2012年03月01日

日本はドイツに学ぶべき

過去との取り組みについて、日本がドイツと比較されるのは古典的な手法です。

日本は被害国を感動させよ=ドイツにならって跪くべき

記事の中では次のように述べられています。

戦後、日本とドイツは正反対の道を歩んできた。1970年12月、ポーランドのワルシャワを訪問したドイツのブラント首相はユダヤ人ゲットー記念碑前で跪き、その反省の心が東欧各国との和解に結びついた。第二次世界大戦終戦40周年の1985年にはヴァイツゼッカー大統領が「5月8日はナチスの暴力支配からの解放の日」と語った。日本政府からは、中国など被害国を心から感動させる言動はなく、日本はドイツに学ぶべきだとの思いを禁じ得ない。

ブラントもヴァイツゼッカーも、ナチスのホロコーストについて謝罪しただけで、民族としてのドイツ人やドイツ国防軍の「犯罪」について謝罪したわけではありません。

だから戦時中ドイツから最大の被害を受けたポーランドでは、今でもときおり「ポーランド人に謝罪せよ」との声があがります。しかし「ブラントの跪き」のような謝罪がドイツからなされることはありませんし、むしろあきれられています。

Polish PM Prickled by "Spud" Slander

また、1985年にホロコーストを反省する有名な演説をしたヴァイツゼッカー大統領は、ナチス時代にリッベントロップ外相の次官を務め、ニュルンベルク裁判で有罪とされた父親の罪を冤罪として断固として認めていません。そして、東部戦線で一兵士として戦闘に参加した自らの経験をもとに、2009年のインタビューで次のように述べています。

Q:東部戦線で戦争犯罪を目撃しましたか?

A:個人的には見ていません。

Q:あなたの師団の6月下旬の報告書に「残虐に切り刻まれた兵士」との記述があります。記憶にありますか?

A:当時報告書は見ていません。しかし切り刻まれたドイツ兵の死体は見ました。ソ連に捕らわれたらこうなると、ゾッとしました。

Q:報告書は、第9連隊からの報告として、次のようにも記しています。「捕虜はとらずに始末した。残虐に切り刻まれた戦友の死体を見た連隊は、とてもそんな気になれなかったからである」。

A:それはひどい言いがかりです。わたしはそんな報告書など聞いたこともありませんし、そんな雰囲気はまるでありませんでした。わたしたちの連隊の中でも、そんな行動をした者がいたなど聞いたことがありません。ですからわたしたちの戦域ではそんな事実はなかったと断言します。

Q:質問にムッとされたようですね。

A:ムッとする?違います。切ないんですよ。こんなあたりまえのこともわかってもらえないのかとね。戦争が乱暴にしかけられ、乱暴に行われたことに疑いはありません。しかし、ドイツ軍は何百万人もの捕虜をとり、そしてすべての捕虜が虐待され惨殺されたわけではないんです。いいですか、わたしたちの歩兵連隊は長い伝統を持ち、高い軍紀を誇りにしていました。戦時中においてもです。もちろん歴史研究の成果は尊重します。当時のわれわれに知りえなかったことはたくさんあるでしょう。大事なのは、歴史的、倫理的に世代間の理解を深めることです。そしてその作業はお互いを尊重しつつやれるはずですし、そうすべきなんです。

Former German President Details WWII Experiences

というわけで、ヴァイツゼッカー氏は何でもかんでもドイツが悪いなどと考えているわけではありません。ホロコーストの悪を糾弾し反省する一方で、当時を生きたドイツ人たちの存在を汚すつもりなどまったくないのです。

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