2013年01月27日

過去は清算できない

日本とドイツの過去に対する態度を比較して、「ドイツは徹底的に過去の償いをしている。だから周辺国は文句を言わないのだ。それに比べて日本は…」という言説をたびたび見かけます。これに対して日本の愛国者は「日本も過去の償いをしている。ただドイツとはやり方が違うのだ」と反論します。

しかしこの議論は重大な点を見逃しています。ドイツの周辺国がドイツの過去を赦しているように見えるのは、ドイツが反省して過去を清算したからではありません。ドイツの周辺国にはドイツの過去を糾弾する資格がないからなのです。

先日チェコで大統領選が行われ、左派のミロシュ・ゼマン氏が右派のカレル・シュワルツェンベルグ氏を接戦の末破りました。チェコの未来を決めるこの選挙には、実は60年以上前の過去が影を落としていました。1月中旬に行われたテレビ討論会で、シュワルツェンベルグ氏はチェコの暗い過去を指摘して国論を二分する感情的な軋轢を生じさせ、結果としてこれが選挙結果を大きく左右したのです。

シュワルツェンベルグ氏が指摘した過去とは「ズデーテンドイツ人」の追放です。戦前のチェコには250万人を越えるドイツ人が暮らしていましたが、戦後のチェコ政府はドイツ系住民たちの財産を没収して根こそぎ国外追放しました。シュワルツェンベルグ氏はこれをチェコ国民が向き合うべき過去であると指摘し、自らの脛の傷を見せられたチェコ人は激しく動揺したのです。

民族浄化をしたのはチェコだけではありません。ドイツに侵略された中東欧の各国は徹底してドイツ系住民を追放しました。合わせて1200万人のドイツ人が故郷を追われ、その過程で最低でも50万人が命を落としたと記録されています。

この歴史上最悪のエクソダスは、中東欧の国父レベルの人たちの手で行われました。チェコの場合、ドイツ人追放令を出したのは独立の志士の一人であるエドヴァルド・ベネシュです。彼らの罪を認めることは、建国の神話を否定することに他なりません。だからドイツに侵略された周辺国は過去に眼をつぶるのです。ドイツが反省しているから過去を責めないのではなく、ドイツの過去を責めると自分たちの犯罪とも向き合わざるをえないから過去に触れないのです。

ドイツとその周辺国にはこの暗黙の了解があり、それが少しでも破られると今でも醜い感情が噴出します。数年前には、追放ドイツ人たちの小団体が過去の補償について声をあげただけで、ポーランドではカチンスキ兄弟を先頭に激しい反独の嵐が吹き荒れ、ドイツはドイツで態度を硬化させ、両国関係は険悪になりました。今回のチェコの大統領選でも過去が大きな影響を及ぼしました。欧州では過去は死んでおらず、ただ双方の利害関係からフタをしているだけなのです。

日本と周辺国の間には、この相互の罪がありません。戦前の中国は日本人住民に酷いテロを繰り返し、戦後の朝鮮人は戦勝国気取りで日本人を足蹴にしました。しかしドイツの周辺国のような大犯罪を犯したわけではありません。日本の戦争をナチスと同格の大犯罪とするなら、罪は片務的であり、中国人も朝鮮人も、日本の過去を責めれば責めるだけ彼らの歴史はバラ色になります。こんな構造では過去にフタできるわけありません。

日本とドイツを比較して、日本は反省が足りないとする考え方は、1980年代後半に日本の新聞で盛んに叫ばれるようになり、1990年代初頭に頂点を迎えるとともに周辺国に輸出されました。ドイツのように謝れば、過去を清算して隣国と仲良くなれますよと彼らは囁きました。しかし、ドイツの過去は清算されていないのです。戦後70年近く経過しても過去は生き続けており、ただ双方の利害一致により協力して過去を振り返らないようにしているから、過去を清算したように見えるだけなのです。

誤認に基づいた日独比較論は日本国と日本人にとんでもない重荷を負わせました。過去にフタをする動機を持たない周辺国は、その動機が生じるまで延々と被害者を演じ、日本人はこれに付き合ってゆかねばならないのです。

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