2010年01月24日

How と What

「金融日記」さんの記事、「政府の規制や補助金はなぜ醜悪なのか? ―レントシーキングの罠―」。とてもわかりやすい良エントリーです。この記事に限らず、経済の基本を誰にでもわかる文章で表現することにかけては、金融日記さんは日本屈指の存在ではないかと思います。

アメリカには、金融日記さんのように平易な語り口で経済を語る本やサイトがたくさんあります。高名な経済学者によるものもたくさんあり、経済学のイロハを知らなくても理解できるように書かれています。難しい概念を駆使して高度な研究をするのは大事なことですが、経済学の場合、それが現実に反映されなければ何の意味もありません。民主主義においてそれを決めるのは選挙民なのですから、誰にでも分かる言葉で語り、選挙民を啓蒙することも、学者の大事な仕事なのです。

しかし日本では、アメリカほど、学者が普通の人の目線まで降りてきて、言葉を尽くして普通の人にわかるように話すという態度に巡り会うことはありません。日本の知識人は、難しい専門用語を駆使するなどして知識人であることを示すことにより、理解させるのではなく、盲目的な信用を獲得しようとする傾向が強く、世間もそれを求めているように見えます。

例えばそれは、例外的に非日本的でとてもわかりやすい金融日記さんの文章にも現れています(というより、演出として効果的に取り入れられています)。

金融日記さんは、「レントシーキング」という言葉を強調しています。規制や補助金を連発すると、企業は消費者ではなく政治家と役人の方を向いて商売をするようになるというこの概念は、大きな政府の弊害を語るときに欠かせない概念で、アメリカの経済啓蒙書には必ず出てきます。経済については洋書からしか学んだことのないぼくも、この概念についてはもちろん承知していました。しかしその概念と、「レントシーキング」という呼称は、正直このエントリーを読むまで、頭の中で一致しませんでした。

How はわかっていたけれど、What は知らなかったのです。

というのも、アメリカの経済啓蒙書の多くは、レントシーキングという用語をあまり強調しないのです。ページを費やしてレントシーキングについて説明していても、レントシーキングという言葉を全く使わないことはザラ。使う場合も軽く触れる程度で印象に残らないのです。

恐らくその理由は、レントシーキングという言葉が、一般人には馴染みの薄い専門用語であり、またその現象を理解する上であまり助けにならない空虚な記号に過ぎないからだと思います。

Rent Seeking という言葉を理解するためには、まず Rent という経済学の概念を理解しなければなりませんが、これ自体が結構わかりにくい概念です。そしてそれを正しく理解していたとしても、Rent Seeking と言われたところで、やはりその意味は明確にはなりません。こちらの経済用語解説のページ(英語)では、レントシーキングという表現は曖昧なので、Privilege Seeking (特殊権益追求)と呼ぶべきと書いていますが、その程度の言葉なのです。

大事なのは、What ではなく How を伝えること。曖昧な専門用語の濫用は、読者を突き放して混乱させるだけ、というわけです。

しかし日本の場合は違います。How を平易に語ることを重視する金融日記さんのようなサイトでも、レントシーキングのような、衒学的な What を提示することを要求されるのが、この国の風土です。そして案の定、はてなブックマークを見ると、揃いも揃って、レントシーキングという言葉に食いついていました。そういえば、NHKで放送していた「出社が楽しい経済学」という番組も、「経済学をわかりやすく解説すること」ではなく「経済学の専門用語をわかりやすく解説すること」を軸にしていました。

How よりも What を重視する社会は、権威的な社会です。何事に対しても、What is it? ではなく、How does it work? の態度で臨むことこそ、この国の権威的な風土を壊すカギだと思います。

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この記事へのコメント
はい。それが何故なのか、考えることは確かに必要なことです。

「肥え太ったJALにわれわれの税金を投入するのは許さないぞ!JALの社員にお灸を!」と叫ぶのはいかにも簡単だね。

問題はJALを潰すのが良いのか悪いのかであって、庶民の溜飲を下げることが目的ではないはずなのにね。

確かに日本は法人税の割合が比較的高い国です。これまでは日本企業であることに利点がありましたから。金融日記の主張する懲罰的な法人税を国際水準まで下げるという意味は、すなわち企業の税金を下げて、消費税を上げるということなのに、それに気がつかない愚かさが悲しいですね。

感情論と衒学的な What を提示することで、理論の破綻をごまかすことはよくある話で、この話で言えば、政府も一つの消費者であり、受注を受けるために企業が努力するのは当たり前の話です。

それを、「エリートコースの官僚」だの「銀座のクラブの接待」だのという言葉を使って庶民の嫉妬を煽り、結論が「法人税の減税」だという。こういう文章に騙される愚かさが私は悲しいのです。
Posted by 七誌 at 2010年01月24日 15:39
知識と思考の違いですね。

バカとかあほとかネトウヨとか、そういうある種のレッテルを貼って一段上から威勢を張っていてもつまるところ知識をひけらかしているだけの人の文章(=思考)って、中身もやっぱりもとても偏っていて客観性に欠ける場合が多いですね。いや、誰とは申しませんが。
Posted by まみぃ at 2010年01月24日 16:39
経済の専門的な部分ははっきり言って門外漢なのでそちらにはコメントしませんが、専門家云々の件については、多分日本の「知識人」という人種が目指しているのが欧州型だからではないでしょうか?

フランスをはじめとする欧州知識人は、あえて「知識人階層」にしかわからないように文章を書いています。つまりむしろ「一般人にわかったら負け」なのです(おかげで何度文章に泣かされたことか!ロラン・バルトの平易な文章に出会ったときには地獄で仏の気分でしたよ。あれは訳も良かった)。
仲間内で固まりたがる「階級」を重視する欧州らしい話ですが、欧州に憧れる日本の「知識人」は(おそらくは戦後)その猿真似をやってしまいました。
で、読み解ければいいのですが、中途半端な人間がこれを「解読」しようとすると、本文の中にあった結果だけを重視し、途中をすっとばすことになります。
戦後日本で増殖したのは、この「結果だけを偉そうに話す、詰め込んだ知識だけはあるけどそれを総合的に統合できない連中」と言えるでしょう。
そりゃHowが書けるわけありません。自分でもわからないんですから。

まあひょっとすると間違っているかもしれませんが、以上が自分の勝手な考察です。
Posted by ふとん at 2010年01月24日 17:11
>そりゃHowが書けるわけありません。自分でもわからないんですから。
うわ失礼、HowではなくWhatでした。情けない。
Posted by ふとん at 2010年01月24日 17:14
アメリカの経済学は、わかりやすいテキストを描くという点に特化していて、
それによって勢いを増すという感じですね
経済学の定義なんて人によって違いますし、わかりやすく書くとほとんど詐欺になる
そこら辺に慎重なんだと思います、日本の学者は
Posted by h at 2010年01月24日 19:22
>七誌さん
>企業の税金を下げて、消費税を上げるということ
法人減税を主張する人は、法人税を下げれば企業の競争力が高まり、結果として税収は増えると考えている、或いは、高い法人税は、企業の倒産や国外逃亡を招いてしまい、かえって税収を減らしてしまうと考えているのであって、一時的な税収減に気付いていないわけではありません。
それらの考えが正しいかどうかは別の話です。

>政府も一つの消費者受注を受けるために企業が努力するのは当たり前の話
そうですね。その「努力」が、賄賂だったり接待だったり天下りの受け入れであり、「努力」の結果が、談合だったり、減反だったりと、国民に何の益ももたらさない、むしろ有害なものとなりがちなので問題だという話なのです。
Posted by 無人 at 2010年01月25日 00:34
アメリカの学者のことはさておき、アメリカ
社会だって、企業と公機関の癒着と言ったら
それはもう・・・

フォードは自動車産業は国防に関わるとかいう
理由で補助金をもらい続けたし、GMは当然の
ように政府に援助を求めてますけど。あと、
軍産企業は、どっからお金もらってんでしょ
うね。

あと、金融関係の閣僚は大手の証券会社出身
の人がなってますよね。接待とかそういうレベ
ルの話じゃないのかもしれない。閣僚も政権
終了後は、たいてい大企業に天下りですしね。
Posted by mikhail b sokolov at 2010年01月25日 07:34
↑:でもそれも程度の問題でしょう。

幾ばくかの補助金を貰おうが天下りを受け入れようが、健全な競争が妨げなければ(完全とは言えないまでも。。。)いいわけで。
Posted by JFK at 2010年01月25日 15:33
リンク先の方、新聞で社会を理解したしまった
経済音痴にみえます。
この方以外の論調の方はいくらでも、ネット
で読める時代ですので、いろいろ異なる論を
読まれたらどうでしょうか。
Posted by chrd at 2010年01月25日 23:34
経済学とは、経済学者に騙されないようにする為の学問である。と誰か言っていたような。
恐慌経済下でデフレスパイラルに陥っている日本で、国債発行がハイパーインフレや破綻を招くと不安を煽る人達に騙されないようにするのが、正しい経済学の使い方なんでしょうね。
需要が縮小し、お金が回らない状況下ではGDPも縮小しますし、当然税収も落ち込みます。
恐慌経済下では、国債を発行し政府が需要を作らなければお金が回らず経済は縮小する一方です。
oribeさんが新自由経済を支持しているのは理解していますが、今の日本に必要なHOWはケインズだと思いますが如何でしょうか?
Posted by takashi at 2010年01月26日 01:08
>でもそれも程度の問題でしょう。

兆単位のカネが、程度の問題に見えるなら
それはそれで結構。アメリカ閣僚の天下り
先での天文学的な報酬を知ってますか?

金融関係は、癒着どころか官民一体にしか
見えませんが。あれだけ政権と企業との間で
人の行き来がある中で、公平な競争が保たれ
ているのだとしたら、奇跡としか・・・。

Posted by mikhail b sokolov at 2010年01月26日 05:49
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