8日の朝日新聞に、「日中関係の論文、『反日』批判で閲覧停止 国際問題研」という記事が掲載されました。
外務省から補助金を受けるシンクタンク、国際問題研究所の論文が、産経新聞の古森さんに反日的だと指摘されて、国際問題研は即座に論文の閲覧を停止したという、すでにあちこちでいろいろ議論されている話題です。一応下に関連のリンクを貼っておきます。
→8月12日産経新聞における古森さんの「質問状」(英語/日本語)
→8月18日産経新聞における国際問題研理事長佐藤さんの回答(英語/日本語)
→閲覧停止にした国際問題研のページ
→国際問題研のキャッシュ保存ページ(英語)
→古森さんに名指しされた記事(英語)
国際問題研の記事は一々訳しません。理路整然としているようですが、だらだらと長いだけで特にインサイトフルな内容でもなく、上品で学術的(風)な朝日新聞の社説といった所です。税金を投入していることを考えれば批判されて当然な内容だと言えますし、逆に慌てて閲覧停止にするほどの論文でもないだろうと、そんな感じです。
肩がこる論文だななどと思いつつ流し読みして、次に朝日で論点を補強するために持ち出されているワシントンポストのコラムを読んでみました・・・これが失敗でした!シュピーゲルのコラムが上品に見えてきます。
コラムのタイトルは「ビッグブラザー警報:日本の思想警察の台頭」。国際問題研の論文撤回事件から書き始めて、現在の日本では、1930年代スタイルの軍国主義、天皇崇拝、思想統制が社会の中枢に進出してきており、異なる意見を力で押さえつけようとする風潮が無視できなくなっているという内容です。
このコラムは、多分すでにどこかで誰かが全文を訳しているに違いありませんし、こんなことに労力を使うのは嫌なので訳しません。しかし、このコラムの何が嫌なのかって、その内容よりもちょっとした表現が一々嫌らしいのです。英語で言うところの、vitriolic という言葉がぴったりなのです。例えば・・・
目立ちたがりの新聞編集者と権威ある外交シンクタンクの口げんか・・・
古森義久 ーワシントンで活動する極右の産経新聞の編集者・・・
それだけでなく古森は、佐藤理事長に謝罪を求めた・・・(oribe注:古森さんは謝罪を求めたのではなく、公開質問をしただけです)
大げさな表現と、レッテル貼りの嵐です。コラムを書いたスティーヴン・クレモンスさんは、ワシントンのシンクタンクで副理事長をしており、ブログも開設しています。そこでも、「あなたは日本の政治状況を意図的にゆがめて表現しているようです。日本社会を知る人なら誰にでも分かることですが、日本に軍国主義化の危険などないし、日本よりも中国とロシアを心配すべきではないですか?」というコメントに対して、こんな答え方をします。
あなたは端的に間違いです。私は日本と日本の政治状況を熟知しています。・・・あなたは間違っているし、狂信者たちを叩く重要性を全く理解していないと強く信じています。
なんだかもう、どっちが狂信者なのかわからないというか、まわりの意見を右か左かで単純に図式化して、自分は中間に立っているつもりになって、理性の名の下に感情に身を任せるといういうか、とにかく読んでいて気分が悪くなります。
クレモンスさんは、コラムの終わり近くでこんなことを言います。
産経の古森は最近頻発している極右の行動と直接つながりはないが、彼の言葉がしばしば極右を煽動し、その極右の行動が彼の言葉に恐怖という力を与え、反対意見を沈黙させることにつながっていることに、彼は気づいていない。
まったくどっちが言論封殺なんだか。まあ確かにこういう回り回っての間接的な言論封殺だったら、テレビ番組制作で微妙なテーマを取り扱っている時によく感じます。ただ極右からではなく、左翼団体とか「被差別団体」からの場合が圧倒的に多いのですが。
まあほんとに、今回はこのネタを通じてあちこちネットをまわったら、なぜか良心的日本人系のブログなんかに続々ヒットしてしまって・・・なんで彼らの書く文章って、妙に回りくどくて難しい言葉を使ったり、論旨がとびとびになっていたりと、読みにくいんでしょうか?何だか頭がおかしくなりそうです。

なんでこんな方々がそういう役職に就いているんだか…。
「浜の真砂は尽きるとも、世に反日の種は尽きまじ」
って感じですねぇ・・・。
引用記事の当該個所だけ取り合えず見てみましたが、
確かに謝罪を要求した、みたいに書かれてますね。
言っても居ない事を言ったと言触らされるのって、
立派な犯罪なんじゃないかと思うんですが・・・・。
ま、自分がキチガイである事が理解できないのが
キチガイのキチガイたる所以ですから、
どうし様もないですけどねぇ・・・・┐(´ー`)┌
>コラムのタイトルは「ビッグブラザー警報:日本の思想警察の台頭」。国際問題研の論文撤回事件から書き始めて、現在の日本では、1930年代スタイルの軍国主義、天皇崇拝、思想統制が社会の中枢に進出してきており、異なる意見を力で押さえつけようとする風潮が無視できなくなっているという内容です。
このコメントは、ジョン・ダワーやハーバート・ビックスの諸著作(愚作?)に強く影響されたものでしょう。
彼のいう1930年代の風潮なんか全く存在しなかったのですから(1930年代当時)。…と私は思います。馬鹿言ってんじゃないよです。空想で歴史を再構成しているのでしょうか。再構成するならもう少しまともな歴史を書いてよね。アメリカの30年代がどうだったのか少しは反省的に振り返ったら。アホ。
そして日本の現状の評価に関して。判断不能ですね。というか勘違いも甚だしい。アウト、的外れ、スカです。
WPはパー・マスコミだと思います。前からそうですけど。
古森義久、黒田勝弘さんとか大迷惑ですわね。
私個人としては、古森さんがアメリカで柔道を通して様々な人々と交流されていることに深く共感しているんですけど。
「日本の保守派は悪いやつばっかり」と言うことを言いたいのだろうと思います。
しかしこれは
「イスラム教徒はテロリストばっかりだ」
というアメリカ人が最も嫌うロジックとよく似ています。
また書き手は小森記者が過激な保守派をたきつけていると批判しています。
ではこの書き手の文章は学生運動を引き起こしたような
日本赤軍や民青等の過激なリベラル勢力をたき付けはしないでしょうか。
とても心配です。
このセンスにノックアウトですよ。小泉安部や天皇をビッグブラザーに重ねているのか?
レッテル貼り返しが不毛なのは承知ながら、このアメ人何者かに吹き込まれてる輩にしか思えん。
なによりもこれを嬉々として引用する国内マスコミって。。。
一切駄目な上に「勉強する気は無い」とハッキリのたまった。
大多数の在極東欧米メディア特派員も、極東の歴史や文化は
もちろん、現地の言論すらまともに理解出来ないヤツラばかり。
そのくせ、僅かな情報で、自分はアジア通だ!と偉ぶる。
そこに突っ込み入れないと、いつまでも侮られる。
私の妻も例に漏れず政治に無関心、まぁ政治の話を持ち出したら不機嫌にされるだけなので・・・。
韓流にも何の疑問も持たない・・・。
韓国に関する闇の真実を言っても相手にしないし・・・。
女性に政治の話は禁句ですかね(私の知る範囲の女性では)。
ヒトラーではないですが、民衆は無知すぎるのでは?と思います。
こちらのブログも、こんなに内容が濃いのにランクが低い・・・もしかしたら、本当に日本国を憂えているのは極少数で、残りは政治に無関心、韓流様様、中韓との友好第一なのかと思うと、ちょっと滅入ってしまいます・・・・。
皆さん、ただの愚痴と思って聞き流してください。
それと皆様、ただの愚痴を書き連ねてしまい、申し訳御座いませんでした。
>彼のいう1930年代の風潮なんか全く存在しなかったのですから(1930年代当時)。…と私は思います。
む、それはどうかと思いますね。
現在、思想統制的な風潮になりつつあるかと問われれば、明確に「否」と答えます。
が、1930年代当時に関しては如何なものか。特に、当時の「特高=特別高等警察」の思想統制活動に関しては、小林多喜二の件や「横浜事件」など否定し切れぬ事実が多々ありますので「そもそも1930年代当時思想統制が無かった」というのは適切ではありません。欧米サヨクの電波は電波として、我々は事実は事実として踏まえねばなりません。でないと電波クンに簡単に論破されてしまいます。
以下雑感。
日本人は個人としては残虐の真逆と思うが、特高の所業を見るに「体制内正義」という様なものに憑かれると、或は、上から与えられると、バランスの取れた一個人としての判断を停止してしまい、非常に歪んだモノの見方と、妙な非情・酷薄さを持つようになる傾向があると思う。これは「組織人」としての有能さと表裏一体なのだと思うが、現代の日本人にも見られる。
自戒したいものである。
我が家に限ってはあべこべです。
主人は仕事が忙しく、早めに帰ってきた日は報道ステーションやNEWS23をボーッと見ています。私がその偏向ぶりにクラクラし、「こういう事実もあるのよ。」とノートパソコンの画面を差し出しても嫌そうな顔をして見ようとはしません。疲れているせいもあって面倒なのでしょうね。
その他諸々の事件に関しても同様です。私のほうが数多くのニュースソースにリアルタイムで触れておりますので、主人の見解はあっさり論破してしまうのですが、分が悪くなると「世間はまだそんな事で騒いでんの」と逃げてしまいます。
妻のおしゃべりより巨大メディアのほうが信用出来る、という考えは極めて常識的なので仕方ないかな・・・と諦め半分、でもいつかは・・・と努力しているのですが。
韓流に関しては熱狂的な女性もいますが、「どこがいいのかよく分からない。韓ドラとか見てる?」と少々不安げに話す人もけっこういますよ。
でも小さい子供を抱えた母親はどうしても外交戦略まで気が回らず「子供達のために未来永劫戦争しない国にしておくためにはどうしたらいいの?国の借金は?福祉は?」となってしまいますね。
いや〜日本って本当に自由な国ですね
日本を熟知している? 日本人の私でさえ、本当に日本を熟知しているかどうかと問われると確固たる自信は無いというのに…
国内を旅行すれば、こういう考えの日本人もいるんだ。こんな習慣が日本にあるんだと、驚くことは珍しくありませんけどね。
で、日本熟知されているこのクレモンスさんですが、日本語はきちんと読み書きできるのでしょうね?
カタコトなどではなくね。
ただ、闇の利権、闇の勢力は黴菌と同じで日光にさらされると根治とまではいかないが衰弱はする。その意味でネットには期待したいです。
ブッシュ大統領は、イラク戦争を↑と同じように決断したのでしょう。
外からの視点というのは、有意義なものですが、結局は、視点をかえた一部分・一面でしかない。
その面があるとしても、それが危惧すべき事かどうかは、対話・交流によってしか結論はだせないものだと思います。
しかし、過去戦争を決断してきたリーダー達と同じように、クレモンス氏も自分達だけの正論に疑問の余地さえ認めない、見事な全知全能なる神ぶりだと・・・
中共の虐殺画像でも掲示板に貼ってやるのが正解です。
ROHMさん
半年分のエントリーの更新日をみれば順位の問題は分かると思います。ランキングですがきっこのブログの登場当時の動きが怪しかったと感じたので私は信頼していません。
日本保守系の唯一無二の目的は「日本という豊かな国を維持する」であるならば、国の金で作られた国際問題研究所こそ、世界の中での日本保守系思想の現在の問題点を研究すべきなのに、あの呆れた状態です。
何度か書いていますが、英語の能力など、最低限の能力に過ぎない。その評価を一番上に置くなど愚の骨頂。いつになったら正されるのでしょうか。。。
非常に好きな作家ですが、こんなアジ紛いのキャッチコピーに使われてるのは忍びない。
メディア自らの権力に対する自戒を込めて100回読み直してほしいものです。
正に文は人なり、ですね。こんな人にならないように自戒したいものです。
>「日本人は自分のことを客観的に見れないのだから、彼らの細かい言い分など聞く価値がない」「海外からの方が日本の事を正しく知っている」という立場を決して崩しません
欧米一流大学出の方々が日本人のどんな主張についてそのような事を言われたのか良くわかりませんが、彼らの主張に不公正さがあるのならば彼らの論理を逆用して彼らの主張の矛盾を突く、というような戦略を何とか行えないでしょうか?
日本の保守系意見は敵に反論してばかりで、第三者(国民、欧米)の方こそ向いて主張するべきです。
小林多喜二のケースは悲劇的な事例ですが、彼は日本共産党員で特高に拘束、虐殺されたのです。しかし彼の遺作『党生活者』(遠い昔読んだ記憶あり)はその後出版(!)されています。
横浜事件は1942年です。戦時下です。30年代とは事情が違います。
この2件から30年代の「軍国主義、天皇崇拝、思想統制」や1930年代を論じるのはどうかなと思います。
あなたの周りの女性のレベルが低いだけでは?
奥様は専業主婦で朝からテレビ漬けの生活してません?電通の良いカモですね。
・・・・何が的外れか判らぬのですが。戦前(敗戦前)には思想統制があったという事実は事実では?
「彼のいう1930年代の(思想統制的な)風潮」自体は明らかに存在したのではありませんか?
多喜二の著作が戦後に出版されたとか(敗戦前なら注目すべきですが)横浜事件が既に40年代に入ってからであるとかは、物事の本質に全く関わりが無いと思います。さらに、多喜二が共産党員であるが故に拘束されたというのが、思想統制に当たらぬという理屈は理解できません。これ以外にも特高のエピソードは一杯あるワケで、要は、日本においても国家による思想統制はかつて為されたのです。これは誰も疑ってさえいない、誰も糊塗さえ考えてない鉄板の「クソ事実」です。南京の比ではありません。
僕はこれらを必ずしも悪とは思いませんし(効率を考えれば多少の不満分子は弾圧して当然じゃよ?)恥じるべきとも思いません。ただ、歴史的事実を無いと見做すのは、妄想の極右の存在を強弁するのと変わりがありません。
我々がすべきことは、感情を排して事実だけ見ること。大切な事は生延びて繁栄すること。もしかしたら思想統制にも利点や美点があるのかも知れない。「極右」と言われて「非難されている」と感じること自体が偏見なのかも知れない。もしかしたら賞賛されているのかも・・・それはないかも知れないが、周囲の糞蟲国家に対しては「右傾化している」と「評価」して頂き、ガクブルして頂いた方が静かで良いのではないだろうか。
小林多喜二の件はよく調べてください。戦後出版されても意味ないでしょう。彼の死の直後、『中央公論』で33年だったか出版されています。国民は彼の遺著を読めたのです。
『亀井秀雄の発言』:
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/
(浩瀚なHPです。私もちゃんとは読んではおりませんが。伊藤整と小林多喜二研究の泰斗です。最近は、「富田メモ」への鋭いテキスト・クリティークを炸裂させておられます。)
それから少しは治安維持法を勉強していただけませんかね。日本共産党は、コミンテルン日本支部ですよ。「天皇制打倒」を党是とした党です。日本の国体を廃絶しようと活動した集団・共産主義者の党です。「32テーゼ」だってご存知なんでしょう。
私はあなたのおっしゃることが論証の根拠にならないと言っているだけです。別の例証を出せばいいだけでしょう。
横浜事件はあってはならないことですが、42年です。30年代の日本を論じるにはそぐわないと思います。どなたかが、戦前の日本経済の頂点は1936年だったと書かれていました。戦後の社会党につながる社会大衆党などの活動も活発に繰り広げられたとあります。その後、37年に支那事変勃発ということになります。波乱万丈の時期だったと私は想像しています。ほんとうに大変な時代だったということではないでしょうか。単純には語れないと私は思います。
「思想統制」に関してはなかったとは考えていません。しかし、具体的な証拠がないとだめでしょう。小林多喜二の死や横浜事件は確証にはならないと私は思っています。
一言付け加えます。日本が敗戦時まで、「戦時議会」という形で、議会を開いていたこともご考慮ください。
ドイツやソ連、国府とは全然違いますよ。
・古川隆之『戦時議会』(吉川弘文館)
・太田述正コラム:
http://www.ohtan.net/column/200207/20020713.html
別のきちんとした論拠を提示していただきたい。
左翼の常套句に乗らないでください。奴らは小林事件と「横浜事件」を必ず挙げます。それが戦後の愚かな「常識」ではないかと思っています。
小野さま。
よろしくお願いします。
ああ「党生活者」の出版は、戦後だと思ってたのですが、33年に別題で掲載されていたのですね。失礼しました。ただ、これは注目すべき点ではあるのですが「突っ張れる出版社もあった」というだけで大勢は変わらないと思います。戦中でも「福岡日々新聞」とか、突っ張れるマスコミはあった訳ですので。
後、ちょっと今、仕事が忙しい時期なので、うろ覚えでネットを探し回る元気がおきないし「ネット引用証拠合戦」みたいなモノに、最近ホトホト嫌気と虚しさを感じてるのもあるんですが、日本の戦前に思想統制があったことなんかは具体的な証拠を求める様なもんじゃないと思いますよ。その辺「ナントカ事件」とは違うし、少し歳の行った人なら爺さん婆さんの話レベルで誰でも聞いてることだと思うんですが。
それに貴方自身も「思想統制に関してはなかったとは考えていません」というなら、何故「彼のいう1930年代の風潮なんか全く存在しなかったのですから(1930年代当時)」などと云うのか理解できません。
お忙しいようで失礼しました。
人のコメントはきちんと読まれたらどうですか。(…とか、までね)
あなたのおっしゃった事例について、答えてほしいと言っているだけです。
ご自分が「思想統制」に関して事例を挙げられたのでしょうが。それに関して、私は、それは適切ではないといっただけですよ。それに対する反証を挙げればいいんです。
挙げられないのなら、今後調べて返事するとか答えればいいのではないでしょうか。私も歴史、不勉強ですけど、戦後左翼のいうような歴史ではなかったことだけは分かっています。
とにかく、あなたが挙げた2例は適切ではないのかと思うんですが。
その2例は、左翼、特に代々木の口癖ですよ。必ず言います。奴らは。
お休みになって冷静にお考えいただきたい。
少し興奮して書きました。お気を悪くなされないよう願います。
僕の挙げた小林多喜二と横浜事件の事例に関して答えるならば、僕は戦前(気が付いたけど「終戦まで」の意味で使ってますね、体制的に戦前・戦中は継続と考えて良いと思うけど)の国家による思想統制の例として外れてはいないと思いますね。
幾ら「国体の破壊」を目論む共産党・・・といっても具体的な破壊活動に至らず、言論活動に閉じている限りでは思想犯でしか有り得ないのですから。また、30年代と42年で格段の差があるとは全く思えないのです。ましてや外人さんの言葉ですから明別しているとは思えませんし。
貴方の見解では相応しくないと考えている様であり、それはそれで尊重しますが、僕の意見としては以上です。
その年に共産主義者として殺害された小説家の遺作が、中央公論というメジャーな雑誌に掲載され、皆が読める。
どうなんですか。
十分自由を謳歌していませんか。
もう少し、その当時生きた人々の日記や記録を読まれたらどうでしょうか。
あなたの考え方は、保守だと思います。しかし、歴史認識(あえて使いますね)は戦後左翼史観ではないかと思います。コメントのやり取りで強く感じます。
あなたは十分わかっていないようですが、新聞や報道・出版に関して厳しくなったのは、戦時体制に入ってからです。地方新聞が再編・統合されたのはその時期です。しかし実態はどうなのか。
連中は、口をつぐんでいますね。
(少し酔いました! 失礼)
>幾ら「国体の破壊」を目論む共産党・・・といっても具体的な破壊活動に至らず、言論活動に閉じている限りでは思想犯でしか有り得ないのですから。また、30年代と42年で格段の差があるとは全く思えないのです。ましてや外人さんの言葉ですから明別しているとは思えませんし。
貴方の見解では相応しくないと考えている様であり、それはそれで尊重しますが、僕の意見としては以上です。
日本共産党に関して小野さんの評価は了解しました。
分かりました。失礼なやりとり、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。ありがとう。
現代中国だと、編集長はすぐにクビではないですか?
逮捕者の扱いに問題があると思いますが、それは言論の自由とは別の問題ではないですか?
共産主義者として殺害された小説家が居る時点で不穏なものを感じますね。
とても自由な世相とは感じません。先程チェックした限りでは、中央公論社も掲載は躊躇した様ですし。尤も、我々が今生きる世の中も情報は誰かに操られがちなので、どちらがどうと言えませんが。
また、僕は自分が「ナニナニ史観」なのだか興味はありません。何かに捕らわれず極力ありのまま見ようと思っているだけです。最近は、ネットに限らず左翼叩きが盛んですので(自分も叩いてきたのだが)今度は安易に右方向に振れ過ぎてはいかんなと自戒しております。
正直を言うと、実は先程から少々不快に感じております。
何故か考えてみましたが、貴方の言葉が件の狂信者クレモンス氏に妙に似ているのですよ。
色々気を付けられるべきだと思います。
貴方:
>その2例は、左翼、特に代々木の口癖ですよ。必ず言います。奴らは。
>もう少し、その当時生きた人々の日記や記録を読まれたらどうでしょうか。
>あなたの考え方は、保守だと思います。
>しかし、歴史認識(あえて使いますね)は戦後左翼史観ではないかと思います
>あなたは十分わかっていないようですが、
クレモンス氏:
>あなたは端的に間違いです。
>私は日本と日本の政治状況を熟知しています。
>・・・あなたは間違っているし、
>狂信者たちを叩く重要性を全く理解していないと強く信じています。
>彼は気づいていない。
では、寝るか・・・
話を逸らしてどうしているんですか。
きちんと答えてね。
>では、寝るか・・・
じゃないんじゃないの。人のせいにするなよ。
きちんとしてよ。
よろしく。
おやすみなさい。
1.日本脅威論者であれば、そういうレッテル
はりして、弱体化させることが目的
2.中国の工作員に洗脳されている
のどちらかでしょう。
いずれにせよ、自分たちを本当に苦しめるのは
中国であるといつか気づくでしょう。
そう気づいた時は、すでに遅しですが。
僕が答えることは残ってないと思うけど?
思想統制の事例2つについては意見を書いたし、中央公論で遺作が読める件についても、
ちゃんとコメントしたし。「人の所為にした」というのも何を言ってるのか良く判らんな。
さぬきうどんさんを始め現代の私たちにはこういった現象自体への拒否反応が先に立ちますが。
思想統制というなら、クレモンス氏には米国に吹き荒れたレッドパージを例に挙げてほしいところです。
お二人のやりとりを見てて思ったんですが、ポイントは戦前(30年代)の空気と戦中の空気が同じかどうかということのような気がします。
個人的には、41年の治安維持法の改正によって思想統制が強まったのかなって気がしますが、だからといって30年代に思想統制がなかったとは言い切れないように思います。
ところで、思想統制というのは、どこからが思想統制になるのかな。
戦前には不敬罪というのがありました。これは旧憲法との関係上、ある意味仕方ないことです。
そもそも君主制や独裁者の支配する国で、そういった君主や独裁者の批判を禁ずることは思想統制にあたるのでしょうか。
現在の韓国は、反日とかわけのわからないことしてますが、あれも思想統制でしょうか。
日本のネットの世界の一部では、なんとなくサヨク的なことは許されないような空気が醸成されていますが、これはどうなんだろう。
そもそも、コラムの筆者は要するに「日本は昔、思想統制をやっていた」ということが言いたいわけで、戦時中というとあからさますぎるので、30年代って言っただけじゃないかなあ。
私も、40年代より30年代の方が、なんとなく「思想統制」という言葉にはふさわしいような気がします。
実際は戦中・戦後の方が、直接的な思想統制は激しかったみたいですが。
あと、いろいろ調べてたら、oribeさんのおっしゃるように、良心的日本人なブログに連続ヒットでした。
あんな気色悪い発想のどこが「良心的」なんでしょうね。
その他でも、プログ炎上ですぐ閉鎖とか、ナイーブというかシャイすぎます。
批判・中傷を含めて、言論の自由を楽しみましょうよ。
中国はさらに規制を強化するらしいが、こちらは極右でなく極左ということになるのだろうか?
でも、日本では規制されないんですよ、反戦歌はね。
知日家のクレモンスさんはご存じないみたいだけど。
1935年の「天皇機関説」問題などを引き合いに出されればよかったのではと思います。それなら納得しました。
(コメント終了です)
それは加藤議員の家が放火された事件をもってテロが横行している、というのと同次元ですよね?
もうちょっと統計的な裏づけがないと説得力がない気がしますね。
「無い事は証明できない」訳ですから。
しかも、当時の共産主義者は(ていうか右翼も)テロをやってたんだから、単なる思想犯じゃないです。
つーか、当時、共産主義者を放置した国なんてあるんですか?
クレモンス氏は「コモリはテロリストを煽っていることに気がついている(無意識ではない)」と述べています。コモリが意識的にテロリストを扇動している、というのです。
ひどいですね。
アメリカは何でも訴訟するくせにジャーナリストは
訴えられないんですかね。
正直あの国はよーわからん