2014年08月18日

ヘイト・プロパガンダ

第一次大戦のドキュメンタリー全26本をアップしました。全26本の再生リストはこちらです。

ザ・グレート・ウォー 〜第一次世界大戦(1〜26)

さて、第一次大戦というものを眺めてつくづく思うのは、マスメディアの力です。1914年の欧州の人々は庶民に至るまで新聞や雑誌を読み、新聞や雑誌を通して世界を見ていました。第一次大戦というのは、そういう状況下で行われた初の大戦争でした。

そんな戦争で人々の戦意を掻き立てる最大のエネルギーは、敵への憎悪=ヘイトでした。この傾向は特にイギリスで強く、新聞や加工写真、漫画などを使い、「妊婦の腹を割くドイツ兵」「赤ん坊を銃剣で串刺しにするドイツ兵」「占領地で子どもたちの腕を切断するドイツ軍」「死体からロウソクを作るドイツ」というようなヘイトをまき散らし、ドイツとドイツ人に対する憎悪を煽りました。

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報道に踊らされた大衆は「ドイツの血は汚れている!」と叫び、ドイツ系の人々の公職追放を求め、ドイツ風の名を持つ商店を略奪し、ダックスフントに石を投げて飼い主をスパイ認定しました。

第一次大戦は、マスメディアが驚くべき大衆操作能力を発揮した最初の機会で、政治におけるプロパガンダと、ビジネスにおけるパブリック・リレーションズはここに源流を持ちます。

第一次大戦時のようなあからさまな「ヘイト・プロパガンダ」は、先進国ではもう行われていません。ある意味ホロコーストよりも荒唐無稽なこうした描写は、史上初だからこそ効果を発揮したのであり、各国の人々は終戦後すぐに正気を取り戻し、宣伝による憎悪の拡散に身構えるようになりました。

大衆は時代とともに宣伝に対して耐性をつけ、宣伝もそれに合わせて進化したのです。先進国では第一次大戦時のような原始的なプロパガンダと劇的な効果は存在しえません。

しかし一部の国では未だに第一次大戦時そのままのヘイト・プロパガンダが行われています。後進性のバロメーターと言えるかもしれません。

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"Diaoyu Island: The Truth" なるドキュメンタリー映画のワンシーンより

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2014年08月04日

第一次世界大戦

ちょうど100年前の1914年の8月4日、イギリスはドイツに宣戦布告し、第一次世界大戦は真の大戦となりました。

日本人はあまり第一次大戦について詳しくありません。イギリスと同盟していた日本は連合国側に立ちドイツに宣戦布告しましたが、欧州に派遣したのは海軍だけで、あとは青島攻略とミクロネシアを占領した程度で、事実上大戦を体感せずに済ませたのだから仕方ありません。

しかし第一次世界大戦はあらゆる意味において大きな意義を持つ大戦争で、この戦争を境に世界は大きく変貌しました。第二次大戦など所詮20年間の休戦期間を挟んだ第一次大戦の継続戦争に過ぎないと言われますが、まさにその通りで、その社会的意義は比較にもなりません。

日本人はこの戦争を体験せずにいたばかりに時代を読み誤り、1920年代に右往左往した挙句外交的に孤立し、亡国の道を辿りました。第一次大戦にこそ、20世紀前半の日本の迷走の根源はあるのに、当時も、そして今もそれを自覚していません。

第一次大戦はとても奇妙な戦争です。何しろ原因がわかりません。教科書を読めば、「オーストリアの皇太子暗殺で…」とか「イギリスとドイツの植民地政策の対立で…」とか「複雑な同盟関係により…」とか書いてありますが、どれも的外れです。1600万人の犠牲者を出した大戦争なのに、戦争当事国の国民ですら何のための戦争なのかよくわからず、ただ無性に相手が憎くて殺しあうような戦争でした。100年後の今も、これという決定的な理由は定まっていません。

ただあの戦争がもたらしたものははっきりしています。戦争を境に19世紀的社会体制と価値観が崩壊し、20世紀が始まったのです。社会も経済も政治のあり方も、そして人々の世界観も、第一次大戦を境にガラッと変わりました。今の社会常識の多くが、第一次大戦にその根源を持つのです。

そう考えるとあの戦争は、因果関係が逆なのではないかと思えてきます。戦争が起きたから世の中が変わったのではなく、世の中が変わったから戦争が起きたということです。

開戦を迎えた時の各国国民の異様な陶酔ぶりや、皇帝たちから将軍まで、権力者の誰一人として事態を制御できずに翻弄され続けた様子を見ていると、水面下で生じていた変化が蓄積し、あるきっかけで爆発し、プレートがずれてドンと揺れる大地震のように一気に爆発したように思えてなりません。

大衆の一部と化して顔と名前を失った人々が、大衆のための社会を求めた。或いは歯車と化した人々が歯車社会を求めたのです。

それはともかく、第一次大戦で生まれた社会は今も続いています。そしてあの時と同じように、水面下でそれは大きく変わりつつあります。しかし一方で社会の表層は盤石に見え、いくら嘆こうとリアルは何も変わらないという感じもします。ここも、19世紀的社会が永続すると錯覚し、ある者は安穏とし、ある者は幻滅していた100年前と同じです。

第一次大戦を機に始まった20世紀という歪な時代は必ず終わりが来ます。恐らくそれは、第一次大戦なみの大激震とともに一気に崩れます。それは必ずしも戦争という形をとらないかもしれませんが、その時は近いのです。

だからこそ、20世紀の終わりに20世紀の始まりを再確認しておくのは大事なことだと思います。特に日本の場合は、すぐ近くに文字通り100年前を生きている国々まであるのですから。

古いBBCのドキュメンタリーに字幕をつけたので、今日からアップしていきます。全26回と長いですが、お好きな方はどうぞ。













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