2011年01月13日

アリゾナ銃乱射事件と分裂するアメリカ

アメリカ、アリゾナ州で起きた銃乱射事件。民主党のギフォーズ下院議員が狙われたことで、事件発生直後からあちらのマスコミは「過激な右派思想」を激しく叩き始めました。ニューヨーク・タイムズは、まだ速報のうちから、「サラ・ペイリンは、自分のフェースブックページに、ギフォーズ議員を含む民主党議員に銃の照準を合わせた画像を掲載していた」と報じ、また同紙の論説員である経済学者のポール・クルーグマンは、事件の責任はティーパーティーを始めとする右派の言説にあり!と断定しました。

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ペイリン陣営による、銃の照準をモチーフとした問題の図柄


アメリカの保守派はやられたな、と思いました。なにしろ9歳の少女も命を落とした感情を揺さぶる事件です。いくら言い訳をしたところで、たとえそれが正論であろうと、ペイリンが銃の照準をモチーフとした図柄を掲載していたのは事実ですし、これはアメリカの政治地図を一変させる分水嶺になる、そう思いました。

10日の月曜日のCBSラジオ、11日のCNNの論評などに見られるのは、「事件の犯人はメンタルな問題を抱えていた」のは確かだが「国内問題で激 しい対立を煽り、政敵がまるで外国の手先であるかのような罵倒を繰り返すような言論」が「こうした人間を暴力に追い詰めた」というようなレトリックです。 つまるところは「党派性に根ざした相手を全否定するような言論」が問題だというのです。

実にまっとうな議論で、私はアメリカに18年住んでいますが、こんな正論は初めて聞いたというぐらいの正論です。

乱射事件で一変したアメリカ政界の「空気」とは?


ところが、ハフィントン・ポストの事件記事に寄せられる大量のコメントを読むうちに、大きな「?」が浮かんできました。ハフィントン・ポストはリベラル派のウェブ新聞ですが、「ペイリンを見ているだけで吐き気がする」とか「ペイリンとその支持者は切除されるべき」とか、まさに「党派性に根ざした相手を全否定するような言論」が炸裂しているのです。新聞の中には、「犯人はペイリン」とまで書くところまであり、その同じ口で「相手を全否定するような言論は問題だ」と主張しているのですから、党派性むき出しにもほどがあります。

やがて犯人の素性が明らかになると、いよいよ「?」は決定的になりました。マスコミが右派叩きに走った理由は、被害者が有力な民主党議員であり、犯人が白人であり、犯行に使われた凶器が銃であり、その舞台が左右の政治対立が激化しているアリゾナであることにありました。以上の要因から導きだされる犯人像は「イカれた極右」です。ぼくもそう連想し、だからこそ保守派はアウトだと感じたのです。しかしその後の調べで、犯人のジャレッド・ラフナーは、ティーパーティー運動に影響を受けたどころか、アメリカ国旗を燃やすことをクールと考える、あえて言うなら極左であり、また彼は、ペイリンが登場する以前の2007年から、ギフォード議員に対する敵意を表明していたことも明らかになりました。

なるほどそれでも、民主党候補に銃の照準を合わせたペイリンはやりすぎかもしれません。そういう殺伐とした政治対立が、ラフナーのような基地外に影響したと考えることもできます。しかし物騒な表現は政治キャンペーンではよくあることで、オバマ大統領もかつて「敵がナイフを使うなら、我々は銃で対抗する」などと演説していました。また敵対議員に銃の照準を合わせるモチーフもペイリンがはじめてではなく、今回撃たれたギフォード議員は、ペイリンに狙われる以前に、こともあろうに有力なリベラル派サイト「デイリー・コス」で、方針の違いから「狙撃の対象」とされていたのでした。

Is Daily Kos Involved in Arizona Murders?


そういうわけで、当初は保守派にとてつもないダメージを与えるかに見えたこの事件ですが、時間とともにアメリカマスコミの党派性と軽薄さが浮き彫りになり、猛烈なバックラッシュを起こしつつあります。

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リベラル派にも使われていた、選挙戦における銃の照準のモチーフ


ラスムッセンの世論調査によれば、連日のマスコミ報道にもかかわらず、アメリカ人の大多数は今回の事件を政治テロではなく、異常者による犯罪ととらえています。民主党支持者でさえ、政治テロととらえる人は少数です。

Most Voters View Arizona Shootings As Random Act of Violence, Not Politics

被害者の喪が明けたとき、今回の一件で「敵」の姿をより明確にとらえた保守派と、焦燥感をつのらせる左派の対立は一層激しさを増すと思われます。もはやアメリカは、武力をもちいない内戦状態に突入したと言えるのかもしれません。

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