2012年07月21日

ゴリ押しの構造

ネットの普及により非常に顕著になった現象に「ゴリ押し」があります。韓流、AKB、スカイツリー・・・、テレビや新聞でアゲられるものには、ネットでことごとくゴリ押しの烙印が押されます。

そうした反応を単なるイチャモンとしてやり過ごす論調もあります。しかしはっきりしているのは、ゴリ押しとされたものは、マスコミでの圧倒的な露出にもかかわらず、それに見合うリターンを得ていないということです。セカンドライフや韓流の無残な失敗は言うに及ばず、AKBはCDこそ売り上げるもののテレビに出ると視聴率はイマイチ、ゴリ押しされたタレントはことごとく伸び悩んでいます。

ゴリ押しへの苦情は、もはやイチャモンで済ますべきレベルではなく、広告屋として無視できない、無視してはいけない現象なのです。

ではゴリ押しとは何なのか?それはマスメディアとネットの特性の違いから引き起こされる、根源的な現象だとか考えられます。

そもそもゴリ押しという感覚を人々に持たせる大きな原因は、メディアミックスという広告手法にあります。これは、日本では1980年代末に本格化した手法で、売り込みたい商品を、テレビ、新聞、雑誌、音楽と、複数のメディアにさまざまな形で同時多発的に露出させ、消費者の脳髄に商品を刷り込むというものです。

この手法は、マスメディアという情報システムに非常に適しています。マスメディアというのは、最も強烈なイメージが他のイメージを巻き込んで一人勝ちするシステムです。メディアミックスで巨大な渦を発生させさえすれば、たとえそのイメージに共感できない者がいたとしても、渦に抗うことができずに巻き込まれるか、無視できる泡沫になるだけです。

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ところがネットは違います。よく、ネットでは自分が興味を持つ情報しかアクセスしないので、偏った情報になりがちだと批判されますが、まさにこの特性により、趣向を近くする者同士がかたまり、マスコミを動員して作られる強烈なイメージに巻き込まれないだけの勢力を維持し、異なる宇宙を形成して生存することができるのです。

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こういう状況で大規模なメディアミックスを仕掛けたらどうなるでしょうか?人工的に発生させた渦は、マスメディア時代のように社会全体を巻き込むことができず、無理に巻き込もうとすればするほど、「他の宇宙に住む住人たち」の感情を逆なですることになります。これがゴリ押しと感じられるものの正体です。

ネット時代に「国民的ブーム」を作ろうとすることのマイナスは、投資の割に効果が小さいというだけではありません。構造的にもはや一人勝ちはできないというのに全宇宙を制覇しようとするため、ブームにのらない他の宇宙の住人たちの反感を買い、結果として社会の大多数を敵に回す危険性が高いのです。

セカンドライフにしても、韓流にしても、あるいはエイベックスが国民的アーティストに仕立てようとした歌手たちにしても、それぞれ製品としては優れた点もありました。しかし、ゴリ押しにより生じた反感により食わず嫌いを量産してしまい、実力以下の評価しかされないケースも多々見られます。ゴリ押しは逆宣伝となり、商品を殺すのです。

これからの広告、プロパガンダは、社会全体を巻き込む国民的ブームを起こそうという無茶な野望を捨て去るのはもちろん、他の宇宙に住む住人たちの感情をいかに害さずに、少しでも大きな重力圏の構築ができるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

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