2013年01月08日

安倍政権は歴史を語るべきではない

先日のNYTの煽り社説や、エコノミスト誌のナイーブな記事を読むと、愛国的な日本人としては暗澹たる気分になります。

Back to the future

「新政権を『保守』と表現するのはその真の性格をとらえていない。これは急進的国家主義内閣なのだ」とは穏やかではありません。

が、「日本は世界で孤立している!」とか「中韓のプロパガンダに負けないように真実を発信していかないと!」などと慌ててはいけません。「性奴隷」や「レイプオブ南京」を始めとする歴史問題において最も大事なのは、問題の本質を見極めることであり、直情的に動くのは逆効果です。

過去問題とは歴史の問題ではありません。過去問題は今日の政治問題なのであり、また心理学的な認知バイアスの問題なのです。

中国人や韓国人が過去にこだわる動機は単純です。それが利益になるからです。20世紀的価値観において、自らを犠牲者と位置づけるのは倫理的に上位に立つことを意味し、極めて大きな武器となります。第一次次大戦以降のあらゆる国際紛争は、犠牲者の椅子を取り合う椅子取りゲームであり、その椅子に座った者が常に勝利を手にしています。

中国人と韓国人は、そんな20世紀のワンダーウェポンである犠牲者カードの効果を確実なものとするため、自らを「ホロコーストの被害者」としようとするのです。

だから歴史的事実を指摘し、「あれはホロコーストではない」と主張しても何の解決にもなりません。ことの真贋は二の次だからです。過去問題を解決するには、歴史的事実を主張するのではなく、まずは犠牲者カードの無力化に注力せねばなりません。

国内の極左勢力が老衰を迎えようとしている今、これは簡単です。中国や韓国との間に揉め事が起きたとき、日本側は過去カードを黙殺し、過去問題の混入を毅然として拒否すればいいのです。犠牲者カードという葵の印籠に対して、「で?」と返せば黄門様はただの爺です。

ところが難しいのはここからです。犠牲者カードという武器のすごさは、やじうまの中から同調者を集めやすいという性質にあるからです。葵の印籠を無視していると第三者たちがぞろぞろと集まり、激しく糾弾されて土下座を強いられてしまうのです。NYTの社説やエコノミスト誌の記事はこれにあたります。

やじうまたちは、中国人や韓国人たちのように政治的動機から糾弾するのではありません。彼らは正義感からそうした行動を取ります。であるならば、彼らに歴史的事実を提示すれば理解してもらえるようにも思えます。しかしそれは早計です。所詮第三者である彼らは、日中韓の歴史問題を認知バイアスで見ており、面倒な歴史的事実など耳に入らないからです。

認知バイアスについては、D・カーネマンの『ファスト&スロー」に詳述されていますが、思い切り簡単に言えば、あらゆる人間は情に流されやすく、しかも情を理と勘違いしてしまいがちで、並大抵なことではその誤謬に気づかないという頭の構造のことです。



いわば過去問題をめぐる日本は、エレベーター事故を起こした「シンドラー社」のようなものです。当時やじうまの多くは、調査中の事故の詳細はもちろん、エレベーター事故の統計さえ知らないのに、悲惨な事故描写と限られた情報をもとにシンドラー社に土下座を迫りました。事故機の製造会社がいくら理を説いたところで誰が我に返るでしょうか?むしろ袋叩きにされるだけです。

ですからここでも、歴史的事実を説くのは何の効果もありません。やじうまに対しては、心理学的手法でのぞまねばダメで、やじうまたちに「オレたちは情に振り回されているだけなのでは?」という気づきを起こさせるのが先決なのです。

非情な言い方ですが、シンドラー社が不当な非難をかわすのに最も効果的なのは、別の大手エレベーター会社が大事故を起こすことです。人々の理性を呼び覚ますには、理性ではなく情に訴える事件が必要なのです。実はこの点日本は恵まれています。

何しろ中国はああいうタチで、放っておけば周辺国を恫喝し、やがてはアメリカと衝突します。アジアの人々とアメリカ人が中国を怪物と認識したときーーそれもまた認知バイアスに基づくものではありますがーーそのときやじうまたちは、日本の過去にまつわるファンタジーに心を動かされることがなくなり、理性的に判断しようとするのです。

ですから、安倍政権が歴史問題を解決しようとするなら、歴史を語ってはダメなのです。歴史問題については譲歩もプッシュもすべきではなく、中国人と韓国人が持ち出す過去についてはそれを政治的威嚇として対処し、第三者が持ち出す過去については認知バイアスとして対処し、ただもくもくと中国包囲網を構築していれば、必ず「そのとき」はやって来ます。

歴史問題は一息で片付く問題ではありません。安倍政権は土壌の整備に専念すべきで、それが問題解決への一番の早道であり、またそれさえできればあとは歴史家たちがスイスイと片付けてくれるはずなのです。

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