TPPの核心は、自由貿易の推進ではありません。そのことは、オバマ政権のおかれた立場を考えてみれば簡単にわかります。
オバマ政権は、言うまでもなくアメリカ民主党の政権です。アメリカ民主党というのは、製造業の労組を支持母体とする、保護主義的な政党です。減税と規制緩和、そして自由貿易を無邪気なまでに追求する共和党とは違うのです。オバマさんはその急先鋒で、2008年の大統領選では、下記のように自由貿易協定を執拗に攻撃していました。
私はCAFTA(中米自由貿易協定)に反対票を投じたし、NAFTA(北米自由貿易協定)を支持したこともないし、NAFTAのような貿易協定は今後も支持しない。NAFTAは投資家に多大な権利を与えたが、労働者の権利と環境保護の重要性については、リップサービスをしただけだった。→http://www.citizen.org/documents/WFTC_Obama_Letter.pdf
NAFTAというのは、1994年に発効したアメリカ、カナダ、メキシコ3カ国間の自由貿易協定で、共和党のパパ・ブッシュ大統領の猛烈プッシュで実現にこぎつけた協定です。関連各国で当時喧々囂々の議論を巻き起こしたこの協定は、アメリカ民主党支持者の間では、今日まで製造業衰退の元凶と目されています。
オバマさんもその見方を共有しており、だから、共和党政権時代に交渉が開始された米韓FTAにも、就任当初は乗り気ではありませんでした。闇雲に自由貿易協定を結ぶのはアメリカの製造業を弱らせるだけだ。アメリカの労働者にプラスになるように協定を改めるべきと考えていたのです。
ところが去年、オバマ大統領は突然方針を変え、NAFTAとなんら変わらない、NAFTA批判派の言う「投資家の利益を優先し」「アメリカの労働者をないがしろにする」自由貿易協定を積極的に推進し始めました。先日合意した韓国、コロンビア、パナマとのFTAは、どこからどう見てもNAFTA型の貿易協定であり、TPPもNAFTAの焼き直しです。多くの民主党支持者は、オバマさんの変節に怒りを露わにしています。
2010年の一般教書演説で、オバマ大統領は「2015年までにアメリカの輸出を50パーセントアップさせ、200万の雇用を創出する」ことを目標としてあげました。各国との自由貿易協定=米韓FTAとTPPはその柱というわけですが、民主党支持者はもちろん、自由貿易を信奉する共和党支持者でさえ、そんなにうまく行くとは信じていません。
自由貿易は国を富ますはずですが、短期的には混乱を招くし、よく言われるように、損をした集団は目につきやすく、逆に得をした分は広く薄く分配されるので見えにくいという特徴を持ちます。にもかかわらずオバマ大統領は、決して一方的にアメリカの労働者に有利とは言えないNAFTA型の自由貿易協定を結びさえすれば、2015年までに魔法のような効果を発揮すると言うのです。なんという狂信的な自由貿易主義者、そして過去の自分の信念への無責任ぶり!
…なわけはありません。いくらオバマさんが口だけ調子のいい食わせ者だとしても、そこまでハチャメチャとは考えにくいことです。オバマさんは今でも、アメリカ民主党の伝統である保護主義的な姿勢で、アメリカの労組を満足させることを第一義においているはずなのです。
保護主義的な信念を抱きつつ、各国と自由貿易協定の締結に邁進するとなれば、答えはひとつしかありません。排他的経済ブロックの確立です。ターゲットはもちろん中国。中国さえ退場してくれれば、アメリカのブルーカラーは短期間のうちに忙しくなること請け合いです。TPPは中国の加盟も念頭に置いているということですが、それならそれでオーケー。アメリカと同じルールのもとで中国が経済活動してくれるなら、不当に安い人民元を武器に各国の製造業を骨抜きにした輸出マシンの力は大いに削がれるに違いありません。王手飛車取りというわけです。
力にモノを言わせたひどいやり方で、自由貿易の精神にも反していますが、日本にはそれをやめさせる力はありません。日本にとれる選択は、アメリカの経済ブロックに加わるか、中国と組んで東アジアブロックを作るかの二つに一つ。従って日本の取るべき道はひとつしかありません。仮にTPPが日本に多大な被害をもたらすのだとしても。