2005年08月05日

歴史の耐えられない軽さ3

歴史は真実ではない。真実は語りの中にある。
ーロバート・ペン・ウォーレン

過去などというものはない。すべては現在だ。
ーウィリアム・フォークナー


最近読んだ Walking Since Daybreak という本の序文です。第二次大戦後にカナダに移住したラトビア人歴史家、モドリス・エクスタインズの著書で、第二次大戦をめぐるバルト三国の歴史を、自分の追想と家族の歴史を交えて記しています。

バルト三国の人々は、第二次大戦の開戦と同時にソ連の侵略を受けましたが、英米仏から徹底的に無視され、後に進駐したドイツ軍を解放軍として迎え、結果的にソ連に併合されました。そのたびに同じ民族同士で憎しみ合い、殺し合い・・・ヒトラーの防空壕を最後まで防衛したSS隊員の中には大勢のラトビア人がおり、ベルリンを占領した赤軍の将校の中にもラトビア人がいました。

日本から縁遠い地域の歴史に関する本なので、残念ながら日本語には翻訳されていません。しかし、大国に翻弄されて、加害者が犠牲者になり、犠牲者が加害者になるこの地域の過去は、ひとつの見方で歴史を規定しようとすることの愚かさ、その不可能性を教えてくれます。

この本の中から、東ヨーロッパの解放について述べた一節を訳出して、このお話しを終えようと思います。

連合軍による解放は皮肉に溢れていた。甘い解放などほとんどなく、解放はもっぱら苦いものだった。15歳の少年だったチェコ人のオータ・フィリプは、1945年5月に、プラハで3度解放を経験した。最初の解放は、彼が暮らすアパートの家主によってもたらされた。5月5日、撤退するドイツ軍に対してチェコ人が蜂起すると、家主は、アパートからドイツ人を一掃しようと考えた。

アパートの3階には、ドイツ人の女性医師が住んでいた。彼女の夫は3月に西部戦線で戦死し、彼女は4月に赤ん坊を出産したばかりだった。ドイツ人から奪ったアフリカ軍団の軍服に身を包んだ家主は、手に武器を持ち、三階に駆け上がった。短い小競り合いの後、小さな物体 ー 赤ん坊が、フィリプの脇をかすめて階段の下に投げ落とされた。暗闇の中で柔らかい物体がつぶれる音、続いて一発の銃声が響いた。アパートは解放された。

2度目の解放はその3日後、5月8日の早朝に、プラハを占領したウラソフの軍隊によりもたらされた。ウラソフはもともとスターリンお気に入りの将軍だったが、1941年にレニングラードでドイツ軍に降伏し、ソ連が勝てば自分の命はないと悟ったウラソフは仲間を裏切り、ドイツ側について戦ってきた。しかし、アメリカ軍が近づくとウラソフは再び寝返った。5月8日にフィリプを解放したのは、この裏切り者の軍隊だった。

そして5月9日、フィリプは、4日間で3度目の解放を経験した。今度は、その後44年間チェコスロバキアを占領することになる、赤軍の戦車師団だった。「1945年5月8日のことを思い出すと、歴史にだまされたように感じる。私は、1945年の5月に、人生と平和の入り口に立っていた15歳の少年が経験してしかるべき本物の解放を、拒否されたのだ。」

<おわり>



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この記事へのコメント
私がいるNZの戦争博物館には、ヒットラーと並び東條英機も悪人としてさらされてます。彼等も連合軍の一員として志願兵(ANZAC)が日本と戦っていますし、4月25日は毎年祭日(1次大戦激戦地のトルコで追悼式もある)になります。しかし多くの方々が親日です。近所に住む退役軍人の老人も親日で、1次大戦の際にANZACをトルコへ運んだのは日本海軍だったと言う話は衝撃でした。NZもイギリス植民地でしたし、未だに毎年ある原住民のデモ(韓国の様)に悩まされてる現状は、連合国の過去の大罪の象徴であり、彼等を右寄りに出来ない一因であると感じております。先日の米ブッシュ大統領の「日本は60年前の敵たが、小泉は私の親友」発言も日本だから出来うる話で、攻撃をくわえた他の国々が出来るとは到底思いません。過去を見て未来を考え、(敵とも)手を取り合える日本人だからこそ出来るのだと信じています。
Posted by NZ life at 2005年08月05日 09:54
歴史的には、1次大戦での ANZAC の活躍で英連邦でのオーストラリア
の発言力が増し、また戦後処理で西太平洋で日本とオーストラリアの
勢力圏が接近したことが、日英同盟の廃止の一因になったことが皮肉です。

でも、イラクで自衛隊を守ってくれているのは、太平洋戦争での敵軍で
あるオランダ軍とオーストラリア軍です。共に肩を並べて戦う友軍とは
まだいきませんが第一歩です。わざとかなとちょっと思っています。

バルト三国の悲劇については、ブッシュが「ヤルタ」批判を行ったこと
で歴史になって行くのではないかと思います。
Posted by motton at 2005年08月05日 12:44
記事と関係ないと思いますが「裏切り」という言葉に反応して思わず:

先の大戦においてドイツ降伏後、中立を決め込んでいた各国は「勝ち組」になろうと、次々に立場を翻し日本に宣戦布告。日本は最終的には約40ヶ国、殆ど世界中を敵にして闘い、原爆まで打ち込まれ、全ての力を喪失して倒れた。周辺諸国、及び、朝鮮人は、戦争終結後も、大日本帝国という大国の屍骸から夢中で死肉を掠め取った。

しかし、日本国内においては殆ど裏切り者を出さなかった。国民は戦争を強いられたものとは考えなかったし、指導者に騙されたと被害者面をするものも居なかった。指導者達は自らの責任を回避することなく、「東京裁判」が欺瞞のショウだと知りつつも「戦犯⇒生贄」となってケジメを付けた。法的責任がなくとも天皇は身を挺して国民を庇い、国民は天皇を支持し続けた。海外に残留した軍隊の一部は、初志貫徹してアジア解放(それが日本の都合によるものであったとしても、本人に信念がないと出来ることじゃない)に身を捧げた。
この負けっぷりの美しさは、多分世界史上、空前絶後の奇跡であり偉業であると僕は思う。日本人であることを誇りに思いたい。ドイツ指導者の責任なすり合いとか、全てをナチの所為にするドイツ国民を見てしまうと特にね。

「強大な敵に一緒にボロ負け⇒仲間割れせず庇い合い」これは絆が強力に深まるパターンであろう。これが故に日本は一致団結して復興に向う事が出来たと思うし、戦前には無かった絆が出来たと思う。戦争はすべきでなかったかも知れないが(個人的には避けられなかったと思う)敗戦して得る物が無かった訳ではない。この認識は戦死者に対する手向けになると思うのだ・・・それとも冒涜になるだろうか?

以上、不愉快だったら狂信右翼の戯言と思って下さい。

ちなみに朝鮮民族は裏切ったので例外です。勿論、この絆の外にあり、自前で復興出来ませんでした。また、残念ながら「絆」だけではなく、サヨクという「亀裂」も少しばかり出来ました。これは「ナチスの所為にするドイツ国民」と同じ気質の者でしょう。これから少しずつ「修正」するしかありません。
Posted by 小野まさ at 2005年08月05日 13:27
>小野まささん
しかし残念ながら、戦前から、一部に強烈な裏切り者がいましたね。
尾崎秀実とか...
現在の左翼は、その正当な後継者なのでしょうね。
何とかしないといけませんね。
Posted by non at 2005年08月05日 15:43
 アメリカの保守が、原爆投下をどのように捉えているかという視点は、非常に興味深く拝見しました。
 先日エノラゲイの操縦士と広島の被爆者が対面を実現しました。実現させたテレビ局の意図については触れませんが、非常に不毛な、あるいは残酷な対面だったと感じます。被爆者の方は当時の状況を話しながら涙を流し、操縦士の方は「謝罪はしない。アメリカにはこういう言葉がある、パールハーバーを忘れるな、だ。」と、半ば憤慨して、半ば言い訳のように言っておられました。
 両者の態度は当然のものだと思います。原爆に被爆した経験は、あらゆるイデオロギーや論理性を超越していますし、母国を信じ、愛国心から原爆投下を実行した兵士が、自らの信念を崩壊させることなどできようはずもありません。しかし、被爆者の記憶の奥底からの涙は、実行者の心にさえも波風を立たせずにはおかず、後に残るものは不毛な、残酷な空気だけだったのではないか。当事者同士の相互理解が重要だとしても、原爆という事件はあまりにも巨大すぎたのではないでしょうか。
 やはりアメリカの原爆投下の正当性を認めることは、日本人としてできない。けれども、正当性を認めることが、アメリカ人との建設的な会話や理論性を生み出すとも思えません。実行者としての主張を認めることと、アメリカ人の立場を認めることとは違うのだと思います。お互いの立場を理解するという前提の上でしか、理論的な話もできないし、個人間の信頼を生むこともできないのだと。
Posted by コウ at 2005年08月05日 17:35
数日前、頭に血が上って、物事を単純化して書き込んでしまいました。ここ数日の書き込みを読んで、歴史には個人のそれぞれの視点があることを思い知らされました。しかし歴史を善悪で計り、過去を未来の指針とする限り個人の次元でならともかく、全体での和解はありえるのでしょうか。疑問は消えません。
Posted by 名無し at 2005年08月05日 18:05
 oribeさん、皆さん、はじめまして。
 小野まささんのコメントに少し感じる所があったので、こうして書き込みさせていただきました。

>小野まささん
 まず、貴方の書き込みの大体の部分については同意します。
 朝鮮の裏切り行為は非常に不愉快ですし、中立国であったはずの国々による宣戦布告は、日本人から見れば強欲としか言いようがありません。

 確かに日本には、戦争と破壊行為そのものや、それに伴う国内外の人々が負った様々な傷など、反省し、二度と繰り返してはならぬ事が山ほどあると自分は思っています。
 ですが、小野さんも書かれている通り、成し遂げた事や得た物・学ぶべき事も有ったのだと考えています。
 これは、日本人として忘れてはならない事だと思うし、そう思うことが、決して戦争美化に繋がる事では無いと思うのです。
 ここのあたりまでは、小野さんにも賛同いただけるのではと考えています。

 しかし気になったのが、ドイツについてです。
 自分は、ドイツの事も上記の日本に対する感情と同じような事を感じています。
 ナチスドイツが残虐で非道な行いをした――それは事実なのかも知れません(自分は今言われているナチスドイツの行為の全てが事実だったとは思っていません。日本の南京大虐殺や慰安婦問題などと非常に似た問題を抱えていると思います)。
 が、その当時の日本と同じように、ドイツにも戦争に走らねばならなかった理由および、近隣諸国との問題などが有ったのも事実です。
 そのドイツには、日本のように学ぶべき事や成し遂げた事がなかったのでしょうか?
 ドイツは敗戦して、失った物や、与えられた傷は無かったのでしょうか?

 ドイツや日本の行いを正当化するつもりはありませんし、そもそも戦争という行為自体を正当化するつもりはありませんが、自分は同じ敗者である日本人として、声を大にして言いたい。
 ドイツ指導者の責任のなすり合いや、全てをナチスのせいにする国民なんて、彼の国の一面でしょう。
 自国の敗退は美しいとすら評価出来るのに、他の敗戦国はそうではないと評価するのは傲りでは無いでしょうか。

 戦争やその勝ち負けに、本当は美しさや善悪なんて無いんだと思います。有るのはただ勝者と敗者だけであり、敗者に残るのは、傷跡と記憶だけです。戦勝国とは違い、我々はそこから学ばねば、得る物なんて何もない。
 戦争終結から六十年がたち、命をかけて日本の為に戦った先祖持つ我々が行うべきなのは、その傷跡と記憶から、冒してしまった過ちを再び繰り返さぬように考え、行動することと、自国の誇りと名誉を取り戻し(誤解されると嫌なので書きますが、これは戦争美化の為の”名誉”では有りません。戦後教育に奪われてしまった戦前の日本人の美徳である”名誉に重きを置く”という概念を取り戻すという意味です)、かつ他国の誇りや名誉を汚さぬよう、理解するに至らなくても、その存在を許せるようなゆとりを持てるように努力する事だと思うのです。
 それは、他の国と違って我が国は美しい散り様だったと思いを馳せているのでは、決して成し遂げられない事だと思います。

 長文失礼。ここまで書くのにとても時間がかかってしまいました。
Posted by Numb at 2005年08月05日 18:11
 いつも思うのだが、何故60年前の戦争に対してのみ<傷跡と記憶から、冒してしまった過ちを再び繰り返さぬように考え、行動することと、自国の誇りと名誉を取り戻し、、、>しなくてはならないのだろう。
 関が原の戦いなんて、当時の鉄砲の半分を日本一国が持ち、重火器を持つ数万の軍隊が退治した。当時で言えばものすごい火力密度のすごい戦であった。
 しかし、現在、関が原を忘れるなとか風化させるなという人はいない。
 30年戦争なんてドイツ国内の人口が開戦前の30%になった。恐ろしいほどの絶滅戦争だった。しかし、誰も30年戦争を風化させるなとは言わない。
 日本が敗れた戦争だから戦争の記憶を風化させるなというのを報復主義と言うのではないだろうか?
 京都で戦後と言えば応仁の乱以後をいう。応仁の乱は10年以上にわたり都を焼き尽くし、応仁の乱以前の建物はほとんど京都には残っていない。
 応仁の乱についてその傷跡と記憶から、冒してしまった過ちを再び繰り返さぬように考え、行動することを主張するものはいない。
 サヨクは第2次世界大戦の記憶の風化には抗議するが、なぜ他の戦争の記憶、応仁の乱の記憶の風化には抗議しないのであろうか?
 なぜ文化大革命の記憶の風化には抗議をしないのだろうか?チベットや朝鮮戦争について教科書に記述を求めないのであろうか。
Posted by 紀伊国屋 at 2005年08月05日 19:23
>Numbさん
>ドイツ指導者の責任のなすり合いや、全てをナチスのせいにする国民なんて、
>彼の国の一面でしょう。自国の敗退は美しいとすら評価出来るのに、
>他の敗戦国はそうではないと評価するのは傲りでは無いでしょうか。

失礼しました。確かにドイツ国民の心の底は、ドイツに住んだ事も心を許せるドイツ人の友達も居ない僕には判りません(仕事仲間は居たが、こういう話題は避けあうから)。しかし「映像の世紀」か何かで見たと思うのですが、ナチスドイツの指導者の殆どは、自分の無罪を主張し、責任を押し付け合っていなかったでしょうか?

また、敗北後の日本人の振舞いは、自国だからではなく、客観的に見ても世界の奇観だと思います。敗戦国の元首が(例え殺されないと予想したとしても)以下の様な発言をした事例は無いと思います:
「戦争に関わる全責任は私にある。好きなように処分してほしい。だが、戦争の結果、国民は飢えている。このままでは罪なき国民に多くの餓死者がでる怖れがあるから食料援助をお願いしたい。ここに皇室財産の有価証券類を持ってきた。費用の一部にあててほしい。」

>冒してしまった過ちを再び繰り返さぬように考え、行動することと

開戦直前に、軍令部総長 永野修の以下の言葉が残っています。戦争は不可避と誰もが感じていたのではないでしょうか。そして戦えば亡国とも。当時の指導層に楽観者は居なかったと思います:
「米国の主張に屈すれば亡国は必至とのことだが、戦うもまた亡国であるかも知れぬ。だが、戦わずしての亡国は魂を喪失する民族永遠の亡国であり、最後の一兵まで戦うことによってのみ死中に活を見出し得るであろう。戦ってよし勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残ればわれらの子孫は再起、三起するであろう。」

彼の言は敗戦後の日本を予見してはいなかったでしょうか。米国にとことん従って戦争を避けた場合、我が国は今のフィリピンや韓国の様な国になっていた様な気がします。周囲は未だ植民地全盛ですから、程なくして植民地に転落したかも知れません。僕は戦うしかなかったと思います。

勿論、今の知恵で「こうすれば戦争も亡国も回避出来た」という事は云えますが、神ならぬ渦中の人間には判らないモノです。経験から学べるモノは学びたいですが。
Posted by 小野まさ at 2005年08月05日 20:00
 WW2(大東亜戦争含む)を語るとき、私が一番知りたいと思うのは、抹殺されてしまった「少数意見」です。
 日系人収容や、原爆投下に反対したアメリカ人。ユダヤ人迫害を望まなかったドイツ人。必ず、存在したはずの少数派の意見こそ、知りたい。
 たとえ、その意見が無視され、表立っての行動をおこせなかったとしても、「そんな考えを持っているひともいた」ことを、知るだけで、希望が持てる、話し合うことは無駄ではない……と、思えるのです。
 戦争を語るなら、当時でも確かに存在していたはずの「少数派」の意見。彼らを少数派にしてしまった当時の時代背景こそ、詳しく語るべきだと思います。 
Posted by 奈菜氏 at 2005年08月05日 20:22
Numb様、あなたが疑問に思っておられる事は、
ユダヤの老師、モルデカイ・モーゼ先生が
答えてくださるでしょう。

『日本人に謝りたい』モルデカイ・モーゼ著
(日新報道/1979年出版)
ぜひ、この本をお読みください。
ユダヤは知恵の宝石箱。
この本をお読みになり、あなたが長年心に
やんでいた疑問を解く一助となれば幸いです。
Posted by 猫メディア at 2005年08月05日 20:45
>>小野まささんへ

弱小国がドイツの敗戦で先を争って連合国側に立った。弱小国も生き残るために仕方無かったと思います。同じ仏教国だからあくまで中立を貫いたチベットはその後中共に侵略されます。米英が見捨てたのは連合国側に立たなかったのも理由の一つと聞いてます。悲しすぎる。

敗戦後すぐに始まった、天皇の国内巡回は各地で民衆の大歓迎を受けました。戦争に負けたのに元首への思いが変わらなかった国は歴史上でも日本くらいじゃないでしょうか?日本人が現在の米国に対してなんとなく好意を持ってるのも、天皇制を存続させたことが大きいと思います。

戦後60年。日本はかつての敵国の大部分が友となりました。共通の価値観は民主主義と経済の共存共栄です。東南アジア諸国とも良好な関係にあります。

中国・北朝鮮・韓国との関係だけが未だにうまくいかない本当の理由をはっきりさせるべき時が来てるのかもしれませんね。
Posted by 野菜農家 at 2005年08月05日 20:49
奈菜氏様
原爆投下に反対したアメリカ人。
ハミルトン・フィッシュですね。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog116.html
・共和党の大物下院議員であったハミルトン・フィッシュは自著の中で
 「ルーズベルトは民主主義者から民主主義左派・過激民主主義者を経て、
 社会主義者、そして共産主義支持者へと変貌していった」と述べている。
・ハミルトン・フィッシュは、同著で当時の共和党下院議員の九十%が日本との戦争に反対していた事実を
 明らかにしており、ハルノートを指して「これによって日本には、
 自殺するか、降服するか、さもなくば戦うかの選択しか残されなかった」と強く批判。
Posted by 猫メディア at 2005年08月05日 20:57
猫メディア様
ありがとうございます!

うろ覚えの記憶にあったアメリカ人・ハミルトン・フッシュ議員の著書を早速読んでみようと思います。

確かに存在した(当初は、多数派だった)少数意見。
それが、抹殺されていく過程が、アメリカ人の目から、どう見えたのか?戦争という個人では止めようのない大きな流れを彼は、どう、思ったのでしょうか?

戦争に至るまでの最大の原因。
私は、「無知」だと思っています。後から「こうしていれば……」と思えるのは、そのときの状況を「知った」から。
上手く説明できませんが、戦後を生きる私たちが、いちばんしなけらばならないことは、「当時を知ること」。当時を生きた人を、その考えや思いを、知ったうえで、自分なりの考えや意見を創り上げていくことこそが、大事なのではないかと思います。


意味不明かも……(汗)






Posted by 奈菜氏 at 2005年08月05日 23:38
 いろいろなご意見をありがとうございます。
 初めてあんな風に自分の政治的意見を述べたので、とても緊張しました。
 自分の発言に何かありましたら、遠慮無く仰ってくださると助かります。

>紀伊国屋さん
>いつも思うのだが、何故60年前の戦争に対してのみ

 自分は、何も六十年前の戦争のみを反省しろとか、そういう事を言うつもりはありません。
 紀伊国屋さんが仰るような様々な事からも学び、進歩していかなくてはならないと思うし、我々の先祖達は実際にそれを実践してきたと思います。今回は話題的に六十年前の話のみを取り上げる形になってしまいましたが、何もそれだが特別なのでは無いのは理解しているつもりです。
 また、六十年前の戦争を含め、歴史は出来る限り忘れない方が、己自身や後々の人々にとっても有益だと考えます(勿論忘れるべき事も有りますが)。データ、知識は我々人間の最大の武器ですから、どれだけの時がたったとしても、きっと学ぶべき事はそこにあるのだと思います。
 風化については、”忘れない”ということとは別物です。記憶も物も、時間と共に風化するのが世の定めです。我々に出来るのは、風化する前に出来る限り真実に近い、多方面からの形でそれらを記録し、後々の知識となるように努力するしか有りません。

>日本が敗れた戦争だから戦争の記憶を風化させるなというのを報復主義と言うのではないだろうか?

 日本にとって、日本列島外の土地の人々との戦争――それも近代兵器を使って行った戦における敗北は、貴重なデータだからです。日本は大陸の国々に比べて他国と戦争を行ったことが少なく、敗北の経験も少ない。そんな我々の歴史において、悲劇ではあるけれど、あの戦争はとても良い教科書になると思うのです。少なくとも、万が一再び戦争に巻き込まれた場合、あのような結末になる可能性は多少は少なくなるはずだと思います。
 例えば、韓国やイタリアとは同盟を結ばないとか……まぁ、これはジョークですが(笑)
 何をともあれ一番は、あのような悲劇をもう一度起こらないようにする。そう思う為にも、自分にはあの戦争を忘れる事は出来ません。

>なぜ文化大革命の記憶の風化には抗議をしないのだろうか?チベットや朝鮮戦争について教科書に記述を求めないのであろうか。

 自分もこれはとんでもない事だと思ってます。これらを含め、アフリカ・中東・アジア各国で現在進行形で起こっている悲劇は、なんとしてでも解決して行かなくてはならない問題だと考えています。
 一番恐ろしいのは、こういった悲劇が起こっている事を知らないという事・無関心である事です。利権によってがんじがらめになったマスコミが信用ならない以上、私たちは、インターネットなどを使って、より一人でも多くの人に事実を伝え、解決の道を探さねばなりません。
 私たち国民が声を上げ続ければ、いつかマスコミや政府も動かざる得なくなるかもしれません。微力ながら、自分も努力を続けたいと思います。


>小野まささん

 実は、自分自身は小野さんの仰るとおり、ナチスドイツの指導者の責任放棄の発言に辟易しており、敗戦後の日本人の振る舞いは、誇りに思って良い程の物だったと自負しております。
 それでもなお、先ほどのレスをしてしまった非礼を、まず謝りたい。自分は、自覚しながらもきれい事ばかりを言ってました。
 しかし、撤回はいたしません。自分は、先ほど書いた内容が他者の誇りを守る最低限の行為だと考えるからです。
 正直なお返事をいただき、とても感謝しております。

>>冒してしまった過ちを再び繰り返さぬように考え、行動することと

 自分は、あの戦争を正当化は出来ませんが、否定するつもりは毛頭ありません。仰るとおり、あの時の日本に戦争の回避は不可能だったでしょう。
 説明不足でしたが、”冒してしまった過ち”とは、なにも日本の罪だけを指すことでは有りません。過ちという表現が誤解を与えてしまったかもしれません。
 私がまさに言いたいのは、最後に仰った「こうすれば戦争も亡国も回避できた」と考える事が、”現在”出来るという事なのです。私たちは、それから学ぶことが出来ます。
 当時の情勢、人々を戦後および現在の価値観で裁くことは、東京裁判を見て解るように明らかに間違いですが、裁くのではなく、考え、思いを馳せることはきっと間違いでは無いと思います。


>猫メディアさん

 ありがとうございます。明日にでも、図書館にて探してみたいと思います。


 またまた長文失礼。自分は簡潔に言いたいことを纏める能力が必要なようです。
Posted by Numb at 2005年08月05日 23:44
Posted by at 2005年08月06日 00:12
奈菜氏様
>意味不明かも……(汗)
いえ、実に的確に確信を言い当てておられると
思います。
現代ほどの情報化時代でさえ、
「当時の共和党下院議員の九十%が日本との戦争に反対していた事実」
を知らない日本人がどれほどに多いことか。
ましてや、情報収集が極めて困難だった当時の
日本人がアメリカ共和党陣営の心を知ることなど
到底なしえなかったのだと思います。
まさに恐ろしいのは「無知」ですね。

ハミルトン フィッシュの著書は下記になります。
日米・開戦の悲劇―誰が第二次大戦を招いたのか PHP文庫
ハミルトン フィッシュ (著), Hamilton Fish (原著), 岡崎 久彦 (翻訳)

しかし、もし絶版になってるといけないので、
最新の関連書籍を紹介しておきます。
日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略
深田 匠。
高木書房。

Numb様
向学心の熱心さに敬服いたします。
知識はすなあち武器ですから、これからも
一層のご活躍を期待いたします。
Posted by 猫メディア at 2005年08月06日 00:33
> Numbさん

僕には後知恵でも「戦争と亡国」を両方回避する手段は思いつかないです。僕は日本の辿った軌跡が唯一の活路だったと思います。あの状況では一旦負けて滅びるしかなかったんです。故に、あの戦争は悲惨な失敗ではなく「成功」なのだと思っています。日本人の精神に致命的な断絶や荒廃を生まずして生き延びたのですから。戦争を回避することも、米国に勝つことも不可能だったのですから。今、日本が世界の中で相当のプレゼンスを持って繁栄している以上、それが正解ではないでしょうか。

勿論、亡くなった人達は還らない訳で「成功」というと冒涜に聞こえるかも知れません。しかし、サヨクの様に『軍国主義者に騙され犠牲になった可哀想な人達』とされて死者や遺族が浮かばれるでしょうか。僕は敢えて『この国の活路を開くために犠牲になった』と称えお礼を言います。それが死者と遺族を遇する礼儀だと思います。

さて、あの戦争の「失敗」ではなく「成功」に教訓を見出すならば『人命を犠牲にしても守らねばならないモノがある』ということではないでしょうか。
そのモノとは日本人としての誇りです。誇りが無ければモラルも自主性も連帯感も生まれません。中国人や朝鮮人が何故あの様に怠惰でモラルが無く、機会主義で、同族同士で騙しあい、外国籍を欲しがるのか、そして、殊更に「民族の誇り」を口にするのか、全ては本当のプライドが無いからです。プライドを喪失すると民族は「ああなる」という見本です。そして、その不幸は子孫半永久的に引継がれるのです。

今、日本が立たされている危機も同じではないでしょうか。中国や北朝鮮はミサイルをチラ付かせ日本に理不尽な譲歩を迫ります。突如、一部の島を占領して居座るかも知れません。戦えば犠牲者が出るのは避けられませんが、戦わず譲歩を繰り返していたらどうなるか( 社民党ならば『1億人が被支配民として中国、乃至、北朝鮮の軍政の下に置かれても戦争はするな』と云うでしょうが )。
国土が削られていくのは置いても、被占領民を見捨てることで、腰抜けを自覚することで、世界の嘲笑を買うことで、日本人の精神に取り返しの付かないトラウマが残るでしょう。それは必ずや日本人の唯一の財産かもしれないモラルを回復不可能な形で損ないます。
モノは失っても簡単に取り戻せる。人命は取り返しが付かない。それでも『人命を犠牲にしても守らねばならないモノがある』のだと思います。

あの戦争を「成功」と云いましたが、欲を言えば、幕の引き方は改善の余地がありますね。陛下も『もう少し戦果を・・・』で大チョンボしており、それが無ければ、沖縄と北方領土は最初から保全され、原爆も落ちなかった可能性があります。ただ、余力を全て失って敗戦したが故に「しこり」が残らなかったのかも知れません。「東京裁判史観」は戦後の政治家の過失でしょう。国家として60年代頃から強硬に異議を唱えるべきであったと思います。

後、「戦争と亡国」を回避する手段として、ひたすら何もせず窮乏に耐え、国内には勇ましいことを云い、言葉だけで米国を非難して時間稼ぎをすれば何とかなった気がします(運が良ければ中国北部の油田を掘り当て問題解決かも)。でも、それって・・・あの国と同じなんじゃ・・・

スマソ、すげえ長文になっちゃった。
Posted by 小野まさ at 2005年08月06日 11:06
野菜農家さん,

> 敗戦後すぐに始まった、天皇の国内巡回は各地で民衆の大歓迎を受けました。戦争に負けたのに元首への思いが変わらなかった国は歴史上でも日本くらいじゃないでしょうか?日本人が現在の米国に対してなんとなく好意を持ってるのも、天皇制を存続させたことが大きいと思います。

なぜGHQは天皇(野菜農家さんのおっしゃってる元首)を処刑しなかったのでしょうか?その回答のなかに戦後60年の日米関係の全ての鍵が隠されているような気がします。
Posted by th at 2005年08月06日 15:56
>猫メディア氏ほか
共和党ばかり持ち上げて民主党を貶す傾向が強いですが、
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20050806/eve_____kok_____000.shtmlによれば
「共和党員の73%が原爆投下を支持する一方、民主党員の支持は47%で、所属政党の違いで原爆投下に対する賛否が異なっていることも浮き彫りになった。」そうですよ。ここの人たちが言う共和党、ネオコンの親日イメージはけっこう願望が入ってるような気がします。
Posted by BSE at 2005年08月06日 21:35
>紀伊国屋さん
>>何故60年前の戦争に対して…
その疑問のバックボーンには、幾つもの要素がありそうですが、おこがましくも自論を。
1.情報量
技術の進歩に伴い、やはり記録される情報・残存する情報に大きな差があると思います。あとはリアル(?)な情報。先日TV朝日で旧帝国軍人さんたちが「朝生」(ご高齢のため事前の収録→録画でしたが)ご出演なされ、貴重なお話をされていました。
2.戦種
国内戦と対外戦で意味合いが大きくちがうのではないかと思います。応仁なり関が原なり、勝者も敗者も日本人であり、そのどちらもが今の日本の礎となっています。一方対外戦では勝者か敗者かどちらかが日本人以外となります。自国の礎に自国以外の犠牲者が含まれることに。島国として侵略と言うものから隔離された日本にとって、コレは大きな意味を持つのではないでしょうか?なので元寇・秀吉の出兵・開国時・日清日露・WWI・IIあたりでしょうか
3.GHQ
WWII以前は争いが終わった後に「戦力の不保持」という決まりはなかった。(そんなきまりは権力者の自衛すらままならない。)だから「戦争」自体は「外交手段」として当たり前として考えられていた。そこにきて憲法9条。さらに「日本が悪い」という自虐史観たっぷりの教育など。

以上、ざっと思いついた限りで。多分「過ち」としてみるのなら「外交失敗」としてだろうし、「戦争」を見るのなら「反省」でしょう。現在の戦争観がヘンだとは思います。
Posted by くらん at 2005年08月07日 01:33
>BSEさん
だから、ここのブログで、
「歴史の耐えられない軽さ」で3回にわたって、
原爆投下を悪としながら徹底して日本を侮辱する
民主党支持者と、
原爆投下を肯定しながらも日本に好意的な
共和党支持者の例が再三にわたって
述べられてきたのに、
どうやら内容をお読みになっておられない
ようですね。
Posted by 猫メディア at 2005年08月07日 03:59
BSEさん、民主党のこのような行動をどのように
評価されているのですか?
http://www.melma.com/mag/56/m00000256/a00000613.html
■何故クリントン反日親中国政権以降テロリズムが増大したのか?■
■クリントン政権の犯罪的反日政策の真相■

 クリントン政権はその誕生時から中国工作機関から政治工作
資金を大量に秘密裏に得、在米中国人団体の選挙協力などによ
り現職ブッシュを破って大統領になることが出来た。

 そして中国工作機関はその見かえりとして徹底的な反日政治
工作をクリントン政権に行わせた。中国工作機関は例えばクリ
ントン民主党政権への選挙工作資金提供のためインドネシア華
僑財閥リッポー財閥経由多額の資金を注入しそのバーターとし
て反日親中国の経済外交政策の実施を働きかけたと言われてい
る。この事実は国際情勢を知るものは誰でも知っている有名な
事実だが日本のマスコミはこの事実を完全に隠蔽しており中国
とクリントン政権の腐敗した関係を一切報道していない。尚、
この事実は藤井厳喜氏の著作”アメリカ株急落、日本株急騰す
る日(日新報道)”でも書かれているので興味のある人はこの
本を読まれると良い。

   また共和党の民主党への糾弾によると、クリントンは選挙資
金欲しさのため米国の核弾頭ミサイルの技術を選挙資金提供の
見かえりとして流出させたということである。実際に最近中国
は東風ミサイルの多弾頭(MIRV化)など弾道ミサイル技術
を急激に向上させている。


   日本国内での反日プロパガンダは、例えばP&Gがテレビ朝
日スポンサーとなるバーターとしてテレビ朝日に反日親中国番
組作製斡旋したという公安情報がある。P&Gの資金提供によ
り朝日は、朝のCNNニュースの報道を日本で放映していると
いうことである。ロビー団体の仲介で朝日新聞とニューヨーク
タイムスとワシントンポストとの関係が構築され両者が朝日反
日報道を米国内で垂れ流している。またハリウッドなどの娯楽
業界でも、中国工作機関と一部ハリウッド企業が手を組み日本
人の名誉を傷つけ国際的に陥れようとする傾向がある。ウオル
ト・ディズニーの反日映画大作パールハーバーなどもその一つ
である。

 国内での社民党や松井やより等を中心とした犯罪的な一大反
日捏造プロパガンダ「女性戦犯法廷」なども中国と民主党政権
の組んだ反日工作の可能性が高い。
Posted by 猫メディア at 2005年08月07日 04:05
私にはこの先の事はわかりませんが
中国と米国がいよいよ覇権を争う時期がきたら
日本の政権党と米国の政権党の組み合わせ具合により
良くてコンクリートミキサーにぶち込まれるほどで
悪ければ苛性ソーダのタンクに突き落とされるのかな
とただ漠然として思い恐れています
Posted by 芭蕉果汁 at 2005年08月07日 15:13
oribeさんへ…

 僭越ですし、本文内容とかなり関係ありませんが、
「ー」ロバ「ー」ト・ペン・ウォ「ー」レン
「ー」ウィリアム・フォ「ー」クナ「ー」

読まれる事を前提に公表するのでしたら、表音記号と引用記号を使い分けた方が宜しいと思われます。
Posted by at 2005年08月08日 14:05
眠い頭に鞭打ってこれ書いてますが
原爆にせよ何にせよ、歴史を「決着させるモノ」と見れば、遺恨の温床であり続ける。
Posted by ネコノテ at 2005年08月08日 16:11
>芭蕉果汁さん
>良くてコンクリートミキサーにぶち込まれるほどで
>悪ければ苛性ソーダのタンクに突き落とされるのかな

不謹慎なことを云わないように!
米国の敵になった場合は、犬の餌になり、
中国の敵になった場合は、人民の栄養になるだけです!
Posted by 小野まさ at 2005年08月08日 20:31
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