2009年06月23日

返品自由と日本の商習慣

アメリカでは、返品ということが当たり前に行われています。商品に問題がなくても、気にくわなければ返しに行き、店の方も当たり前にそれを受け付けて、さっさと現金を返してくれます。

「USBケーブルが欲しいんだけど、これでいいのかわからないんです」「とにかく買ってみたらどうですか?合わなかったら返品してください」「袋破いちゃってもいいんですか?」「ええ」「びりびりに破いちゃっても?」「ええ」・・・「やっぱり合いませんでした」「そうですか。2ドル50セントでしたね。はいどうぞ」みたいな感じです。

数年前から日本にもいくつかのアメリカンスーパーが進出していますが、例えばうちの近くにあるCOSTCOでは、開封済みの食料品をはじめ、何から何まで返品を受け付けてくれます。

日本育ちのぼくとしては、初めてそういう習慣を体験したときは、「これで利益出るんだろうか?」「返品し放題なんて悪いやつほど得するのでは?」と思ったりしたものですが、冷静に考えてみれば、なかなかクレバーなやり方です。

何でも返品を受け付けてくれるとなれば、客の方は「気に入らなかったらあとで返せばいいや」と、ついつい財布のひもがゆるんでしまいがちです。ところが実際に買ってしまうと、例えいらないものであっても、全員が全員わざわざ返品に行くわけはありません。その反対に、確信犯的に返品しまくる人もいるでしょうが、返品自由で増えた売り上げと比べれば、恐らく差し引きプラスになるのです。

さて2、3年前、うちの近くにIKEA(スウェーデンのカフェつき巨大インテリアショップ)ができたとき、看板に大きく「IKEAは返品自由」とか書いてあるので、「おお、外資系はやはりそうなのか」などと感心しつつ、組み立て家具をひとつ買いました。

ところが家に帰って箱を開けてみると、なんと違う家具。IKEAのシステムは、欲しい家具の箱を自分で倉庫から出してレジに運ぶセルフサービス方式なのですが、どうやら箱を間違えてしまったようです。しかしIKEAは返品自由。安心して取り替えに行くと・・・なんと店員はダメだと言います。

その理由はだいたいこんなところです。「IKEAではお客様自身に棚から家具を運んでもらうことでコスト削減し、より安い値段で商品を提供しているので、箱の取り違えはお客様の自己責任。一度開封したら商品にならないので、返品は受けられません」

そのあたりのスーパーと同じ態度です。ならば大々的に返品自由を謳うのはおかしいのですが、それを指摘すると、「その点ついては申し訳ありません」と真摯に頭を下げます。しかし返品を受けられないという点についてはいくら交渉しても頑として譲らず、店側も本心から不手際を反省しているようなので、そんなものかとあきらめて手を引きました。

ところが最近、別の理由で店員と話しているとき、ふとしたきっかけでそのことを話すと、驚いた様子でこう言われました。「それは間違いです。当店では開封済みの商品でも返品をお受けしています。今からでも遅くないのでその商品をお持ちください。店員の教育不足からご迷惑おかけして大変申し訳ありませんでした」

IKEAでは、看板文句の通り当初から返品自由で、「開封済み商品は返品を受け付けられない」というのは、一部の店員の誤解だったというのです・・・。

一体なぜ当初対応した店員たちは、「開封したら返品はダメ」という思い込みを、たいした根拠もないのに頑強に主張し続けたのか?

どうやらIKEAはそのあたりのポリシーについて当初スタッフに徹底させておらず、おかげで日本の商習慣が一人歩きしてしまったということのようなのですが、最初に対応した店員たちの態度で印象的だったのは、客に自己責任を求める一方で、誇大広告という自分たちの落ち度については、やり過ぎというほどに時間をかけて真摯に謝っていたことです。

日本の店員というのは、諸外国に比べて見るからに一生懸命仕事をします。いかにつまらない仕事でも、労働のモラルというものを重視し、客に対して奴隷のように振る舞います。しかしその一方で、客にもモラルを要求しているように感じます。

日本では往々にして、組織に利益をもたらす仕事ぶりよりも、“正しい仕事ぶり”が尊重されますが、それと同じように、例えば客が店側に何らかの苦情を持ち込んだ場合、店側は、その苦情をどう処理すれば店の利益になるかと考えるのではなく、その苦情が正しいか正しくないかの判断を優先する傾向があるように思うのです。

返品自由という制度をハナからあり得ないと排除してしまう態度も、そうしたモラル重視の姿勢に基づいているような気がします。「なんでもかんでも返品自由なら、恥知らずの確信犯的な客ばかりが得をしてしまう。そんな不正義が許されていいはずがない」ということです。

「モンスター・カスタマー」などという言葉で、不良な客をモラルの面から区別しようとするのも同じことです。客がモンスターだろうと何だろうと、最終的に店の利益になればいいのであって、その方が末端の店員たちも、へんに客にこびへつらうことなく伸び伸びと仕事できるのではないでしょうか?

banner_03.gif
この記事へのコメント
今回の記事は目からうろこでした。
自分の職場もまた自分も、クレームに対しては
其れが正当かどうかを重視する傾向があるなと
気付きました。
Posted by at 2009年06月23日 02:52
話は確かに理解もできるし、納得もできるが、そのへんは「文化の違い」かなあ、としか。
Posted by at 2009年06月23日 04:51
ウォルマート方式ですね。モノと金を世の中に回すという意味では効果があるのですが、環境問題のこともあって、本当にこれからもアメリカ式の大量消費に頼ったビジネスが通用するのかという議論もあると思います。
Posted by at 2009年06月23日 05:13
>その苦情が正しいか正しくないかの判断を優先する傾向があるように思うのです。

これは「公正さ」を重視する文化(民族性)ではないでしょうか? 自分が損をしても正しいと思うことをする。これこそが日本人の長所だと考えます。 名もない普通の人がそうするからこそ、民度が高いと言えるのではないでしょうか?
Posted by hiro at 2009年06月24日 00:26
その文化を政治家も持っているから、モラル的に正当で公正な政策・判断であっても必ずしも国益に適う結果になるわけではないのでしょうかね。外交や安全保障、移民、参政権とか。
Posted by pam at 2009年06月24日 02:11
価値観の違い、でしょうが。使用したものでも自分の都合によっていけしゃあしゃあと返品できるということになれば、「商品」というものを軽んじ、それで生じるモラルの欠如が蔓延していくのは、公正を重んじるはずの日本社会でもあっという間でしょうね、私は御免ですが。合理的とも思いません。
(作り手側の低下や劣化も招きそうだ)
個人の権利が、生産側や小売り側より強くなるような社会は、「魂が込められ」などとモノに唱う日本人の感性に(そんな大層なものじゃないが)向かない気がします。
良きにしろ悪きにしろそういった特質を備えている人々が、そのような価値観に染まる(落ちぶれる)のは嫌ですね。
Posted by taku at 2009年06月24日 03:21
どうも日本人にはモラル至上主義が根付いているなぁと感じますね。現実と理想を行き来して脳を鍛えるのが正しい姿勢であって、一方に偏るのは思考の形骸化を招きます。
がらんどうのモラルに支配された日本は大変堅苦しくて住みにくいです・・。
Posted by ムーム at 2009年06月24日 09:31
アメリカにいた友人がキャンプに行く事になったとき、仲間のアメ人がテントが無いからとウォルマートで買い、普通に使ってから帰りに返品していたと話していました。レンタル屋涙目ですね。
Posted by hardbossa at 2009年06月24日 23:06
残念ながら日本の小売業界でも何でもかんでもとはいかないまでも、かなりのものを返品または交換できてしまいます。(大々的に謳っていないだけで)記事の例なら商品の状態にもよりますが封を開けただけなら問題なく返品受け付けるでしょう。
昔ユニクロが、着たものでも返品できると謳ったインパクトあるCMを流していましたが、ユニクロ社員に同情と、とばっちりがくるのではないかと不安視したものでした。
Posted by 小売で働く者 at 2009年06月25日 01:34
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

banner_03.gif
この記事へのTrackBack URL

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。