2011年08月08日

因縁にあふれた反フジテレビ騒動

高岡蒼甫さんの韓流押し批判に端を発した騒動は、ついにフジテレビ前での示威行動にまで進展しました。参加者は500人とも2500人とも言われていますが、デモの素人たちがバタバタの状態で準備したことを考慮すると、いずれにしても驚くべき動員力です。これをネトウヨのから騒ぎと馬鹿にすると、フジテレビのみならず日本のマスメディアは大怪我することになります。本番は21日だそうで、あるいは万単位の人を集める大イベントに発展するかもしれません。

さて、別に嫌韓な人でなくても、たいていの日本人ならピンとくる高岡さんの韓流ゴリ押し批判ですが、海外ではそうでもないようです。高岡さんの解雇を伝えたいくつかの英語のサイトで最も多く見かける反応は、「嫌なら見なければいいのに」です。なぜそういう反応になるかというと、アメリカやヨーロッパでは、日本に比べて多チャンネル化が進んでいるからです。

アメリカでは、ベトナム戦争の頃には3大ネットワークが世論を振り回していましたが、80年代にケーブルテレビが急速に普及して多チャンネル化が進み、各放送局の影響力は相対的に低くなっています。またヨーロッパ各国では、90年代になるまで、テレビといえば事実上国営放送のみ。だからそもそも人々にテレビ番組を鵜呑みにする習慣はなく、そこから一気に衛星放送による多チャンネル化へと移行しました。

それに対して日本は、関東地方だとNHK+有力民放4局+テレ東という、多すぎず少なすぎずの絶妙な地上波ラインナップ。さらにそれぞれの民放は、これまた世界に冠たる発行部数を誇る大新聞社(読売、朝日の発行部数はダントツで世界1、2位)と系列を作っているわけですから、その影響力たるや海外の人々の想像を絶するものがあるわけです。

こういう奇矯なマスメディア構造を把握していないと、日本人の韓流ゴリ押しへの怒りは理解できません。そして、実のところ韓流批判などというのはきっかけにすぎず、テレビ局への怒りは、テレビと新聞を頂点とする日本の社会体制への不満なのだということも理解できません。普通の国では、社会への不満は政府に向けられますが、この特殊な国では、怒りの矛先はテレビ局と新聞社に向けられるのです。

ところで、日本でマスメディア時代が本格的に幕を開けたのは日露戦争のときでした。それまでは、役人と一部の知識人が読むものにすぎなかった新聞は、日本中の家庭からもれなく出征したという総力戦において、出征兵士の行方を知る手段として、庶民にも普及したのです。そして新聞をむさぼり読んだ人々が何をしたかというと、デモをして暴れました。新聞各紙の威勢のいい主張にあおられた人々は、生ぬるい講和条約に怒り、「条約を破棄してロシアに攻め込め!」と駄々をこねたのです。世に言う日比谷焼打事件です。

このとき真っ先に襲われたのは、新聞社でした。強硬派の朝日新聞等にあおられた3万人の暴徒は、講和賛成派の国民新聞社に押しかけて火を放ったのです。国運を賭した大戦争に際して新聞社襲撃に始まった日本のマスメディア時代が、未曾有の大災害に苦しむさなかにテレビ局への示威行動で終わりのときを迎えようとしてるのは、時代を一周させるためにはそうあらねばならない宿命というか、何やら因縁めいたものを感じさせます。

因縁といえば、もうひとつおもしろいことがあります。マスメディア時代の幕を開けた日露戦争において、最も株価を上げた会社は、軍に綿布を納入する鐘紡でした。株価は10倍にもなり、鈴木久五郎という伝説のウルトラ成金を生んだことは、日露戦争にまつわる有名なこぼれ話のひとつです。

そのカネボウは、いまや花王の子会社。花王は今回フジテレビのスポンサー代表として不買運動のターゲットにされている会社です。思いもかけないことから役者勢揃いというわけで、時代が変わるときというのは、こんなものかもしれません。

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