2006年11月23日

一期一会

タクシーの初乗り運賃が値上げされるそうですね。ちょっと乗るだけで1000円を超えるタクシーというのは、ぼくの感覚ではとても普段気軽に乗れる代物ではなく、「他人の金」が出て始めて乗るものであり、各企業が無駄遣いをしなくなった今、やっていくのは大変だと思います。

深夜仕事が多いテレビ局などは大のお得意様で、東京の郊外に暮らすぼくは、一時期ほぼ毎日のようにタクシーで帰宅していることがありました。深夜割増で1万5千円にもなる道のりを、年に100日以上使用していたのですから大変なものです。その分まで含んでギャラで渡されれば、カプセルホテルに泊まるなり、局のソファでごろ寝するなりして節約するところですが・・・。まあそんなテレビ局でも年々厳しくなり、深夜まで働かせた挙げ句、タクシー代も出してくれないご時世ですから、タクシー業界の苦悩は推して知るべしです。

タクシーの運転手の中には、特に深夜に短距離で乗ろうとすると、不満を露わにする不届き者もいますが、ぼくの場合は長距離なので、たいていどの運ちゃんも上機嫌。自然と口も滑らかになり、「お客さん疲れてますか?もし眠らないんだったら面白い話でもしましょうか」なんて自慢のトークを披露する人もいます。

疲れていたり、考え事がある時は別にして、ぼくはそうした運転手トークが大好きです。特に好きなのは、ベテラン運転手の昔話です。70歳を超えるベテランになると、危なっかしい運転をするおじいちゃんもたまにいるのですが、そういう人は例外で、ピラーより後ろにシートを引いて運転している車を選べば、歳に関係なく腕は確かです。

まだ東京に首都高がなくて、砂利道だらけだった頃の話を聞きながら宵の首都高を走っていると、タイムマシンに乗って空を飛んでいるような気がしてきます。

「ここは昔は戦車道って呼ばれてたんですよ。そこにあった工場から試験場まで戦車が自走するんで、道がぼこぼこで、ぼくたち子供の頃は、ここでよく遊びましたよ」なんて聞くと、今はきれいに整備された道に、ボロを着て戦車の轍で遊ぶ子供たちの姿が二重写しになって、気が遠くなります。

さて、そんなベテラン運転手との邂逅で忘れられない体験があります。

ある時、いつものように、良く整備されていそうできれいな個人タクシーを選んで乗ると、運転手さんの声がバカにはつらつとしているので、「夜中なのに元気いいですね」と話しかけたわけです。すると彼は、しめたとばかりに「私何歳だと思います?」と聞いてきます。そう聞くからには結構歳なんだなと思って、「60歳くらいですか?」と答えると、ガハハと笑って、「そう見えます?私ね、75になったんですよ!」

どう見ても50歳そこそこにしか見えない人だったので、ぼくは本当に驚いてしまって、「信じられない!歳を取ってもみんな老けるわけじゃないんですね!」なんて言ったものだから、いよいよ運ちゃんは有頂天。身の上話に突入です。

で、そのうち彼に妙ななまりがあることに気がつきました。濁音がうまく発音できない、典型的な韓国人のなまりです。聞くと半島の出身だと言います。

「ウチのカミさんも韓国人なんですよ。在日ですけどね。あっちの人は気が強くって困りますね。いつもやられてばっかりです」

「そうなんですか!でも関係ないですよ。ウチのカアチャンは日本人で、昔はいい女だったけど、今じゃ煮ても食えないババアで、いい歳してキーキーカーカーうるせえの何のって。私なんて全然頭上がりませんよ!」

親と子以上に歳の差があるぼくらは、これで完全に意気投合です。ついでに半島出身という話題から、話は一気に戦前にまでさかのぼっていきます。まるでとっておきの隠し球でも出すように、運ちゃんは言います。

「私の兄貴がね、ーーー中将と知り合いだったんですよ」

「え、誰ですか?」

「ーーー中将ですよ!知らないんですか?そうか最近の人はーーー中将も知らないのか。ーーー中将と言えば、知らない人はいないものすごい有名人だったんですよ!私の兄貴がね、その中将と親しくさせてもらっていたんです。それで軍に物資を納入する仕事をもらったんですよ・・・」

彼はお兄さんをとても尊敬しているようで、それは言葉の端々に感じ取れました。お兄さんがどれだけすごい人物かをわからせようとして中将の名前を出したのに、ぼくが肝心要のその中将を知らないので、残念そうにしていました。

「私は兄貴に言われて、内地の家に丁稚に出されたんですよ。そしたらね、その家のお嬢さんに惚れちゃって、駆け落ちしちゃったんです。それが今のカアチャンですよ」

何かものすごい大河ドラマになってきた所で、タクシーは家に到着してしまいました。よりによってその日は2、3千円の距離しか乗らなかったので、すぐに着いてしまったのです。でも話は途中です。すると彼は言います。

「どうしますお客さん。もし良かったらまだ話しますけど?」

「え?でも運転手さんいいんですか?それじゃ仕事にならないじゃないですか?」

「いいのいいの!私はもう子供たちに食わせてもらってて、タクシーに乗るのやめろっていつも言われてるんですよ。だから趣味みたいなもんでね。時々気が向くと乗って出るんです。今日みたいに良い日もありますからね。そのためにやってるようなもんで、お金なんていいんです」

結局ぼくたちは、停車したタクシーの中で、さらに小一時間話をしました。残念ながら話の細部は忘れてしまいましたが、彼は本当に話がうまくて、そして幸せそうで、二人で缶コーヒーをすすりながら、一時間なんてあっという間でした。いくら運ちゃんの話が好きなぼくでも、着いてから一時間も話し続けたのは、あのとき限りです。

話を終えてタクシーを降りるとき、彼はわざわざ車外に降りて、自分の手でドアを開けてくれました。しばらく歩いてから振り返ると、彼はタクシーの脇に立って、手を振っていました。手を振る姿がスローモーションに見えました。

今日は勤労感謝の日でしたが、ぼくは元気で前向きな人生のベテランを応援します。

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この記事へのコメント
とてもいい話ですね。こちらもほっこりとした気分にならせていただきました。
私は滅多にタクシーに乗る機会はないのですが、大阪の上本町というところに日々通っていて、たくさんのタクシーの運ちゃんを目にします。その人たち一人一人がそれぞれの人生のドラマをお持ちだということを認識させられました。今度タクシーに乗ったら、運転手さんの話を聞かせてもらおうと思います。
Posted by かぷぅ at 2006年11月23日 22:46
今日が勤労感謝の日であることをすっかり忘れてました。
帰ってきたら旦那さんを労ることにします。
Posted by みみ at 2006年11月23日 22:50
朝鮮半島の人の口から出る中将と言えば「洪思翊」しか思い浮かばないですです
Posted by ワシ at 2006年11月23日 23:24
タクシーと言えば、崔洋一監督の『月はどっちに出ている』。変な映画だけど名作でした。
崔監督の映画には例えば『刑務所の中』(面白い映画でした!)とか良い作品が多いのに、あの能書きだらけの井筒監督の映画に見るべき作品がないのはどうしてでしょうか。
詳しい方お教えいただけませんか。
Posted by さぬきうどん at 2006年11月24日 00:24
ええ話や…
Posted by もこ at 2006年11月24日 00:25
深夜のタクシーですか・・・
昔居た職場で、以前はタクシーチケットが使えたのにバブルが弾けてしばらくした頃「立て替え」になったらタクシー代が激減したって話聞いたっけなぁ・・・ええ、勿論私も職場に泊まる機会が増えた1人です。
Posted by k.c at 2006年11月24日 00:43
やはり洪思翊中将ですかね。何故伏字?

関係ない話だがウチの家系も老け難い。親父なんか75を越えてやっと白髪が半分位になってきた。自分の遺伝子もそうだとしたら、別に若い頃に「他人よりさらに若々しい」という訳ではなく、単に一生を通して「年齢不詳」ということであるらしい(w

>例えば『刑務所の中』(面白い映画でした!)とか

おお『刑務所の中』は花輪和一の原作を読んだがあれは面白かった。
新作が追加された決定版「講談社文庫版」も揃えましたよ。なんというか、実に読んでて腹が減る漫画だ。それにチョット入所したくなって来るという危険な漫画だ。塀の中は、ある意味、楽な世界であろう。
Posted by 小野まさ at 2006年11月24日 03:12
私の地元沿線は、カゴを背負った行商のおばさんが乗り込む始発が「行商列車」として有名でした。
昔、単発ドラマになって「もう行商なんかしなくても暮らしていけるのに、ばあちゃんはなんで朝早くから東京へ行きたがるんだろう」と憤慨する孫が仕事に付いて行くのですが「お客さんとのふれあいが楽しみだったんだな」と納得するという話でした。
自分のペースでやれる仕事を持つお年寄りは幸せですね。

私の祖母もそうだったのですが、年をとると若い頃の事がより鮮やかに思い出されるようです。機会があれば、その時代に立ち会った人でなければ語れない話を聞いていきたいと思いました。
Posted by もんしろ at 2006年11月24日 08:40
>>小野まささん

oribeさんは当時その中将を知らなかったので上手く聞き取れなかったという演出では?>伏字
Posted by bob at 2006年11月24日 09:36
>>oribe さん

中将といえば、洪思翊(こうしよく)中将に決まってるじゃないですか。

最近では、創氏改名が強制だったいう嘘を暴くときぐらいしか出されない名前ですけど(苗字を日本風に改名せず、そのまま中将の地位まで上り詰めた)。

まだ朝鮮半島が日本だった頃の英雄で、朝鮮人たちに「お国のためにがんばれば、中将みたいになれる」と夢と希望を与えた人です。

Posted by ば at 2006年11月24日 13:57
洪思翊を最初に思い浮かべましたが中将昇進のタイミングを考えるとどうだろうと思い
朝鮮皇太子の李王垠(李垠)中将の方かなとも思いました。
Posted by RGZ at 2006年11月24日 15:08
幸せなで前向きな人は、周囲の人をも幸せにしてくれますね。良い話を聞かせてもらいました。
Posted by 出戻りファン at 2006年11月24日 15:30
>最近では、創氏改名が強制だったいう嘘を暴くときぐらいしか

誤解が多いのですが、創氏は義務であり「強制」です。
ただ、これも誤解が多いのですが、自動車損害賠償責任保険(通称:強制保険)と同じ意味の「強制」であって『従わないと鞭打ち水責め♪』とかの「強制」ではありません。この辺、法律用語と一般用語のニュアンスのズレが不幸を招いてますな。故意に誤解させてる人も居るかも知れないが。

要は単に、朝鮮の戸籍を日本内地の戸籍と同じフォーマットで扱う為の索引付けの事務手続です。
行政上支障が出る以上、粛々と手続せねばならなかった訳で、期限までに届出が無ければ、役所の方で自動的に家長の姓で「金」だろうが「洪」だろうが、そのまま「創氏」して戸籍を改めてただけです。

例の中将も勘違いしてたみたいですが。彼も知らぬ内に「洪」で創氏されてるはずです。

詳しくはウィキ参照。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E6%B0%8F%E6%94%B9%E5%90%8D

この辺を調べずに『創氏は強制じゃない!』と断言すると、『従軍慰安婦などいない!』などと同様に、多少勉強してる韓国人に資料突っ込まれて、おかしなことになるので気を付けましょう。
Posted by 小野まさ@病欠 at 2006年11月24日 15:43
>>小野まさ@病欠様 他皆様

細かい所をいつも指摘して下さるので、日々とても助かってます。ありがとうございます。

もちろん自分で色々調べることも忘れてはなりませんが、僕達イノセントな坊やへの、ちょっとしたプレゼントだと思って、これからもチョコっと手助けしていただけるとありがたいです。

Posted by アップルボーイ at 2006年11月24日 17:12
森博嗣の短編「話好きのタクシードライバ」(「虚空の逆マトリックス」掲載)を読んだ直後だったのでちょっと複雑な気分になりました。
しかしウィキの記載を読む限り、洪将軍というのはほんとに偉大な人物だったんですね。私はどちらかと言えば嫌韓なのですけど、こういう人物は素直に尊敬できます。半島の人たちも「親日派」なんてけちなこと言わずに「我が国の名将」と誇って欲しいです。
Posted by at 2006年11月24日 20:50
ばさん=アップルボーイさん?

いえいえ、差し出口で済みませんでした。僕も勿論、前は「強制じゃない」と勘違いしてましたし、さらにその前は、別の意味で「強制だ」と思ってました。
Posted by 小野まさ at 2006年11月24日 21:19
洪思翊中将のような有名人をoribe氏が知らない訳無いと思いますが…
しかも中将は当時フィリピンに赴任してますし。
Posted by at 2006年11月24日 21:54
〓〓??D`)〓〓
Posted by at 2006年11月24日 22:22
嫁はチョソか…
不法入国、不法滞在者との会話を
美談に仕立てるねぇ
Posted by at 2006年11月25日 02:59


戦前に日本に渡ってきた朝鮮人は
全員が不法入国者とは限らないと思うんだけど。

密入国してきたのは、
主に戦後に経済的な事情で日本に渡ってきた在日では?

Posted by at 2006年11月25日 13:55


戦前は朝鮮人の日本留学制度とかあり、
終戦後の済州島などからの密入国とは違って
優秀な人が日本に来て、そのまま住み着いた
人もいるようですね。
そこらへんの、朝鮮人脈のようなものはなかなか
公表されませんね。
そこも不気味なところです。
Posted by ひろ at 2006年11月25日 15:03
中将の名前は、別に伏せ字にしているわけではなく、本当に聞き取れなかったんです。洪中将かな?とも思ったのですが、何かそう発音してなかった気がするんですよね。日本人の名前だったような気がします。思い違いかもしれませんが、「歌にもなってた」とか言っていたような気もします。
Posted by oribe at 2006年11月26日 05:31
んー…栗林忠道中将?
「歌にもなってた」ではなく軍歌の製作に関わっていた(歌を作ったとも言う人も)けど違うかな…
と言いますか朝鮮出身者の方が名前を挙げたと言っても、それが朝鮮人将校とは限らないんですよね…変な思い込みをしてました。
Posted by RGZ at 2006年11月26日 08:03
創氏改名について、日本において明治以前、苗字帯刀を許されていたのは、武士と名主ほか一部の人々のみです。ほとんどの人々は正式な名前を持っていなかった、明治政府が名前をつけることを強制しました、
この辺を少し勉強してください。
Posted by 団塊の57才 at 2006年11月26日 11:25
初めまして!ナポレオン・ヨル博士と申します(笑)

少し胡散臭い名前ですが、覚えて頂ければ幸いです。

料金上がってしまうのですね。。。
確かにタクシーは高い。

けど乗ってしまうのがタクシーですね 笑


また拝見させて頂きます。今後とも宜しくお願いします。^^
Posted by 「アフィリエイトから年商2000億」のナポレオン・ヨル博士 at 2006年11月26日 17:59
>団塊の57才さん

コメントの意図がよく判らないのですが、江戸時代にほとんどの人が非公式の苗字を持っていて非公式な場では使用していたという最近の研究成果をふまえた上での御発言でしょうか?(寺社の寄進帳などの研究による)
Posted by 7743 at 2006年11月27日 20:29
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