津波警報で大事なのは、警報をいかに迅速に人々に伝えるかということと並んで、いかに余計な警報をしないかということにあります。
津波が起きそうなときにいちいち大げさに警報を出して、そのほとんどのケースで実際に津波がこなかった場合、人々は津波警報を信用せず、無視するようになるからです。
こちらのブログ NewsBusters(英語)によれば、14日の朝、アメリカNBCの朝ニュースショー「トゥデイ」で、面白いことがあったそうです。
アメリカの北東部では、長雨のため各地で洪水が起きています。「トゥデイ」では、冠水した町の通りから、カヌーに乗った女性リポーターが生中継でこう伝えました。
おはようございます。激しい雨はやみましたが、洪水は続いています。昨日パセイック川が決壊したため、ここは川の一部になってしまっています。カヌーをコントロールするのはとても大変です。
しかしなんと、こう語る最中に彼女の乗ったカヌーの前を二人の住民が歩いて横切ったのです。その様子から見ると、水の深さはせいぜい5センチ程度!
台風が来たときなど、日本でもリポーターがずぶ濡れになりながら大げさに伝えて、地元の住民から笑われたりすることは良くありますが、ここまで見事な失敗はそうはありません。

奇跡の瞬間!
まるでコメディのようなワンシーンに興味がある方は、NewsBustersさんのリンクからダウンロードして<Rea l/Windows Media >お楽しみください。
さて、この失敗で皮肉なのは、洪水の次に紹介したニュースが、「ブッシュ大統領とイラク駐留米兵の会話のやらせ疑惑」だったことです。
これは、その前日に行われたブッシュ大統領とイラク駐留米兵を衛星回線で結んで行われた会話の内容が、演出されたものだったのではないかという疑惑です。
大統領と兵士の会話がどこまでやらせだったのかはわかりませんが、自分たちのやらせをまざまざと見せつけた後に政府のやらせを伝えても、説得力がないというか何というか…。
別に何でもかんでも大げさに伝え、それで何の後遺症も残さず楽しいだけならいいのですが、何も起きなかった時の津波警報と同じで、こういうことが続くと正しい情報も価値を失い、大事な情報がそれにふさわしいインパクトを持たなくなってしまいます。
「カトリーナ」では、洪水発生直後に犠牲者1万人以上説が流布し、実際には1000人程度でした。
パキスタンで起きた大地震では、発生当初犠牲者は数千人と言われ、2日後くらいに1万8千人にふくらみ、今では3万人を超えると言われています。
地震が起きたカシミール地方の状況を考えれば、犠牲者は本当にとても多いのだと思います。しかしぼくは最初このニュースを聞いたとき、遠い異国の地で起きた災害ということを差し引いても、不思議とあまりショックを受けませんでした。地震災害史上に残る大災害なのですが…。

マスコミのモラルの低下はどこの国も同じようで…目先の視聴率に囚われて信用を失うことの重要性を、なぜ軽視するのでしょうか。ネットの発達によってこういった嘘があっというまにばれてしまうことに、情報の専門化であるマスコミはなぜ気付かないのでしょうか。その原因は、やはり日本のマスコミと同じようにエリート意識からくる傲慢にあるのでしょうか…
“強風の中、立っているのもやっとといった雰囲気でレポートしていた”
のに、報告が終わると (カメラが回りつづけているのを知らずに) 背を
伸ばしてすたすたと歩いていった、という…。
必死で風に耐えるも立っていられなくなりしゃがみ込むレポーターと、その有様を真顔で心配するスタジオの司会者・アシスタント・コメンテータ達。
しかし、中継終了と勘違いしたレポーターがスタスタ歩き出すところが、しっかり放送されてしまいましたw
色々なblogで評判になり、批判の的になりましたが、マスゴミの報道もなく……
それをマスコミ自身がいってもねぇ(特に、ニュース2○の筑○さんがいっても、ねぇ)。
普段から嘘を吐きっぱなしだから、嘘と事実の違いが分からなくなってきたのではないでしょうか、マ○コミは。
ところで、こういう災害の時によくある、災害義援募金とかも、結構胡散臭いよね(例えば、ドラ○もん募金とか)。
どれだけの収支決済があり、そしてより重要な、どんなところに、お金が流れ、どんな使い方がされているか、分かったものではありませんね。
まぁ、被災者や子供等、弱者を利用して、お涙頂戴的手法は、マスコミに限らず、映画等も同様でしょうね。
毎日楽しみに拝見させていただいております。
笑って良いのか悲しんだほうが良いのか、複雑な気持ちです・・・
小泉劇場を非難しながら、マドンナ議員や杉村議員を追いかけ続けるありさまは、一人ボケツッコミとしか思えません。
カトリーナの被災の時も、
「現地ではレイプや殺人が横行しています。貧富の差が大きい社会では・・・」
とやってましたが、後日現地メディアの誤報と判明。新聞では訂正してましたが、TVでは垂れ流したまま放置です。
テレビも撮影者や編集者を公表するようになってどうやらマトモになってくるんじゃないのかな?
時間にも制限があるでしょうし、全てがフリートークなんて
そっちの方がありえないと思いますけど。
何かもう、ただ
m9( ^Д^ )プギャーッ!!
って感じですね・・・・・・。
ttp://niku.name/media/1/20050906-typhoon.mpeg
災害救援募金の類は素直に赤十字に任せるのが吉ではないかと。例えばドラえ○ん募金で「1000円送ろうと思ったら 10回電話」なんて冗談じゃないと思ったりします。
マスコミの演出が洪水警報の信頼性を落とすという話と。
マスコミはブッシュの会話の演出を疑う。
しかしマスコミ自体に演出が横行しているじゃないかという皮肉。
でも結局、ブッシュにも演出があるのもまた皮肉。
情報社会こそ演出が溢れるものなのかもしれません。
「暴風雨の中でわざわざ原稿を読む」
ってリポートの形態が既に一種のギャグと化しつつあると思うのですが(w。
今年の台風報道で実家のある九州からの中継に接する機会が多かったのですが、中には苦笑いが込み上げる内容のものも…。
平時に乱を起こす類のクダラナーイ下劣な訴訟の「営業」に飛び廻っとる米国の法律家のスカトロ銀蝿の皆さんは、こんなに美味しそうな餌に飛びつかずに何をしとるのかね。
鳥取で人権侵害救済条例が採決されましたが、今度は東京都多摩市だそうです。
↓2ちゃんねるより
573 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2005/10/15(土) 19:52:03 ID:rTvhn0to0
東京都の多摩市でも成立される見通しらしい。。。
当方、多摩市民です。不安で仕方ありません。
皆さんなんとかして下さい!
http://kanto.machi.to/bbs/read.pl?BBS=tama&KEY=1128421704&START=220&END=220-
↓当面の抗議先
多摩市 公式ホームページ
http://www.city.tama.tokyo.jp/ssl2.html
東京都 公式ホームページ
http://www.metro.tokyo.jp/POLICY/TOMIN/iken.htm
ホントは喜んでちゃダメなんだけど、こーゆー 「非常識」 が常識化してる事を、もっと認識しないとダメですよね。
視聴者はリアリティーを求めてるんだから、災害のときは災害らしく報道してくれないと、臨場感が感じられないんじゃないかなあ。
せっかくその気になって見てたのに、聖者の出現でファンタジーが崩れ去ったって怒ってるのならまだわかりますが、そこでひどいヤラセだってのは筋違いだと思います。
ブッシュさんの件に関してもおんなじで、仮に多少の演出があったとしても、それは当然のことで、まったく問題ないと考えます。
私は、今回の聖者の出現と、たとえばアサヒの虚偽報道のようなマスコミの根本的に腐った部分とは、問題の本質としてまったく別物だと思います。
それを同列にとらえて批判するのは、問題の矮小化につながるんじゃないかなあ。
矛盾してません?報道機関はリアルで起こったことを、正しく伝えること期待されているのだから誇張や演出はしてはいけません。
そういった嘘を平気で報道するという精神がマスコミを腐らせているんじゃないですか?小さな悪が土台になって大きな悪になるのです。
朝日の虚偽報道も聖者の出現も、結局は情報をコントロールできる、それにより大衆をコントロールできる、というマスコミの傲慢という点では同一じゃないですかね。
それによりマスコミが笑われる対象に落ちていくという点でもね。
洪水は本当にそういう所があるのなら、やってもいいかもしれないけど。
周りのスタッフも止めればよかったのにね。
台風報道なんかはもうすでに形式美ですね。
サンゴに落書きして環境破壊の警鐘を鳴らさねば!
↓
台風危険を演出して愚民が海の近くにいかないようにせねば!
>リアリティーを求めてるんだから、
>災害のときは災害らしく報道してくれないと
すぐ下でクァグマ氏にツッコまれてますが、矛盾してますな。
「災害らしく」というのなら、最も被害が大きい部分をピックアップすれば良いだけで、膝下の水位にカヌーを浮かべるのは歪曲であり捏造。
それを許すと、は氏の言うように 「メッセージを伝えるための事件捏造」 すら許されるわけで。
目的は手段を正当化しない。
これ常識。
「いい年をした大人がなぜわざわざ特に危険な場所へ行って実況しなければならないのか。報道関係者だからこそ、そうした行為は慎むべき。」
という批判があって、昔のように高波が打ち付けるような場所へ行っての実況はなくなったようですが、最近また復活してきたようですね。
特に被害の大きい部分ばかりピックアップというのもそれはそれで問題なような。
新潟地震で実家に帰った人は
「確かに山古志村は大変な事になったけど、新潟の家は元々豪雪に耐えるように作られてるから、長岡市内はそんなにひどい状況じゃないのよ。TVでは全壊した家ばかり映してるけど、あれは元々相当ボロボロになっていた家。東京に戻ってからTV見ると『長岡駅崩壊の恐れ』ってやってたけど、結局大丈夫だったし。」と言っていました。
センセーショナルな方が、視聴率や救援募金が獲得しやすいのかもしれませんが。
上のコメント「リアリティー→現実っぽさ」に訂正したら、矛盾しなくなりますかね。
台風の中でスラリと立っていたら、それこそ不自然じゃないかって思ったんですが、まぎらわしい表現をして申し訳ありません。
私は、より現実っぽさを増すためのヤラセは許されると考えています。
視聴者は要するに事実関係さえわかればそれでいいわけで、そのためにはテレビの他にも新聞やネット等いろいろあります。
テレビの優位性の一つはその速報性であるとか言われてましたが、それがネットの発達でほぼ無くなってしまいました。
それでテレビは他との差別化のために、ニュースのバラエティ番組化を進めてるんだと思います。
そうなってくると、ヤラセや誇張が入ってくるのは当然じゃないのかな。
「リアルで起こったことを、正しく」知るだけなら、新聞やネットで十分でしょう。
個人的には、台風の報道なんかはスラリと立って実況するよりも、なんだか大変そうに実況してくれる方が好きだし、面白いと思うけどなあ。
ところで、よくわからないんですが、ヤラセ=嘘なのでしょうか。
私はヤラセは盛り上げるための演出の一種であって、それは嘘ではないと考えてます。
仮に嘘だとしても、それは必要悪であり、許されるものだと思います。
というか本音では「ヤラセだろうが何だろうが、やりたいようにやらせればいい。気に入らなければ見なけりゃいいだけ」なんですが。
「そういった嘘を平気で報道するという精神がマスコミを腐らせている」というのはその通りだと思います。
ただ、マスコミという存在自体が、ほっといたら腐るようにできており、「嘘を平気で報道する」のは、その結果に過ぎないんじゃないかなあ。
メッセージ性についての問題は、自分でもよくわかってないのでコメントは控えます。
ただ、メッセージ性の有無が、許されるヤラセの境界線のような気はします。
長文失礼しました。
↓「テレビは出ていけ!」 佐藤栄作とホリエモンの場合 (小窓開) [10月16日]
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/seiron.html
(ここ、賞味期限があります)
他人に編集されずに自分の伝えたいことを伝えたいなら、テレビの生中継&ネットですね。
新聞でもテレビでもネットにも編集・演出が入って素材はどうにでもいじくることができるという意味ではおんなじです。定点カメラの生中継でさえ、・・・。
「リアリティー→現実っぽさ」を求めるのは、映画やドラマのように創作話の場合に使う言葉だと思います。
ニュースや新聞に求めているものは、「実話」を元にした「創作話」ですか?一般的に言えば、そうでないと思います。
また、「10人死亡」という事故と、「100人死傷」という事故の記事があったとします。さて、どちらの事故の方が規模が大きかったのでしょうか?「被害者」の数では、「100人死傷」の方が大きいでけど、「死者」の数ではわかりませんよね?「100人死傷」では1人亡くなっていても、99人亡くなっていても、「100人死傷」ですから。
百歩譲って、あなたのいうように、嘘や大げさがないニュースは面白くないので、するのが当然としましょう。では、そういうニュースを報道する側の姿勢は、「すべてが真実というわけではない」ニュースを提供しているという姿勢で臨まなくてはいけないのに、「すべてが真実である」ニュースを提供している姿勢で臨んでいませんか?ましてや、「すべて真実」の報道するマスコミは「正義」であり、「義務」であると勘違いしてませんか?(ましてや、マスコミの報道はすべて「真実」だと、傲慢な態度いませんか?)
まぁ、全てのニュースにすべて真実というのは難しいかもしれませんが、嘘、大げさを簡単に許すようでは、中国や韓国のように、歴史を歪曲・捏造すると、どうようではないでしょうか?
(何人亡くなった分からないもの、センセーションなものにするために、調査もせず30万人というのと、同様なレベルに思えます)
災害のときって案外そんなもんだし。面白がることじゃないですしね。
壊れた家や木がしなっているところを撮ればいいんですよ。
TV局の人間が後から見たときに「これはやらせだ」とか分かんないんでしょうし、
記録としての意味を考えてもまずいです。
>テレビは他との差別化のために、ニュースのバラエティ番組化を進めてるんだと思います。
そうなってくると、ヤラセや誇張が入ってくるのは当然じゃないのかな
全て事実関係がわかった上で誇張を楽しめる余裕があるならそれでも良いのかもしれませんが、そもそも事件が起こっている最中には何が事実かすらわからない事がほとんどではないでしょうか。ネットによる速報性といっても事実のほんの一部でしかないでしょうし。
結局マスコミが伝えようとする「事実」というのは、その時点でのマスコミが「事実と思った事」でしかないわけで、そこにさらに誇張を加えたりしたら事実からとんでもなくかけ離れたシロモノになってしまう恐れがあるのでは?
私が見たのは、NBCの夕方のニュースです。晩御飯つくりながらテレビを流していたので細かいことまではわかりませんが、「やらせ疑惑」というよりは、「支持率下がって大統領演出に必死?」てなニュアンスの報道だったように思います。他の局で、どんなニュアンスで報道されたのかまでは、わかりません。
そういった「演出」のためにそれを専門とする人が雇われているなんてことは別にめずらしくも何ともないことなので(特に大統領選挙とかの際)、特に驚くこともなかったです。ま、リハーサル風景は流しちゃまずいよねー、程度の感想しかありませんでした、個人的には。
民主主義において情報の重要さを、改めて説明する必要はないと思いますが、誤った情報に踊らされる衆愚政治や、言論の自由のない統制された世界を見れば一目瞭然ですね。
そして、日本のマスコミが、そういった国の実態を報道しない事実も踏まえれば、情報の正確さは、面白さよりも、重要であると言えるのではないでしょうか?
(事実は一つですが、情報の送り手の思惑により、ミスリードされるものです。それを見破る目を、我々が身につけることも、重要ではないでしょうか?)
私は、ヤラセというのはテレビが映像メディアである以上は避けられない、構造的な問題なのではないかと思ってます。
それが構造上の問題である以上、悪であると言って糾弾するのは無意味ではないかと思います。
それよりも、Marsさんが指摘されたような不作為の方が、より危険なんじゃないかなあ。
どちらも自分達に都合がいいように情報を操作しようとするという構造が見られる点では、根は同じなのかもしれませんが。
そもそも、「事実を正確に知る」ことに意味があるんでしょうか。
たとえば、イラク戦争での米軍の死傷者数は正確に知ることができますが、イラク側のものはいくつか統計が出てるけど、かなりバラバラだったように思います。
中国の弾圧にいたっては、おおよその実態さえはっきりしていません。
これは、しょせんは箱(テレビ)の中の出来事だから、他人事だから、視聴者もこの程度で満足しているように思います。
(自分に直接かかわりのない)事実を正確に知りたいと思うことは、結局は自己満足のためなんじゃないかなあ。
「送り手のミスリードを見破る目を身につける」ことはたしかに大事ですが、送り手側も一生懸命ミスリードしようとがんばってるんだから、なかなか難しいと思います。
そういう意味では、今のところネットは比較的安全なようですが、あまりネットを過信しすぎるのも危険なんじゃないかって気もしますね。
聖者の言葉を信じる人だけが奇跡を起こせるという
自然科学を無視してでも聖者の言葉を信じよ!
信仰が全ての世界だ!
という人間や自然をバカにする妄言の事でもあると思っています。
ネットの速報性やら正確性真実性を
ことさらに大きく評価していませんか?
ネットで一番信用できないのは正確性真実性でしょ?
確かに現地の個人の生のレポートが載ったりだとか
暴露性もあるにはあるけど情報を見極める目だなんていったって
どだい無理で限界のある話ですよ。
マスコミへ突き付けた刃は同時にネットに対する課題でもある。
って何を言いたいかまとめきれんかったわ。失礼。
大袈裟にも程がある。
豊岡市の中心部8割が浸水というのは広く報道されましたがそれ以外でも広範囲で浸水がありました
でも確か直後に新潟中越地震があったせいもあってか
そういったことについてあまり報道はなかったように思います
まぁ報道されたからと言ってどうなるというものでもないので特に不満があったわけじゃありませんが
毎年のようにどこかでいろいろな災害があって
その被害者が沢山いてもあくまで他人事ですが
自分や近所の人たちのように次の日から助け合って復興にむかって努力し数日で何事も無かったように日常にもどってしまう生命力のようなものはなかなか報道もされないし体験しないと実感の湧かないことだなぁと思ったものです
余談ですが浸水しても動く相当古い冷蔵庫とテレビにはビックリしました
家具も高いものほど被害は低かったですね
現地で活動している日本人記者が少ないことも現実感の希薄さに関係しているのでしょうか?
今回の関東での地震でもそうでしたが、最近の地震報道では落下したビンや崩れたブロック塀など「絵になる」ところをわざわざ探してきて流しているという印象を受けます。地震のなかった地域に、今回の地震は「たいしたことなかった」という情報を伝える勇気を持ってほしいものです。
そしてパキスタン地震については被害に見合った報道量を確保してほしいですね。おっしゃるように数字を一度読んだだけではピンと来ない自分が確かにいます。やはりテレビでの取り上げ方や新聞の活字の大きさに左右されるのはどうしようもないということでしょうか。
はある程度決まってしまうのだなということか。