2012年11月21日

飛行機で泣く赤子と少子化

漫画家のさかもと未明氏が、搭乗した飛行機で泣き通しだった赤ちゃんに腹をたてた顛末を記事を書き、集中砲火を浴びています。

再生JALの心意気/さかもと未明

こういう現象は、すごく日本らしいと思います。これでは子供も増えないはずです。

さかもと氏の態度のことではありません。彼女をひたすら叩く世間のことです。

飛行機で泣きまくる赤ちゃんの問題は、あたりまえですが日本だけの問題ではありません。旅客機利用率が日本よりも高く、子供の数も多いアメリカでは、スクリーミング・ベイビーに出くわす確立が高く、ネット上では、クオリティペイパーを巻き込んでたびたび議論になります。

つい先日、画像投稿サイトimgurに、赤ちゃんを連れた両親の心遣いとして下の写真が投稿され、200万近いアクセスを集めて賞賛されました。

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生後14週の双子を連れたその両親は、飛行機に乗り合わせたすべての乗客に、次のようなメッセージを添えたキャンディーを配布したそうです。

「ぼくたち14週目の双子で飛行機初めてです。がんばって行儀よくするけど、もし我慢できなくてうるさくしたらごめんなさい。そのときは、ぼくらのママとパパ(ポータブルミルクマシンとおむつチェンジャー)に言えば、耳栓を用意してあります…」

どんな子供嫌いの人でも微笑ませてしまうだろうすごい気遣いです。英語社会では、こんなネタが大きな注目を集めるほどに、飛行機で泣きわめく赤ちゃんは日常の存在なのです。

では英語人は、その現象にどんな風に反応しているかというと、「親がいくら気をつけても赤ちゃんは泣く時は泣くので親を責めてはいけない」と言う人から、「子供を静かにできないのなら飛行機に乗せるな。わたしはそうして子育てしてきた」という人までいろいろです。

そう、この問題に決定的な答えはありません。2年前にこの件を取り扱ったCNNの記事は、「Babies divide air travelers」とタイトルをつけていますが、旅客機内で泣く赤ちゃんについては、それを迷惑行為とする意見にも、そういう意見をわがままとする見方のいずれにも一理あります。だから英語世界では、一流のコラムニストから無名のインターネッターまで、各々意見を投げ合いますが、さかもと氏のような一見解を総バッシングするなどという光景はまず見られません。

ところが日本ではそうなります。日本人はモラルフェチですから、さかもと氏のような言動は、自らの徳のなさ、ダメ人間ぶりを告白しているようにしか見えず、そういうウンターメンシュ(下等人間)はムチで叩いて矯正すべしと発想するのです。

「よき社会とは、ダメ人間のいない社会である」と考える日本社会と、「社会とはダメ人間の集まりである」と考えて制度設計する英語社会の差といえばそれまでで、その優劣は一概にはつけられません。しかし、さかもと氏の言動を無闇にバッシングするような環境では、おそらく子供は増えないはずです。

なぜならば、逃げ場のない飛行機の中で赤ちゃんの泣き声にイライラするさかもと氏の姿は、子育てという逃げ場のない空間に24時間閉じ込められた日本のママさんたちの姿に重なるものであり、「もうやだ、降りる、飛び降りる!」というさかもと氏の叫びを基地外呼ばわりするのは、「もうやだ、子育てやめる!」という、育児に悩むママさんたちの悲痛な叫びを糾弾するのと同義だからです。

赤ちゃんに常に愛情を注ぎ、子育ての苦労を明るく乗り越えていければ、それに越したことはありません。飛行機の中で金切り声をあげ続ける他人の赤ちゃんに、「泣くのは赤ちゃんの仕事」と優しくほほ笑みかけられれば、なるほどそれは賞賛すべき態度です。しかし、そうした成人君主的な態度は、誰にでもとれるものではありません。

一時も目を離せず、頓珍漢な時間に唐突に泣き始め、女性から自由と肌の張りを奪う赤ちゃんに対し、時として「もう堪えられない!」と叫んでしまうのは、機内で泣き声にブチ切れたさかもと氏同様、聖女としては失格かもしれませんが、不完全で弱い人間ならば仕方のないことです。

さかもと氏を人非人のように非難する態度は、一見美しい赤ちゃん讃歌のように見えます。しかし実のところ子育てに高度なモラルを付加することにより、「明日のママ」たちに重圧を与え、子育てを躊躇させる空気の醸成と連携しているのです。

フランスの出生率が高いのは、国による子育て支援の成果ではない、という人がいます。フランス語すらまともに喋れない移民のベビーシッターに平気で乳児を預け放しにし、子供にろくな食事も作ってやらず、仕事と遊びに精を出すフランス女性は、日本の感覚からすると子育ての責任を放棄したダメママ以外の何者でもなく、だから軽いノリでーー子育ての嫌な部分を妻任せにする男のようなノリで子作りできるのだと…。

さかもと未明氏は英語人的な考えの持ち主だとお見受けします。だから赤ちゃんを連れたママへの文句だけで終わらせず、航空会社に意見し、ダメ親とダメ乗客ばかりでも平和に共存できる制度設計を注文しました。ところが世間は、子供を取り巻く大人は聖人であれと叫びます。人々の批判はさかもと氏一人に向いているように見えますが、実は批判の矛先は、暗に出来損ないのダメ親にも向けられています。

ダメ人間でも子育てできる社会と、聖人でなければ子育てできない社会。親も子もそれを取り巻く人々もストレスなく暮らせて、人口の増える社会はどちらであるか?答えは自明です。

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