2011年12月30日

あの日の思い出

311地震が起きた日、なぜか一番印象に残っているのは、自転車に乗るおっさんの姿です。

あのとんでもない揺れを自宅のマンションで体験したぼくは、いつまで続くのかと思われた長い揺れがようやくおさまると、「これはとんでもないことになった!」とベランダに出て外を見回しました。

と、眼下の通りを一台の自転車が通りかかり、おっさんがのんびりと自転車を漕いでいたのです。なんというか、それは春先の晴れた日によく合う光景で、平穏な郊外の日常生活そのものでした。

しかしその光景は、今おきた恐ろしいほどの揺れと、いろいろなものが散乱した室内と、そして日本のどこかでおきているであろう大災害からあまりにずれたイメージで、ぼくはひどく混乱してしまいました。

いや、うちのあたりが揺れなかったわけではありません。揺れたのです。すぐ近所で死者も出ましたし、洗面所のシンクは割れましたし、ガスは止まりましたし、エレベーターはまる1日ストップすることになりました。それなのにおっさんはのんびりと自転車を漕いでいたのです。

テレビをつけると、興奮したキャスターが、上ずった調子で火に注意しろとか外に飛び出すなと繰り返していました。キャスターの背後では、報道局員たちが駆けまわっています。やはりとんでもないことは起きていたのです。

食い入るようにテレビを見ながら、しかしぼくは自転車を漕ぐおっさんについて考えていました。なぜおっさんはのんびりと漕いでいたのか?

やがてぼくは、それが間違った設問であることに気がつきました。「なぜおっさんはのんびり自転車を漕いでいたのか?」といくら自答しても答えなどでてきません。正しい設問は、「なぜのんびりと自転車を漕いでいたおっさんをぼくはおかしいと思うのか?」「ぼくはおっさんに、どういう振る舞いを期待していたのか?」なのでした。

そう、ぼくはおっさんに、大災害にふさわしい行動を期待していたのです。自転車を飛び降りてしゃがみ、ひたすらキョロキョロと周囲を見回すとか、慌てて自転車に飛び乗り、立ち漕ぎで家に帰ろうとしたものの、動揺して転倒してしまうとか、そんなアクションを期待していたのです。

でも、実際にそんな行動をとる人はごく一部にすぎません。もしぼくがあのおっさんだったとしても、きっとのんびりと自転車を漕いだに違いありません。その後に見た「津波ビデオ」でも、避難する人々は、自分の町が崩壊し、自分の命も危ぶまれる中で、不謹慎といえるほどにのんびりしているように見えました。非日常的な脅威を前にしたとき、人は必然的にパニックに陥りパニックを演じるというのは、あまりに皮相な見方です

ところがぼくは、そういうごくあたり前の人間の行動を目にして、おかしいと感じたのです。そしてその一方で、慌てふためくテレビの中の世界に、そうあるべき世界を感じていました。

被災地に乗り込んだテレビリポーターは、津波警報に右往左往する自らの姿を映像に撮り、あまり感情を表に出さない東北の人たちから「慟哭」を無理やり引き出して、未曾有の災害時にそうあるべき人間の姿を紹介していました。あのリポーターこそ、ぼくの姿です。

一体ぼくはいつ、自分の目と耳と肌で感じるべき現実を、テレビが描き出す皮相な風景とすり替えてしまったのだろう?そんな内面を持つ自分は、なんと軽薄な存在なのだと思いながらテレビを見ていると、なにやら無性に腹がたって仕方ありませんでした。

だから時の首相が震災後の最初の会見でこう第一声をあげたとき、ぼくは力が抜けました。

「国民のみなさま、テレビとラジオでご存知のように…」

それは、テレビの世界を内面化し、そのことに疑問すら抱かない人の声でした。

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