2006年09月29日

小学校で英語は必修化すべきか?

小学校の英語「必修化の必要ない」伊吹文科相

新学習指導要領の焦点の一つになっている小学校での英語必修化について、伊吹文部科学相は27日、「私は必修化する必要は全くないと思う。美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ」と話し、否定的な見解を示した。

小学校英語をめぐっては、文科相の諮問機関である中央教育審議会の専門部会が今年3月、5年生から週1時間程度の必修化を提言、中教審で議論が進められている。

伊吹文科相は小学校での教育について、「最低限の日本語の能力が身についていない現状がある」と指摘。必修化については、中教審の最終答申までに、この現状が改められることが条件になるとの認識を示した。

前任の小坂大臣は「柔軟な児童が、英語教育に取り組むのは否定すべきことではない」と、必修化に前向きな姿勢を示していた。文科省は来年度の概算要求で、主に「総合的な学習の時間」で行っている英語活動を充実させるため、統一的な補助教材の作成や小学校英語に特化した教員の研修などを盛り込んでいる。


小学校の英語必修化は、ずっと気になっていたニュースでした。結論から言えば、ぼくはこう思っていました。

「そんな中途半端なことをしても時間と金の無駄で何の効果もないからやめてしまえ」

だから新文科相の方針には大賛成です。

現在の日本の英語教育は、成人してから英語を運用するための足かせにしかなっていないとぼくは思っています。「使える英語」をものにしたい人がまず第一にすべきことは、学校で習った英語をすべて忘れること。学校で習った英語は英語ではないと頭の中で割り切ることだと確信しています。そんな英語教育をへたに小学校から始めたりすれば、役に立たない学校英語をより長い間浴びて、学校英語がより頭の中に固着するだけです。

もちろんみんなそんなことは百も承知で、文法ではなく会話中心の教育をするつもりなのでしょうが、週に1時間程度で教師は即席、さらに外国人補助教員の数も中途半端というのでは、会話中心の使える英語など教えられるわけがありません。

英語というのはある種「筋トレ」みたいなもので、週1時間程度やるだけでは、いくら「柔軟な児童」だとしても、頭痛の種になるだけです。最低でも2日に1時間、週に3回くらいはやらないと頭の中に根が張っていきません。そして外国人教師を使うにしても、安い給料で低い地位しか与えないのであれば、現実としてレベルの低い教師しか集められません。

本気で小学生から英語教育をするなら、授業時間は週に3時間、各学校に最低でも一人は正教員として外国人教師を雇うくらいしないとダメです。でもそうすると新たに数千億円の予算が必要になります。それが出せないなら、何十億かけようと、何百億かけようと、税金の無駄遣いどころか逆効果です。

「美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ」というのは、聞きようによってはナショナリスティックで誤解を招きやすい表現ですが、「最低限の日本語の能力が身についていない現状がある」というのはゆゆしき問題で、英語の授業に力を入れることで日本語の授業時間を減らさざるを得ないのであれば、絶対にやめるべきです。

ただもちろんこれは、英語を身につけようという意志を持たない子供について言えることで、外国語なんて覚えようという意志があれば簡単なんです。学問ですらありません。学校で習った英語を英語と思わないこと。学校で習った英語を土台にして勉強しないこと。これだけで、あとは3、4ヶ月集中的に勉強すれば、お金なんかかけなくても、仕事でばりばり使えるレベルになります。

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この記事へのコメント
Posted by YM at 2006年09月29日 13:03
Oribe様

ご趣旨には基本的に賛同なのですが少し違和感を感じましたので
僭越ながらコメントします。

英語教育って「使える英語」(=英会話と読めてしまいますが)を習得するだけのものでしょうか?

学校で教えられる「英文読解」や「和文英訳」は役に立たないようでいて
基本的な知性のトレーニングに貢献してきたように
私には思えるのですが。。。

そもそも教育って
「役に立つか立たないか」の基準で考えるもの?




Posted by いとまさ at 2006年09月29日 13:09
大臣の発言に同意です。
やらないよりやったほうがいいが、
学校の現状考えたら優先されるべきものでもないです。
子供の基礎学習能力の低下に教員の疲弊。
そこに新たな教科を上乗せしても、
現場の状況が悪化するだけだと思います。

週一コマだけ時間を作るなら、読書の時間と
図書購入にでも当てた方が建設的です。
読書感想文はやめ、どれだけ読解できたか、
クイズでも出して、楽しんで読書習慣をつけさせる、とかね。

私は学校英語は存在意義あると思います。

今の英語教育がどの程度か知らないですが・・・
いちばんの詰め込み時代を経験したものとしては
込み入った構文解析や難解な単語暗記はいらないけど
基礎文法と基礎単語を一気に叩き込んでもらって
良かったと思います。
むしろ基礎レベルでもっと暗唱でもやってれば、
と後悔してるくらい。

学校英語はあくまで建物を建てる過程の足場みたいなもので
実際に運用するとなったら、壊していかないと
いけませんが、あるとないとでは大違いです。

基礎の足場は作ってあげておいて
どんな建物を建てるか、あるいは建てないかは各人の自由。
でいいんじゃないかしら?
Posted by こいも at 2006年09月29日 13:19
>いとまさ様

貴殿のコメントの中の「日本語」で、

>少し違和感を感じましたので

とありましたが、「違和感を覚えた」が正しい日本語ですよ。

英語教育は否定しませんが、やはり母国語をきちんと使える「基本的な知性のトレーニング」は必要かもしれませんね。

自分も含めてですが、きちんとした日本語が使えない日本人って結構多いのではないでしょうか。

母国語よりも外国語を重要視することには疑問を持っています。
Posted by ape at 2006年09月29日 13:33
個人的には英語より前に
「論理的に話す」ことを子供に教えたほうが良いと思います。
英語は表現のためのひとつのツールにしかすぎません。
思考を言語に再構成できなければ、何をやっても無駄です。
そして、最近の子供(と大人)を見るにつけ、その必要性をひしひしと感じるのですが。
Posted by ふとん at 2006年09月29日 14:14
何十年も前から議論になっていて、いまだにこの手の話が出る事に、
結果は出ていると思います。

一番付き合いの長い米国で、留学する人数も多いし、仕事での取引も米国が多いだけに、英語を使う機会も多い。しかし、義務教育ですべきかどうかは、私は反対です。高校にはいってからでも遅くはないと思います。仕事に必要ならPCは初心者でも三ヶ月から半年で覚えます。それと同じで一年間米国にいたら、日常会話ぐらいは話せるでしょう。
Posted by ねねこ at 2006年09月29日 14:16
英語に限らず日本の教育カリキュラムは根本的に見直すべきだと思います。
フィンランドやスウェーデン等の北欧諸国は学力が高く、一人当たりのGDPも高い。しかも塾はないそうです。
http://www.japantimes.co.jp/shukan-st/special/lesson/la20050620a2.htm

少し前に子供を名門医大に入学させるために猛勉強を課し、家に放火した事件がありました。
好きな野球をやめて勉強に打ち込まなければ合格できない程の難関なのに、世界的なレベルだと日本の学力はトップクラスではない。
もう少し要らないものを削って、その代わり科学や英語を強化すべきだと思うのですが。
Posted by ネロ at 2006年09月29日 14:19
Ape様

ご指摘ありがとうございます。
「違和感を感じる」
「腹痛が痛い」みたいのものですね。恥ずかしい。

気付かずに使ってしますのが問題ですね。

やはり英語より日本語ということですか。
Posted by いとまさ at 2006年09月29日 14:22
Ape様

ご指摘ありがとうございます。
「違和感を感じる」
「腹痛が痛い」みたいのものですね。恥ずかしい。

やはり英語より日本語ということですか。
Posted by いとまさ at 2006年09月29日 14:23
考えてみれば当然の話ですが、小学校での英語必修化って
どこかの業界の利権も絡んでいるんですよね。
マスコミにはその角度からも攻め込んでほしいんですが。
Posted by h at 2006年09月29日 14:38
ape様

ご指摘ありがとうございます。

「腹痛が痛い」みたいなものですね。

恥ずかしい。

やはり英語より国語ということですか。
Posted by いとまさ at 2006年09月29日 14:40
子どもたちの算数や数学の成績が下がっている原因のひとつに国語力の低下があげられることもありますね。

単純な計算式問題はできても、文章題だと内容が理解できないから計算ができない。

英語もそうだと思います。
日本語で書かれたものを理解し、そして日本語で自分を表現できずして、なんで母国語以外を扱えようかと。
Posted by 芋介 at 2006年09月29日 15:09
解剖学用語を何もないところから必死に日本語に翻案した杉田玄白の功績がなくして、現在の日本の医学はありえないでしょう。自分の国の言葉で考えると言うことは大切です。それは自国語の学術用語を持たない国の学生を見ればわかります。
自分の生活と結びつかない言語を義務化することがどれだけ危険なことか!
小学校英語教育義務化反対!
Posted by ツキ at 2006年09月29日 15:54
子供は、言葉を通じて論理を身につけていきます。自閉症児でもない限り、論理の扉を開くのは言葉です。
ですから、筋道だって物事考えられるようになるには、まずひとつの言葉に習熟することが大事だと、私は考えます。従って、母語も覚束ない小学生の時分に外国語を導入することには、私は反対です。
勤務先の部下に、米合衆国の一流大学の学部を出た者が居ます。この人は、日常生活のやり取りは不自由ない英語でこなしますが、ビジネスへの取り組みや文書が理詰めに書けない。英語はおろか、日本語でもダメ。こういう例を見ていると、まず母語で論理的に考えるという土台のない上に、第2・第3外国語を積み上げても所詮砂の器だ、と痛感します。まずは母語で、筋道立てて考えることから。
Posted by Kiwi at 2006年09月29日 17:21
中途半端にやってもだめだという意見には激しく賛成です。が、学校の英語を忘れろというのはどうですかね。そもそも帰国子女や高校留学などの特殊なケースを除けば、大多数の人は中学高校で英語を勉強してるわけで、それを忘れて成功した人なんていないんじゃないですかね。というか無理筋です。むしろ学校の英語教育そのものが使える英語を習得するために必要な努力と比べて中途半端だということでしょう。英語を身につけている人の大多数は、中途半端な学校教育でつけた基礎+自主特訓だと思うのですが、学校教育や受験勉強の部分が無駄だとは思いません。
Posted by at 2006年09月29日 17:26
賛成派の殆どは「自分が英語が出来ない+英語コンプレックスを感じているのは、学校で早期教育を施してくれなかったからだ」と言っているような気がします。
自分の努力不足を棚にあげて原因を他に見出そうとする人たち。大人になってから業務上やむなく英語学習を独学で始めた私でさえ、今では使える英語をモノに出来ているんですよ。塾でも習い事でも人に教わるといった受身の姿勢では何事も身に付かないと思います。
Posted by 右くりっく at 2006年09月29日 17:32
かの鳥飼玖美子さんが『危うし!小学校英語』(文春新書)で、現場の状況や中教審の内情も含めて、徹底的に批判しています。納得しました。
現場のことを言えば、週休二日制になってから、授業時間が極端に不足しています。日本は欧米などと違い異様に学校行事が多いことと相俟って、カリキュラムをこなすことが困難になっています。そこで英語を入れるなど公教育の自殺行為です。伊吹文科大臣は教育予算のことも考え合わせてのことでしょうが、正論です。
教育にも選択と集中が必要です。
Posted by さぬきうどん at 2006年09月29日 18:04
なんでもいいからとにかく英語が話せるようにして。
Posted by I am a pen at 2006年09月29日 19:25
現在の学校教育の場で行われている「英語」カリキュラムは本来「大学以降で海外の論文を読むため」に組まれたものだった気がします。
なので、英会話よりも理詰め文章が読めるように文法重視になっていたはず。
「英語ができる」=「英語の論文が読める」って図式。
ところが、すでに国内に相当数の日本語論文があふれ、(英語論文に頼らなければならないものもありますが)大学を卒業する程度のことなら英語が必要ではなくなってきた。

一方、海外旅行が増えたり、海外からの来日者が増えたりで、海外の方と触れ合う機会が増えてきた。
「英語ができる」=「英会話ができる」の図式。

教育の場での英語教育は、どちらを取るかの選択肢があって良いかと思います。
個人的には海外の方と触れ合う機会は少ないので英会話に必要性は感じてないのですが、最近の中韓のロビーがむかつくので、英文で何とか情報発信できていたらなぁと口惜しく思っているので旧来の英語教育支持派ですが。
(英語は忘れました…orz)
Posted by くらん at 2006年09月29日 19:57
高校時の現国は昼寝の時間でした。森鴎外の舞姫が印象に残ってます。小学校時は低学年で『かわいそうな象』を習った記憶があります。思うに国語を重視するなら、宿題で本を読ませて感想文を提出させるのがいいのではないでしょうか。
先生が読んで、生徒にも読ませるだけでは国語力は付きません。もちろん先生は前者とは何を指すのかとか、慣用句等表現の仕方、いろいろ解説してましたけど。
語彙を増やすなら公文式のように反復で教えるのが良いでしょうし、読解力ならたくさん本を読めば自ずとつくでしょう。。私の記憶にある国語授業なら時間を増やしても国語力の増強に意味がないように思います。
Posted by ネロ at 2006年09月29日 19:58
まず日本語をしっかり教えるべきでしょう。
言語は論理的思考の土台ですからね。
しっかりとした国語力がなければ、思考能力は育ちません。
自分の国の言葉もろくにしゃべれず、また論理的思考も出来ない人間が
英語ができるというだけで国際社会でやっていけるとは思えません。
また、本気で外人と付き合うなら、英語だけでなく、相手の国の文化や宗教も
知る必要があります。そしてそれには、まず自分の国の文化をしっかりと
学ばなくてはいけません。
文化への造詣がなければ、文化というものが人間にとっていかに大切で、
どれほど影響を与えているか理解できませんからね。
Posted by at 2006年09月29日 19:59
まぁ、必要だと思う人は自分の判断でやれば良いでしょう。>小学生の英語学習
タダでさえ学力低下が問題になってる昨今、
他の教科の時間を削ってまでやる様なこっちゃないですよね。
Posted by k.c at 2006年09月29日 20:16
昔と違って今はなんと…
「電子辞書」があるんですよねー…
ちょっとした会話なら結構これでいけます。

ちなみにネットの翻訳機能も
使い方次第で結構役にたちますよ。
Posted by おゆなむ at 2006年09月29日 21:21
中学校教員をしているものです。英語担当ではないのではっきりとは知りませんが、ウチにきているALT(アシスタント・ラングエッジ・ティーチャー)の給料は、校長並みだと聞いたことがあります。夏休みと冬休みには里帰りもしくは諸国漫遊しているALTが多いようですし、複数校を掛け持ちするとはいえ、条件は良いようです。レベルは平均して良いとも聞いています。
Posted by ほそ at 2006年09月29日 23:00
さらに、小学校英語必修化はほとんど意味がありません。現在でも月に1回程度の総合的な学習の時間を利用して英語に触れる機会をもうけている小学校がほとんどですが、それによって中学1年生の英語に良い影響を与えているという話も聞いたことがありません。必修化しても、大学等の付属中学校や名門私立中学が入試問題に英語を混ぜることができると喜び、お受験産業がより潤うだけでしょう。
Posted by ほそ at 2006年09月29日 23:06
>>いとまささん
>学校で教えられる「英文読解」や「和文英訳」は役に立たないようでいて基本的な知性のトレーニングに貢献してきたように私には思えるのですが。。。

ん・・・?学校での英語教育には「基本的な知性のトレーニングに貢献してきた」という副次的な効果が認められるということでしょうか?例え英語が話せなくとも、英語に自信が持てなくとも、基本的な知性がトレーニングされているのだから、英語教育にはそれなりの成果が出ているのだということですかね・・・学校での英語教育なんですから、その効果なり、成果は「英語の力量」で評価すべきものではありませんか?
まあ、中学、高校での英語教育を受けたら日常英語(もっとも難しいのでしょうが・・・)や旅行者英語ぐらい話せるようになるのではと期待するのは当然のことのように思えるが、実態はそのようにはなっていないですね・・・勝手な推測ですが、日本の学校での英語教育の実態は授業を受ければ、受けるほどに自信が持てなくなるという特質があるように思える。それは、僕も英語が話せるようになるか?な・・・という実に初歩的な段階でテスト、テストを課すことから、自信を持てないままに時間だけが空しく過ぎてしまうのでしょう・・・多分、それなりに英語教育を受けても、例えば、「 Do you have the time ? 」と「 Do you have time ? 」との違いが分る人が意外に少ないのが実情でしょう・・・学校での英語教育がそれなりの効果なり、成果が出せないのは、日本の「外国語教育に対する姿勢」が不真面目だからでしょう・・国際化著しい現在にあって、学校教育で隣国の言語であるハングルに見向きもしないのは何故なんでしょうか?韓国や北朝鮮が嫌いとか、好きとかのレベルでなく、隣国の(しかも日本語にかなり似た性格をもつ)ハングルを教えることで、外国語を知るということはどういうことかが分ると思うのです。確かに英語は現在では実質的に国際共通言語であり、インターネットがますます隆盛を極める将来に向けてさらにその性格が強化されると思います。それだけに英語教育の質的向上をどう図るかは日本の学校教育にとって喫緊の課題だと思います。それには急がば廻れで、小学校段階では英語ではなく、ハングルを楽しむような会話中心で採用するのがよいのではと考えますが・・・如何でしょうか?

>そもそも教育って「役に立つか立たないか」の基準で考えるもの?

期待される効果が現われる時期としては直近か、将来かはあるでしょうが、教育は、やはり「役に立つか立たないか」の基準で考えるものだと思います。そして、学校教育の望ましい効果は、教育を受けた生徒を「その気にさせる」ことだと思います。その意味からすれば、現在の日本の英語教育は、「よーしゃ!英語をやるぞ!」と、生徒をその気にさせるものか、どうか?と、大いなる疑問を持ちます。
Posted by 隣国を心配す at 2006年09月29日 23:40
しょーもない記憶ですが、
英語の授業はたまらなく嫌でした。
担当する教師全てが、
性格がひんまがっている人ばかりで、
ねちねちねちねちねちと、
どーでもいい屁理屈をこねまわし、
肝心の
「異国の言葉から相手が何を話そうとしているかが分る楽しさ」
「異国の人に自分の思いを伝えることの楽しさ」
の微塵も教えていただけませんでした。
構文「〜するところのもの」
とかの悪文をつづらされるのは地獄でした。

学校英語から切り離されて
訳文を見ながら読んだ「星の王子様」に
初めて原文に接する楽しさを学びました。
要するに学校教育としての英語に、
精神的苦痛と無駄な時間と、
強制労働を受けました。
文部省には謝罪と賠償を求める…

ついでにしょうもない話ですが、
外国語は女性の方が得意のような気がしています。
はっきりいって外国語習得には、
男女差があるのではないでしょうか。
脳みその構造的に。
Posted by おゆなむ at 2006年09月30日 00:29
おゆなむさんのおっしゃる事、凄く良く分かります。
私は映画と音楽から英語の楽しさを知った、と言うか知りたくなった口です。
授業では文法のみ、と割り切って、日々リンガフォンで勉強していました。
会話だけで言うと、男女の差より音感、センス?
音痴の方はあまり上達しない気がするのですが、それは私の偏見かも。
Posted by 梅 at 2006年09月30日 01:45
小学校から高校まで塾で英語を習っていましたが、仕事がまったく必要もない職種、海外嫌いも手伝ってまったく忘れました・・・
上記に書かれておられたが自国の言葉や文化を学ぶ事のほうがこの国には急務では?
世界は日本食や日本文化に興味を持ちはじめているのにねぇ。
Posted by いっくん at 2006年09月30日 01:49
上の方で名前が挙がっていましたが、外国育ちでバイリンガルの鳥飼玖美子氏や米原万理氏にしても、幼少期の語学教育否定論者でした。
同じキリスト教文化圏の印欧語族内での二重三重言語者とはまるで状況が違うそうです。
米国暮らしの身内が多いのですが、子供の教育方針については、皆頭を悩ませています。
Posted by mimizu at 2006年09月30日 01:55
↑すみません
×鳥飼玖美子
○中津燎子氏の間違いでした。
Posted by mimizu at 2006年09月30日 02:02
初めまして。
長い間ROMをさせて頂いてましたが、今回初めて書き込みさせて頂きます。
オリベさんの最後の文で、友人の話を思い出しました。

私の友人の母の話ですが、
彼女は数年前某海賊映画にハマり、何度もDVDを再生をし字幕の英語の書き取りをし、それを繰り返した結果、ついに大概の映画(英語)は字幕無しでも見れるようになったそうです。
50を目の前に。
(冗談ではなく、本当に1日1回以上、何十回何百回も観たそうです。きっと続編が出て日本で一番喜んでいる人でしょう・・・恐るべしジョ●ー・デッ●…)

現在は英語を学べる機会も手段も方法論も山程あります。
しかしDVD一本でも英語を学べる手段になり得ると、年齢や環境よりも要はやる気と姿勢なんだなと、心底感動した実話でした。(ちょっと極端ですが)

…最近ではその映画の字幕すら読めない人間が増えているそうです。
ちょっとした漢字や単語の使用も出来なくなって翻訳の人が苦労しているというニュースを見ました。
情けなく哀しい話です。
母国語を満足に読み書きできない人が、母国の文化を知る事が出来るのか…。
いくら他国語ができて海外で異文化に触れても、そこから得られるもの交流できるものがあるのか…。

ゆとり教育で大失敗をしている今、小学校の英語教育にSTOPをかけたこの文科相は現実を見ていると思います。
日本人としての基盤となる国語と文化を教えた方が、他国(語)に対する真面目かつ健全な姿勢を養えると信じています。
長文失礼致しました。
Posted by ショナ at 2006年09月30日 02:06
いつも楽しく拝読しています。ありがとうございます。

oribeさんはおそらく学校で習う英語は現代の英語ではない、ということをおっしゃりたかったのだと思います。。が、学校で習う英語は英語ではない、というほどの差はないと思います。

何度も叩き込まれた単語や文章の構造は頭に残っている物で、あとは実際に英語圏の人が話すフレーズをどんどん真似していけば、かつての日本の義務教育レベルでも、ちゃんと中学時代に勉強をしていれば、誰でも簡単なことなら読み、書き、話せるようになっているはずです。
また外国語を学ぶというのは、大抵こんなものではないですかね。どうしても現代の文章は「○○語は最近乱れてきている」という風になるのですから、少し古い文章を読んで練習するものです。
教えるならできるだけ綺麗な言葉を、といってf○ckinなどの口癖のような言葉が入らない音楽を聴かせたり、映画を見せたりするでしょう。
教える方はどうしても少し古い教材を使って言語を教えてしまうというのは、日本語の場合でも、他の言語でも同じだと思います。
かなり英語を上手に操るヨーロッパ人でも、初めは学校英語と実際の英語が違うから全然話せなかったわ、と言っていましたし。。皆同じだと思います。

ですからかつての日本の英語教育が悪かったとはわたしにはとても思えません。
かつての教育を受けてきた人が、科学技術と真摯なサービスの日本を作ってきたのですからね。
それがゆとり教育諸々で崩れてきているときに、さらにそれを助長するような小学校での英語必修化は避けて当然のことです。

親戚で長年英語塾をしている者がいますが、イマドキの中学生は勉強以前の態度が悪くなっているのは言わずもがなですが、単語の意味を調べなさいと辞書を引かせても、その辞書に載っている日本語の意味さえわからないことが多々あるというのです。

何はともあれ、母語が揺らいでいる子供が増えているからこそ、早くから英語なぞせずに、日本語をしっかり覚えるべきなのです。
Posted by びん at 2006年09月30日 02:29
おゆなむさん、梅さん、
会話能力は男女差、あると思います。
一時期流行った、男脳、女脳ってやつですね。

子供を育てているとわかるのですが、女の子はおしゃべりを始めるのが早く、男の子は遅いんです。勿論個人差はありますが、かなり違いますよ。通訳や翻訳に携わっているのは、日本でも女性がわりと多いのと同じことじゃないでしょうか。

理系の学問の道に進むのが圧倒的に男子が多いのも脳の性差だと思います。実際、女子で理系の学部に進んでも、卒業する頃には「やはり合わないと思った」と言って理系の就職をしない子は多いですし、知り合いに工学系の教官がいますが、お勉強はできても研究分野になると、圧倒的に女子は適正がないと感じると言っていました。(医学や生物化学になると女子も多いですが)

フェミ子さんは大いに怒りそうですが、会話、情感にはやはり女が得意で、論理的思考は男が得意、というのは脳の作りの差です。
生命誕生からの長い歴史でそうなっているそうですね。


話がそれましたが、今回の伊吹大臣の意見、ご立派です!この調子でゆとり教育をどんどん廃絶していって土曜日も学校再開して欲しいです。
今の中学生は、英単語を調べなさいと言われて、辞書を引いても、そこにかいてある日本語の意味がわからない、、、というところまで来ているんですよ。
母語の確立が急務です。これがなくては英語どころか、技術分野全般全部ダメになります。

Posted by びん at 2006年09月30日 02:43
うわ、アップされなかったと思って連投してしまった。。スミマセン(^^;)
Posted by びん at 2006年09月30日 02:46
>聞きようによってはナショナリスティックで誤解を招きやすい表現
「母国語」より「母語」(第一言語)と言った方が語弊はないですね。
Kiwiさんが書いておられるように、母語で出来ないことが第二言語で出来るわけがない。

ただ、文法中心の学校教育をむげに否定することはないと思います。
こういう考え方は今の流行とは逆行してますけど、エリート教育の一環として、ナンバースクールと言われたかつての旧制高校なみに読み書き教育を徹底すれば、これはこれで有用なスキルが身につくはず。
Posted by 774 at 2006年09月30日 02:53
会話能力の男女差、前にアメリカ人に話したら、
酷く反発されたので、それ以来避けてしまうような気が。。
我が家は一男二女、それぞれ英語寄り、
日本語寄り、ほぼ半々と分かれています。
どうやら興味の対象、環境で違いが出たようです。
確かに帰国する度感じるのは、街で耳にする若者の日本語の乱れ具合、
あれでは書くのもさぞ困難なのだろうと察します。
Posted by at 2006年09月30日 03:37
ショナさんの書き込みいいお話ですね〜
ほのぼのしました。

語学能力の性差についてですが、脳機能だけでなく、女性固有の文化的なメリットもあるのでは?
高校生向け語学留学研修に行った際、参加した学生の男女比は2:8、圧倒的に女子学生が優勢でした。
女性の方が異文化に対する心理的な障壁がないというか、相手の懐に飛び込みやすい、そんな心性があると思います。
留学後にしても男子学生とは受け入れられ方が段違いでしたし。
(ホストファミリーの本音として、北欧出身の女子が最も歓迎され、アジア出身の男子は断トツ不人気だという事情もあるようですが)
Posted by 唐茄子 at 2006年09月30日 03:59
なぜ二者択一のような議論になるのか、理解できません。
最近よく若者の日本語の読解力が落ちていると言われますが、
それは英語教育とは関係のない話ですよね。
一方多くの国が途上国先進国ともに小学校くらいから
外国語を学んでいると思うのですが、
そういった国で国語力が駄目になった例ってあるのですか?
結局は教育の質の問題だと思うのですがね。
授業時間が足りないのなら、週休2日も見直すべきだとも思います。
それに実際に90%の小学校が英語の授業を
はじめているのに、それは止めさせるのですか?
保護者が求めている現状があるのは無視できるのでしょうか。
Posted by hana at 2006年09月30日 04:03
中国や朝鮮のような独裁国家が、英語で反日捏造プロパガンダを世界にばらまいている以上、日本人も「自衛」のために英語力を向上させねばならないのは自明の事実です。

はっきり言って、英語教育に関して、いつまでも同じ議論が堂々巡りで繰り返されていることに、ウンザリします。

全ての小学生に一律に義務教育するか否かではなく、
小・中・高も含めて、どの年代から、どういう生徒達に、どうゆう内容を、どのように段階的に教えていくか、
こそが話し合われ実施に移されるべきだと思います。
Posted by 出戻りファン at 2006年09月30日 04:22
それから「小学生から英語」というと、どうして「国語も出来ていない生徒に無理矢理」という話になるのでしょうか?

自分は理数系が苦手で、語学系(国語古典も含め)が得意な子供だったので、中学ではなく、もっと早期から本場の音や映像を入れた本格的な英語教育を受けたかったです。中学の時、必死でラジオ講座や米軍放送を聴こうとしましたが、音が悪くて殆ど聞こえなかった(涙)。

あの頃、本格的に英語を学べるツールが学校とか身近な場所にあったら、もっと巧みな英語の使い手になって、今頃はエンジニアと違う形で日本に貢献できていたのにと思うと悔しくてたまりません。(今は英語できても中途半端なレベルです)。

だから国語も英語も、語学・文学に興味があって学びたい子供達にとっても、積極的に英語を学べる環境を整えることも考えて欲しい。PCやネットも整ってきたことだし、選択制とかクラブ方式なら、今すぐにでも可能でしょう。
Posted by 出戻りファン at 2006年09月30日 04:33
>hanaさん
>一方多くの国が途上国先進国ともに小学校くらいから
>外国語を学んでいると思うのですが、
>そういった国で国語力が駄目になった例ってあるのですか?

フィリピンが真っ先に挙げられます。
達者に英語を操る彼らですが、英語教育が固有文化の喪失につながったとして、フィリピノ語と英語との狭間で葛藤があるようです。

>なぜ二者択一のような議論になるのか

大して効果が期待できないなら別の授業をってだけの意見ですよ。
ここでは国語をとの意見が多いようですが、私は理数系科目に力を入れてほしい。
公立小の語学教育に期待するくらいなら、自分で教えるか良い私塾を探したいですね。
Posted by nanasi at 2006年09月30日 04:43
ところで我が家では、小学生の頃から正月ゲームで「百人一首」をやって盛り上がってました。
「まともに国語もできない小学生に英語なんか」、と言いますが、
百人一首の古語だって、まるで判ってやしませんでしたよ。

それでも小学校4年で、95首くらい暗記してました。ゲームで勝ちたかったからです。
内容の素晴らしさが判るようになったのは、高校からです。
大人になった今は、古典が読めることに感謝・感謝です。

あの時、親が、「現代語もまともに出来ない小学生に、古語なんて」と言って
百人一首ゲームを教えてくれなかったら、
自分は95首の名歌を、遊びで暗記できるような
言語成長期でのタイミングを、永遠に失っていたでしょう。

ですから
丸暗記があそこまで可能な年代、というのは
後にないので、絶対に活用すべきなんです。
最初はゲームとして楽しめばいいんです。

どうせ遊ばせといたら、代わりに
くだらない歌謡曲とかマンガとか丸暗記してしまうでしょ。
スポンジみたいに楽しいことは暗記しまくる年代なのですから。

それらを後からツールとして洗練して使えるように
訓練を加えてあげたらいい、
それこそ中学からの英語教育、という形で。
Posted by 出戻りファン at 2006年09月30日 05:12
子供心を掴むというなら、欧州や台湾のように英語のTV番組をバンバン流したほうが遥かに効果が上がりそうですけどね。
週1コマじゃあ今の「生活科」や「総合的な学習の時間」レベルのどっちらけになるのは目に見えてる。
熱心な親はますます私学と塾に軸足をおき、教育格差は拡がる一方。。。
Posted by at 2006年09月30日 05:29

語学の習得に男女差(及び、脳の差)があるかどうかは知りませんが、経験からいって(習ぶ側+教える側)、話好きな人は、男女かぎらず、会話の上達が早いという印象を持っていますが、皆さんは、如何ですか。英会話に限らずです。考えてみれば、もっともな話で、おしゃべりな人は、言いたいことが沢山あるから、そりゃ、なんとしてでも伝えようとするわけです。あと、普段おしゃべりではない人でも、自分が興味を持っている話題になると、がぜんのってきたりしますよね。

英語という言語ツールを手にいれたとしても、「言いたいこと」がなかったら、いったい何を話すのでしょう。週に一度、ネイティブスピーカーといっしょに英語で歌ったりゲームしたりは、外国語に対する心理的な壁を低くするのには役立つのでしょうが、それよりは、母語で、自分の考えを論理的に組み立ててそれを発信したり、他の人の意見を聞いて考えたりといった、コミュニケーションのトレーニングに時間をさいた方が、いいと思います。「伝えたいこと」を豊かにすることの方が、先じゃないでしょうか。

英語を母語としない人が回りに多くいますが、別に発音が美しいとか文法のミスが少ないからとかより、話の内容がしっかりしている人の方が、尊敬を集めているように思うのです。訛りの強い英語で話していても、面白い意見を言う人には、やはり皆が耳を傾けるのです。(まあ、訛っているというだけで、とんでもない態度に出る人もいますが。)やたら流暢で言葉沢山でも、中身が空っぽではね。

余談ですが、母語があやふやなうちに(小学校低学年とか)移民してきた子供たちは、往々にしてセミリンガルという状態になると言われています。バイリンガルではなく。どっちの言語も中途半端のまま、ということです。

(読み書きの習得に関しては、また別の話だと思いますが。)
Posted by パセリ at 2006年09月30日 07:06
単純なようですが、中韓の反日英語ブログの繁殖を見るにつけ、心配になってしょうがありません。ご存じのように中国韓国は競争力を高めることに必死で、その一環として既に日本に先んじて小学校から英語を必修にしていますよね。

また、母国語を愛することではどこにも負けない「あの」フランスでさえ07年度からの英語必修化(小学校)を検討していますし、北欧諸国はどこに行ってもほぼ全員(例えば清掃のおばちゃんとかでも)英語でコミュニケーションできます。特にフィンランド語は日本語と同じウラルアルタイ系なのですが、英語習得に関しては他の国に全く劣りません。そして、それらの国はどこも小学校低学年から英語が必修です。

各国とも英語が共通のコミュニケーション言語であることを前提に、国民全体の英語能力を高めようとしてるのですが、その方向は低学年からの必修化の潮流になっていて、日本も結局それに乗らざるを得ないのに文科省が及び腰でもたついているだけに見えてしまいます。

もちろん現状の英語教育に正すところが多いのはその通りだと思うのですが、指導者や教育手法含め英語教育を本当に充実させるといっても、すぐにできるわけではなく10年単位で徐々に条件整備を進めることになるのですから、今から始めたって遅いぐらいじゃないかと思います。必修化と既存の英語教育の充実は同時に進められるものですし、むしろ必修化によって英語教育条件整備の起爆剤になれば、とも思います。

また、英語の時間数と国語の時間数は必ずしもバーターの関係にあるわけではなく、例えばいまの訳のわからない総合的な学習の時間を英語の時間に充てれば国語の時間を減らすこともなく両立するわけです。

反日英語ブログの話に戻れば、日本人は既に論理性や自国への文化の知識は他国に負けないものを持っているのに、英語で書き込むような能力のある人(というか英語に拒否感のない人)が少ないだけで、ずいぶん損をしているように思えてなりません。

というわけで、私は(政府が英語教育に今後本腰を入れていくという条件付きですが、)今回導入を見送りして何年も先延ばしにするのではなく、必修化を進めた方がいいと思いますが、やっぱりこういう意見は少数派なんでしょうかねぇ。
Posted by こつこつ at 2006年09月30日 07:16
上のコメント長くてすみません。。。
あと、個人的には、ABCの歌とかI am a studentレベルのことを、中学生にもなってやらされるのは恥ずかしいことこの上なかったですねぇ。あれで英語嫌いになったかも(笑)。
あんな単純なことは素直な(?)小学生段階ですませておけばいいのに、と思ったものです。
Posted by こつこつ at 2006年09月30日 07:24
一月ほど前、ラジオで小学校からの英語教育問題を取り上げていたのですが、その放送によると、今小学校でやっている「歌やゲームを取り入れながら会話中心」の授業について小学生にアンケートを取った所、好きと嫌いがはっきり二極分化してしまったそうです。
とにかく自分から話さない事には始まらないので、普段から話す事が苦手、引っ込み思案で寡黙な子供には非常に苦痛なのだそうです。

ここが公教育の難しい所なのでしょうけど、「嫌い」と答えた2割強の子供の発達を待って英語教育を始めるのがいい事なのか・・・
外国人講師の確保の難しさの問題にも触れていました。小学校の先生のジャパニーズ・イングリッシュではスタートから「変な英語」に触れる事になるわけです。

結局の所、時間数も少ないし「(苦手と答えた児童以外の)7割ほどの子供から英語に対する抵抗感を無くし、英語を好きになるきっかけ作りになれば」程度の事なのではないか、と言っていました。
Posted by もんしろ at 2006年09月30日 07:34
どのような勉強をすれば、短期間で身につくでしょうか?
Posted by トリ at 2006年09月30日 08:09
こつこつさん
>フィンランド語は日本語と同じウラルアルタイ系
日本語がアルタイ語族に連なるというのは一説であって、まだ定まった学説ではないはず。
また、フィンランドは印欧語族のスウェーデン語も公用語として広く話されているため、アルファベット・キリスト教文化圏の一員として、英語への親和性は日本とは比較にならないと思います。
日本と比較すべきは、TOIEC平均で日本を上回るという韓国ではないでしょうか。
Posted by tac at 2006年09月30日 08:41
学校で教えられる英語教育のせいで、学校英語の時間についていけなかった人を中心に、英語そのものに拒否感を持ってしまうヤツが多いように思う。
oribe氏の言うとおり、学校英語と実際の英語は違うものと捕らえてもよさそうなぐらい違うのに。
そういう意味では学校の英語は、「役に立つ部分はあるかもしれないが、確実に弊害は存在する」という印象があります。
なので、この文部科学大臣の言うことも、oribe氏の言うことにも賛成ですね。
Posted by ななし at 2006年09月30日 08:43
>スウェーデン語も公用語として広く話されている
すみません、ちょっと筆が滑りました。話者は少数ですが、かつてスウェーデン統治下にあったため原則的に両語併記・義務教育でフィン語+スウェーデン語+外国語計3ヶ国語必修とのことです。やはり欧州ならではの多言語環境かと。
エントリとは脱線して失礼しました。
Posted by tac at 2006年09月30日 09:36
ローマ字を4年生で教えられたせいで英単語が素直に読めなくて、脳内で英語のつづりとローマ字の読みを関連させて覚えるという、無駄な苦労をさせられた記憶があります。現在、学校教育での英語はまったく身になっていません。英語ページを読むのは自動翻訳に頼りっきり・・・。
Posted by ぽ at 2006年09月30日 09:54
英語圏で仕事しています。私にとっては、学校英語は基礎として十分に役立っています。

色々な教え方があっても良いとは思いますが、学校英語が実際の英語と全くの別物だとは全然思いません。

立ち話の途中で脈絡無くジョークを言われても全く理解できないことは度々ありますので、私の英語力自体大したことは無いのは確かですが、業務遂行上は全く問題ありません。逆に、日常会話は何ら問題なく、発音は完全にネイティブの日本人で、文法をもっと詳しく勉強したいという人も知っています。彼女は、難しい英文を読んでも理解できない、書けないという悩みを持っています。

日本の英語教育で私が問題だと思うのは、発音について律儀すぎることです。インド人の英語、中国人の英語、発音はそれぞれ違うのに、日本人は発音が正しいかどうかを気にしすぎる印象があります。oftenなんて、オフトゥンで問題ないのに、学校教育では何故かオッフンに拘ったり。

日本人の謙虚さは美徳ですが、中国人もインドネシア人も「俺の英語が分からないお前が悪い」くらいの勢いでしゃべり続けます。私もそう在りたいと思います。とはいえ、バーガーキングで、レシートをくれと言ったら、ケチャップが出てきたときにはさすがに凹みましたが。
Posted by h at 2006年09月30日 09:55
この話題…、昔の「日本も外国人労働者を導入すべきか、否か」の論議に似ていませんか?

古いか(笑
Posted by アドレス at 2006年09月30日 11:29
あのデーブ・スペクター(ホントは嫌いだが)も著作の中で「母国語がキチンとしゃべれないのに、外国語を習得できるわけが無い」と書いてました。 その通り。まずは母国語をしっかりと身に付けさせるのが先決。 
Posted by zzz at 2006年09月30日 12:11
単純に、子供の勉強時間をもっと増やしたらどうですかね。
子供が土日休む必要なんてあるんですか?
昔のように、日曜だけ休みに戻してもいいでしょう。
なんで週休二日制になったんですかね。

あと、夏休みを一ヶ月以上とるのも無駄です。
夏休みはお盆の前後一週間で十分。
でも夏休みは、夏の風物詩ですから、あまり短いのも考えものです。
日本文化を守るためにも、夏休みに関する切ない思い出が
それぞれの胸に一つ二つあるべきです(笑)
ところで、なんで夏休みってあんなに長いんですか?

さらに麻生大臣が言ってたように、もっと低学年から
義務教育を始めるのもいいでしょう。
希望としては3・4歳から始めて欲しいぐらいです。
この年代じゃないと、詰め込みできないこともありますから。
上も15歳から16歳ぐらいまで延長してもいいかもしれません。
そして、3〜4歳、5〜6歳、7〜9歳、10〜12歳、13〜14歳、15〜16歳って感じで細かく
学校を分けて、キチンとその年代ごとに身につけなくてはいけないことを
教え込んで欲しいです。
身につけてない子は、上の学校に進級できません。
あと、義務教育を終えてないと参政権がもらえません(笑)

低年齢から義務教育で学校へ通い、休みも少なく学校で夕方まで勉強してくれれば、
働くお母さんも子供の世話に手が掛からなくて楽ちんでしょう。
少子化対策にもなりますよ(笑)
真面目な話、教育が充実しているだけで、結構少子化対策になると思います。
安心して子供を育てられるってことは大事ですからね。
Posted by 自転車泥棒 at 2006年09月30日 12:50
今の限られた時間の中で、初等教育を充実させなければならないのなら、英語は不要だと思います。
働くお母さんに評判の悪い週休2日が見直されるのなら、英単語と会話くらいがいいんじゃないでしょうか。
単語をたくさん知っていれば興味も湧くし、後がラクそうな気がします。

>おゆなむさん
>担当する教師全てが、性格がひんまがっている人ばかりで、ねちねちねちねちねちと、どーでもいい屁理屈をこねまわし、

私が高校のときの英語の先生が全員そうでした。
英語の先生ってそういう人が集まりやすいんでしょーかw

>びんさん
>お勉強はできても研究分野になると、圧倒的に女子は適正がないと感じる
>会話、情感にはやはり女が得意で、論理的思考は男が得意

私は論理的でもフェミ子でもないんですけど、ちょっと異論がありますw
多分、女性の脳はは色んな物事を同時進行で進めるのに適しており、男性の脳は一つのことを突き詰めるのに適しているのだと思います。
女性のお喋りでの話の飛び方が、男性には理解不能なので情緒的にしか見えないし、男性の趣味に掛ける情熱は女性には理解不能w
まぁ、あくまで脳の働きの傾向としての話ですけどw 
Posted by at 2006年09月30日 15:50
>学校で習った英語を英語と思わないこと。学校で習った英語を土台にして勉強しないこと。これだけ

お願いそこ詳しく(泣
Posted by at 2006年09月30日 16:11
女性の脳梁は太く、右脳と左脳の情報を完全に遮断することことが出来ない。 これは、理論的思考・判断が必要な時に、感情的思考・判断が混在してしまう事を意味する。

端的な例を示すと、女性がデパート等を歩いていると目的地までまっすぐに歩けない事に現れる。視覚に「バーゲン」等の文字が飛び込んできただけで、脊髄反射的に方向を変えるのである。その際、周りの安全確認など全くしないのである。デパートであれば、人とぶつかる程度ですむが これが車を運転している状態だと笑い事では済まされない。
Posted by 嘘か本当か知りませんが、一説によると at 2006年09月30日 16:13
tacさん
レスどうもです。フィンランドを取り上げたのは母語が英語と全く異なる言語体系でも、小学校での英語導入は可能だと言いたかったんですよ。また、多言語環境で外国語学習には有利な国でさえ、小学生から必修化しているのに、ただでさえ英語を学ぶのに不利な環境にある日本が、このまま手をこまねいていていいんかなぁ、という不安もあります。

例えば、新興国としてよくあげられるBRICsを調べてみましたが、ブラジルは小学5年から、ロシアは小学校2年から外国語が必修、インドはご存じの通り英語が公用語ですし、中国は01年から小学校3年時(主要都市では1年から)の英語必修化を導入しています。
ご指摘の韓国ですが、TOEICって日本人と韓国人しか受けてませんから、それだけを指標として心配する必要はないと思いますが、それでもかの国が10年前の97年から小学校3年からの英語教育(必修)を始めていることを考えれば、将来は不安です。

小学生への英語教育方法など議論すべきところはいろいろあるでしょうが、英語教育導入時期に関してはなぜ日本だけ中学校まで延ばしてるのか疑問です。論理力や国語力をつけることは重要ですが、同時にやればいいわけで、英語の問題を後回しにする理由にはならないでしょう。政府が油断しているか、問題を先送りにしているようにしか聞こえないんですよねぇ。
Posted by こつこつ at 2006年09月30日 16:14
ごめんなさい。インドでの英語の地位は公用語じゃなくて、補助公用語といった方が正確みたいですね。訂正します。
Posted by こつこつ at 2006年09月30日 16:28
> こつこつさん

横から失礼します。

> 英語教育導入時期に関してはなぜ日本だけ
> 中学校まで延ばしてるのか疑問です。

カリキュラム全体の量と、学習時間も考慮しないと一概には言えないのではないでしょうか。私はニュージーランドに住んでおりますが、この国の教育では、音楽の授業、体育の授業、理科、社会といったものを体系的に学習するようには出来ていないような印象を受けます。指導目標の大枠というものはあるのかもしれませんが、教科書というものがそもそもありませんから、何をどこまで教えるのかはもうほとんど先生次第です。子供にその日何を勉強したのか聞いても、英語と算数だけ。しかもその英語と算数だって相当に怪しいものです。

日本の公教育は盛りだくさんですから、実際のところ英語を小学校教育に入れるのは時間的に大変なことではないかと思います。本来「ゆとり」を持って学習するためには、学習時間を増やさなければなりません。学習時間を減らしてしまえば、時間当たりの学習量が増えるわけですから、詰め込みになります。したがって、学習時間を減らした上で「ゆとり」教育を行うためには、学習時間が減る以上に学習内容を大幅に削減せざるを得ないわけで、実際にそうなっています。考え違いかもしれませんが、日本語の習得は大変時間が掛かるものです。漢字を覚えるだけでも相当な時間を必要とします。

親の立場からすると、先ずは、減らされた学習内容を元に戻すことの方が英語の学習よりも優先します。

小学校で英語教育には反対です。
Posted by h at 2006年09月30日 16:45
すみません。
Posted by at 2006年09月30日 15:50は私です。
名前を入れ忘れてました。

>嘘か本当か知りませんがさん
>理論的思考・判断が必要な時に、感情的思考・判断が混在してしまう事を意味する。

私は、制御できる出来ないの違いこそ優劣だろうと思います。
車の運転のような狭い範囲に限るのなら、家事・育児・買い物などではどうでしょうかw
それぞれの分野にそれぞれのレベルの男女がいます。
男女の性質の違いに優劣を付けようとするのはナンセンスだと思います。
Posted by P at 2006年09月30日 17:46
hさん

ニュージーランドの例興味深く読ませていただきました。私も海外在住経験ありますが、体系立たない教育の事例という反面教師として、日本ではこうならないよう、注意深く見ていかないといけないでしょうね。

学習時間の量との関係ですが、基本的に私は学習時間を増やすべきだと思っていますし、なので、英語を増やす場合にも全体の学習時間に追加できればそれがベストでしょうね。ただ、英語面でこれだけ他の国から出遅れている日本が、「全体の学習時間をふやしてから」とか「美しい日本語を話せるようになってから」とかいって、何年も待ってしまってていいのでしょうか、というのが私の不安要素です。上にも書きましたがオーラルで「ABCの歌」とか「みんなで声を出してやってみましょう」みたいなのは中学生以上になると恥ずかしいんですよね(笑。

それに公教育の機能と言うこともあります。日本語は日本人の母語ですから、ごく下流の親でなければ、敬語にしろ漢字にしろ、家庭で教えられますし教えますよ。英語は海外経験ある親か民間英語学校に通わせられる裕福な親でないと学校外できちんと教えるのは難しいわけで、税金を払ってる立場としては両方やってくれないなら、自分たちには対応できない英語を優先してほしいと思ってしまいますし。

あと、「親の立場」は意見が分かれるところでしょうけど、7割の保護者は英語必修化に賛成しているようですよ。既に英語導入している学校が保護者にアンケートを採ったところ9割が好意的に見ていた、ということもあるようで、導入しても意外に問題はないのかも。
すみません。毎度長い書き込みで。。。
Posted by こつこつ at 2006年09月30日 18:37
学校行事をまず減らすべきではないでしょうか。国語の重要度UPは賛成です。

ところで、結局英語は道具なのですから、それ以前に「英語で何がしたいか?」という目的が必要なはずです。そこでこれからの子供たちに、主張することの重要性、日本を海外に発信することの意味等を伝えれば、自然に道具としての英語も「ま、しょーがない、覚えてやるか」という感じになるのではないでしょうか。今の話題はどうやって手段を身に付けるかに集中しており、教育関係者ももっと目的にも目を向けてほしいと感じます。

で、本当にやる気になったときに体が英語に慣れていた方が得かな、と思うのです。oribeさんの言うように学校英語がしゃべるための英語の足枷になるようなら、もちろん止めるべきですが…。
Posted by すがりん at 2006年09月30日 22:02
国語は日本で生活する以上は日に日に上達するのではないでしょうか。携帯を買えば、あの分厚い説明書を読むし、働けば新聞も読むでしょう。
一方英語は普段使う機会がありません。世界のグローバル化に日本は乗り遅れていています。
読み書きソロバンといいますが、世界での読み書き能力が日本人にはないからです。世界で寿司が流行っても経営者や職人は外人ですし、先駆者であったゲームソフトでもいつの間にか大手は欧米系です。
世界的な人材を育てるなら使える英語力をつけれるようにせめて小学5年生くらいから、本格的に習うべきではないかと思います。
Posted by ネロ at 2006年09月30日 22:45
英語好きが高じて、アメリカの大学院・現地就職した者から一言。

外国語をマスターできるかどうかは、自分の母国語の習得レベルと比例します。日本語が一流なら、英語も一流になれる可能性大です。言語基礎能力が脆弱では、多言語への応用はまず無理。幼少時よりバイリンガル生活を徹底してやっているケースは別ですが。

一般的な日本語環境で生活する児童に必要なのは、読書による日本語の文章読解力です。人の話す言葉というのは、book = 本 というような単純明快なものばかりではありません。科学や人の心など、実際に見て触れない事象については想像力を使って理解するしかありません。

想像力を高めるのに一番効果的なのは読書です。物語の中に自分を滑り込ませ、シュミレーションさせる事で感じ、疑似体験する。行間を読める子供は、人間関係でも外国語学習においてもアドバンテージありです。私の場合、活字が大好きな子供時代を送り、絵本から推薦図書、漫画や主婦の友、エッチ本まで何でも読みまくりました。情操教育には大いに役立ったと思います。

国益や国際競争力を高める為にも外国語学習は必要です。だからと言って英語に即飛び乗るのではなく、外国語学習を円滑に進める基礎言語能力や想像力を養う方が先決です。
Posted by フツーに英語生活 at 2006年09月30日 22:56
ショナさまのお話、素晴らしい。
そのお母様素晴らしい。ナントカ流にはまってるオバちゃんたちが別の方向にエネルギーを注げば、ガイジンと寝たいだけで英会話を習ってるネエちゃんたち(私のささやかな英語業界経験から)なんかあっと言う間に追いぬいちゃうんではないでしょうか。

知人からL●STの第1シリーズを借りたんですがそれには日本語字幕がまるでありません(海外版みたいです)。仕方なく英語の音声だけで観てみたらこれが不思議を会話が聞き取れるんですよ。必要に迫られるとなんとかなるもんですね。
早く第2シリーズが観たい。
Posted by 踊れドールズ at 2006年09月30日 23:06
文部省が最終的にどの程度の習熟度を目指しているのかがよく分りませんね。
旅行に使うレベルの日常会話をそつなくこなせるように、といったところなんでしょうか?
英語でなにをするのか、という具体性に欠けているのでは、せいぜい『早く始めるにこしたことはない受験英語の前哨戦』ぐらいの動機付けにしかならないような。

はやりの語学留学にしても、教育者になりたいとか、通訳・翻訳、もしくはビジネス・技術者レベルの専門的語学力を習得したいなど、はっきりした目標があればいいのですが、漫然と語学を万能ツールのように夢見て渡航する人が少なく無いように思います。
Posted by mono at 2006年10月01日 01:14
英語が出来ることで得られる利益や利便のデカさを考えると、
小学校からやってもいいのでは。平行世界の何処かには韓国語が世界標準である世界もあるだろうが、僕らが居る「この世界」は英語が世界標準で、これは少なくとももう何世紀かは変わるまい。

以前「語学はメンタル」でも書いたけど、ヒアリング能力というか「耳で聞き取った音声から語彙を無意識に拾い出す能力」は、個人差もあるだろうが、ある程度、歳を取ると身に付かないみたいだ。すると、脳をフル回転させての対面会話は何とかこなせても、聞き取り難い電話での会話、構内アナウンスの聞き取り、多人数での討論、講義の受講などは難しい。これでは「仕事で使える」とは言い難い。

即ち、必要になった時点や、本人が「英語を覚えよう」と思い立った時点では、もう手が届かない領域が出来てしまう可能性があるのである。こういう身体的な能力は、子供の内に有無を言わせず叩き込んでおくのが本人のためであろう。叩き込んでおけば、自転車の乗り方の様に一生忘れない類のものだと思う。

但し、週に3コマではやるだけ無駄なのは同意です。
10代早々に3ヶ月位、何とか捻出し隔離環境で英語合宿をさせるのが吉と思われる。国家戦略としてやるべきだろう。その間、英語だけでは勿体無いので、身体を鍛え規律を叩き込むために、並行してちょっとした軍事教練を施すのも良いだろう。
英語限定なのでランニングしながらこんな歌を歌う訳だ:

♪ I love working for USA. Let me know just who I am.
♪ 1,2,3,4, United States Marine Corps. 1,2,3,4, I love the Marine Corps.
♪ My Corps. Your Corps. Our Corps. The Marine Corps.

なかなか良い光景ではないか(笑)。
Posted by 小野まさ@復活 at 2006年10月01日 01:25
 私も 小学校の英語必修化には反対です。
英語より先に もっと 他に学ぶことがあるからです。
いわゆる 優先順位の問題かな。

 英語は 将来 その道(職業)で 飯を食っていく人が 勉強すればいいのであり 会計とか法律とかいった専門分野のひとつだと 私は考えます。
(日本で暮らす人には必須なものではない。教養としては ないよりあった方が良いが)

 どうしても 小学校で英語教育したいのであれば NHKの「100語で英会話」とか「新感覚・キーワードで英会話」をDVDにとって みせてあげればよいと思います。
時間にして 10分間ぐらいだし お金もいらないし 新たな外国人教師も不要です。
(こちらのほうが 教師が教えるより 上達が早かったりして)

  私的には 今回の「小学校の英語必修化案」は 米国人等 英語を母国語とする外国人の雇用政策にしかみえません。
Posted by itusa998 at 2006年10月01日 01:32
ショナさんとフツーに英語生活さんのコメント楽しく読みました。
他文化に繋がる言語にアクセスする時のわくわくする好奇心や憧れなんかの
初期衝動が学習のなによりの動力源なのに、受験英語と格闘してるうちに
いつのまにやら消えてしまう‥

日本では外国語といえば一にも二にも英語(というか米語)なので
まずここで拒否反応を覚えてしまったら、外国語全体への興味や情熱に
水がさされててしまうような気がします。
世界共通の便宜的な道具としてのみの英語観のせいか、語学学習の魅力である
異文化へのロマンが感じられなくなってしまうというか。

そこで映画や音楽に入れあげたりしたら、また違う角度から再チャレンジ
できるんでしょうけど、英語がまったく性に合わなくても、蒙古語なりペルシャ語
なり色んな言葉の面白さを感じることができる受け皿があるといいですね。
(学校教育にはちょっと期待できなさそうですが‥
Posted by 532 at 2006年10月01日 02:39
>>♪ My Corps. Your Corps. Our Corps. The Marine Corps.
フルメタルジャケットですかー
異色ユートピアSF的な素敵風景が浮かびました。

真偽のほどは分りませんが、ネイティブ・スピーカー13歳限界説ってのがありますね。
しかし通訳業等語学で飯を食うのでもない限り、この手の正確さは現地人や帰国子女にまかせておけばいいのでは?
Posted by unagiinu at 2006年10月01日 03:19
昔キューブリック映画で日本語に無いテンポや猥雑なノリに、強烈な異国情趣を感じ英語カコイイ!と思ったものです。
今の子供たちは英語の何に魅力を感じるのかな?
日本が遣隋使のその昔からしてきたように、粛々と英語その他言語を学び、その文化を取り込んでいくと同時に、文化輸出をすすめ世界をジャパナイズしていきたいところです。
Posted by Yes,sir! at 2006年10月01日 06:01
日本国内で英語を使って仕事してます。日本の英語教育(いわゆる受験英語)は充分基礎として役に立ってますよ。留学経験が無いので言い回しが不自然だったり微妙にニュアンスが違ったりジョークが理解できなかったりすることはありますが今のところ業務の遂行にも外国人社員や取引先とのやりとりにも支障をきたしたことはありません。

私の見る限り高校3年まできちんと勉強して文法と読み書きができる子だったら一ヶ月も英語圏にいればそこそこ使えるようになります。一方何年海外にいても「サバイバルに必要な英語ができる」以上に伸びない方は「学校の英語なんて役にたたねえ!」とロクに勉強しなかった方(そしてその後も文法を軽視している方)に多いような気がします。

日本人が英語を話せない理由は「使う機会の少なさ=必要性のなさ」と、「シャイな性格」につきます。特に後者は大きい。「こんな発音でしゃべったら笑われる・・・」と恥ずかしがって話そうそしないからいつまでたっても上達しないのです。(更にそういうシャイな人達に対して半端に英語ができたり海外経験のあるヒトが「日本人の英語なんて世界で通用しない!」なんて偉そっそうな講釈をたれるので恥ずかしがりやさんはますます話さなくなってしまう・・・)。

完璧主義をやめ初学者に対してガイジンなんだから下手で当然、発音だって英語の中でも地方によって発音の違いがあるくらいなんだから日本語訛りだって恥ずかしくないのよ、というおおらかな姿勢になれば今のままでももっと話せる人は増えるのでは。

Posted by るうるう at 2006年10月01日 08:26
[結論]:日本での義務教育としての英語教育は中学からで決して遅くない。どうしてもやりたければ義務教育以外で父兄の判断で行えばよい →まず、母国語としての日本語(日本文化)をしっかりと「叩き込む」ことが先決

[理由]:
1.日本語(文化)は先進国の中でも、かなり複雑な構造をしており、表音文字(アルファベット)のみを用いる欧米諸国や東南アジア諸国(除く中国、台湾)の言語に比して母国語の習得期間が2,3年余分に掛かる。
2.母国語の運用能力は外国語のそれに比例する。母国語で作文を書くのが嫌いな子が、英語で上手な作文を書くことは無い。
3.5,6年生時に、資格を伴わない教師が、不十分な教材を利用して行う、週一時間だけの授業では、外国語教育としての成果は何も期待できない。どうしてもやりたいなら、社会科の時間に「国際教育」とでも題打って、月毎に海外の異なる大陸、言語の日本在住者に来てもらい風俗習慣を生徒参加型で紹介してもらった方が、余程効果もあろうし、世界の中での日本の相対的位置も判ろうというもの。12ヶ月あれば、異なった国々の状況が生身のサンプル(失敬)を通して学べるだろう。このほうが柔らかい脳みそには効果的で有意義な学習になるだろう。英語だけが世界の言葉ではないが、彼らの多くはアクセントの強い英語を意思疎通の手段として使うことが多いので、それも子供達の参考になりはしないか。
4.日本以外の子弟が英語を学ぶのと日本の子弟が英語を学ぶのでは、前提条件が全く異なるので十把一絡げに比較してはいけない。
5.「外国語教育とは何なのか」を国民全体がもう一度、考え直す為に、各界で国際的に活躍している日本人などに具体的な事例をまじえて意見を述べてもらう場を、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ネットなどで提供する。一部の自称有識者の諮問や文部官僚などの提案だけでは不十分。なぜなら、この選択肢は20年、30年先の「日本人の資質」を左右する問題なのだから。当然、最終的には国語(日本語=日本文化=日本人)とは何なのかの議論に行き着くからである。

[外国語教育(特に国際語としての英語)の目的は?]:
1.日本語とは異質な成り立ちの外国語(文化)を学ぶ事により、自分の使っている言葉(文化)を客観的に観る端緒となる。→自分を見つめ直す「鏡」の発見、世間を見つめるもう一つの「窓」の獲得
2.日本語を解さない人達との意思疎通の手段として。→私的ないし公的な場での英語での会話、英語での手紙(e-mail)の遣り取り等
3.国際的な情報受発信の媒体として→出版・印刷等
 1)外国の知識。情報を吸収し日本に伝える(日本語に置き換える)手段
 2)日本独自の知識・情報・経験を海外へ発信するための手段。

上の1.の例として、「ひとつの言語しか知らない者は、ひとつの世界しか知らない」「ひとつの言語しか知らない者は、そのひとつをも知らない」ゲーテの言葉に「一つの言葉しか知らぬものは、すべての言葉を知らぬのと同じであるという表現がある。英語を学んで初めて、日本語には何でI(一人称;first person)とyou(二人称;second person)の組合せが多いんだろうと気づいた御仁も多かろう。つまり、英語を学んで初めて普段空気のように使っている日本語の特殊性に気が付くという例。しかし、あまりに早くから外国語を教えると、日本人としての知識教養(日本語、文化等の)が身についていないために、「鏡」を観てもそこに自分の姿を見ることはないだろう。
2へ続く
Posted by しょうちゃん at 2006年10月01日 14:50
続き
"Language is the vehicle of culture."「言葉は文化の乗り物(御輿)である」とう表現がある。けだし名言だ。ある国の言葉と文化は表裏一体で切り離して考える事は出来ないということだろう。
一般的に言って、日本人は日常的に多言語(多文化)に肌で触れる機会を持てない為、どうしても外国語(学習)にナイーブ'naive'(英語本来の意味では:尻の青い、経験不足なの意)になりがちだ。いまだに英語が少々流暢(に聞こえるように)に話す人に特別な情感をいだく。スイスあたりで八百屋のオジサンが3ヶ国語で野菜を売っているのを垣間見て、感心している日本人が多いのはその例だ。それを観て小生は寒心する。何もそのオジサンは3ヶ国語で新聞を読めるわけでもなく、ましてや手紙を書けたりするわけではない。下手をすると、母国語でも怪しいかもしれない。ただ、「このトマト新鮮だよ、安いよ、お買い得だよ」程度の表現を自分の売っている野菜に関してのみハッスルして発する事が出来るにすぎない。相手が日本人だと判れば同然商売だから、日本語の野菜の名前くらいガンバッテ学ぶだろう。
バイリンガル、トリリンガル、ポリグロットであろうと、論理的な表現は別として、自分の心象を自然に吐露できるのは、一ヶ国語だけである。例えば、詩歌、俳句、和歌などを想像してみれば宜しい。
言葉というのはその民族が歴史の中で風雨に耐え、歴史の気まぐれにさいなまれながらも、千年、二千年と粘り強く守り伝えて今日あることを忘れないで欲しい。

[提案]:中学3年間でみっちり英語の基礎を学べば十分。
現在、中学で使われる英語の教科書は、批判もあろうが、義務教育としての英語の教科書は一点を除いて現状でヨシとする。一点とは教科書のテキストの内容を、「プロの英語使い」によって吹き込んだCD-ROMを添付して欲しい。プロの英語使いとは、BBCやVOA等のその国を代表してスタンダードな英語を話すことを生業としている人々か、英米の映画でプロとして俳優や声優をこなしている「訓練された、生きた、魅力的な声の持ち主」のことである。その辺のALTなどを使ってはいけないのだ。もう一つの注文は、決してスピードを落とした人工的な英語を間違っても使わないこと。あれは英語ではない。英語の'ようなもの'であって、別物だ。子供の耳の感度を馬鹿にしてはいけない。
この条件が満たされれば、中学3年間のテキストを丸暗記(読んで内容を理解出来る+全てを書ける+文法も理解)し、CD-ROMを100回くらい聴き、お手本に沿って何十回と、口の筋肉が痛くなるくらい反復練習をすれば、世界中何処へ出かけようと日常生活レベルでの英語による意思疎通で困ることはないだろう。勿論、語彙も文法も高レベルで意思疎通を図ろうとすると不足だが、土台としては十分だろう。
あとは、高校で自分の目的に従って、英語学習が必要と思えば、語彙を増やしもう少し複雑な文法をマスターし、出来れば英英辞書を使う癖をつけ、語彙が3000語を超えたら、そろそろ英字新聞や英字雑誌を読んでcurrent English(時事英語)を身につけて、出来れば自分がかつて読んだことのある短めの小説にトライしてみることだ。そうなれば大学入試の英語など赤子の手をひねるようなものだ。

所詮、小5,6で週一回一時間では、簡単な挨拶と僅かな単語を覚える程度なのだ。会話に限って言えば、"Hello!" 沈黙 "Goo-by!"程度のものしか学べない。会話はキャッチボールなので、話したい「内容」が無いようでは話に成らないのだ。只、確かに音声に関しては、若い耳の方が、完全な「日本語耳」に成りきっていないので、入り易い。それでもどうしてもというママは、日本の動揺等に混ぜて声の綺麗な歌手が謡うナーサリーライムやサウンド・オブ・ミュージック、メリーポピンズ、チキチキバンバン等の挿入歌などを聞かせるは悪くないだろう。っと小子育てをしたことが無い小生は想像する。

以上、小生自らの経験を通しての見聞である。因みに、英語学習経歴は 田舎の中学:普通に好き 田舎の高校:嫌いではない 大学:授業を受けずに映画三昧 仕事:自営業、たまーーに英語を使う。海外経験:1年間チャリでアメリカ40週巡り。資格:実用英検1級、通訳ガイド(英語)、TOEIC:950点  参考になりました? やはりならないよね。笑。

あまりに硬い話をしたので、最後に「世界旅行者;みどりのくつした」さんの「英語」に関する慧眼?を紹介する。歯に衣着せぬ言い様で、時に誤解される御仁なので、5回くらい読まないと脳みそが拒否反応を起こすかも。笑。では、ここまで読み進んでくださった皆さん(そんな暇な人居ないって?)、失礼。
http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/trainfo/english.htm#001
Posted by しょうちゃん at 2006年10月01日 14:51
外国語より母(国)語。

この考え方には異存ないのですが、どうもこうした議論は、「美しい」「正しい」「敬語」に走りすぎます。そして中華文明への異存(漢詩が大事だ!みたいな)を巧妙に日本の伝統に仕立て上げてしまいます。

世界的にみても文法が簡単な日本語を複雑で高等な言語に演出するため「漢字」「敬語」が利用されているように感じます。

実質的には和製字音語を含む漢語の洪水の中で衰えてしまった日本語を、美しいだのなんだの言っている現状は、本当に母語を愛する者からすればいたたまれない状況です。

少し記事から脱線した話ですが、現在の国語教育を強化しても日本語の向上にはつながりません。

英語教育を削る名目が「美しい日本語ができないのに・・・」という観念的なものならば、やや危機感を「覚えます」。

日本語ブーム、常識ブームは揚げ足とりブーム。
他人を引きずり落としたい欲求が高まっている社会を投影しているような気がしてなりません。
Posted by こすけ at 2006年10月01日 14:54
二度目の投稿です。

英語よりも改善の必要があるのは実は国語(日本語)の授業です。

私も含め多くの日本人は文章を分析する、自分の意見を論理的にまとめ、他人に伝える、議論するということに慣れていません。日本語は論理的ではないとよく言われますが、これは日本語の構造のせいではなくそういう訓練を受けていないからです。欧米では国語の授業はそういうものを学ぶ場であるようです。

「国語は日本で生活しているのであれば学校で勉強する必要は無い、漢字や「美しい日本語」は家庭で教えたり本を読んだりすれば充分」というご意見もあるようですが、論理的に話し、書き、考える、議論するということは、訓練なしに、日本で生活しているだけでは絶対に身につかないのです。そして母語でそういうことができない人間が外国語でそういうことができるでしょうか?それこそまさに国益を守るために必要な能力ではないでしょうか。

外国人に混じって英語を使って仕事をしている立場として学校英語についてよりも学校国語に対して強く不満を覚えます。
Posted by るうるう at 2006年10月01日 15:18
英語に関しては少なくとも、発音とリスニングだけは子供の頃からやっていても良いと思います。
日本人は他の国の人と比べて、「聞き取ることができる音」と「発音することができる音」の両方が圧倒的にバリエーションが少ないような気がします。これが、日本人の英語習得の大きな障害になっているような気がします。
まあ、幼稚園の頃から英語を勉強させられているという香港人でも、英語はあまりうまくないですから、それほど期待しない方がいいのかもしれませんが。
Posted by at 2006年10月01日 17:03
>こすけさん
貴方の御意見には少し違和感があります。
夏目漱石や森鴎外の文章すら、「古典」となって、注釈付きでないと分からない、今の教育がおかしい。 これでは日本の文化伝統は継承できません。少なくとも「西鶴」くらいまでは現代文のように理解できるようにすることは必要だ。
我が国の昔の人が書いたものが分かる、これは外国語である英語の学習より先でしょうに。
Posted by 戦後教育を悲しむ at 2006年10月01日 20:47
ビンさん
通訳に女性が多いのは、女子の就職先が少なかったからですよ。東京外語大の卒業生にしたって、男子は商社などから引っ張りだこなのに、女子は教師か通訳になるしかない、という時代が長かったですからね。米原真理さんも外語大卒&東大大学院終了後、就職先が無いので仕方なく同時通訳を目指してますし。

こつこつさん
私も中韓のインターネット上の反日活動には恐怖を感じます。日本人だといい加減うんざりするような状況でも、彼らは精力的に活動しますから。
生命力の違いは仕方ないとして、日本の小中学校でもディベートの授業が欲しい。英語以前の問題ですが。
Posted by うみいぬ at 2006年10月01日 20:59
>こすけさんへ

コメントありがとうございます

>「夏目漱石や森鴎外の文章すら、「古典」となって、注釈付きでないと分からない」のは、国語力の日本語力(国語力)の問題ではなく、わたしたちの暮らしぶりそのものの変化が原因です。

古典というのはどの国・言語でもある意味外国語のようなもので(日本語は比較的現代語と古語が似ているとされているが)、現代語のように読めなくても問題ありません。
それは趣味教養の域に入ります。

また、恥ずかしながら鴎外の文章はあまり知りませんが、漱石に関して言えば、彼の文章は基本的にはやまとことばで書かれています。字面で判断すると字音のオンパレードのようにも見えますが、多くは日本の固有語です。当て字などの遊び心は彼の文章の特徴です。

その点、やまとことばと漢語・字音語の峻別ができないどころかその違いの自覚すらなく、後者を日本固有語だと考えさせてしまうような現在の教育は、たしかにお寒いものです。

もしかしたら誤解を与えてしまったかもしれませんが、私が言いたいのは英語教育の推進ではなくて、国語教育の見直しです。

ただ、今のままならあまり教育にはなりません。
わたしは、今の国語教育は、A「情報」B「文学(/古典)」C「漢詩」の3つぐらいには分解できると思います。

「情報」は自分の考えをどう言語に置き換え、それを構成するか、またそれらをどう読解するか。

「文学」は文学作品に触れ、語彙を豊かにするとともに人間の精神活動の多様さを学ぶ。

「漢詩」は今のものと同じです。選択科目でよいでしょう。

Posted by こすけ at 2006年10月01日 21:20
すいません!意味不明なことをしてしまいました!

>こすけさんへ

>戦後教育を悲しむさんへ
ですね

自分にレスをするとは、恥ずかしいことをしてしまいました・・・。
Posted by こすけ at 2006年10月01日 21:25
>こすけさんへ
ご返事有難うございました。
私は、それだからこそ、古典教育が必要だと申し上げております。
暮らしぶりは変わっても、心は通じあえるることこそ「教育」ではありませんか? 
私には、今の「行徳の俎」という言葉すら分からなくなっているのは可笑しいですよ。落語の「落ち」も教わらねば分からないのは変だと思いませんか? 
英語教育問題は、私には敗戦直後の英会話ブームを重ねてみるようです。伝統を軽んじ新しきにつくあの頃の軽薄とも言える空気を貴方はご存じないか。その代わり昔の日本らしさを振り捨ててしまったあの頃の愚。
話に聞くだけですが、ヨーロッパの学校では、古典ばかりでなく、ローマ・ギリシャ語まで教えていると聞きましたが。古典とその元まで教える姿勢が大事だと思いますよ。



Posted by 戦後教育を悲しむ at 2006年10月01日 22:15
小学校からの英語教育はともかく、
中学校からの「濃い」英語教育、国費を費やしてのヒアリング合宿はやっといた方が良いと思いますね。
但し、全ての人に必要ではないと云う意見には同意。でも、全体の1割は欲しい。他の授業時間を少しずつ削られても大丈夫な生徒が自薦他薦で参加することになるでしょう。一種のエリート教育です。

その際、障害となるのはサヨクの「エリート教育反対!」の大合唱でしょうが、
僕は国策でのエリート教育は必要だと思うんですよ。これは間違いなく。
Posted by 小野まさ at 2006年10月01日 23:39
いつも興味深く拝読させていただいています。

今回のエントリーにも、大筋では賛成です。
しかし学校で行われている英語教育が、かえって足かせになっているというのは、ちょっといい過ぎな気がします。

私は別段英会話を習ったことはありませんし、また英語圏で生活できるほどの英語力もないでしょうが、それなりに外国人とコミュニケーションは出来ます。現在はドイツで暮らしているのですが、ドイツ語が出来ないor苦手な外国人とは英語でコミュニケーションをとっています。

日本以外の非英語ネイティブの連中も、英語のレベルは玉石混交ですし、結局は個人の能力ではないでしょうか。

中学英語で教えられている文法事項さえ押さえておけば、後は語彙さえあれば、あまり複雑でないことはほとんど言えると思いますし。

教育の制度やカリキュラムよりも、失敗を恐れがちである等の文化的な背景が要因のような気がします。
Posted by どんぶらこ at 2006年10月01日 23:42
単純比較はできないのはもちろんですが、途中まで調べたので参考まで。
各国とも事情が違うのは同じにもかかわらず、小学校から開始している国が
これだけ多いとは思いませんでした。(別に小学校から始めてるところだけ調
べた訳じゃありませんよ。念のため)

BRICs諸国
ブラジル 小学5年から英語必修
ロシア 小学2年から外国語必修、第5学年から第二外国語(選択)
インド 英語が補助公用語
中国 小学3年から(主要都市では1年から)英語必修

アジア
韓国 小学3年から英語必修、高校2年から第二外国語(選択)
台湾 小学3年から英語必修、高校1年から第二外国語(選択)
インドネシア 中学校から英語必修、高校から第二外国語(選択必修)
マレーシア 小学校から英語必修、中学から第二外国語(選択)
シンガポール 小学1年から英語+民族語必修
トルコ 中学1年から英語必修
タイ 初等学校から英語必修

その他欧州(母語が英語に似てなそうな国です)
フィンランド 小学3年から英語、中学から第二外国語、高校では第三外国語も
イタリア 小学校から英語必修、高校から第二外国語
フランス 小学3年から英語必修(予定)、中学3年から第二外国語
スペイン 小学1年から第一外国語必修、小学5年から第二外国語
Posted by こつこつ at 2006年10月01日 23:45
>こつこつ様
そうなんですかー。中国、韓国、タイって日本以上に英語が通じないので勉強させてないのかと思いました。ロシア、イタリアもできる人は上手だけど一般的に皆が話せるわけではないと聞いたことがあります。やっぱり小学校から勉強してもあまり意味がないのでは・・・。

Posted by るうるう at 2006年10月01日 23:54
論理力や自国の知識は英語を使う前提だから云々という議論は私もそうだと思うんですが、ただ、そもそも日本人の論理力はそんなに劣ってるんでしょうか。
仕事で国際会議に出ることが多いのですが、日本人の論理力や構想力、資料の詰め具合は正直他の国に比べて今でも遜色ありません。身内びいきではなく、外国の人(欧米人も含め)の評価もそんな感じです。インドや中国、アラブ諸国の参加者と比べると特にそうですね(笑。

一方英語は道具にすぎませんが、日本人は議題の内容はよく分かってるのに、英語で表現できないために置いてけぼりとなることが非常に多い一方、内容をあんまり分かってなくても、英語ができるだけで、自分の意見をうまく入れるというような他国の芸当を見せられてしまいます。そして、ここ10年海外と直接英語で議論することは圧倒的に増加していて、英語ブログやwikipediaのやりとりでもそうですが、一部の人間だけの話だった時代はとっくの昔に終わっています。

というのが、私の実感なので、文科大臣の発言は、うまい喩えじゃありませんが「75点とれている論理力や日本語力を80点にあげようとするばっかりに、40点の英語を及第点にあげる努力を怠って、結局落第してしまう」、という戦略ミスを犯しているように思えてなりません。

それに、ただでさえ日本の子供は普段英語に触れる機会がないのに、学校でも中学生以上にしか触れさせないというのは逆です。ある程度論理的な考えができるようになる中学以上で効率的に英語学習できるように、アルファベットや簡単な挨拶、英語への拒否感低減なんてことは、小学生の間にすませておくべきではないでしょうか。そんなところは小学生のほうが吸収しやすいものですし、総合的な学習の時間を利用して多くの学校で導入していますので、第一歩を踏み出すのは実は難しくありません。私の考えはそれが英語教育充実の起爆剤になるというものです。
一方必修化しないと(小学校段階で英語やらなかった学生のため)中学レベルで繰り返し同じことをやらされるという問題も出てくるでしょう。

うみいぬさん
レスどうもです。国語の授業などで培われる一般的な論理力養成と比べて、ディベートは言ってしまえば「相手を言い負かす『技術』」に過ぎないので、そういう勝負事に熱を上げがちな小中学生には麻薬じゃないですかね(笑)。個人的には協調性を身につけた上で、大学教養レベルで週2時間ぐらい徹底的にやれば十分だと思います。
Posted by こつこつ at 2006年10月02日 00:19
るうるうさん

レスどうもです。
ロシアは分かりませんが、中国、イタリアは01年から、タイ、韓国は97年からの導入ですので、明確な結果が出るのはもう少し様子を見る必要があるかもしれませんね。ただ、インターンなんかにくるこうした国の学生さんあたりだと結構うまくなってきてますよ。
るうるうさんご指摘の「話す機会+必要性」を小学生の頃から増やし「シャイな性格」が形作られる思春期前に少しでも英語触れさせる機会を作ってあげれば、まあ悪い結果にはならないと思うのですが、どうでしょうね。

あと、英語レベルですが、自分の経験から言うと中韓タイもロシアイタリアもトップレベルの人材は全く英米人と議論に遜色ありませんし、日本もこの点は同じだと思います。
ただ、問題は中レベルあたりの人たちで、日本以外の国には「優」ではないものの「可」レベルの英語を使える人がいますが、日本人はそのあたりの層が非常に少ない感じです。実務者レベルの会合なんかだと、「可」レベルの英語だろうが、しゃべれる方が圧倒的に意味があるうえ、最近はそういう実務会合がどんどん増えてきているので損してるし、これから損していくんだろうなぁと思います。なので、英語能力向上は「やらせたい家庭が英会話学校にいかせろ」ということじゃなくて公教育の場で平等に底上げするという国家戦略を必要があるんじゃないかと思ってます。(なお、『可』レベルの英語を使う人が多い国は、英語下手だというイメージになりやすかもですね)
ま、根拠はないので個人的な感想ですが。
Posted by こつこつ at 2006年10月02日 00:58
最近、中学生に英語を教えたときに、彼らは特に勉強に励む子たちではなかったのに、日本語にはない子音や母音の区別を無意識に聞き取れ、発音していて驚いたのですが、学校でネイティブの音声を聞いていためだと思いました。小さい頃から慣れるのは大事だとは思います。

しかし、言語がきちんとできないと抽象的、論理的な思考ができないので、まずは母語をきちんとするべきです。外国語も日本語も共倒れで言語が一つもまともに使えない帰国子女の人もたくさんいると聞きますし、中高生の使う漢字も読み書きできず、論理的な説明が全然できない帰国のおばさんを見たことがあります。
日本には世界的にも希少価値の高い平安時代の女性文学などもあるのだから(あの時代に平凡な貴族の娘が字が書けることや、物語を書けて、学があることは他のどの国にも見られないそうです。しかもあのふにゃふにゃした文字が読めれば、現代の私たちでも推測でだいたい読めてしまう、古くまでさかのぼれる言語は世界でも日本語くらいだそうです)、ちびっこたちにはしっかり日本語を勉強してほしいです。

ちなみにマレーシアでは英語、マレー語、中国語の三つが小学生から必修で、授業はそれぞれ毎日あったと、マレー出身の子に聞いたことがあります。彼らは必要性があるから必死だそうです。日本はまだ日本語だけでも大丈夫だし英語を使う環境がないから、たとえ毎日授業しても、あまり身につかないかもしれません。
Posted by みっちー at 2006年10月02日 01:34
エリート養成を主眼とした語学教育に賛成です。
祖父は戦前の三高、帝大出の電気技術者でしたが、留学経験なしに英独仏語をこなし、訪日した外国人の通訳を買って出ていました。
なつかしの旧制高校的教養世界では、これぐらい出来て当然だったそうです。
(ちなみにクラシック楽器の演奏のひとつも必須だったらしい)
教養主義の崩壊が言われて久しいですが、当然兼ね備えておくべきスキルとして叩き込むことは今でも出来るんじゃないかな。
Posted by handa at 2006年10月02日 01:49
文字を丸っこくくずして難なく読み書きが出来るのは日本女性の得意技なんじゃないでしょうか。
学校のお勉強はあまり芳しくなさそうな女子高生が携帯で自在にギャル文字を操っているのを見るとそう思います。

私の従姉妹に私立小で小3から英語を始め、大学在学中に英検1級を取った者がおりますが、学生の頃青年の船に参加した折、中韓大陸から来た人達はやはり語学の習得に長けているようだ、と言っていました。
イザベラ・バードの著書にも朝鮮人の英語の上手さを評価する記述があったと思いますが、単に海外の後追いをするだけでなく、日本人に合ったカリキュラムとはどんなものなのか考えなくてはいけないのでしょうね。
従姉妹は大手商社に就職しましたが、「まだ実力不足」という事で英会話教室に通っていました。まさに難行苦行という感じです。

「日本は資源の無い、人材しかない国」である事を自覚するなら土曜の授業を復活すべきでしょう。
以前「高額所得世帯の家庭は土曜日に子供を塾や博物館・美術館に連れ出し、そうでない家庭はテーマパークなど娯楽施設で過ごす傾向がある」という調査結果が報道されましたが、「所得格差により教育の機会が失われる」以前に親の意識そのものが違っているのです。
このまま放置すれば人材的にも格差は広がるばかりかと思います。
Posted by kanako at 2006年10月02日 11:40
私はいわゆる帰国子女でTOEICは900点台ですが、幼少期には日本にいましたし、親は教育熱心というほうではなかったので中学で海外に住み始めるまで英語は触れたことがありませんでした。私の知人で3歳から小学校まで米国にいた人は、米国ではネイティブ同然に英語を話していたのにいまやからっきし英語はできません。それどころか、小学校で充分な日本語を教わっていないので国語も苦手だそうです。正直いって母国語が固まる前の幼少期の英語教育はあまり意味がないと思いました。一方で、日本人学校で教わった英語の教育は、一見無意味と思われましたが、向こうでの「国語」、つまり英語のレベルが上がるにしたがって役に立つようになってきました。正しい文を読み書きするためには大変有意義であったと今はわかります。日本での旧来の英語教育は不十分ではあったかもしれませんが、決して無駄ではないと感じています。長々と大変失礼いたしました。
Posted by らな at 2006年10月02日 14:46
>戦後教育を悲しむさんへ

たびたびコメントいただきありがとうございます。

すみませんが、私は昭和も終わりごろの生まれで、「あの頃の軽薄とも言える空気を貴方はご存じないか。」と言われれば、知りません。こういうと私は議論に参加できませんか?

一応知識として、フランス語国語化論くらいは知っていますが。

やはり誤解があると思います。

私は古典教育を否定していません。(漢文の義務的学習には否定的です。ヨーロッパ諸言語の話者がギリシャ語・ラテン語を学ぶのと日本人が漢文を学ぶのでは次元が違うからです。)

言いたいのは、何も英語ブームを加速させることではありません。そして残念ですが、落語の落ちを子供たちにわからせるようにすることでもありません。

無論伝統文化を学ぶことは重要ですし、自国の文化に誇りを持つことも大事です。しかし、伝統だとか「美しい」だとかは、どうしても言葉を暗記物にしてしまって、一生懸命敬語を使おうとして、「やらさせていただく」と言ったり、過剰に「〜させていただく」型の謙譲語を多用したりなど、最近のいびつな日本語を生む土壌となっている気がします。

国語教育の強化には賛成ですが、国語という教科は道徳や宗教ではないという意識が必要です。(正解を定めない/正解を強要しない)

ですから、「美しい日本語」などの最近のブームを見るにつけ、現状の国語教育に疑問を持つのです。

ただ、最後に付け加えたいのですが、日本語(古典含む)に興味があり、情熱を燃やせる人が、「伝統」の言葉を背負って、正義感からであろうが、一般の人や子供に「由緒正しい日本語」を説くのは少し違うのではないかと思います。

決して戦後教育を悲しむさんを悪くいいたいのではありませんが、言葉ほどナイーブなものはないと思うのです。言葉を否定することは、直接その人のすべてを否定するくらいの破壊力があるからです。

だからみんな強迫観念から、常識本を買うのではないですか?
Posted by こすけ at 2006年10月02日 21:37
英会話は毎日1時間やっても残りの23時間が日本語ではダメだと思います。
私の案は、各公立校から優秀な子を代表として公費で外国に留学させることです。
JETプログラムでもわかるとおり、英語が喋れるというだけで雇われる外国人には質の問題があります。
税金で反日外国人を増やしてどうするんでしょうか。
Posted by ton at 2006年10月03日 13:53
英語を小学校で義務化することには、大反対でしたので、今度の文科大臣の意見にほっとしています。小生、小学校5年生の息子がいいて、英語の授業が始まったらいやだなぁ〜と思っていました。時間の無駄ですから。
日本語をしっかり身に付けていない小学生に、英語、特に英会話を教えても百害あって一利なしです。子供はすぐに覚えますが使わなければすぐに忘れます。

基本的に、人間の知的能力はその言語能力に大きく依存しています。小学生の場合、国語がよく出来る子は、ほぼ100%算数もよくできまが、逆は必ずしも成り立たないのです。国語をしっかり学ばない事には、外国語を含めて、その他の学問を身につけることは出来ませんし、将来自分で書物にあたって、物事を調べたり知識を身につけることもできなければ、文章で表現して、他者に伝える事も出来ないでしょう。英語やその他の外国語にしても、国語能力が低ければ、学習は非常に困難です。特に外国語については、多くの方々が指摘されているように、母国語の能力以上にはなれません。

日本の中学レベル教科書を、きっちり勉強していればまともな大人のレベルの文章は十分理解出来るし、立派な英語を話す事ができますし、高校レベルまでの文法をしっかり身につけていれば、文学書は難しいかもしれませんが、高度な専門書や論文を、正確に読む事もでき、まともな文章を書くことが出来るようになります。問題は、十分身に付いてない場合が多々あるということかと..... これまでの文法をたっぷり教える英語教育の内容は決して間違っていないと思います。もっと徹底してやるべきだと思います。できれば、正しい英語のディクテーションの時間をもっと増やしていけば良いと思います。
私自身、留学や海外在住の経験もありませんが、仕事の関係でイギリス人やアメリカ人と打ち合わせしたり、電話で話しをする機会が多かったので、あっという間に英会話はできるようになりました。もう10年以上こんな状態で仕事してますが、未だに話す時には頭の中で、一々日本語から英語に翻訳してるので、すらすらペラペラという訳にはいきませんが、自分が日本語で説明出来る事は、ほとんど問題なく英語で話す事ができます。自慢するわけではないのですが、よく 「You speak very good English. 」と言われます。どこが?と聞くと、文法的に非常に正しい(日本語変ですね)英語で、分かりやすく意思が正しく伝わっているとのこと。日本の英語教育の成果だと思います。

非英語圏の人たちと、共通言語ということで英語で話すこともありますが、文法滅茶苦茶で意味分からん状態になることが多いです。特にK国の人たちは。よくこんなので英語できますって言えるなと思う事多々あり(イギリス人やアメリカ人も「この人何言ってるの?訳分からん」状態になること多し)。
日本人は、どうも英語が苦手だという思い込みがあるようですが、大概は、読めるし、聞き取る事もできる、人によっては時間をかけて辞書引きながらなら書く事もできる何て言う場合でも、相手と面と向かって話をする場面や、電話などで言葉がすらすら出てこないという程度の事を、大げさに考えているのだと思います。英会話なんぞ、アメリカ人だったら子供だって、字が読めないような教育レベルの低い人だって出来る訳ですから、慣れの問題だけですよ。

TOEICの平均点なども、日本は得点の足を引っ張るような方達まで、大量に受けるので、平均すると得点が下がってしまうとか。一方、高い高いと自慢しているところは、受ける時点でスクリーニング済みなので、平均が高くなる傾向があるそうです。
よく、日本人の英語の発音が云々で、子供のうちに身につけなければといって、早期教育を進める根拠になさる方たちが居ますが、流暢な発音でも、誤ったあるいは小学生レベルの文法で、中身の無い(教養が無い)話をすると、思い切り軽蔑されます。何よりも、正しい文法と、教養を身につけることが大事だと実感しています。

長々と、とりとめの無い文章になってしまって、申し訳ありません。
Posted by teddy at 2006年10月06日 01:52
英語は、実に便利な言語です。使えるに越したことは無い。言語として大雑把な分は、注意深く、事細かに説明を加えればいい。(語彙が決定的に不足していることもあるが)
 ただし、母国語がきちんと話せるようになった後の話。何を持って日本人と言うかは諸説あるでしょうが、日本人らしい思考パターンと言うものがあるなら、それは正しい日本語で思考すると言う事に根本があるように思う。それは、言語が思考する時の根幹であるから。
 母国語のスキルが低い者が、外国語を勉強しても正しく身についたりしない。
 ぜひ、日本語教育を充実して欲しい。本来ならその後で英語教育を考えれば良いのだが、今の進歩の速度を考えると時間的余裕も無い。何十年も教育をないがしろにしたツケがこんなところに出てしまったが止むを得ない。最優先で教育に取り組まねばならない。日本が今後も発展しようと思えば、やるしかない。
Posted by Binery at 2006年10月08日 23:42
『国家の品格』が出版されて以降、この「外国語の前に国語を」といった論調がますます強くなった気がします。

さてバイリンガル、トライリンガルの人間は思考能力が低いのでしょうか?教科科目の多い学校の生徒と教科科目の少ない学校の生徒がいたら教科科目が少ない学校の生徒の方が優秀な生徒に育つのでしょうか?
日本語は特別高度な言語だから、しっかり習得してからでないと他の言語に触れるべきではない?

経験上そんな事実はまったく無いと断言できます。教育に力を入れましょう。日本語もしっかり教えましょう。英語も算数も理科も社会もしっかり教えて、大いに学びみんなで議論しましょう。
Posted by at 2006年10月19日 09:18
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安倍晋三事務所の人事・・・マイナー系情報
Excerpt: 安倍政権の評価については、出尽くしたでしょうか?であれば、次、よろしいでしょうか?
Weblog: 現役雑誌記者による、ブログ日記!
Tracked: 2006-09-29 14:13

筋力トレーニングの効果
Excerpt: 筋力トレーニングの効果を有酸素運動情報ガイドで説明します。
Weblog: 筋力トレーニング情報ガイド
Tracked: 2006-09-29 16:58

英語教育問題。
Excerpt: 小学校英語「必修化の必要なし」 伊吹文科相  中央教育審議会が検討している小学校英語の必修化について伊吹文明文部科学相は27日、産経新聞など報道各社のインタビューで「必修化する必要..
Weblog: いーじすの前途洋洋。
Tracked: 2006-09-30 06:12

萌える麻生氏!人気の背景
Excerpt:                          ⇒麻生氏が読んでいたローゼン・メイデン今日は、麻生人気の背景を探索する。ちなみに今日は、怒り心頭なので長いです。●を追って↓の順に読み進めて下さい。時..
Weblog: なんで屋??驀進劇??
Tracked: 2006-09-30 15:20

マスコミの無能さについて簡単に語ってみる。
Excerpt: 報じるべきところを報じず、どうでもいいことを過剰反応し放送する。 これが貴方達の視聴率のとりかたですか? ニュースサイトで視聴率戦争が起こっているのは知っていますが、もう少し国民と日本の利益のこと..
Weblog: 日本大改造〜立ち上がれ日本人〜
Tracked: 2006-10-01 17:08

JETプログラム利権〜CLAIRって?
Excerpt: 多くの反響を呼んだJETプログラムエントリー第3弾。JETプログラムはそのいい加減な選考、運用から、教育現場と雇われた英会話講師双方にしこりを残すものとなってしまいました。 日本の英語教育 JETの..
Weblog: 世の中を生暖かく見守るブログ
Tracked: 2006-10-03 13:44

仕事で英語が必要ないという人もいるが...
Excerpt: まず仕事というのは本来能力に対してお金が払われるものである。よって英語のできない人にはそもそも英語が必要となる仕事が与えられないのである。逆に完璧ではなくてもある程度英語ができれば、英語が必要となる仕..
Weblog: 小学校からの英語教育必修化は必要か?
Tracked: 2006-10-23 19:19

GETPLUS ( ゲットプラス ) 楽天店算数プリ
Excerpt: ・小学校英語研修を無料で6団体に!・[小学校英語]概説:小学校英語論・藤原正彦、小学校英語を語る・高校生の英語力(1)データで見る韓国・小学校英語の効果[英語レポート]・イマージョン教育について考える..
Weblog: ヘッドホンがたくさんあります
Tracked: 2007-08-13 16:21

小学6年生で学ぶ全教科が学習できる。算数
Excerpt: CD-ROMが3枚入って、小学6年生で学ぶ全教科が学習できる。「基礎学力ドリルCD」には算数の重要単元と新出漢字の学習問題を収録。「調べ学習ツールCD」には歴史年表、動物図鑑、四字熟語・ことわざ辞典、..
Weblog: 小学校の極意
Tracked: 2007-09-08 04:54
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