2012年01月19日

はじめから腐っていたマスメディア

日本のメディア業界に「先がない」ことには同意します。

内田 樹「腐ったマスメディアの方程式」

しかし、「その最大の原因は、ネットの台頭よりもむしろ、従来型マスメディア自身の力が落ちたこと、ジャーナリストたちが知的に劣化したこと」という見立ては違うと思います。

内田さんは、彼が学生だった1970年頃若者に人気だった「朝日ジャーナル」をクオリティの高い活字メディアとしてあげています。しかし、「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」で名を馳せた左翼雑誌「朝日ジャーナル」を読んだ若者たちが何をしたのかといえば、むやみに学校をバリケードで封鎖し、公共施設を破壊し、内ゲバで仲間を傷つけあい、あげくに陰惨なテロに身を投じる者も出るなど、多くの人に今なお消えない傷を残したのでした。

あれこそむしろ、内田さんの述べる、「本能的に変化を好」み、「『浮き足立て』『興奮しろ』『取り乱せ』ということを要求し、平静にやっていると、『緊張感がない』と怒り出す。冷静に物事の真相を見ようという姿勢とは程遠い」腐った報道の典型ではなかろうかと思います。

マスメディアはいつの時代もそうなのです。よきマスメディアなどというのは、どこにも存在したことのない幻想であり、今日のマスメディアの凋落は、ネットの普及により、そんなマスメディア幻想が崩れてゆく現れなのです。

マスメディアというのは、マスメディアであるがゆえに、情報機関として機能しないという致命的な欠陥を持ちます。

どういうことかというと、たとえば1万人にリーチするブログで語られた真実/有益な情報は、同じことが1000万人にリーチするテレビで語られると、嘘/有害な情報になってしまうのです。

たとえば、ある製薬会社が画期的な新薬を発明したとします。すると株価は間違いなく上がるはずです。「A社の株は上がる」という情報は、正しい情報です。しかし、この情報が1000万人の人に伝わると、誤った情報に変質します。株価はバブル状態となり、暴落するからです。

あるいは、許しがたい政府の不正が露見したとします。「政府はおかしい!」という憤りを表明するのに、何らおかしな点はありません。しかし、この憤りが1000万人の人に一度に伝わると、憤りはバブル状態となり、不正にあたいする憤りを超えた集団ヒステリーを大衆に引き起こします。そしておうおうにして、政府の不正以上のダメージを社会にもたらすことになります。

というように、マスメディアが伝える情報は、あまりに多くの人に届きすぎるという理由により、あらゆる情報がバブル化し、真実/有益な情報が、嘘/有害な情報へと転化してしまうのです。

ならばマスメディアは、ただ淡々と事実のみを伝えればよいと考える人は多いと思います。しかしそれでは、人間の情報欲を満たすことができません。人間が欲するのは無味乾燥なデータではなく、データの解釈であり、物語だからです。

たとえば放射能漏れ事故について、データだけ提示し、解釈を留保する報道をしていると、人々は「なぜ危険を危険と言えない?」「なぜ安全を安全と言えない?」とイライラしてきます。そして、そんなお茶を濁したような報道に疑心暗鬼になります。

それではと読者/視聴者の欲求に応え、「危険だ」「安全だ」とズバリ伝えれば、レベル1の危険はレベル10の危険へと膨らみ、1の安全は10の安全へと膨らみ、マスメディアは有害な扇動装置へと姿を変えてしまいます。

マスメディアというのは、19世紀の末に誕生して以来、この2つの極の間で右往左往し、そしてバランスを保ち続けることが人知を超えた神業であるがゆえに、定期的に暴発して社会を奈落の底に突き落としてきました。

いわばマスメディアというのは、都心に屹立するチェルノブイリ型の原子炉のようなものです。危険際まわりないシロモノで、しばしば大事故を起こしてきたけれども、電力の供給源としてそれに代わるものがないという理由で、だましだまし使い続けてきたのです。

ではマスメディアはどうすればいいのか?内田さんは、「『この番組は数万人見てくれればいい』と割り切った番組作り」をして「ミドルメディア化」し、「旗幟鮮明にしていかなければ、生き残ることは難しい」と述べています。

もはや現代にマスメディアは存在しえず、ミドルメディア、マイクロメディアのみしか生存しえないという点については同意します。しかし、マスメディアとしての大量の読者/視聴者を抱えたままで、論調のみミドルメディア化するのは、危険極まりない処方と言わざるを得ません。それは、毒を抜かないフグを全国のイオンで売るようなものです。

今あるマスメディアは、無味乾燥なデータのみをたんたんと伝える通信社となるか、そうでなければ、読者/視聴者がミドルメディアといえるレベルに落ちるまで、衰弱するにまかせるしかありません。そしてそれを取り巻く社会は、マスメディアの速やかな自然死をうながし、へたな救済措置でゾンビ化しないように目を光らせるべきなのです。

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