土居健郎により1971年に出版された本で、「甘え」を日本社会に独特な現象としてとらえて分析した内容です。ぼくは18歳のとき、父の友人の団塊世代の人からその本をもらいました。たぶん彼は、反抗期のぼくに典型的な甘えを見て、この本を読むことでぼくにそれを気づかせようとしたのだと思います。

しかし当時のぼくはその本に激しい違和感を抱きました。そして自分の甘えを省みるどころか、「甘えという言葉を軽々しく使う人を信用しない」「自分は金輪際甘えという言葉を使わない」という2つの誓いを建てるに至りました。おかげでその後の人生で大いに疲れ、また大いに損をすることになりました。「甘い!」という一喝は、日本の社会で楽に生き抜くためにとても便利なツールだからです。

自分より経験の浅い人と議論していると、しばしば非現実的な理想論を聞かされることになります。「甘い!」と叫びたくなる場面です。しかしそれを封じ手にすると、自分の頭の中で非常にくたびれる「翻訳作業」をしなくてはならなくなります。

それが非現実的な意見であるなら、なぜ非現実的であるかを説明できなくてはなりません。説明できないのなら、自分の方に思い込みがある可能性が大なので、考え方の見直しを迫られます。これだけでもたいへん疲れる作業です。しかしよりキツいのは、それでもなお「甘い!」と叫びたいときです。この欲求を別の表現に翻訳するとこうなります。「正しい正しくないじゃないんだよ。オレの言う事を黙って聞きやがれコノヤロウ!」。和を尊ぶ日本の風土においてこう主張するのは勇気のいることです。また、仕事の場面でこれをするのは、上司として失敗したときの責任を負うと表明することと同義です。

土居健郎は、欧米に「甘え」にあたる概念がないことから、甘えは日本独特な現象だとし、そこから議論を出発しました。たしかに、たとえば英語には日本語の甘えにあたる語彙はありません。厳密に言えばないことはないのですが、日本語におけるような使われ方をすることはありません。しかしぼくは、その理由はもっと単純なところにあると見ています。「オマエは甘い」というセリフは、まず何よりも対話を否定する態度です。ことばではなく権威で会話することの証、日本が権威的な社会であることの現れなのです。

権威的な社会というのは、ただ単に、偉い人が下々の者を問答無用で服従させる社会ではありません。偉い人が、下々の服従の代価として責任を負い、失敗したときに失脚するのであれば、それは権威的な社会とは言えません。偉い人が、責任を負わずに下々に服従を強いる社会こそが、真に権威的な社会なのです。「甘え」という概念は、そういう社会を成り立たせるのに恰好な概念なのです。

社会のあり方を変えるのは時間がかかります。あちこちパッチワークしたところで、古い革袋になんとやらです。

しかしぼくは悲観していません。なぜなら「甘い!」という、20年前には日常的に使われていたセリフは、日本語の語彙として急速に廃れてきているように感じるからです。その背景に、ネットの影響は大きいと思います。ネットは対話がすべてで、甘いと思うのであれば、なぜそう思うのか説明することを迫られます。「甘い!」の一喝で議論を終わらせようとするのは、ノイズ以外のなにものでもありません。ネットで培われた習慣は、現実の世界をどんどん変えているのです。

茂木氏のように立場のある人たちが、原理原則に立ち返った「甘い」議論をすることはとてもいいことです。これまでの日本の社会は、あまりにそれをしなさすぎました。

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2011年01月02日

迫り来る2つのバブル崩壊

GCP比200%を超える政府債務を支える国債バブルは、一節には2012年にはじけるなどと言われています。団塊世代が65歳になって完全リタイヤし、貯蓄と経常黒字が急激に減り始めると見られているからです。

政府の自転車操業が行き詰まると、政府から借金を返済してもらえない金融機関が破綻し、日本経済は崩壊します。だから政府は、とんでもない増税&公共サービスの縮小か、カネを刷りまくってインフレを発生させて借金を目減りさせるしかありません。どちらにしても国民から財産をむしりとることには変りなく、国民は塗炭の苦しみを味わうことになります。

ところで2012年に弾けそうなバブルは、もうひとつあります。それは、中国の不動産バブルです。中国の不動産バブルの異常さについては、1年ほど前からあちこちで囁かれていますが、不動産投資のGDP比はすでに10%を超えています。サブプライムショック前のアメリカは6%に届かず、あの激烈な日本の不動産バブルでさえ絶頂時でも9%未満でしたから、これをバブルでないと主張する方に無理があります。

そんな中国の不動産バブルが、怪しい雰囲気を漂わせ始めています。というのも、2010年の後半くらいから、バブルは収まってきた、という報告をよく見かけるようになってきたからです。ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版は、12月29日付で中国の土地バブルについての記事「中国の不動産狂想曲」をアップしましたが、記事の書き出しはこうです。

記者は先週、5年3カ月前に購入した北京のマンション物件を、取得時の2.5倍超の価格で売却した。


経済紙の社説編集員が売り時と判断し、行動までしているわけです。もちろん、中国金融当局の巧みなコントロールにより、無事軟着陸にこぎつけたのならまことに結構なことなのですが、バブルというのは一気にはじけるのではなく、じわじわと進行するので、見分けはつきません。

日本の場合は、1990年に一部で地価が下がり始め、92年に一斉に下降しました。兆候が出てから本格的な崩壊までおよそ2年。その間さんざん、そのうち持ち直すので心配無用と言われていたものです。2006年にアメリカの不動産が値崩れし始めたとき、証券市場は相変わらず絶好調で、恐慌入りしたのはその2年後のことでした。1929年の世界恐慌も同じで、不動産はすでに1926年に下降に転じていました。もし中国の不動産高騰がバブルであり、2010年に下落を始めたとするのであれば、2012年頃にドカンと来るという見方は、決して突飛とは言えません。

どちらかひとつのバブル崩壊なら、いろいろ言われているシナリオもあります。しかし2つ同時に起きたらどうなるのか?しかも日本と中国の経済は抜き差しならない関係ですから、どちらかが破裂すると、玉突きのようにもう一方も破裂する危険性は十分です。2つの波がお互いを増幅して被害は拡大するのか、あるいは2つの波が干渉しあって消波効果を生むのか、見当もつきません。

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