2012年10月01日

日中韓の対立をナショナリズムで語ることの愚

中国の反日暴動や、韓国の反日姿勢を目の当たりにして、両国の過度なナショナリズムにあらためて驚いている人は多いと思います。そしてそれへの反動として日本でもナショナリズムが高まり、やがては衝突するのではないかと危惧する人も少なくないはずです。

軽薄なジャーナリズムは、ナショナリズムを嗅ぎ取るととにかく危険だと叫び、ただひたすら冷静になれと繰り返します。しかし歴史を見ると、ナショナリズムはそれほど危険なものではありません。睨み合う2つの国のナショナリズムが共振して増幅し、コントロール不能に陥って暴発するという現象は、ありそうでないのです。

人々がナショナリズムを意識し、ナショナリズムに突き動かされるようになったのはナポレオン戦争以降のことで、19世紀から20世紀初頭にかけての西洋は、遮るものなしにナショナリズムの暴風が吹き荒れた時代といえます。しかしこの時代は、戦争が常態ともいえる西欧史において例外的に平和な時代でした。国家間の摩擦は国際会議で妥協が探られ、何度か起きた大きな紛争の原因も、単純なナショナリズムに帰すことはできません。

ナショナリズム時代の最終的破滅とされる第一次大戦も、起爆スイッチを押したのはナショナリズムではありませんでした。なるほどオーストリアの皇太子夫妻を射殺したのはセルビア人のナショナリストでした。しかしそのときは誰も戦争になるとは予想しませんでした。最初に超えてはならない一線を超えたのは、ロシア、フランスと組んだセルビアに報復戦争をしかけたオーストリアです。そしてオーストリア=ハンガリー帝国という国家は目眩のするような多民族国家であり、当時の欧州において例外的にナショナリズムを否定し、皇帝を中心に「友愛」による共生を目指す国家でした。ナショナリズムの時代である19世紀は、ナショナリズムの高揚ではなく、アンチ・ナショナリズムにより暴発したのです。

そんなわけで、ナショナリズムというイズムは言われるほど危険なものではありません。ナショナリズムによる対立には、それがいかに激しい対立であろうと、相手もまた愛国者であるという了解を通じて互いへのリスペクトがあるため、国民と国家をヒステリカルな行動に走らせる要因にはなりにくいのです。では国家はどんなときに正気を失うのでしょうか?

1914年の夏にアンチ・ナショナリズム国オーストリアを軽率な行動に走らせた理由は明白です。セルビア人のナショナリズムを見過ごせば、セルビア人はもちろん、国内にいるその他の諸民族、チェコ人、スロバキア人、ポーランド人、ウクライナ人、スロベニア人、クロアチア人、ルーマニア人等々のナショナリズムを刺激して分離独立運動を加速させ、友愛多民族国家のオーストリアは存在意義を失い瓦解してしまうからです。

Serbien_muss_sterbien.jpeg
オーストリアのプロパガンダ。「セルビア人(Serbien)」と「死ね(sterben)」の語呂合わせで「セルビア人を殺せ」と呼びかけている

国家というのは必ず国家統合の理念を持ちます。日本のように言語や文化、歴史を共有する人々の集合体である「国民国家」はナショナリズムを基盤とし、アメリカ合衆国は自由を基盤とし、いくつかのイスラム諸国は宗教を基盤とし、かつて存在したソ連のような国は共産主義、そしてオーストリア帝国は友愛を基盤としました。そんな統合の理念が脅かされたとき、国家は激しく動揺し、ヒステリカルになりやすいのです。

ナショナリズムは統合の理念のひとつにすぎません。そしてあらゆる理念の中で最も自然で無理がないだけに、安定していて壊れにくいイズムです。外国との関係がどう変化しようと、外国に何を言われようと、ナショナリズムに立脚した国家の正当性は揺らぎません。ナショナリズムは目立つので危険視されがちですが、実のところ地に足がついた、ヒステリカルになりにくい理念なのです。

ですから本当に危険なのはナショナリズムではありません。危険なのは、人工的で自足できない国家統合の理念です。たとえばオーストリア帝国の「友愛」は、あまりに人工的で説得力を欠き、最終的には力でナショナリズムを叩き潰さない限り生存できない理念でした。ソ連の共産主義やドイツのナチズムは、常に「国際資本主義」に対する優位性を示し続けないと説得力を失うため、情報鎖国して幻想の中に閉じこもるか、軍事的に勝負に出るしかない理念でした。

では、今日本の周辺で吹き荒れる領土紛争は心配するに及ばないのでしょうか?

それがナショナリズムによって引き起こされているものなら、そうだと言えます。ナショナリズムによる摩擦など、酔っぱらいのケンカのようなもので、酔が覚めれば話し合いで解決します。しかしこの度の中韓の怒りは、見れば見るほどただのナショナリズムではありません。残念ながら、彼らの怒りは人工的で自足できない国家統合の理念に起因しているとしか考えられないのです。

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中国、韓国ともに非常にナショナリズムの強い国です。しかし両国ともに、ナショナリズムだけでなりたっている普通の国民国家ではありません。

かつての中国には、ナショナリズムと並んで共産主義という理念があり、それが一党独裁強権政治の正当性を支えてきました。韓国の場合は、ナショナリズムと並んで「反共」という理念があり、それを北朝鮮に対して朝鮮半島の正当政権であることの拠り所としてきました。

しかし両国の国家統合の理念は、冷戦の終結により1990年前後に瓦解してしまいました。本来であれば、このとき中国の共産党政権は崩壊し、中国大陸の地図は塗り替わるはずでした。韓国は破綻国家の北朝鮮を吸収したのち普通の国民国家へと脱皮するはずでした。

ところがそうはなりませんでした。ロシアから旧東欧ブロックにかけて、統合の理念を失った国家が相次いで崩壊したヨーロッパに対して、アジアではものの見事にステータス・クオ(現状維持)が続いています。このグロテスクな不自然を可能にしているのが、「世界最凶の極悪国家日本によるホロコーストの被害者」という神話、「ホロコースト・ドグマ」なのです。

両国ともに、かつてはそれほど反日ではありませんでした。中国などは、政府レベルでも市民レベルでも世界有数の親日国でした。しかし1990年に前後して反日教育、反日プロパガンダに力を入れ始め、日本の悪行を告発する記念館を建設したり、新たな抗日記念日を制定したり、反日ドラマを量産したり、半世紀以上前の親日派を裁く法律を制定したりして、古い傷跡を切り開き、傷などなかった部位にまで新たな傷をつくる作業を始めました。

価値を失った共産主義や反共という理念のプロキシ(代理)として、自らをホロコーストの被害者とするイデオロギーを確立するためです。これにより、中国共産党は一党独裁を継続する大義名分を獲得し、韓国は北朝鮮の同胞を見殺しにして経済的繁栄を享受しつつ、都合よく民族愛を叫べる特殊な立場に立てるのです。

ユダヤ人作家ジェーン・デリンの次の言葉は、「ホロコーストの被害者」であることが現代においてどれほど強力なイデオロギーになるかを示しています。

私は核廃絶を支持しますが、イスラエルが核を保有していることは嬉しく思いますし、イスラエルの生き残りのためなら核の使用もやむを得ないと思います。あえて醜い言葉で極論するなら、もしイスラエルの生存とその他の人類60億のどちらをとるかと選択を迫られたら、私は400万人のイスラエル人をとります。

社会的に認められている作家にここまで言わせるのは、ただのナショナリズムではありません。ナショナリズムとは似て非なる病んだイデオロギー、カルトです。今回、反日暴動について議論する英語の掲示板で、次のような中国系と思わしき人々によるコメントをあちこちで見かけました。

3500万人のアジア人を虐殺し、数百万人を性奴隷にするというナチスを遥かに凌駕する犯罪を犯しておきながら、その罪を認めようとしない日本人の所業について知れば、その被害者である中国人や韓国人の怒りは理解できる。人類共通の価値観を共有できない日本人は、世界で力を合わせて打倒すべきだ。

典型的なホロコースト・シンドロームです。しかしこのイデオロギーの恐ろしさはこれにとどまりません。イスラエルの心理学者ベンジャミン・ベイト・ハラミ氏は「政治目的を正当化するためにホロコースト・ドグマが使用されると、すべての議論がストップしてしまう」と警鐘を鳴らしていますが、こんなことが言えるのも氏がユダヤ人だからです。

さまざまな人種の人が書き込む英語の掲示板では、通常誰かが偏狭なコメントをすると、別の誰かが必ず皮肉を込めた反論を返すのですが、今回上のようなコメント対する反論はほとんど見られませんでした。

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中韓の日本叩きをナショナリズムで語り、その観点から解決を探るのは的外れで不毛な行為です。今東アジアを揺るがしているのは、ナショナリズムなどという生ぬるいものではなく、もっと切実で醜く歪んだ怪物なのです。そして残念ながら、このような状況を平和的に解決した事例はまだありません。

イスラエルとアラブの抗争は言うに及ばず、各民族が「我こそはホロコーストの被害者。お前たちはナチスに協力した加害者である!」と主張して武器を手にした多民族国家ユーゴスラビアの分裂戦争は、互いに民族浄化の応酬で疲れ果てるまで鎮まることはなく、今なお諸民族間の憎悪は消えていません。

いくら日本のマスコミが「お互いに頭を冷やして」と訴えたところで、中韓は頭を冷やしませんし、日本人が単独で頭を冷やしたところでどうにもなりません。中韓がステータス・クオのために悪鬼日本を必要とする限り、領土を差し出しても、頭を下げても、金を出しても、その結果たとえ日本という国家が消滅してしまったとしても、日本と日本人への憎悪は消えないのです。

中韓がホロコースト・ドグマの構築に力を入れ始めた1990年にティーンエイジャーだった人たちは、今はまだ40歳以下です。彼らが社会の要職につくのはこれからで、先が思いやられます。

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この記事へのコメント
かつて圧政を伴う植民地支配を受けていて、なおかつ多民族国家の国はかなりありますが、ホロコーストドクマをどのように解決しているのでしょう?紛争の末に失敗国家になる国がかなりあるので解決していないのかもしれませんが
Posted by littlefox at 2012年10月01日 17:11
やはり核武装して中共の(そして南北朝鮮の)自滅を待つしかない!
なんている極論に走りたくなる論考ですなぁ
Posted by オライスム at 2012年10月01日 23:19
実際にホロコーストがあったかどうかでなく、「我らはホロコーストの被害者であり、加害者は今ものさばっている」といった思いを多くの国民が持つことがホロコースト・ドグマなのでしょうね…
「ホロコースト・ドグマとは」という情報を拡散すれば緩和できるかな。
Posted by nora at 2012年10月01日 23:30
毎度の記事がとても勉強になる上、文章も魅力的です。学生時代の歴史の不勉強を少しずつ取り返すことができるようで、感謝しております。

次回の更新も楽しみにしてます。
Posted by 名無し at 2012年10月02日 02:20
愛国者は分かり合えるが、むしろイデオロギーこそ暴力化するという指摘は重要だね。
ただ、
 >彼らが社会の要職につくのはこれからで、先が思いやられます。
ホロコースト・ドグマとやらを妄信してるやつが要職につくような事態をさけないとねえ。。。
ホロコースト・ドグマが永遠に続くわけでもないだろうとは思うが如何。
Posted by aaa at 2012年10月02日 07:09
数年前にこちらを覗いていましたが、復活されていたのを知りませんでした。今回の記事、すばらしい考察で日本人の平和ぼけした頭に水をかけられた思いです。韓国にとってこの数十年間で竹島の存在が日本にとっての富士山のような存在に変わってきたそうです。日本から竹島を奪い取ることで独立を果たしたかのように摩り替えているのですが、その位民族としての尊厳が失われてしまった悲劇があったのでしょう。ストーカーに付きまとわれる日本こそが悲劇なのですが・・・。
終末論ではありませんが、これから先日本がどのような運命をたどるのか案じられますね。
預言書によれば、日本が世界中からたたかれてもう終わりという間際に何かが起こり世界がひっくり返ると聞いたことがありますが、第二次大戦とちがい今回の戦は(日本にとり)勝ち戦であると聞いたことがあります。
本当にそんなことが起こりそうな雲行きになってきましたね。
Posted by antique at 2012年10月02日 14:24
数年前にこちらを覗いていましたが、復活されていたのを知りませんでした。今回の記事、すばらしい考察で日本人の平和ぼけした頭に水をかけられた思いです。韓国にとってこの数十年間で竹島の存在が日本にとっての富士山のような存在に変わってきたそうです。日本から竹島を奪い取ることで独立を果たしたかのように摩り替えているのですが、その位民族としての尊厳が失われてしまった悲劇があったのでしょう。ストーカーに付きまとわれる日本こそが悲劇なのですが・・・。
終末論ではありませんが、これから先日本がどのような運命をたどるのか案じられますね。
預言書によれば、日本が世界中からたたかれてもう終わりという間際に何かが起こり世界がひっくり返ると聞いたことがありますが、第二次大戦とちがい今回の戦は(日本にとり)勝ち戦であると聞いたことがあります。
本当にそんなことが起こりそうな雲行きになってきましたね。
Posted by antiques at 2012年10月02日 14:31
今日はじめてこのブログを読みましたが、
近年読んだ全ての文章の中で一番脳に刺さりました。

「ナショナリズム」という言葉で括るのは、
ひょっとして思考停止なのかもしれない、そう思いました。

本当に素晴らしいトピックでした。

Posted by ちく at 2012年10月02日 14:40
ドイツでのナチスの台頭から戦争突入までの流れは、ある種のナショナリズムなのでは・・・?
中東戦争もナショナリズムとは無関係?
Posted by JFK at 2012年10月02日 17:21
過去に書いたもので、今見るとなかなか憎悪と絶望感に満ち溢れていい味していると思う。

結局、アジアといってもアフリカと同じように部族紛争(実質は民族紛争)で、同じ人種で消耗しあうしか能がないのではないかと思えてきた。つくづく、日本人は、白人に対抗できるだけの能力があるだけ、孤立しているな。日本人は、有色人種の突然変異種ですかとぼやきたくなる。

最近、日本人以外は手に負えんから、他は絶滅してもかまわんと思えてきた。もう、日本人は日本しか救えない。
Posted by 粕谷真人 at 2012年10月03日 00:36
急いで送信してしまったの追加

結局、民族を超える普遍思想は幻想にすきず、無理に統合しようとすると無理が生じるので、流血で決着をつけなくてはならない。最近の中韓との争いはアジア主義の終わりの始まりである。
Posted by 粕谷真人 at 2012年10月03日 01:08
第二次大戦と今とじゃ、ネットがあるなしで大分違ってくるとは思うけど…。
教育によって育まれてしまったものを急に変えるのは難しいけれども、抑止力としてははたらくのでは?

ただ怖いのは、日本という国だけが、中韓とは違うベクトルを向いてるということ。
反ホロコーストドグマとでもいうか…

日本が彼らと同じくらい高まっていれば、逆にそれはそれで馴らされてバランスとれるかもしれないけど、日本では相手が大袈裟にいってようがなんだろうが、それに反論すれば世界の反感を買い、嫌われてしまうのでは、という、前の大戦を引き起こした者(として教育されてきてる者)の漠然とした負い目のようなものが、しっかりと根付いてしまっている。
それこそ教育はだいじってことの結果なのかな。
それはもちろんどこかが意図的にやったことだろうけど。

そのアンバランスさが命取りになるような気がして、不安になります。
Posted by natyu at 2012年10月04日 06:03
中朝韓は無理に無理を重ねて国家を維持してるんで、根本からどうしようもありません。

日本がすることは、上層国民二割がネットを使って連係網を構築し、売国奴•成りすましをあぶり出し排除していくことです。
これを着実に進めていれば、後は向こうが勝手に崩れて行くでしょう。

まあ、真の問題はそれからなんですが・・・
Posted by 昭和青年 at 2012年10月06日 10:42
>睨み合う2つの国のナショナリズムが共振して増幅し、コントロール不能に陥って暴発するという現象は、ありそうでないのです。

第二次世界大戦時の大日本帝国。
NHKの「なぜ日本人は戦争へと向かったのか」で証拠となる映像や記録が沢山報じられています。
ラジオや新聞の極右内容の報道を
「国民自体が今の在特会の如く各社へ強要し」、
国民の大半が天皇を現人神と信じ、彼の臣民即ち奴隷となる事を自ら望み、敵国を絶対悪とし、それを滅ぼす事を日の丸を掲げ大声で熱望し続けました。
戦争を始めたのは国ですが、後の歴史上類を見ない程の大ポカをやるハメになったのはこれらのナショナリズムが後押しした他なりません。

(…いや、この場合国全体がナショナリズムに駆り立てられていたのは日本側だけだから2つではないか…。)

指南ですが、無い事の証明は悪魔の証明と言われるものでして、違った事の証明もまた、アリバイの証明等の様に、難しいものです。
頭ごなしな理屈で片付けられる事ではありません。

日本は、今も昔も、国全体が極右の為に、危機を迎えているのです。
Posted by 貴方達の仰る偉大なる日本人。 at 2012年11月06日 19:02
ナショナリズムそのものが問題なのではなく「反日」など他者の存在に依存したナショナリズムが問題なのだと思います
韓国文学研究家の田中明はその点に着目して韓国の反日ナショナリズムを批判してました
内側から湧き上がる自然なナショナリズム(お国自慢みたいなもの)を共有することが望ましいのでしょう
Posted by おおもり at 2012年11月08日 18:47
確かにかつての日本も「亜細亜の盟主たる日本」というアジアとそこに利権を持つ欧米諸国との対立なしには成り立たない理念をぶち上げ、そして敗れましたから、これも中韓の自給不可能な理論とかぶる部分がありますね。
Posted by 名無し at 2012年11月08日 18:50
他国の領海を武力で強奪する犯罪国家とどうやって仲良くなれと言うのか、理解不可能。

仲良くなれという人は
家に泥棒が入られて、目の前で全財産が取られても笑って見逃せるお釈迦様の様な人だろう。
Posted by 資産家の都合だろ? at 2014年11月30日 19:01
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ナショナリズム対立ではなく華夷秩序をめぐる抗争
Excerpt: 尊敬する 西村 幸祐氏がご自身の顔本(Facebook) で紹介されていた、以前はよく拝見していた懐かしいブログ< Meine Sache >の記事、 日中韓の対立をナショナリズムで語ることの愚  を..
Weblog: 丸山光三或問集
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