2011年11月11日

1923/201X

1900年代初頭から1920年代初頭は、日本という国家にとってすばらしく幸福な時代でした。日露戦争に勝利して列強に名を連ね、経済は大いに発展し、物質的豊かさと平和の中で民主主義は発展し、文化に花を咲かせました。

その繁栄を支えた日本外交の柱は、日英同盟でした。

イギリスの側面援護なくして日本の日露戦争勝利はありませんでしたし、その後朝鮮併合を経て中国大陸に国際社会の合意の下で権益を広げられたのは、当時のスーパーパワー、大英帝国の後ろ盾あればこそでした。

しかしこの幸せな結婚は1923年に終わりを迎えました。

その最大の理由は、アメリカの圧力です。第一次大戦で疲弊したイギリスにかわり、世界一の大国の座についたアメリカは、アジア・太平洋地域における主導権を握るうえで日英同盟を障害と認識し、その破棄を求めたのです。

以降、大日本帝国は国際社会の中で孤立し、破滅への坂を転がり落ちて行くことになります。しかしアメリカを恨むのはお門違いです。なぜなら、いかにアメリカの圧力を受けようと日英同盟の継続は十分に可能で、その可能性をつぶしたのは他ならぬ日本自身だったからです。

第一次大戦時の時事評論を見ると、次のような表現があちこちに見つかります。

英国の我が国に対するわがままは実に指を屈するにいとまあらず。これに反しわが外交家がほとんど英国の忠僕たるの感ありて、ほとんど手も足も出ざる感あるは情けなき次第なり。

加藤外相は英国の帰化人にしてしかして英国の外務次官なり

日本はドイツを敵としながら全然行動の範囲を限定せられたるものなり。これに反し英国は天涯地角、ドイツ領の存在する所にはことごとく攻略の手を伸べつつあり、彼には完全なる行動の自由あり、我には絶対的束縛あり。

こうしたことばから読み取れるのは、同盟国イギリスに対するルサンチマンです。当時の日本人は日英同盟をありがたがるどころか、イギリスばかりに都合の良い屈辱的関係とすら見なしていたのです。

それはある面事実でした。日露戦争後のアジアは日英を軸に回転していましたが、盟主はあくまでイギリスで、日本はイギリスの権益をガードする見返りとして褒美にあずかる構図でした。両国の圧倒的な国力差を鑑みれば、これは決して日本に損な関係とはいえません。しかし日本人は不公平と感じ、その思いは第一次大戦において表面化します。

第一次世界大戦(1914〜1918)で、日本は小艦隊を地中海に派遣し、輸送船の護衛任務についたことはよく知られています。しかしそれは、未曾有の総力戦を戦うイギリス人の目から見ればぜんぜん不十分でした。イギリスは再三陸戦部隊の派兵を要請しましたが、日本はこれを拒否。日本の言論界は、日本に不利益しかもたらさない欧州派兵は天下の愚論とこき下ろし、派兵の可能性を匂わせた大隈首相に売国の烙印を押しました。

それどころか日本は、同盟国の国難に乗じて中国での権益拡大に走りました。いわゆる対華21か条要求はこのとき出されたものです。中国人のナショナリズムに火をつけたその内容もさることながら、出したタイミングはまさに火事場泥棒で、卑劣と言う他ありません。

こうした様子を見たイギリスは、日本は自分の利益ばかり追求して国際社会の一員としての責任を負おうとしない、信用のおけないオポチュニストだという印象を強くしました。そして戦後、アメリカから同盟破棄の圧力を受けたとき、アメリカとの友好と日本との同盟継続を天秤にかけて、アメリカを選んだのです。

それはイギリスにとり簡単な選択ではありませんでした。同じアングロサクソンの国とはいえ、アメリカはイギリスの植民地帝国を白い目で見ていましたし、孤立主義でイギリスの国防に協力してくれるわけではありません。一方日本と組めば、アジア・太平洋地域に展開する戦力を減らして経済復興に専念できますし、アジアの植民地におけるナショナリズム抑制の効果も期待できます。同盟の解消は、大英帝国の没落を加速しかねない苦渋の選択でした。

では日本はどうか?傲慢なイギリスに屈辱を感じ、いかにイギリスに懇願されようと、「日本はイギリスの番犬ではない。国益に反することなどできるか!」と毅然とした態度を通した日本は、さぞかし不平等同盟の解消を歓迎したに違いありません。

しかしそうではありませんでした。戦争が終わり、日英同盟の解消を目の前につき付きられたとき、日本は「あ、孤立した」と気づき、困惑したのでした。

しかも、衰弱したイギリスにかわりアジアに乗り出してきた新進超大国アメリカは、イギリスよりも厄介な相手でした。大国とはいえ弱みを持ち、帝国の維持のために日本を必要としたイギリスに比べ、アメリカは日本を必要としません、というか中国に進出する上で日本は邪魔者でしかありませんでした。アメリカとの交渉に駆け引きの余地はなく、アメリカの温情にすがるしかありません。イギリスとの関係に屈辱と感じた日本人は、目先の利益に心奪われた挙げ句、自らをより屈辱的で危険な立場に追い込んだのです。

第一次世界大戦は、19世紀的価値観が劇的に倒壊し、文化、政治的にパラダイムの転換が起きた歴史的大事件でした。そういう時期に近視眼的に振る舞うとどうなるのか、100年前の日本は最高の教材を提供してくれます。

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