「ネットはリアルにどんどん侵食されている」ーーニコ動6周年 川上会長に効く、リアルに投資する理由
今の時代、ネットとリアルの融合が進んでいるのは、誰の眼にも明らかだと思います。しかし、彼の主張はどこかズレているような気がしてなりません。例えば彼は、こんな言い方をします。
「今、大きな力を持っているのは、リアルの従属物としてネットがあるようなサービス。ネットがリアルにどんどん浸食されている。ネットで生きることとリアルで生きることを融合しないと、“ネットの人”の生きる場所がなくなってしまう。隔離された場所はどんどん狭くなっていくので、ネットを拠点として現実とつながらないと、幸せになれないと思う」
彼は、ネットとリアルの融合を、「ネットがリアルにどんどん侵食されている」と表現します。これは単なる言葉のアヤではなくて、他のところでもこの世界観に沿った発言を繰り返しています。例えばーー
リアルイベントを行い、集客してみせることでニコ動は、「現実社会は多様だ」と、オタクに迫る。「ネットは自分が見たい意見しか見えない構造なので、自分の意見が世の中のすべてだと錯覚しやすい。みんなが自分の好きなものだけを見て幸せにやっているならそれでいいが、自分の意に沿わないものを弾圧しようとし、そこに争いが生まれてしまう。世の中はもっと多様だと認識したほうがいいと思う」
これは、ネットがリアルに侵食されるという立場に立ち、ニコ動においてネット文化を創造してきた人たち、彼の言葉でいう「オタク」の人たちに、リアル世界のあり方を啓蒙し、彼らをリアルに引き寄せるという姿勢です。また別のところではこう言います。
最近のニコ生番組は、テレビが作ったフォーマットをネット生放送に載せ替えた番組も多く、「ニコ生が小さなテレビのようになっている」という批判もあるが、「ネットの番組が進化したらテレビに似てくるのは当然。ネットはテレビのレベルを目指すべき」と、川上会長は反論する。「ネットで一番面白い番組と、テレビのそれを比較して、どちらが面白いかは歴然としている。テレビは何十年もの歴史で進化している。テレビと同じだからダメという批判はおかしい」
ネット動画は、既存のテレビ番組=リアルに近づいて当然、ネットはリアルを見習うべきという主張です。これもまた、「リアルがネットを侵食する」という世界観から導かれる姿勢です。
ネットとリアルの融合といえば、クリス・アンダーソンの「MAKERS」です。この本は、まさにネットとリアルの融合について、実体験と多くの実例を絡めつつ語り尽くした一冊です。しかしアンダーソンの視点は、川上会長のそれとは正反対です。
前著の「ロングテール」や「フリー」で、ネットという、従来のリアル世界とは違う価値観を持つ世界を探索したアンダーソンは、この本でさらに一歩考察を進め、ネットによる変革は「ビットから原子」へと進出する時期を迎えたと説きます。ネットはもはやモニターの中の出来事ではなく、手でさわれるハードの世界、ものづくりの世界へと広がりつつあり、それは新たな産業革命を引き起こすだろうという見立てです。
アンダーソンによるネットとリアルの融合は、ネットがリアルの従属物になるのではなく、リアルがネットを侵食するわけでもありません。ネットがリアルを侵食するのです。ネットによるものづくり革命の一翼を担う企業としてあげられる「Etsy」のチャド・ディッカーソンCEOは、もともとオタク的事業として発足したEtsyが、リアルな大企業へと変容していくことについてこう述べます。
「Etsyがその他の世界のようになるのではありません。むしろその他の世界がEtsyのようになってきているんですよ」
川上会長という人は、ネット規制を是認するなど、以前からネット企業の責任者とは思えない発言をしてきました。ネットというのは所詮リアルの従属物であり、リアルに飲み込まれるものだという世界観は、そうした発言と合致します。
ドワンゴはネットを使った企業であるけれど、ネット企業ではないのです。ニコニコ動画は、がんばればテレビ東京にはなれるかもしれませんが、テレビに代わるものではないのです。