2006年10月06日

プチ文革

ぼくは最近ほとんどテレビを見ません。特に報道系番組は見ません。時々見ると、必ず気分が悪くなります。政治的問題で論調が左に偏っているとかそういうレベルではなくて、もっと奥深い所での気持ち悪さです。この気持ち悪さは何なんだろうと考えますが、まだはっきりと答えを出せません。

例えば北海道で起きた小学校六年生女児の自殺を巡り、市長や校長が遺族に土下座したニュース。テレビでは、どのニュースを見てもコメンテーターが一様に教育委員会を糾弾していました。何か根本的な違和感を感じます。

滝川市教委、一転「いじめ自殺」認める

確かに教育委員会の対応はおかしい。それは間違いありません。なぜ女児の自殺を受けて、筋の通った対応ができなかったのか、すべてのタブーを排して明確に説明して欲しい。涙を流すとか、土下座するとか、もうそういうイメージで片付けるのは金輪際やめて欲しい。起承転結のある簡潔な文章で明確に理由を述べて欲しい。

誰もが納得する答えじゃなくてもいいじゃないですか。いじめの事実が見つからないのであれば、それを通せばいいじゃないですか。いじめを認めたくない理由があるなら、その理由を述べればいいじゃないですか。その結果さらに糾弾されたっていいじゃないですか。因習と感情に支配された未開の心を、言葉と論理という光で照らすのが教育ってもんでしょう?どんな理由であれ、理由をはっきりとした言葉にすることを教育者が拒んだら、教育者失格です。

そしてそれに輪をかけて違和感を感じるのが、テレビのコメンテーターたちの態度です。女児の遺書を情感込めて読んで、関係者はもっと早く謝るべきだったとばかりにつるしあげて、まるで文化大革命です。

そもそも教室で首をつることでいじめに復讐しようとした女児に対して、大の大人が畳に額をこすりつけて懺悔する風景、そしてそんな大人たちをさらにしかりとばす社会の名士たちの姿は、どう考えても異常です。そんな風景が子供たちの心に何を残すのか?想像するだけで恐ろしくなります。

教育委員会もマスコミも子供たちのやることも、どこかで全部つながっています。



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この記事へのコメント
不気味です。

何年も同級生をじわじわと締め付ける「おともだち」の存在も
小学6年の子が教室で抗議の自殺をするという心理も
今回影が薄い担任の先生も
自殺を黙殺した教育委員会の存在と
大臣に叱られてからコロッと変わる組織のコメントも

そして…
「いやだったら、学校を変えればよかったのにねぇ〜」
と子供たちの前で言ってのけちゃう娘の担任の先生も…
Posted by おかん at 2006年10月06日 13:04
見ようによっては報道バッシングがいじめの実例をテレビで実演してるようにも見えちゃうからね
抵抗できなくて平謝りの相手を執拗に叩いてる構図がそのまんま
Posted by s at 2006年10月06日 13:25
同感ですね。
「品性が卑しい」
「人への愛情も共感もない」
「舌先で何を言ったところで、自分で誰かを助けようという気持ちは更々ない」
「だが、いかに自分が同義的に優越しているかをアピールし、尊敬すべき善人として扱われることを暗に要求する」
これら点において吊るし上げているTVと知らぬ・存ぜぬで通そうとした市教育委員会とはまったく相似形だと思います。
Posted by at 2006年10月06日 13:39
あの土下座の映像は確かに妙に気持ち悪かったです。
どこがと言われても説明できませんが・・・

Posted by at 2006年10月06日 14:44
同感です!

私もこのニュース特にワイドショーは、見ていて気分が悪くなるのですぐにチャンネルを変えます。

有罪判決を受けてもいない人物を、マスコミがまるで公開の吊し上げをしているようで、あまりにも異様な光景ではないでしょうか。

市教委がなにか奥歯に物の挟まったような物言いをするのも気になりますが、マスコミの糾弾のやり方にはそれ以上の違和感、醜さがあります。

>>いじめを認めたくない理由があるなら、その理由を述べればいいじゃないですか。その結果さらに糾弾されたっていいじゃないですか。因習と感情に支配された未開の心を、言葉と論理という光で照らすのが教育ってもんでしょう?どんな理由であれ、理由をはっきりとした言葉にすることを教育者が拒んだら、教育者失格です。<<

この点には特に同感いたしました。
Posted by oo at 2006年10月06日 14:48
自分たちが不祥事を起こした時にも
同じような態度をとってるくせにね。
と冷ややかな目で見ております。
Posted by …ふ at 2006年10月06日 14:52
私もテレビを見て違和感を感じておりました。対岸の火事を眺めてやいのやいのいうかのようなコメンテーター達の態度は虫唾が走るというものです。
 なにも、先生たちや苛めていたと疑われる子供たちの肩を持とうと思うわけではありません。突然、態度を翻した先生方も、鬼の首でも取ったかのようなマスコミもどちらも見ていてやりきれないのです。
今の雰囲気で教育委員バッシングにテレビで少しでも異を唱えるのはなかなかに勇気がいることでしょうが、それにしても正義面して袋叩きに参加できることに喜びを感じているかのような画面上の人々にうんざりしています。
Posted by 蛙毛 at 2006年10月06日 14:55
そういう画面を視聴者が求めているから、というのはないのかな?
それとも、これまでの勧善懲悪的な、明確な悪者を求めていた視聴者の嗜好が変わってきたのか。
私にはそうは思えないのだけれど。
単に、これまではマスコミを自分達の代弁者として無条件に受け入れてきたけれども、そこまで同一視できるほどにマスコミを信頼できなくなっただけのことじゃないかなあ。

なんにしろ、報道系番組を見てると気分悪くなるってのは同感です。
Posted by bach at 2006年10月06日 15:19
山本カントクがここぞとばかりに「こんな国は世界中探しても他にありませんよ!」と言っていたのにはコーヒー噴きそうになりました。

しかし最近マスコミ(もしくはネット)で叩かれて逃げ切れなくなり、ようやく重い腰をあげて・・・って多いですね。なかなか世間が納得するような対応が出来ず、バッシング加速、結果大掛かりな謝罪と悪循環です。

日本人は「すぐに謝ってしまう」民族じゃなかったんでしょうか。組織を守るための隠蔽工作?でも結果的に守れてないし不信が広がっただけ。何なんでしょうね。
Posted by ジン at 2006年10月06日 15:25
最近、朝のスーパーモーニングでやってる「恥知らずの現場(?)」を思い出しました。
河原でゴルフをする人や飲酒運転をする一般人を相手にマイクとカメラで「恥ずかしいと思いませんかっ?!」と迫ります。
そりゃあ、悪いことをする人は確かに責められるべきだけど、リポーターやテレビ局は神様か何かなの?朝から気分の悪いものを見てしまってゲンナリしてしまいました。
左寄りの人たちのこの陰湿さは、どこから来るのでしょうか?
怨霊にでも取り憑かれているようです。
Posted by P at 2006年10月06日 15:25
ある優秀な営業の方と仲良なった時教えてもらったのですが、何かトラブルがあったときまず、理屈ぬきにあやまる。たとえ向うが悪くても。という事でした。
その方が後で問題がおきないという事でした。

この件も、取りあえずあやまればいいという、対応なのですかねえ。

ブログ主さんやbachさんほかの方の指摘どおり、真剣に対処しようとしないのが一番いけないんでしょうね。



Posted by 奈々氏 at 2006年10月06日 15:53
私も最近のマスコミを薄気味悪く感じており、その原因はなにかと考えていました。
結果、誰に対しても責任を持たず自制心の欠けている言論をパブリックな場所で流しているから薄気味悪く感じ、それが許される組織が複数存在することに薄気味悪さをおぼえるのではないかというのが私の結論です。無責任な教育委員会などに感じる違和感もまた、パブリックな場所で私情を丸出しにすることへの嫌悪感でしょう。

では、なぜその無責任な構造が生まれたのかという話を以下で考察しています。
http://teitoku.sakura.ne.jp/blog/archives/2006/09/post_41.html

結局、マスコミも教育委員会もそのほかもろもろのパブリックでなければならない場所がすべて2chのような無責任な空間に変じているのが問題なのではないでしょうか。
Posted by 提督 at 2006年10月06日 15:55
教育委員会や学校の責任っていう意見もあるが、自殺するまで追い詰められる子供の様子を親は気付かないもんなの?
昔、いじめとはいかないまでも難癖付けられていた時期があったけど、オヤジに喧嘩の仕方を教わって解決した事があったから自殺という選択肢しか与えられなかった児童の親を哀れに思う。
不謹慎で申し訳ない、未来あるお子さんを失った事は心中お察しします。
Posted by いっくん at 2006年10月06日 16:02
私も最近のマスコミを薄気味悪く感じており、その原因はなにかと考えていました。

結果、誰に対しても責任を持たず、自制心にも欠けている言論がパブリックな場所でたれ流されており、そういう言論ばかり目につく異常さに薄気味悪さをおぼえているのではないかというのが私の結論です。

無責任な教育委員会などに感じる違和感もパブリックな場所で内輪の論理を振りかざす無責任さへの嫌悪感でしょう。筑紫や亀田を擁護するTBSや、民意を無視して韓流を推進するNHKや、そのほかもろもろへの不信感もそれです。
結局、パブリックでなければならないと我々が信じているマスコミや教育委員会という場所が、無責任な空間に変じているのが問題なのだと思います。

では、その無責任な構造がなぜ日本に生まれたのでしょう?
ちょっと横道にそれながらですが、以下で考察しています。
http://teitoku.sakura.ne.jp/blog/archives/2006/09/post_41.html
Posted by 提督 at 2006年10月06日 16:12
bachさん
確かにテレビの制作者側がそういう場面を視聴者が観たいと「思い込んでいる」というのはあるでしょう(それが事実にしろ事実でないにしろ)。
皆が観たいのは時代劇だと決め付けてる。
権力に名もない無力な市民がいじめられ、それをメディアがやっつける。
ここで肝心なのは「悪役」をやっつけるのは別にメディアでなくとも、彼らは自分たちを「正義の味方」の視点におくことです。
そうすることでテレビを観る側は正義の味方と一体化し、「悪の滅びるカタルシス」を得られます。
悪の幹部に土下座なんてさせりゃそりゃもう大満足でしょう。

結局、報道メディアにとって必要なのはあくまでおどろおどろしいBGMに彩られた「ドラマ」でありその背後にあるどろどろした「真実」なんてのはどうでもいいんです。そんな面倒くさいものは。

この「必殺シリーズ的」正義感という奴は非常にお手軽に味わえるため、市民グループなんかがはまりやすく、結果「目的のためなら手段は正当化(まさに必殺!)される」という実にわかりやすいテロ理論を堂々とはいてこちらを唖然とさせたりするんですが(苦笑

しかしこのところはNHKニュースまでが酷くなってる。なんとかならんものか。
Posted by ふとん at 2006年10月06日 16:29
テレビ局の対応は事件の根本を掘り下げ、今後に生かすということではなく
叩きどころ、視聴者の目を引く部分を探すことに心血を注いでるように見える
特に、秋田の女児殺害事件は無駄に同じことを繰り返して本当に嫌でした。
Posted by ニュースは聞き流す人 at 2006年10月06日 17:38
どこかで情報の流れが止まってるから違和感を覚えるのじゃないかなぁ。自殺した子、いじめた子の親御さんたちの責任が問われていないこと。児童に体罰を与えたらつるし上げられること。学級崩壊を強制力なくしてどうやって統率とるの?親御さんにできないことが赤の他人できるの?そして責任だけ取らされる学校側。親御さんも自分の子供と意思疎通ができておらず、必要なら学校を変えればいいじゃない? いじめっ子の親は責任問われないのか? ん? 学校側の管理体制や対応にももちろん問題はあるのだろうが、それがスケープゴートにされて学校側に詰め腹を切らせる姿が異様に移るのではないかなぁ。
Posted by at 2006年10月06日 17:55
 同感です。
 教育委員会がいじめがなかったという根拠を、論文みたいな形で、HPか何かに報告してもらいたかったんですよね。
 何らかの根拠があるなら、それはそれで主張してもいいと思います。こんなマッチポンプな対応では、子供たちからの信頼は得られないでしょう。
 まあ、ム化しいじめられていた側としては、いじめはあったと思いますが。

 後、マスコミの論調に疑問なんですけど、自殺があったら、遺書って必ず公表しなくてはいけないものなんでしょうか?
Posted by Mr.O at 2006年10月06日 18:43
報道の現場だけでなく、社会全体の流れとして何の為かを問うこともせずに「常に何かを生産しつづけこと」に邁進してそこに安心を求めているから、このような連鎖が続くのではないかと思ったりします。

大勢の人がテレビを見ないという選択をするのは、本人の生活にも時間的・精神的なゆとりが生じて、いろいろいい影響があるんじゃないでしょうか。
Posted by mihama at 2006年10月06日 18:44
日テレ23時台の「今日の出来事」、余計なこと言わないので良いと思っていたのが「zero」とかになって、かすみたいなコメンテーターがつくようになってしまいました。変えた人はこれが良いと思っているのでしょうか?それともなにか理由があるのでしょうか?
Posted by m88 at 2006年10月06日 19:41
ここ20年位、僕はテレビを見ていない。
いや、正月とか実家に帰った時は、流石に親と一緒に見ますけどね。そういう時は、お互い話したかった話題を思い出すための道具として見てる感じ。「これどう思う?」って。そういう用途には真に宜しい。

独り暮らしを始めて、独りの部屋で、初めてテレビを付けた時の衝撃は忘れない。19〜20時のゴールデンタイムだったと思う。漫才師や芸能人が浮かれているバラエティー。山田花子(単なる記憶で主旨には特に関係ないです)が出てた記憶がある。しばらく見てたら脳にキタ。

な、なんだこれ・・・

吐き気と脳が痺れる様な感覚が。下らん事は下らんが、それだけが原因ではない。すぐ消した。
以後、テレビ受像機は(初代)ファミコンディスプレイ。エロビデオ鑑賞ディスプレイ。
独りぼっちで見ることに徹すると良く判る。情報を、自らの意思に依らず、受動的に受容れさせられることが如何に身体に悪いか。そして、さらに悪化すると多分平気になってしまうのだ。きっと。
Posted by 小野まさ at 2006年10月06日 19:57
先程は、スレ違いすんません。

閑話休題。

教育委員会も校長も何も考えてないと思いますね。
いじめをする子供の親に逆襲されるのが怖かったか、大半の子供がいじめをしていたので手の出し様もなく、何となく先延ばしにしてたら死んでしまった。何となくウヤムヤに出来るんじゃないかという甘い期待感を持っていたが駄目だった。⇒ 土下座。

・・・じゃないんですかね。決め付けはしたくないが、正直考え付きません。

でも、近頃の先生がそんなモン(である可能性が充分ある)って事は今どき常識ではないかという気もします。その意味で、自衛と注意を怠った被害者の親も同罪でしょう。卑怯な子供達を育ててしまった親は当然バカな親であり、その子供達はヒトデナシでしょう。ついでに、自殺した子供は負け犬です。運よく学校を切抜けても何処で死ぬやら。

そんな時、マスコミが本来すべきことは唯ひとつ。
この駄目駄目の連鎖を作ってる人々をダメ教師の一人一人、ヒトデナシの子供の一人一人、そのバカ親の一人一人に至るまで、実名でつぶさに長々と全国に紹介することです。しかも無言で。

そういう壮絶な報道をしてこそマスコミの神。
それでこそ再現抑止になります。
Posted by 小野まさ at 2006年10月06日 20:25
「因習と感情に支配された未開の心を、言葉と論理という光で照らすのが教育」
「どんな理由であれ、理由をはっきりとした言葉にすることを教育者が拒んだら、教育者失格」

これらのお考え、完全に同意します。
批判は批判として結論が出るまでは動じない姿勢を維持することが必要なのですが、それだけの胆力はなかなか持てないのでしょうね。
それが困難だと言うのは分かるのですが。

問題違いかもしれませんが、
当時の官房長官、河野洋平が出した談話とその問題に対する政府のドタバタぶりを思い出します。
Posted by パスカル at 2006年10月06日 21:00
当時同級生だった子供たちが、今は中学生。
その子達に事情を聞いたらしいが、中には腹痛を訴えたともいるという。
で、学校は精神的ケアをするそうな。

生きてる子には公費でケアするけど、死んだ子の
家族には土下座して、それで終わり?
ケアを受ける子供がいじめをやってたかもしれないと思うと
空しさと腹立たしさしか起きてこない。

やはり市長は教育委員会の幹部や役つきを全員解任・解雇するくらいの英断を持ってわびて欲しい。
Posted by t at 2006年10月06日 23:44
今回のことで懸念すべきは、世の中の自殺を考える子供が
「やっぱり死んだら、皆注目してくれるジャン。死ぬしか、ないんだ」
と「死に得」を学ぶこと。
死んでも何にもならない。どうせ、生き残った連中は
「知らない。いじめなんてなかった。」
と口をそろえる。
通常、これを聞いて普通の大人は
「弱ったな。事実確認が出来ない。今のところ、いじめはあった、と言う事が出来ない」
というのは当然のこと。
本人(被害者)一人の発言を事実の全てのように断じるのは、第二次大戦の事実を中韓の「被害者」と一部の「洗脳加害者」の発言だけで断じる論法と繋がる。つまり、明らかに中途半端。
それが見えないマスコミに、未来はない。
Posted by さつき at 2006年10月06日 23:49
はじめまして。私もテレビでこの事件を見て、土下座に嫌な気持ちを覚えました。
私自身、過去にイジメを受けたことがありますので、今回自殺した少女には憐憫の
情を禁じえません。ですが、まず糾弾されるべきは教育委員会などでなく、イジメを
行っていた当の子どもたちではないでしょうか。

学校のせいにばかりされていますが、元を正せばイジメを行っていた子どもたちや、
その親にも大きな責任があります。土下座をして焼香するのは、そういう人たちが
まず先ではないかと思うのです。

イジメを受けていた人ならおそらく分かるかと思いますが、いじめた側は自殺
されたくらいで後悔などしません。せいぜい虫けらが一匹消えた、くらいの感想
しか持っていないでしょう。こういう病んだ子どもたちの問題に真剣に取り組まず
に、教育委員会の吊るし上げを行ったところで何一つ解決はしないと思います。
Posted by 功成 at 2006年10月07日 00:59
初めてカキコします。功成さんと同じ意見です。
テレビを見て非常に不愉快に思ったのは、全ての責任を学校や教育委員会に押し付けている感があったからです。

子供の自殺を防げなかった最大の理由は、死ぬほどの悩みを相談できなかった親との関係ではないでしょうか。

イジメをしていた子供たちは誰も親に相談しなかったのでしょうか? もし、子供から相談されていた親がいたら、その親は自分の子供にイジメは卑怯な行為だと諭すことはできなかったのでしょうか?

イジメられた子供の親、イジメをやった子供の親、どちらも自分達の責任を棚に上げて被害者面をし、マスコミがこの風潮を煽っているのを見ていると、本当に情けない気分になります。
Posted by コション at 2006年10月07日 02:24
はじめまして。まるで"戦犯”探しですね。
責任の重さを常識的に考えたら、死んだ子の親>学校>いじめた子の親、なのでは?
そして、死んだ子の親の背後に、また三者の回りをぐるりと”時代”という”社会=世間”が取り巻き、その最前線の旗ふり役がマスゴミであるでしょう。
いじめっ子もいじめられっ子も、結局は時代に制限された”世間”の犠牲者。子供達の魂のいびつな叫びが聞こえるようで辛くなります。
皆が皆、各自に責任を感じる態度が肝心なのに、正義ぶったマスゴミのとってつけたようなA級戦犯への糾弾は、どこぞの国の公開リンチのよう。
そしてこの時代の方向転換を計る力が我々にもあるということを忘れず、何か行動していかねばならないと思ってます。
Posted by 紅子 at 2006年10月07日 02:53
はじめて書き込みします。
私は今の教育はもうダメなんじゃないかと思います。
保守系の人がいうように、まず子供に道徳、倫理、礼儀を教える。限度を決めて体罰も復活させるなどしなければいけないと思います。
TVを見ていて思うのは、いじめをしているような子供は一列に並ばせて説教。ついで横ビンタくらいかましてやる。またいじめをするようなら、また罰を与える。そうすりゃ解決したかもしれないなどと思います。ちょっと軽薄な考えかもしれませんが。
子供は、自己中で無頓着ですから、やはりビンタをしないとしても適切な指導が必要と思います。
それとですね、上のようにしても集団になじめない子というものはいるものだと思います。そういう子にはそれなりの個別的な指導が必要でしょう。べつに集団になじむ子供にしろというつもりはありません。それなりに悩み、苦しみがあるでしょうから、そういうものを軽減してやれたらそれで良いと思います。

昨日、NHK視点論点を見ていたら、安倍総理の教育改革に反対する人が出演してました。しかし、私は今の教育方法、体制、方針では、もう公教育はだめだと思います。
不始末を隠蔽して、1年たって親が新聞社に子供の遺書を持ち込む。こんなバカなことはありません。今の先生方や委員会は、教育することに失敗しています。
Posted by たか at 2006年10月07日 03:00
たか さん
それでは今度は美名の名の下にさらなる悲劇が隠蔽されるだけですよ。
あなたの書いていることを実際に実行しているかしていたのが韓国やロシアであることを考えたたら、あなたの言うことを実行してもいわばゴミを軒下に隠して見えなくするだけですから。
ここで議論している人たちは多分あなたのような言い分を承知している上で、それでもそんなやり方ではどうしようもないと気が付いている、そういう気がします。
Posted by   はわうい at 2006年10月07日 03:49
はわういさんご意見は意味がよく分からないのですが
体罰なんてあって当然だと思いますけどね。

体罰がいかんなんて、日本人に殴られることに異様な感情を抱く方面の方が言い出したことなのではないのでしょうか。
Posted by   at 2006年10月07日 04:35
自殺にまで追い込んだ犯人は、教育委員会のオッサン達じゃなくて、女の子と同じ教室にいたご学友の方々だからっす。
そこに目が届かず、結果的に何の救済もできなかった教師や教育委員会のオッサン達もその責めは逃れられないとは思う。
見苦しい言い訳ばっかしてしてんのも事実だしね。
だけど本来真っ先に、最も非難されるべきは、女の子を死に追いやるほどイジメ続けた子供達と、またそんな子供を育てたバカ親達なんじゃないの?。
そこが論点から抜けてるんだよな。
あたしゃそう感じましたがね。
Posted by 588 at 2006年10月07日 04:36
マスコミが自分のことを棚にあげて、解同のオルグまがいの集団ヒステリー的な糾弾大会をやらかしがちなのは、雪印や浅田農産を思い出すまでもありませんね。
ただ、今回の事件ではそこまで酷い状況にはなっていなかったと思いますよ。
教師や教育委員会があそこまで叩かれて自滅していったのは、結局のところリスク管理能力の欠落です。
原因はなんだったのか、その原因に対して対策は打てたのか打てなかったのか、結果的に自殺となったことへの分析と再発防止策についてきちんと行われたのか。
教師もいじめに加担していたということでもない限り、学校側に求められていたのはそういう調査説明責任でしょう。
それなのに責任回避しまくり、何もやっていないし何も考えていないから論理的な説明もできずに、だから上司まで巻き込んでぼろぼろになっちゃっただけですからね。

ただ、教師や教育委員会を叩いてそれで溜飲を下げて終わりじゃダメなんですが、マスコミはそれで幕を引いちゃいそうな気もするんですよねえ。直接の当事者である虐めた子供を糾弾することはマスコミには難しいですから。
Posted by くるっと at 2006年10月07日 06:54
全く同感です。

うまく言葉に言い表せないのがもどかしいのですが、今の日本はどこか狂っています。
なんともいえない気持ち悪さを日々感じています。
Posted by ぽんた at 2006年10月07日 08:48
 苛められて自殺した子供を非難するコメントも多いようですが、きっと人生ずっと勝ち組で苛められたことのない、むしろ苛めてばっかの人生を歩んでおられたのでしょうね。人の心の痛みもわからない人には、なにを言ってもわからないのだと思います。そんな人が多いから、自殺する人が出ると気がつかないのですか?
 小中とイジメられっ子で、危うく自殺しそうになった身では、このようなブログ、書き込みを見るとほんとに切ないです。まず、イジメの本質を、苛められる者のつらさを考えてください。これは、成長した子が行うセクハラ、パワハラにも直結する話だと思います。
Posted by MACA-1 at 2006年10月07日 11:30
いじめは、いじめる人が犯罪者、加害者。
ただし、自殺は、自殺する人が犯罪者、加害者。

明確。
Posted by ばみ at 2006年10月07日 13:24
いじめで子供が自殺、この手の事件が起こった時に一番激しく叩かれるのが、教師、学校というのがまず納得いかない。
一番悪いのは虐めた本人とその親だろうと。
学校にも監督責任があるだろうけど、一番悪い者がきちんと批判されないのが釈然としない。
あくまで、私個人の意見ですが。

それに加えて、マスコミやテレビ局が「いじめは良くない」と居丈高に叫ぶ事への嫌悪感。
お前が言うなと言いたくなります。
例は挙げるまでもないと思いますが。
Posted by 水すまし at 2006年10月07日 16:30
初めて書き込みます。全く同感です。ボクはよくテレビを観ます。あともう一つ、お詫び会見とやらで折りたたみの会議机の後ろで3人のいい年したオッサンが「スミマセンデシタ〜」と、セーノでお辞儀するシーン。バリカンでトラ刈りにしてやるから反省帽でもかぶるか? おっしゃる通りどうもテレビは文革前夜だ。自分の意に染まぬヤツは徹底的に糾弾する。それが怖いから関係者はただヒタスラ謝らざるを得ない。テレビは40年前の「毛語録」とは多少異なるが、同じような薄汚れた赤い冊子を掲げて行進する。過激ですけど私、60歳のジジイです。今後ともよろしく。
Posted by K.たま at 2006年10月07日 16:59
空気読まずに失礼します。

土下座しなきゃならないのは教育委員会なんかじゃない。

いじめた生徒と我関せずを通した生徒と担任だろ。
こいつらが代ってたかって、自殺するまで追いこんだんじゃん。

テレビで得意げに語ってる連中は、自分が同じ事をしているとは、自分が同じ目にあうまで気づかないんだろうな。

小中九年間いじめにあってた人間の呟きです。
Posted by kana at 2006年10月07日 21:54
「死んだ子の親>学校>いじめた子の親」は紅子さんの意見で、あなたの常識です。
慰謝料は市と相手方の親に請求されると私は思います。
 当時の担任や相手方の親の情報が出ませんがマスコミが隠すカテゴリーなのかが気になります。マスコミとして煽動攻撃の対象は市にしたいのかと気に掛かります。

土下座は福知山線列車事故の時と同じです。TBSの坂本一家、拉致否定の歴史、オウム関連では土下座は求めないところがマスコミの立ち位置でしょう。
Posted by anion at 2006年10月07日 23:05
えらくキャッチーかつ凶々しい光景を一言で表してます>>プチ文革
加害児童だけでなく、何通もの遺書を傍らに教室内で縊死した子供も、声高に弾劾するメディアも、歪んだ攻撃性の発露に、なにかしらの快楽を見出してるように感じられました。
ただただうすら寒いですが、自分も陥りやすい『社会正義』とやらの気持ち良さでもあり。。。
Posted by t at 2006年10月08日 00:09
>奈々氏さん
クレーム対応のマニュアルには、たとえ相手が悪くてもひたすら謝れってのがあるらしいですね。
その上で余計な口出しはせずに、とにかく相手の言い分を聞いてあげると、相手は勝手に満足してしまうらしいです。
どうも日本人は「すいませんでした」って謝られると、特に土下座なんかされると、なんとなく居心地が悪くなってナアナアですませてしまうようなところがあります。
今回の謝罪にしても、奈々氏さんのおっしゃるとおり、とりあえず謝ればいいという対応だと思いますね。

殺人なんかの犯罪と違い、どこまでも責任の所在が曖昧なのが、いじめの構造的な特徴だと思います。
「○○が悪い」「○○もやってる」「そこまで追い込む気はなかった」等、自己正当化しようと思えばいくらでもできます。
いじめてる側の人たちは、自分たちがいじめてるってことを、どこまで明確に自覚してるんでしょうね。

子供たちは社会をうつす鏡みたいなものらしいです。
いじめは社会の歪みを反映して、自然発生的に出てくるもののような気がします。
だから、いじめは悪い、いじめをなくせ、悪いのは○○だってやっても、あまり意味がないんじゃないかなあ。
って、どちらかというといじめられ側に近かった人間の言うことじゃないですな。
Posted by bach at 2006年10月08日 01:29
anionサマ
例え学校に預けている時間も含め、親は我が子に全責任を負うという立場から述べたものです。法的な罪ではありません。親を通り越し、担任、学校を通り越し、直接、横関係である同級生に抗議に訴えざるを得なかったところに現在の病巣があります。垣間見えたのは、親子という縦の絆の信じがたい希薄さ。この絆がしっかりしていれば、親等と学校側の協力体制も可能だったのではと悔やまれてなりません。
Posted by 紅子 at 2006年10月08日 03:19
現実的には最初から強い子供に育てなくてはならないんでしょうね・・・・
優しくなくては生きる資格が無いが、強くなくては生きられない・・・・逆ですが。
小学生のころに、同級生に意地悪ばかりするいじめリーダーの女子がいて私もかなり泣かされたりしたのですが、ある時学級会で俎上にあがって先生に注意された時、「こんな顔に生まれたくなかった!」と大泣きしだしました。
小学生なのにやけにおばさんっぽい顔だったので、おとなしい子供だったらこの子供と同じように「気持ち悪い」と苛められていたのかもしれません。
家に行ったこともありますが、家ではおばあさんにも優しく良い子として振舞っているようでした。
この事件は日本人の「和」のダークサイドだと思います。集団からはじかれているのに「和」からはずれた行動を取れない。親に相談する、学校に行かない、など和を崩すことができない。
「和」も大事ですが、「個」を守るには知恵と力が必要なことを教えるべきでしょう。
Posted by ケンジ at 2006年10月08日 03:45
皆さんに同意します。

学校の先生と話した事がありますが、まず親のしつけがなってない事を嘆いていました。
僕はイジメは、完全ではありませんが防ぐ方法はあると思います。先生も分かっていると思います。ブログ主さんもお書きですね。

・子供というのは天使でなくて野獣に近いのですから必要最小限度の体罰強制を容認する事
・親、先生が子供達に愛している事を分かるように伝える事。そして居場所があることを伝える事。

マスコミは強制や義務を悪のように言い、自由や権利を一番大切にしているようですから、土下座で済ます方が良いんでしょうね。
Posted by 奈々氏 at 2006年10月08日 10:51
ですね。
結局根本的な構造の問題に着手しないから
また同じような問題が起こる。。

誤まるよりも問題の解決に力を注げないのが残念です。。
Posted by ゆーやの幸せと成長の心理学 at 2006年10月08日 22:18
 初めまして。
 別のところに貼られていたリンクをたどり、偶々ここに辿り着いたのですが、ちょっと書き込みを見て思うところがあったので書かせてもらいます。
 マスコミの過熱報道は、今に始まったものではないですが目に余るものがあります。特に公人のプライバシーと犯罪被害者に対する配慮に欠けた情報の垂れ流しです。最近になってようやく名誉毀損による慰謝料の高額化や犯罪被害者への取材を自主規制する動きがあり、高まる世論に同調した格好ですが、これは良いことだと思います。
 ところで、一方でそういった流れがあるなかで、実際の事件になると犯罪の実体が隠蔽されるという現実があります。たとえば一個の私人が巨大な公人団体を相手に裁判を起こそうと思っても、有力な代理人でもいない限り、状況証拠さえもまともに揃えることができない場合もあります。被害者を救済する公的機関に至っては、あくまで小額訴訟や司法制度に関する概括的な説明にとどまり、難解な事件に着手する人的・資金的な余裕はないことがほとんどです。
 そうなると、実際的な解決方法としてマスコミの報道を通し、国民の声によって行政に訴えることも、一つの有効な手段になります。
 今回の事例をとるならば、滝川市の教育委員会及び学校側が事件を隠蔽しようとしていたのは確かでした。そのため、マスコミに事件を報道してもらい、結果2000件の抗議電話と文科省大臣の一言であのような事態となったのです。
 補足説明をすると、あまり知らされていないので見逃されがちですが、マスコミは報道するとき、独自に事前取材をしています。いわゆるウラをとるというやつです。ここで集めた情報をよく吟味し、電波にのせるかどうかを決めるわけです。この段階で少し圧力をかけることもあるかもしれませんが、個人的にそれはしょうがないと思います。というのも、既にお分かりのように、加害者側は何しろ事件を隠蔽したがるものですから、公になるという強制力が働かなければ、簡単に取材を拒否されてしまうものなのです。
 以上、少し話がそれましたが、まとめます。加害者は遺族の方に謝罪すればいいというものではありませんし、まして謝って事件の本質が見逃されることがあってはいけません。しかし、今回の事件に関しては、まず事件を隠蔽しようとしたことで、遺族の方を二重に傷つけたことが問題とされると思います。自分はフジ、テレ朝、日テレのワイドショーを見ただけですが、一部コメンテーターに扇動的な発言があったものの、遺書を隠そうとした教育関係者に対する冷静な批判という印象でした。とくダネの小倉さんなどは、現在中学生になっている子供達に配慮したのではないか、と学校側の視点からも伝えていましたし、決して行き過ぎと言われるほどの報道はなかったと思います。テレビ局が営利でやっている以上は、多少大げさに伝えられることもあるかもしれませんが、むしろ何も伝えられずに事件が隠蔽されるようなことを恐れます。もちろん、過剰な個人攻撃にならないように、マスコミの報道姿勢を監視していくのも、国民の大切な責務と言えるでしょう。
 あと、これは事件とは別になりますが、一言。何にしても死んだ人を悪く言うのはおかしいです。キィルケゴールは「死者は狡猾である」と言ったけど、生きている人間はもはや知ることができない死者に対して、無限の責任を負う感性があるからこそ、いまだ知らない他者に対しても、責任ある行動をとることができるのです。この想像力が欠如すれば、次には安易な他者排除につながると思います。自分と他者の関係を含めて、よく考えなくてはならないところですね。
 長くなりましたが、何しろ既存の権力に疑問を抱くのは良いことだと思います。受動的な人間ばかりでは、世の中も進歩しません。これからも頑張ってください。では
Posted by それは私のマスゲーム at 2006年10月11日 15:46
謝るべきなのは、いじめをした子供とその親でしょう!そのことを指摘したマスコミはありますか?
Posted by 多事?solong・・・ at 2006年10月11日 22:04
まぁいじめが学校で起きたわけだから法的には学校の責任追及が一番はっきりしてるというだけのことで本質的な解決にはなりませんよね。今はみんな自由!自由!っていいすぎで最大公約数になる常識ってものを持ち出してしつけ教育ができないから悪化してるんだと思う。幼稚園とか小学生なんかは逆に集団社会になじませるための期間だとおもうんだけど変なPTAおばちゃんたちがそれを受け入れないんだよな。時代遅れだ!ってな感じで。
Posted by J at 2006年10月17日 04:44
 マスコミを見ていて気分悪くなるのは、自分たちを「事件の外」において、事件を問題としてではなく視聴率上昇のネタとして扱うその姿勢にあると思う。
 社会にある負の側面を報道するマスコミは、簡単に人の憎悪や恐怖を煽り操作する事が出来る。
 こんな悪魔の装置は、他に無いと思う。

 やはり、何らかの規制をマスコミに加えないと絶対に駄目だ。
 ただ、その規制も行き過ぎると社会を窒息死させてしまう。難しい……。
Posted by 「ど」の字 at 2006年10月28日 13:40
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