2011年08月18日

史上最強の宣伝の作法

政治家は不人気な政策を実行しなければならないときもある。しかし不人気な政策というのは入念に準備し、大衆を納得させた上で実行されねばならない。庶民の知性をバカにしてはいけない。不人気な政策の被害を最も受けるのはたいていの場合庶民なのだから、なぜそうしなければいけないのか、庶民にはその理由を知る権利がある。だからあらゆる政策の実行は説得力にかかっている。厳しい真実をむやみに明らかにするのは愚鈍だが、危機というのは政治的、経済的、そして心理的に準備した上で開示されねばならない。プロパガンダの役割はここにある。国民を啓蒙し、政策実行の下慣らしをするのだ。目的を見失うことなく、あらゆるプロセスにおいてサポートする。いわば会話にBGMを提供するようなものである。そうすると、不人気な政策もやがて人気を得るようになり、国民の断固とした支持のもと、政府は難しい決定を実行に移せるようになる。プロパガンダに優れた政府は、大衆の支持を失うことなく、必要な政策を実行できるのだ。

誰の言葉だと思いますか?実はこれ、ナチスドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスの言葉です。

ゲッベルスというと、「嘘は100回つけば真実になる」とか「嘘をつくなら大きな嘘をつけ」などという、いかにも悪の化身じみた言葉を残していると信じられています。しかしそれはデマ。プロパガンダ研究家のランドール・バイトワーク氏によれば、こうした言葉はいずれも出典不明で信ぴょう性はないということです。(→False Nazi Quotations

実際にゲッベルスが残した言葉を読んでみればわかるのですが、ゲッベルスの宣伝作法というのは、白を黒と言いくるめたり、大衆に催眠術をかけて操るような、そんな類のものではありません。冒頭にあげた言葉はその象徴で、「大衆の知性を馬鹿にしてはいけない」「嘘をつくな」というのは、党員向けのインストラクションで何度も繰り返される、ゲッベルス流プロパガンダの大きな柱です。

ナチス党という泡沫過激政党を、極めて民度の高い先進国において第一党まで導いた立役者の一人ゲッベルスは、史上最高クラスの宣伝マンといえます。人はそこに魔法の秘技を期待しますが、遺稿ををどう読んでも、見つかるのは正攻法ばかりです。こんな凡庸なきれいごとで、あんなスペクタキュラーに成功できるわけない!と言いたくなります。

しかし、ゲッベルスが大活躍した1920〜30年代という時代背景を考えると、彼のスタンスは凡庸どころかきわめて独創性に富んだものであることがわかります。

欧米における新聞の普及によるマスメディアの誕生は19世紀末のこと。それにともない「マーケティング」という名詞が生まれたのは1905年といわれます。ほどなくして映画、ラジオという感情に訴える新メディアが普及し、マス広告の存在感はいよいよ増していきます。

唐突に情報革命にさらされた人々は、得体のしれないマスメディアの大衆操作力に畏怖し、幻惑されました。好景気にわいた1920年代には、事業の成功は広告次第、広告次第ですべてはうまくいくという広告万能論的な風潮が広がりました。1930年代になると、マスメディアは人の脳髄に直接働きかけて、群集を意のままにコントロールできるという「皮下注射理論(魔法の弾丸理論)」まで提唱、研究され始めました。

マスメディアに触れてまだ日の浅い人たちですから、こういう反応は仕方ないといえば仕方ないのですが、呪文を唱えればどんな女でもついてくるとでもいうような、人へのリスペクトを欠いた態度です。青年宣伝家ゲッベルスは、そんな状況の中登場しました。

政治家だろうと企業だろうと、顔のない愚かな大衆をコントロールしようと躍起になる中、彼は大衆を理解しようと努め、大衆の知性を尊重し、大衆の目を見て真摯に語りかけました。これにショーマンとしての卓越したセンスを加えれば、ついついクラリときた当時のドイツ人たちの気持ちもわかろうというものです。

プロパガンダというと、大衆を騙して意のままに操るというイメージがあります。しかし、マスメディア時代における最高のプロパガンダ成功事例は、騙してはいけないだとか、宣伝の力だけで何でも売り込むことは不可能だとか、基本は口コミだとか、一見するとまるで古風なおやじの教えのような、しかし実は時代の常識を疑うことにより生まれた、アンチ・プロパガンダともいえる姿勢から生まれたのでした。

そんなゲッベルスの宣伝作法は、ナチスのイメージのためか、皮肉にも存命中から皮下注射理論の正しさを証明する実例に数えられ、今にいたるまでその誤解は解かれていません。なるほどナチズムの本質は略奪による自転車操業であり、悪と呼ぶに値するイズムではありますが、その宣伝手法まで悪のフィルターをかけて見るのは単純すぎます。

世の中は騙しのテクニックに溢れており、そうした手法の有効性は否定できませんが、結局最も効果の高い人間かどわかし術は騙さないことであると、ゲッベルスの成功は教えてくれます。

優れたプロパガンダというのは、嘘をつく必要はない。というより嘘をついてはいけない。真実を恐れる理由などないのだ。大衆は真実を受け止められないという見方は誤りだ。彼らにはできる。大事なことは、大衆が理解できるようにプレゼンしてやることだ。嘘で塗り固められたプロパガンダというのは、ニセの大義であることの証明であり、長期的には失敗するのだ。

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