そう、戦前の日本は、「大正デモクラシー」と謳われた民主化風潮の中、保守の「政友会」と自由主義的な「民政党」による事実上の二大政党制が実現していました。しかし、両党は政争に明け暮れて政治混乱を招き、軍の介入を招いたのです。
この比較に従えば、民主党壊滅後の「総右翼」状態は、中国大陸での紛争から対英米戦へと突き進んだ暗黒時代ということになります。
しかしこの見方は安直すぎです。確かに、現代と20世紀初頭の政治状況は比較に値します。しかし、世界の政治トレンドを考慮し、世界の中の日本を見なければ片手落ちです。そして世界の政治潮流を考えたとき、そこにはまるで違う風景が見えてくるのです。
では20世紀初頭の世界の政治トレンドはいかなるものだったのでしょうか?一口で言えば、当時の世界は大きなパラダイム転換を迎えていました。
それ以前、19世紀後半の欧米各国における政治は、保守勢力と自由主義勢力の対立を軸に動いていました。しかし20世紀の初頭にその構図は崩れました。それが最も明確に表れたのはイギリスです。
イギリス主要政党の得票率推移
それまで保守党(青)と自由党(黄色)の二大政党で動いていたイギリスでは、この時期に自由党が劇的に退潮し、代わって急速に台頭した新たな勢力(赤)が二大政党の一翼を担うようになりました。社会主義を信奉する労働党です。
19世紀中頃までは、自由主義はまさに革新的な政治思想でした。しかし、自由主義が社会に浸透し、保守勢力が自由主義的政策を取り入れるに至り、保守vs自由の対立軸は消滅してしまいました。一方で工場労働者の増加で社会主義思想が広がり、保守/自由vs社会主義という新たな構図が生まれたのです。
同じような状況はアメリカでも見られました。南北戦争後のアメリカでは、自由主義的な共和党と保守的な民主党が二大政党を形成し、元来自由を尊ぶ土地柄、共和党の独壇場が続いていました。しかし20世紀を迎える頃から、社会主義的な政策を掲げる「進歩党」が第三極として登場するなど既存の枠組みが崩れ始め、1920年代末には、民主党がアメリカ流の社民主義である「リベラリズム」を信奉する政党に変身するに至りました。
このように、20世紀初頭の世界は、社会主義というニューウェーブの台頭により、従来の政治構図の崩壊と再構築の時を迎えていたのです。
その兆しは日本でも見られました。欧米からやや遅れて社会主義運動が盛んになり、1930年代には「社会大衆党」という社民主義政党が第三極にまで成長していました。1920年代に成立した保守vs自由という日本の二大政党制は、成立した当初からすでに時代遅れであり、早晩瓦解することを運命づけられていたのです。
20世紀前半に暴走した国には共通点があります。ドイツ、日本、イタリアの枢軸三国は、台頭著しい社会主義思想を手なずけ、イギリスやアメリカのように穏健な形で政治システムに取り込むことに失敗しました。その結果社会主義思想は歪な形で過激化し、社会を全体主義へと向かわせたのです。
イタリアとドイツでは、社会主義政党は早々に政治の表舞台に立ちました。しかし第一次大戦後の社会混乱があまりに大きすぎ、社会主義勢力は大分裂。過激分子の中から、階級闘争を民族闘争に差し替えた国家社会主義が勃興するに至りました。
日本の場合は、社会主義政党の主流化が遅れすぎていました。そのため、社会主義思想は政党政治ではなく、軍人や官僚の「革新化」として発芽し、時代に乗り遅れた議会政治を捨てて、エリートの牽引で強引に社会改造を進める方向へと走りました。
マスメディアの画一的な情報に浴し、巨大資本による大量生産ラインで働いて大量生産品を消費し、社会の歯車として生きることを課せられた20世紀人にとり、社会主義は必要不可欠な解毒剤でした。それを民主主義の枠内で受容できるかどうかが明暗を分けたのです。
さて、そんな100年前の状況と今を比べると、現代の状況が当時と酷似していることに気づきます。
およそ100年前に成立した、保守vs社民という政治構図は、今はもう世界的に形骸化しています。保守勢力は社会主義的政策を取り入れて左傾化し、一方の社民勢力は民間の活力を重視する政策を取り入れて右傾化し、今や両者の差はほとんどありません。選択肢を喪失した有権者の二大政党離れは、どこの国にも共通して見られる現象です。例えばイギリスでは、1970年頃までは9割の有権者が保守党か労働党に投票していたのに、今では両党合わせての得票率は6割程度にすぎません。
一方で社会構造も大きく変化しています。すでに1970年代から「蟹工船」的なブルーカラー像は過去のものとなり、特にインターネット普及以降は、人々の置かれた状況は大きく変わりました。クリス・アンダーソンが「MAKERS―21世紀の産業革命が始まる
」で描いているように、21世紀人はもはや歯車として生きる必要はないのです。
ですから、問題なのは二大政党制の実現失敗による左派の退潮ではなく、その次なのです。社会主義的な考え方、アメリカ流に言えばリベラルな世界観は、此度の選挙で勝つだろう「右翼」の中にも十分すぎるほど根を下ろしており、それについて心配する必要はありません。
戦前の失敗に学ぶのならば、旧い政治構図を一刻も早く捨てて、新しい時代に合わせた新しい対立軸ーー脱歯車時代に合わせた政治理念を確立し、新しい政治構図の構築に傾注せねなりません。それに失敗したとき、社会は罰を受けるのです。
>新しい対立軸ーー脱歯車時代に合わせた政治理念を確立し
で、それは何だろう?
これからの自民党がどのように行き詰った景況を反転させられるかがカギでしょうね。
彼らが失敗したときこそが本当の正念場です。
はたして新しい時代に合わせた新しい対立軸が誕生できるのか?
残念ながらそれこそが時代に逆行した強大な排斥勢力ではないかと危惧しています。