2012年01月25日

三丁目の夕日と懐かしさ

「懐かしい」という言葉があります。これにあたる単語は、英語にはありません。

こちらの英語のエッセイによくまとめられているように、「懐かしい」にあたる英単語として「Nostalgic」をあげる人は多いですが、日本人が「懐かしいなー」と口にする調子で、「How nostalgic!」と感嘆したりすることはまずありません。「Nostalgic」という言葉は、現在を捨てて過去を取り戻したいという、マイナスかつ重い響きを持ち、「懐かしい」の持つ暖かみ、今日を生きつつ過去に思いを馳せる、前向きな軽やかさに欠けるのです。

英語人が「懐かしい」という感覚を持たないわけではありません。しかしそれに合う言葉がないので、「学生の頃を思い出すねー」とか「子供の頃よくここで遊んだっけなー」と、ケースバイケースでいちいち文章を組み立てなくてはならないのです。

だから日本語を勉強して、「懐かしい」という表現を覚えた英語人は、「Very Natsukasii」などと、日本語をそのまま使い始めたりします。「Natsukashii」はいい言葉なので、英語に根付かせようとしている人も結構見かけます。

さて、なんで「懐かしい」という言葉をとりあげたかというと、先日公開された映画「ALWAYS 三丁目の夕日」について考えていたからです。最新作はまだ見ていませんが、1作目と2作目は、たまらなく懐かしい気持ちにさせてくれる、いい映画でした。

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ところがぼくは、映画の舞台である昭和30年代にはまだ生まれておらず、あの時代を知りません。知りもしないのに、懐かしく思うなんてへんです。そう思ってウェブで調べてみたら、平成生まれの人までが、あの映画を見て「懐かしい」を連発しています。不思議なことです。

ひょっとして昭和30年代というのは、どの世代の人にとっても懐かしい、普遍的な懐かしさを秘めた時代なのでしょうか?いや、そうとは思えません。というのは、まさにあの時代を生きた、当の夕日町の住人にあたる人たちが、それほどあの時代を懐かしい時代としてとらえている気配がないからです。

たとえばぼくの両親は、あの時代にともに田舎から集団就職で上京し、下町で暮らしていました。父は町工場に就職して東京タワーの建設にもたずさわり、母はまさに「六ちゃん」のように、中卒で上京して住み込みで働きました。ところが2人とも、あの時代を懐かしく語ったことはありません。

うちの両親が特別なのではありません。両親の同世代の友人たちも、飲んだ席などであの時代を懐かしく語るのを、ほとんど聞いたことがありません。彼らが遠い目をして懐かしがるのは、きまって少年少女時代のことで、すいとんを食べたりすれば目を細め、「あの頃は貧乏だけどよかったなー。おまえも大人になればわかるだろうが、やっぱり子供のときが一番だ」などとさんざん言われたものです。

思うに、今でこそ昭和30年代の東京はほのぼのとした世界に見えますが、当時の社会を底辺で支えた大人たちからすれば、非人間的で、耐えるばかりの冷たい世界だったのかもしれません。田舎からよそ者が急激に押し寄せて激変する大都会は、人間関係もギスギスしていたでしょうし、とくにうちの両親のような田舎出身の若者からすれば、劣悪な住環境と、ろくな娯楽もない中ひたすら働く毎日で、腹ペコながらものびのびとした子供時代への想いをつのらせるばかりだったと想像されます。

ではなぜ平成生まれの人までがあの時代を懐かしく思うのでしょうか?おそらくは、あの時代を当然のこととして懐かしく思う世代、「三丁目の夕日」でいえば「淳之介」や「一平」に近い、当時子供だった世代の人々こそが、今の「日本」だからなのではないかと思います。

今の日本人の多くが漠然とイメージする日本は、時代を超えて存在するなにかではなく、昭和30年代の子供たちともに生まれ、成熟し、そして今衰えようとしている「日本」なのです。そういう感覚を多くの人が共有しているからこそ、あの時代はみなにとって懐かしく感じられるのではないでしょうか。

あの時代と関係ない人は、懐かしく感じるべきではないと言いたいのではありません。ぼくも「三丁目の夕日」は大好きです。建設中の東京タワーを見るだけで、そこで働く若い父を思い浮かべてウルウルきます。いかにそれが幻想であろうと、過去のある時代に懐かしさを感じて、あたたかい気持ちになれるのは、幸せな財産です。しかし、あの時代を神聖視し、「それと比べて今は…」と嘆いたり、過去への回帰を欲したりすれば、それはぜんぜん違います。

そういうのは、「懐かしい」という前向きな感情とは無縁な、後ろ向きな姿勢です。「あれは懐かしい時代だったなー。さーて今日もがんばるか!」という奇妙なまでの軽やかさこそが、昭和30年代はもちろん、何百年も前からずっとそうしてきた、懐かしいというすばらしい言葉を持つ日本人にふさわしい態度なのです。

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2012年01月22日

赤くて赤くない青春映画

「映画芸術」誌が2011年の日本映画ベストテン&ワーストテンを発表していました。

2011年日本映画ベストテン&ワーストテン

「映画芸術」といえば観念左翼的な雑誌として知られ、毎年恒例のランキングは、妙にひねくれていることでネタ視されています。で、今年のランキングですが、「マイ・バック・ページ」がワースト映画にランクインしていて、さもありなんと思いました。

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「マイ・バック・ページ」は、赤い若者たちが熱く燃えた1970年前後の青春群像で、実際におきた極左による自衛官刺殺事件「赤衛軍事件」(映画の中では赤邦軍)を描いています。似たタイプの映画としては、2008年の「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」がありますが、同じ赤い青春映画でも、こちらは高評価していたので、落差が際立ちます。

赤衛軍事件は、60年代末から70年代初頭にかけて頻発した過激派事件の中で、異彩を放つ事件です。あまりの異質さ、醜悪さに、通常この事件は、一連の「若者の反乱」から除外して考えられています。

朝霞自衛官殺害事件

しかしぼくは、赤衛軍事件こそ、あの時代の急所を突く出来事と見ています。あの時代を振り返る論評は、総じてマスメディアを空気視し、時代を転がすビッグブラザーとしてのマスメディアの役割を無視しています。しかしこの事件では、マスメディアこそ主役で、怪物を作り、怪物に餌をやり、最後には怪物に噛まれてしまいます。

連合赤軍事件が、ビッグブラザーの手の平の上で踊る純粋まっすぐ君が行き着いた極北とするなら、赤衛軍事件は、サイコパス的な男が、トリックスターとしてビッグブラザーを発見し、ビッグブラザーを踊らせた事件なのです。

「マイ・バック・ページ」は、同名の原作を下敷きにしています。事件に関与して逮捕された元朝日新聞社員により書かれた原作は、あの時代を感傷的に振り返るのが流行した1980年代に書かれたせいか、とても感傷的です。著者にはあの時代がトラウマとして残っていて、感傷に流されてはいけないと必死に抵抗しているのですが、結局感傷的にならざるをえないような、そんな作品です。

4582834841マイ・バック・ページ - ある60年代の物語
川本 三郎
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だからぼくは、映画を見るまでとても心配していました。時代の鍵を解く重大な事件が、感傷で処理されてしまうのではないかと。

しかしそれは杞憂でした。この映画は、松山ケンイチ演じるサイコパスのトリックスターを、同情する余地のない偽物として描きます。そのため、そんな小物に振り回されるまわりは、真剣に悩み、真剣に行動すればするほど、救いようのない戯画に堕していきます。そして、あの時代をゴミとして葬る直前に寸止めし、感傷のベールで包んで、肩を抱いてあげるのです。そんな映画が、あの時代を捨て切れない人に嫌な気分を抱かせるのは当然かもしれません。

この映画は、必ずしもマスメディアを攻撃する映画ではありません。妻夫木聡演じる雑誌記者の、サイコパス革命家君に対する「君は誰だ?」という問いかけに、「あなただ」と答えたりはしません。しかし、そういう見方を排除しないところに、映画作りの手練らしいうまさを感じさせます。

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2012年01月13日

フラワーズ・オブ・ウォーはお花畑

反日プロパガンダともいわれる、「南京大虐殺」を描いた映画「フラワーズ・オブ・ウォー」を見ました。

中国では、映画を見た女優が「日本人、くそったれ!」とマイクロブログに書きこんだそうですが、この映画のメインテーマは、反日を煽ることではないと思います。中国を聡明で可憐でか弱い女性として描き、そんな中国を愛し、正しい道へ進めと、アメリカ人に訴える映画です。

暴虐な日本軍はそのダシとしてのみ存在しており、従って日本軍の悪辣ぶりの描き方は、それを主題とするにはいかにも雑です。しかしそれだけに、日本軍は純粋ヒャッハーに昇華しており、ヒャッハーマニア必見の一本に仕上がっています。

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「ヒャッハー!」と雄叫びをあげながら少女をレイプする日本軍

主人公は、クリスチャン・ベール演じるアメリカ人のジョン・ミラー。彼は死人に死化粧を施す「おくりびと」で、戦乱のさなかでもカネと女のことしか考えないろくでなしです。そんな彼が、ひょんなことから教会の神父役を引き受け、教会に避難した少女と売春婦たちを守るはめになり、やがてヒューマンな愛に目覚めていきます。

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杯を交わす米中。見え見えです


一見ろくでなしの物質主義者で、でもハートは大きいというジョン・ミラーは、クリシェ中のクリシェで、アメリカを象徴しています。そして中国を象徴するのは、辛い過去を持つ聡明な売春婦モーです。ジョン・ミラーのモーへの愛の告白こそ、この映画のすべてです。

ジョン:
The way you are now, is what I like the best.
I see you.
I see everything that you've been through.
And I want all of that, Mo.
I want all of it.
I love it.
I love it all.

モー:
Are you going to fall in love with me?

ジョン:
I already have.

アメリカにこう告白して欲しいという、中国政府の想いです。しかし、アメリカ人の遊び人にコロリとなびく中国美女という図式は、人民男子に不満を抱かせかねません。そこでこの映画は、序盤に時間をかけてリー中尉の活躍を描いています。

リー中尉の部隊は、物量で攻める日本軍に決死の特攻で立ち向かい、戦車を何台も破壊する大戦果をあげ、最後に一人残ったリー中尉は、女性たちを守るために大立ち回りを演じ、3、40人の日本兵を道連れに散ります。

映画の前半で死んでしまうリー中尉の活躍は、本筋とは何の関係もありません。しかしやたらと時間をかけて描くために、作品の長尺化(2時間20分)の主因となってしまっています。本来ならカットするところでしょうが、人民男子をなだめるためには、やむを得ない処置であったと思われます。

さて、そんな中国人民とアメリカのラブ・アフェアーの盛り上げ役を務めるわが日本軍は、登場したハナから女狩りに夢中で、おかげで中国軍の残党にこてんぱんにやられてしまいます。

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「フヒヒヒヒ・・・」日本軍はこんなザコキャラばかり


さらに少女しかいない教会にいきなり銃を乱射しながら押し入ると、「女だ!女だ!」「ヒャッハー!」「いっただっきまーす!」とか叫びながら殺しとレイプを楽しみ、その隙をつかれてリー中尉に全滅させられる始末。そして、レイパーたる日本軍の通ったあとには、おきまりの凄惨な死体。

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陰部に棒をつっこまれた死体。だからこれは通州事件の日本人被害者だと何度・・・


と、渡部篤郎演じる長谷川大佐が現れ、ジョン・ミラーに一部兵士の非行をわびると、「教会の安全は保証します」と紳士な態度を見せます。あれ、前評判と違い、結構抑えた描き方してるんだーと油断していると、とんでもありません。実は祝勝会でレイプ大会を開くために、獲物である少女たちを確保していただけという落ちでした。

こんな雑な作りでは、人民はともかく、アメリカ人は釣れないよ。こんな映画をドヤ顔で作っているようでは、中国はまだまだだなと思わせてくれる作品でした。

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2011年11月22日

異世界としての昔の日本

昔の映画を見る楽しみには、時間という判定を乗り越えた名作を愛でるだけでなく、時間により色あせた作品を見て、その色あせた作品を普通に受容して楽しんでいた昔の社会に思いを馳せるというひねくれた楽しみ方もあります。

先日、「大空に乾杯」という1966年封切りの映画を見ました。吉永小百合主演で、当時の花形職業だったスチュワーデスの恋愛模様をコメディタッチで描いた、若者向けのトレンディ映画です。しかしこの作品には今から見ると実に不可解な筋の歪みがあり、そこに当時の日本社会のあり方が透けて見えるような気がしたので書き留めておこうと思います。

当時の超絶アイドルスターである吉永小百合演じる主役のユリコは、おっちょこちょいの新人スチュワーデス。お父さんは大きな病院の内科部長で、裕福な家庭のお嬢さんです。そんな彼女が、花を育てるのに情熱を燃やす貧乏学生に恋をします。ところがユリコはタチバナ財閥の御曹司にも求愛されて、どちらを取るか悩みます。古今東西ありふれたモチーフで、二股がけを選択肢から除外している点を除けば、現代人でも抵抗もなくついていけるストーリーです。しかし、悩むユリコに対する父親のアドバイスが、すごく変なのです。2人で川岸を散歩しながら、お父さんはこう告白します。

昔、貧しい医学生がいてね、その男には同じく貧しい看護婦の恋人がいたんだ。
だが、その男は出世のために恋人を捨てて、病院の一人娘と結婚した。その男がお父さんだよ。
私たち夫婦の悲劇はその時に始まったんだ。いくら愛しあおうとしても無駄だったよ。

若きお父さんは愛を捨てて出世を選び、その傷は今も癒えないといいます。なら娘はどうするべきか?普通なら「おまえは自分の気持ちに正直に生きなさい」と続きそうなものです。あるいはひとひねり入れて、「だが、あのとき愛を選んでいたら医学の道に専念できずに後悔しただろう」と、一時の恋愛感情に翻弄される愚を諌めるのもありかもしれません。しかし、お父さんのアドバイスはそのどちらでもなく、斜め上を行きます。

身分違いということは、いつも私達の間に立ちふさがっていた。
ゆり子とマコト君の場合も同じだと思うよ。
ゆり子と結婚する相手は、ゆり子と同じ身分の中から選んで欲しいんだよ。マコト君は貧しすぎるし、タチバナさんは逆に豊かすぎる。
だからゆり子は同じ身分の相手を選んで欲しいんだ。お父さんの二の舞は困るからね。

貧乏学生も大金持ちもダメだというのです。しかし映画の中には、身分の釣り合う「第三の男」など出てきません。だからこのアドバイスは、それまでのストーリーをちゃぶ台返しするようにしか聞こえません。

じゃあなんでそんな余計なセリフを挟み込んだのかというと、観客が必要としたからではないかと推測されます。当時の人々には、愛かカネかの選択などはピンとこないテーマで、恋愛や結婚と言われてまず頭に浮かぶのは身分の問題であり、お父さんはそんな社会の空気を代弁したのではないかと思うのです。

愛をとるかカネをとるかという選択は、正解のない個人の選択ですが、当時の日本社会にはまだ、そんな「選択する個人」は存在していなかったのです。そう考えると、この映画のさらに妙なシーン、お父さんのアドバイスを聞いたユリコの驚くべき行動にも合点が行きます。お父さんのアドバイスを聞いたユリコは、なんと両親のために離婚届を書き、泣きながら両親にサインしろと迫るのです。

親の権威が失墜し、親子が同格にモノを言い合える現代人の目から見ても、これは異様な行動です。軽いコメディタッチの映画の枠をはみ出しています。親の権威がまだまだ強かったはずの当時、観客はさぞ衝撃を受けたのではと想像してしまいます。しかし当時の観客が「選択する個人」という概念を持ち合わせていないとするなら、彼らの目には、ユリコの行動はさほど驚くにあたらない、むしろ当然の帰結と映ったのかもしれません。

貧乏学生を選んだユリコは、個人として正解のない選択をしたのではなく、社会の一員として「正しい選択」をしたつもりなのですから、周囲の人たちを正しき道へ誘うのは当然のことです。貧乏学生と結ばれたユリコは、両親を手始めに、周囲の人々に恋愛至上主義を強制する、現代人から見るととてもウザい、お節介女として生きることになるのです。

懐かしいような、息苦しいような、とにかく今はもうない日本の話しです。

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2011年01月15日

ソーシャル・ネットワークを観た

映画「ソーシャルネットワーク」を観ました。

あちこちでとても高い評価を受けている話題作です。でもひとことで言うと、この映画は日本人には敷居が高すぎます。

この映画をフルに楽しむには、アメリカの名門大学のあり方を知らないと、なかなかピンと来ないと思います。また当然ながら、普段からネットに親しんでいる人でないとお話になりません。このふたつの要素だけでも、ほとんどの日本人を疎外するに十分ですが、もうひとつ重大な問題があります。

それは、主役のザッカーバーグ君をはじめとする登場人物が一様に早口で、なおかつ病的によく喋るということです。あの早口に耳でついていける日本人は、全人口の0.1パーセントに満たないでしょうから、たいていの人は字幕を読むことになりますが、そうすると字幕を読むのに精一杯で、映像を楽しむのは辛いと思います。話題作だからと軽い気持ちで観ると、ザッカーバーグ君の早口が炸裂する開始5分で根を上げることになると警告しておきます。

さてしかし、そういう大きなハードルを、想像力と「よく分からんけどまいっか」という諦めでカバーして見ていくと、この映画は評判通りなかなか面白い映画です。評判のいい映画というのはたいてい複眼的で、観る人それぞれに違う楽しみどころがあるものですから、これはあくまでぼくだけの感想にすぎませんが、こんなにストレートにスカっとする映画は久しぶりに見たという気がします。

スカっとする映画というのは、基本的にアンチ現実であり、アンチ現実ということは、アンチ・マネーです。この映画は徹底的にアンチ・マネーで、アンチ現実が現実を打倒するという内容です。

登場人物は、フェイスブックの創業者であるマーク・ザッカーバーグにしても、ナップスターで名を馳せたショーン・パーカーにしても、半分壊れたやつばかりです。成功したからいいものの、成功しなけりゃ社会不適合者扱いされることまちがいなしです。そんな中で唯一まともなのは、ザッカーバーグ君のただひとりの親友であり、フェイスブックの共同創業者であるエドゥアルド・サヴェリンです。そんなサヴェリン君がクレージーなやつらに翻弄され、捨てられていく様子が、物語の大きな縦軸を構成しています。

このサヴェリン君、映画の中ではそのまともさゆえに浮いていて、凡人の悲しさを漂わせ、観るものの同情を誘うのですが、実のところ彼は決して凡人ではありません。ハーバードで経営学を学ぶエリートです。現実の世の中では、彼のような人間がマーケティングやマネタイズの方法を模索し、浮世離れした発想をコントロールすることにより、世の中を動かしていくわけです。ところがこの映画には、そういう王道のビジネスに居場所はありません。

フェイスブックが順調にユーザー数を伸ばしていく中、サヴェリン君は資金調達に奔走し、事業として利益をあげるために広告を載せようと提案します。するとザッカーバーグ君は嫌だと言いいます。なぜかというと、「クールじゃないから」。ロックな空気を漂わせまくるショーン・パーカーも同じ意見で、「広告を載せるなんて、パーティの最中に『パーティは11時まで』と言うようなもんだ」と一蹴します。

ただただクールなものを追い求めて成功するお伽話は昔からありました。アーティストやアウトローはその代表格です。ところが彼らは、ほとんど例外なく現実の餌食となります。純粋なアーティストは、彼らの才能と名声にむらがるマネーにスポイルされ、アウトローは政治権力に押しつぶされます。最後に残るのは現実の世界で、アンチ現実は一瞬の輝きを残して消える運命にあるのです。

しかしこの映画ではそうではありません。サヴェリン君に象徴される現実はお行儀よくて弱く、クレージーなやつらをスポイルするどころか、徹底的にスポイルされ続けます。マネーの世界はアンチ・マネーに屈し、現実はアンチ現実に飲み込まれていきます。最後までアクセルを踏み続けて勝ち続けるボニーとクライドです。

「なんで日本からはグーグルもアップルもフェイスブックも生まれないんだ」などと嘆く人がいますが、そういうセリフを口にするのは、たいていサヴェリン君のようにビジネス畑の人で、すでに評価されている事業について、後出しで意見しているにすぎません。本当に型破りなビジネスは、サヴェリン君には理解できないし、サヴェリン君を奈落に突き落とすのです。この映画は現実のフェイスブックの実態をそのまま伝えているわけではありませんが、この映画に描かれる壊れたやつらを全的に抱擁できなければ、そういうセリフを口にする資格はないと思います。

ところで、アンチ現実が美しく思えるのは、それがはかないもので、最後に敗れることを運命づけられているからです。勝ち続けるやつは美しくありません。ザッカーバーグ君も、プログラミングの才能を除けば、悪人にすらなりきれない凡庸ぶりで、ぜんぜん美しくありません。しかしラストに、勝ち続けるザッカーバーグ君に対する皮肉めいたシーンがあり、彼は一番大事なものを手に入れていないことが示されます。おかげでザッカーバーグ君は悲壮感を帯び、観るものに好感を与えて物語は終わるのでした。

facebook フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

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2009年12月22日

坂の上の雲を追わない「坂の上の雲」

海外に出ていた間に放送が始まっていたNHKのドラマ「坂の上の雲」の1話から3話までを先週まとめて見て、日曜日に第4話を見ました。

この手の、周辺国の現代史に係わるドラマを見るときは、どうしても制作側の変な配慮を警戒して身構えて見てしまうぼくですが、第3話までは、いくつか鼻につく場面はあるにせよ、さすがに膨大な制作費をかけているだけあり、明治の世界に引き込まれました。例えば主役である秋山真之の上京前の腕白ぶりは、彼の型破りなキャラクターを表現するためとはいえ、人間描写としてはあまりに安易な、朝のテレビ小説風の健全なステレオタイプの集積でした。しかし、テレビドラマに安易なステレオタイプ以上のものを求めるのは酷なことですし、逆に言えば、そんな当たり前のことを欠点と感じさせてしまうほどに、このドラマは秀逸なのだと言えると思います。

実際ぼくはこのドラマを見ながら、NHKを見直し始めてさえいました。第4話を見るまでは。

第4話は日清戦争を描いていました。そしてこの回を見ていてどうしようもなく印象的なのが、まず中国大陸に進駐した日本軍の横暴ぶりです。許してくれと懇願する老人を蹴り飛ばして物資を徴発するなどして民衆に恨まれ、それに異議を挟む従軍記者の正岡子規に対して「記者は軍の言うことだけを書いていればいいのだ!」と恫喝するステレオタイプなバカ軍人・・・。やはり来たかという感じです。

原作を忠実に映像化しようとすれば、戦争賛美になりかねない作品ですから、何らかの形で戦争の悲惨さを挟み込んで、無垢な視聴者の極右化を防止する配慮をしなければならないのはわかります。しかしだからこそ、この作品の最大の腕の見せ所はそこの所の料理法にあるはずです。それをこのように安直かつ軽薄かつ凡庸な形で処理されてしまうと、豪華な配役やセットばかりにカネをかけて、肝心な所に知恵を絞れないNHKは、やはりクリエイターである前に役人集団だと言わざるを得ません。

似たような場面は他にもありました。従軍記者に選ばれて喜ぶ正岡子規に対して、子規の母が床の間の漢詩を指し、これまで多くを学んできた中国と戦争していることを指摘して心を痛めるのです。原作にはない、いかにも現代的なこういう感傷は、日本が中国より格上か、せめて対等の、ある程度余裕のある時に初めてしっくりくるもので、落ちぶれたとはいえまだまだ大国に数えられていた当時の清との紛争に際し、日本敗戦の可能性も十二分にある状況下では、端的に不自然です。「戦争は良くない。日中友好万歳」ということなのでしょうが、蛇足感はぬぐえませんでした。

さて、問題が以上の2点だけであり、そういう余計な要素を持ちつつも、余計な要素を余計な要素としてドラマの軸がぶれておらず、夢中で坂を駆け上がってゆく明治日本の雰囲気が出ていればいいのですが、残念ながらそうではありませんでした。主役の秋山真之は、初陣で部下を死なせたことに衝撃を受けて、悩むのです。まるでガンダムのアムロのように。「おれは軍人に向いていないかもしれない」と、番組の大半を費やしてくよくよと悩み、同僚の広瀬大尉から東郷さんにまで、胸の内を吐露して相談しまくるのです。

ここに至り、ドラマの主題自体が揺らぎます。ドラマはもはや明治の群像ではなく、そこに見えるのはただ明治という舞台を借り物にしただけの現代日本であり、現代日本人です。大陸で悪行に精を出す日本軍も、日中衝突に心を痛める正岡親子も、とってつけた余計な場面ではなく、「明治を舞台とした現代日本」という主題に合流するのです。

おかげで、日清戦争後の雰囲気はまるでお通やです。そこにあるのは、前だけを見て歩いていられた若者の国ではなく、一歩踏み出すたびに誰かを踏みつけ、置いてけぼりにし、そしてそのことを意識してスティグマを刻まれてゆく老人の国です。

「坂の上の雲」という原作を、明治日本のプロパガンダとせずに映像化するのは、極めて難しいことです。その難しさを最も安易な方法で回避しようとし、そうすることで原作のエッセンスを台無しにしたこの作品は、クリエーターの作品ではなく、役人に統率された技術屋の技の品評会と見るべきものです。

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2009年09月08日

He is Our Age.

この人の体を張った創作姿勢には頭が下がります。

第66回ベネチア国際映画祭で6日、マイケル・ムーア監督(55)の最新ドキュメンタリー作品「Capitalism: A Love Story(原題)」が上映され、記者会見が開かれた。
ユーモアを織り交ぜつつ資本主義を真っ向から批判した同作品は、「資本主義は悪」であり、民主主義的な新しい何かに取って代わるべきと結論付けている。

M・ムーア監督が資本主義にメス、ベネチアで熱く語る(ロイター)

体重160キロの暴食と怠惰の象徴であり、人々の嫉妬心を刺激して憤怒をかきたてる作品で大金を稼ぎ、色欲に溢れるグラマラスなショービズの世界に浸りきり、ニューヨークシティの高級アパートメントに暮らし、湖畔に豪華な別荘を持つほどに強欲であり、かつて7万5千ドルの講演料で呼ばれたときにはバカにするなと周囲に悪態をついた傲慢な男。

7つの大罪すべてを自ら具現化していながら、罪人たちを徹底して叩くその姿。そこから読み取れるメッセージは明確です。

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彼の本当の作品は、スクリーンに映し出される映像ではありません。それをありがたがり、拍手する人々、それこそ彼の作品なのです。

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2009年08月16日

凄すぎる「ネットワーク」

「ネットワーク」という映画を見ました。1976年公開ですから、もう33年前も前の映画です。しかしあらゆる点で一切色あせておらず、とてつもない刺激を受けました。

番組降板を通告され、私生活でもうまくいかないニュースキャスターのハワード・ビレットは正気を失い、本番中に「来週の本番中に自殺する!」と発言してしまいます。するとこれが話題を呼び、視聴率は大幅アップ。テレビ局の経営陣は、精神のバランスを崩して預言者のように世の中を告発するハワードを前面に立てた番組構成に変えて、視聴率はうなぎ登り・・・

とあらすじを書くと、視聴率に振り回されるテレビに対するありふれた風刺映画と思われるかもしれません。しかしそうではありません。

この映画の傑作シーンのひとつ、ハワード・ビレットが「さあみんな椅子から立ち上がり、窓を開けて叫ぶんだ!『わたしはカンカンに怒ってる!もうたくさんだ!』」と煽動すると、街中に叫び声がこだまするシーンや、次のようなビレットのテレビ批判は、その部分だけ独立したミニ作品としても成立するほどに、的を射ています。

テレビは幻想なんだ。真実なんてどこにもない!でも君たちは一日中テレビを見てる。歳も人種も宗教も関係なく、頭の中はテレビで一杯だ。だから我々の作る幻を信じてしまう。テレビこそ現実で日常を非現実と感じるようになる。君たちはテレビの言いなりだ!テレビの言う通りの服を着て、テレビの言う通りに食事し、テレビの言う通りに子育てして、テレビの言う通りに考える。これは集団の狂気だ。君たちは狂人だ!いいかい、君たちこそ現実なんだ。我々は幻なんだ!


「私は怒っている!もうたくさんだ!」


しかし、この映画の良さは、そういう風刺の鋭さにとどまりません。この映画の時代を超越した魅力は、テレビそれ自体を根底から否定しているところにあります。

テレビ批判というのは、それこそテレビの放送開始とともになされてきました。しかしそうした批判のほとんどは、低俗な番組内容とか、視聴率重視の姿勢とか、やらせとか偏向とか、そういうことに向けられてきました。悪いところを改善していけば、良いテレビになるという前提での批判です。

しかしこの映画は、そうしたテレビ批判の本道から外れて、テレビそのものを否定します。それは、この映画の主役である、報道局長のマックス・シューマッカーの態度に現れています。

シューマッカーは、かのウォルター・クロンカイトらとともにテレビの黎明期から活躍してきた一流のテレビジャーナリストという設定です。彼は、視聴率重視でセンセーショナリズムに走る経営陣にその座を追われてしまうのですが、「テレビ報道の本来あるべき姿」を説いたり、追求したりしません。経営陣の方針を仕方のないこととして受け入れ、テレビ自体に背を向けるのです。

不倫相手であり、テレビの象徴である編成局長のダイアナ・クリステンセンとの別れの際、シューマッカーはこう言います。

君の中にはもう共に暮らせる要素は何もない。君はハワードの言うヒューマノイドだ。これ以上君といれば、わたしは壊されてしまう。ハワード・ビールのように。君とテレビの触れたものすべてのように。君はテレビそのものだ。痛みに無関心で、喜びに無感覚だ。人生のすべてはありふれた凡庸に堕してしまう。君には戦争も殺人も死も、ビール瓶と同じだ。日々の生活は堕落したコメディだ。時間と空間の感覚さえ、瞬間とリプレーの積み重ねと化してしまう。君は狂気だよ。危険な狂気だ。君の触れるものすべて、君と共に死ぬんだ。


なぜこんなに刺激的な映画を今日まで見ずに来たのかと、自問せずにいられません。いや、たぶんぼくはこの映画をすでに以前どこかで見ていて、見過ごしていたのです。10年前のぼくなら、この映画を、荒唐無稽な話として受け流していたに違いありません。

映画の中にはたびたび、「6千万人の視聴者」という言葉が出てくるのですが、数百から数千万人レベルの人が同じ番組を見るというテレビ文化の崩壊が現実味を帯び、テレビのない世界を想像できる今だからこそ、テレビという毒を根底から否定するこの映画にシンパシーを感じ、改めて発見したのだと思います。

それにしても、テレビに代わるオータナティブもなく、いよいよこれからテレビの絶頂期を迎えようとしていた時代に、テレビの未来を見通し(ハワード・ビールのニュースショーはまさに現代のニュースのカリカチュアですが、70年代のテレビ報道はまだまだお堅い世界でした)、よくぞここまでテレビを客観視できたものだと、脚本のパディ・チャエフスキーと監督のシドニー・ルメットには感服します。

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2009年07月23日

似て非なる日独の過激派

WOWWOWを見ていたら、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」という映画を放送していました。去年公開された映画です。内容はタイトル通りで、40年前に社会を揺るがした極左過激派組織のお話しです。

ところで今月日本で、「バーダー・マインホフ・理想の果てに」という映画が公開されます。「実録連合赤軍」と全く同時期にドイツで活動した過激派の話で、日本では「おくりびと」とアカデミー賞外国語映画賞を争ったことで知られています。

以前ぼくは、この映画の主役であるバーダー・マインホフ・グルッペ(アンドレアス・バーダーとウルリケ・マインホフを軸に活動したグループなのでそう呼ばれる)に興味を持ったことがあり、この映画の原作も読んでいたので、しばらく前にこちらの方を先に見ていました。そして今回たまたま「実録連合赤軍」を見たのですが、同じ時代に、同じ夢を見て洋の東西で起きた若者の反乱が、異様なほどシンクロしていながら、かつ異様なほど正反対であることに改めて打たれました。

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手配ポスター 上列左から2人目がバーダー


「実録連合赤軍」で描かれる日本の過激派は、暇さえあれば仲間内で共産革命について議論していて、その過程で「自己の共産主義化が足りない!」とか「総括しろ!」とかいう話になって、仲間をリンチで殺しまくります。

一方ドイツの過激派、バーダー・マインホフ・グルッペことRAF(赤軍派分派)は、細かい議論などほとんどせずに、アンドレアス・バーダーというリーダーのカリスマで突っ走ります。やることはバイオレントで、日本の過激派が悶々と総括している間に、米軍施設やら保守系新聞社やら、ばんばん爆破して人を殺していきます。

グループ内での確執は当然出てきますが、日本のように「おまえはスターリン主義者だ!」などと言いがかりを付けて処刑することはなく、去りたい者は去れで離反者を止めたりしません(1人粛清したという説もあるが確認されていない)。

またドイツの過激派はグラマラスです。日本の過激派はやたらと禁欲的で、女性のメンバーがおしゃれな服を着たりパーマをかけたりすると、「共産主義化が足りない!」という話になって陰湿なイジメが始まります。しかしドイツの過激派はクスリはやりますし、平気で人前でいちゃいちゃしますし、逃走する際に好んで盗む車はBMW(バーダー・マインホフ・ヴァーゲンと呼ばれた)ですし、おかげで当時はマニアックなスポーツカーメーカーにすぎなかったBMWは脚光を浴び、一躍メジャーなメーカーに成長したという逸話もあります。やることは外道ですが、ロックスターのような魅力も備えていたということです。

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左は反抗声明書に添付していたポップなRAFのロゴ。右は当時西ドイツで流行した「私はバーダー・マインホフ・グルッペではない」というバンパーステッカー。これを貼ってBMWに乗るのが粋だった。


彼らは日本であさま山荘事件が起きたのと同じ1972年に逮捕されましたが、逮捕後の態度も日本の過激派とぜんぜん違います。感傷的なムードの中あっけなくリンチ殺人等についてゲロした日本の過激派に対し、ドイツの過激派はまるで態度を改めず、法廷闘争を続けながら脱獄のチャンスを待ちます。

そしてその後、日本でもドイツでも、彼らの跡を継ぐ新たな過激派が現れ、国内外で凶悪なテロを起こして収監中の仲間の釈放を迫り、両国共に1977年に起きたハイジャック事件を契機に、テロの時代は終息に向かいます。しかしここでも両者は決定的に対称的です。

日本の場合、ダッカ空港日航機ハイジャック事件で、当時の福田首相は、「人命は地球より重い」と語ってテロリストに譲歩し、超法規的措置で身代金を払い、収監中のテロリストを釈放しました。しかしその1ヶ月後に起きたドイツのルフトハンザ機ハイジャック事件では、ドイツ政府は一切譲歩せず、対テロ特殊部隊GSG9を投入して制圧しました。

というわけで、同じ現象でありながら、何から何まで正反対な両国の過激派群像ですが、もうひとつ、もしかしたらさらに大きな違いがあります。それは、事件を語るナラティブの違いです。

日本では、この「実録連合赤軍」以前にも「突入せよ!あさま山荘事件」「光の雨」という映画が作られました。そしていずれの作品にも共通するのは、テロリスト側か官憲側か、どちらか一方の視点から描かれているということです。「突入せよ!あさま山荘事件」は官憲側の視点からのみ語られますが、それへのアンチテーゼである「実録連合赤軍」の方は、テロリスト側からの視点のみで語られています。

ドイツでも、バーダー・マインホフの話は過去に何度か映画化されています。しかしそのどれも、どちらか一方の視点からのみ描かれたものではありません。

これは何も、語り部の態度として両者の視点を尊重しているからではありません。どこで読んだか忘れてしまいましたが、「バーダー・マインホフ」の監督は、当初テロリスト側からの視点だけで描こうとしたそうですが、ストーリー上難しいので、官憲側の視点を随所に入れることにしたといいます。

確かにその通りで、ドイツの場合、一連の出来事は、テロリストと官憲の動きが、両者がまるで物騒な文通でもしているかのようにインタラクティブに作用しつつ進展するため、どちらか一方の視点からのみ描くのは不可能なのです。

ところが日本では、どちらか一方だけから描くのは十分に可能です。というより、どちらか一方から描かないと、ただのイベントの羅列と化して、物語として成立しにくいような気さえします。

その分析をし始めると長くなりそうなのでここでやめておきます。いずれにしても、「バーダー・マインホフ」という映画は、単体で見ると日本人にはピンと来ないかもしれませんが、日本の学生運動回想映画と対比して見ると、なかなか興味深い映画だと思います。

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2006年09月14日

大統領の死

前々回の米民主党についてのエントリーにはたくさんのコメントが寄せられて、みなさんほんとに詳しいので勉強になりました。

さて、コメントの中に、イギリスのテレビ局がブッシュ大統領暗殺のドキュドラマを作ったというものがありました。

11日にトロント映画祭でプレミア上映されたそのドラマ「Death of a President(大統領の死)」は、「ブッシュ暗殺」の3年後にドキュメンタリー風に事件を振り返り、真犯人を探すというプロットで、シカゴのホテルを出たところで銃撃されるブッシュ大統領は、CG加工された「本人」だそうです。

「ブッシュ暗殺」を受けて、チェイニー副大統領が大統領に昇格し、シリア人のイスラム教徒を逮捕。しかし真犯人はイラク戦争で肉親を失った黒人の元兵士なんだとか。

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暗殺されるブッシュ大統領を見たい方はこちらのページからどうぞ。あくまで断片ですが、今のところここでしか見られないそうです。Watch a clip from the film everyone's talking about というリンクをクリックすると、WMP形式で見られます。

ヒトラーにも例えられるブッシュ大統領ですが、すでにアメリカ国内での配給も決定しているそうです。

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2006年08月27日

レオポルド王の亡霊

ぼくは歴史の本を読んだりするのが好きなのですが、時々ほとんど予備知識を持たない「守備範囲外」のテーマを取り扱った歴史本を読むと、とても刺激を受けることがあります。今回はそんな本を一冊紹介しようと思います。本のタイトルは「King Leopold's Ghost(レオポルド王の亡霊)」。残念ながら日本語訳はありません。

19世紀後半、欧州各国の「アフリカ争奪戦」が加熱する中、小国ベルギーの君主レオポルド二世はアフリカ内陸部のコンゴを「個人植民地」にし、暴虐の限りを尽くしました。強制労働により象牙やゴムを採集し、不平分子は有無を言わさず虐殺。コンゴ軍は弾丸を節約するために一発必殺のポリシーを立て、その証拠として死体の右手を切断して持ち帰るのを常としていました(帳尻あわせ、または罰として、生きた人間の右手を切断することも行われていました)。レオポルド二世治下の20数年間で犠牲となったコンゴ人は当時の人口の約半分、1000万人にのぼると言われています。

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右手を切り落とされた「コンゴ自由国」の子供たち


この本は、そうした悪行の中心であるレオポルド二世を始め、ヨーロッパ人のアフリカ熱に火を付けた探検家たち、レオポルドの手先としてコンゴをレイプした白人たち、そしてレオポルドの犯罪を告発した人道家たちの人間模様を裏表を交えて描き、硬派な歴史研究というよりは、歴史絵巻として読ませます。一冊の本から何を受け取るかは人それぞれですが、個人的に特に興味深かったのは、アフリカ争奪戦からレオポルド二世告発の課程における、モラルの果たした役割でした。

そもそもなぜレオポルド二世が個人植民地を手に出来たのかと言えば、欧米人のモラルに訴えたからです。19世紀末の欧米では、奴隷売買は悪だというコンセンサスが出来ており、そんな中人々の怒りを買っていたのは、アフリカ東岸のザンジバル島を根拠地にアフリカ大陸で奴隷狩りをしていた、イスラム教徒たちでした。植民地帝国の樹立を夢見ていたレオポルド二世は、イスラムの奴隷商人からアフリカ人を守るという人道的な名目で国際社会の支持を取り付け、各国に「コンゴ自由国」を承認させたのです。奴隷売買は許されないことですが、レオポルド二世の犯罪システムを生んだ原因は、自分たちの優越感とイスラム教徒への侮蔑を都合良く正当化した、当時の欧米人の偏ったモラルにあったことは忘れてはならないと思います。

こうした自己欺瞞は、レオポルド二世治下のコンゴの実態を知り、その悪行を告発した人道家たちの態度にも見られます。コンゴ解放運動を主導したのは、主にイギリスの人道家たちです。イギリスと言えば言わずと知れた史上最大最強の植民地帝国。しかし、生涯の大半をコンゴ解放に捧げたエドモンド・モレルをはじめ、当時のコンゴを舞台にした「闇の奥」という作品(映画「地獄の黙示録」の原作)で、クルツ(カーツ)という登場人物を通してヨーロッパ文明の暗部を描いたとされる小説家のジョゼフ・コンラッドに至るまで、イギリスの植民地支配には驚くほど肯定的なのです。モレルという人は、純粋にアフリカ人のためを思い、対症療法的な救済だけでなく、問題の根本的な解決を訴えた人です。しかしその批判の矛先は、植民地主義そのものに向けられることはありませんでした。

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20世紀初頭のアフリカ大陸


モレルの始めた運動は、やがてイギリス、アメリカを始めとした欧米各国の大衆に広がり、レオポルド二世はコンゴを放棄することになります。しかし、そうした大衆心理にも欺瞞は見られます。モレルは、レオポルド二世だけでなく、それに劣らず残虐な植民統治をしていたフランスも批判したのですが、イギリス人たちはフランスの悪行には関心を持ちませんでした。なぜなら、20世紀初頭のイギリスはドイツを敵視しており、フランスは友邦だったからです。小国ベルギーの君主に正義を振りかざすのはイギリス人の倫理的優越感を満足させるが、自分の身に関わる大事な友人フランスの悪行は別の話というわけでしょうか?何とも都合のいい正義です。

さてこの本を読むと、ベルギーという小国に激しい嫌悪感を持つようになります。現在ブリュッセルやアントワープを彩る観光名所、19世紀末から20世紀初頭に建てられた建築物の多くは、建築マニアだったレオポルド二世により建設されたものです。いわばコンゴ人の血によってもたらされたもののわけです。にもかかわらず、第一次、第二次大戦でドイツ軍に蹂躙されたベルギーは無垢な小国というイメージを与えられ、ベルギー政府はレオポルド二世時代の過去を美化し、ベルギー人たちは100年前の出来事などきれいに忘れていたのです。

「大いなる忘却」と題した最終章で、アメリカ人の著者はこう書きます。「(ソ連時代のロシアの革命博物館では)処刑、人為的な飢饉、収容所で死んだ2000万人にのぼるソビエト市民について一言も触れていなかった。今日、モスクワにある博物館は、その創建者たちの想像を超えるほどに様変わりした。しかしヨーロッパの反対側には、何一つ変わっていない博物館がある。・・・それは、(ベルギーの)中央アフリカ博物館だ」

1999年にこの本が出版されると、その内容に衝撃を受けた人々はベルギー政府に圧力をかけました。当然の反応です。そして過去を美化していると名指しされたベルギーの中央アフリカ博物館は、2005年に「植民地時代のコンゴ」と題して、植民統治の暗部にも焦点を当てた特別展示を行いました。しかしこの本の著者は、新たに加えられた後書きで、そうした取り組みを「本心から認めずに認めたフリをする典型」と切って捨てます。展示会は相変わらず過去を美化しているというのです。

ここまで読んで、ぼくは首をかしげました。レオポルド二世の悪行を告発した100年前の人道家たちは、その志は今から見れば近視眼的で中途半場だったとは言え、現在進行形の犯罪を止めるということにおいて大いに意義のあることでした。しかし、現在のベルギーを旧ソ連と比べて、過去を真摯に見つめろと要求するのは全然別の話だと思います。

現在のベルギーがなかなか過去と向き合えないのは、100年前の出来事を、「自分の事」として受け止めているからに他なりません。もしベルギーで革命が起きて、レオポルド二世の流れをくむ王室とそれに協力する者を悪玉として追放し、その他の人々を王室とは何の関係もない第三者の位置におけば、過去を認めるのは簡単です。ベルギーの人民にとって、ベルギー王国が行った罪は「他人の事」になるからです。

コンゴを巡る100年前の出来事を見ても、人道家の批判の矛先にあがるのは常に「他人の事」で、都合が悪い「自分の事」は、恐らく無意識的にターゲットから外れていました。アフリカの植民地化に対する最初の人道的運動が、その主役であるイギリスやフランスではなく、小国ベルギー、それも一人の王様の個人植民地であるコンゴに向けられたのは、偶然ではないはずです。

他人の暗部を追求するのは容易で、気分のいいことです。しかし一個の社会が、自分の暗部を「自分の事」として本当に真摯に向き合った例は、恐らく歴史上で皆無だと思います。ぼくはこの本の内容だけでなく、この本により起きたベルギーへの非難を含めて、人間とは「自分の事」は見えないものだとつくづく思いました。そして最も恐ろしいのは「自分の事」が見えていると勘違いして、「他人の事」を非難する時です。その時人は、イスラム教徒の奴隷商人に憤慨して欧米列強のアフリカ支配を正当化し、レオポルド二世にコンゴを与えた100年前の欧米人たちのように、さらに大きな罪を犯すのではないでしょうか。

いずれにしても、最終章あたりで著者が社会正義を振り回しはじめるまでは、この本はとても面白く読めます。文章も平易な英語で書かれているので、興味のある方にはお奨めの一冊です。

King Leopold's Ghost: A Story of Greed, Terror, and Heroism in Colonial Africa
Adam Hochschild
0618001905

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2005年09月18日

女王の教室に拍手

昨夜は「女王の教室」の最終回を見ました。ぼくはあまりテレビドラマは見ないのですが、このドラマは第3回目くらいから見始めて、回を追う事にハマってしまい、昨夜の最終回は何日も前から楽しみで、色々な予定を切り上げてリアルタイムで見ました。

ぼくがこのドラマを気に入った理由は、ぼく自身きれい事が大嫌いなので、基本的に主役の阿久津先生の言葉に共感することと、ポリティカル・コレクトネスに反するあのようなキャラクターを「善」として描くことはテレビのタブーに触れるだけに、どのようにストーリーを展開してどう落とすのか、興味津々だったからです。ドラマのストーリーと並んで、このようなドラマを放送するという現象自体を、この先どうなるのかと楽しんでいたという感じです。

前回第10話の放送での阿久津先生と生徒の対話には、一緒に見ていたカミさんともども感心しました。大人が答えにくい質問をして先生を困らせようとした生徒たちに対する返答は、特別なことを言っているわけではないのですが、あのような正論がテレビで語られることは滅多にありません。ここに書き起こそうと思いましたが、文字にすると当たり前のこと過ぎて何の魅力もないのでやめておきます。テレビから発せられて初めて意味を持つセリフなのかもしれません。興味のある方は、番組ホームページのフラッシュでご覧下さい。

最終回は、生徒たちが阿久津先生の信者のようになってしまい、先生の言葉もやや上滑りして、前回ほどの魅力はありませんでした。しかしこれまでのすべてを台無しにするほどではなく、ラストシーンはそこそこ泣かせました。阿久津先生を演じた天海祐希も、いくら何でもこれだけ体温を感じさせない役では損をするなと思っていたら、最後にはいい印象だけ残りました。

とにかくこれだけ議論を呼ぶ内容で、それにも関わらずよく考えてみると登場人物に一人も悪者がいないというのは、後味爽やかです。

こういうドラマを放送した経緯には、何より話題作りがあったことは確かでしょうし、ストーリー展開も図式的過ぎて辟易する面もありました。しかしそれにしても、ああいう当たり前のことをテレビで語らせるのはものすごく勇気のいることであり、それにゴーサインを出した日テレに拍手を贈ります。

ところで話しは変わりますが、やはりぼくのお気に入りで、「女王の教室」とは逆に登場人物が全員悪人のドラマがあります。それは、アメリカで去年から今年の春にかけて放送された、Desperate Housewives です。日本では、「デスパレートな妻たち」というタイトルで、ようやく今月下旬からNHKBS2で放送されるようです。

郊外で暮らす中年主婦たちが主役のドラマなのですが、アメリカだけでなく、少し遅れて放送されたヨーロッパでも爆発的な人気を呼びました。思い返せば、アメリカ人たちがこのドラマをどう見ているか知りたくてグーグルで検索したのが、数々のアメリカの政治ブログに巡り会い、ぼくもブログを始めようと思い立ったきっかけでした。政治的な内容のドラマではないのに、面白いものです。

かなりクセのある作りなので、賛否は別れると思いますが、興味を持たれた方はぜひご覧下さい。単なる主婦ドラマではありません。ただ、あれほどよくできた大ヒットドラマをなぜNHKは地上波で放送しないのか、激しく疑問です。

ああそれにしても、来週から土曜日の楽しみが一つ減りました。

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2005年09月01日

あれで泣けるか

先日テレビで、「広島昭和20年8月6日」というドラマを見ました。<番組ホームページ

放送前に放送された番宣で、被爆前の原爆ドームを再現したことや、CG合成で再現した当時の町並みなどが紹介されていて、興味をかき立てられたのです。

コマーシャルで使われていた、「こんな戦争誰が始めたん!」というセリフなどからして、どんな傾向のドラマになるかは予想していました。しかしそれはそれ。おかしな所には目をつむって、良いところを評価してやろうという気持ちでチャンネルを合わせました。例えサヨク臭漂うドラマであっても、泣けるドラマなら泣いてやろうというつもりでした。

ところが全く泣けませんでした。

時代考証の甘さや恣意的な設定について踏み込み始めるときりがないので、ここでは触れません。泣けなかったのはそれ以前の問題です。あのドラマから、再現した原爆ドームを取ったら一体何が残るのか?中学生でも夏休みの課題に書けるような、隙だらけで何の工夫もないお涙ちょうだい劇です。ただやたらと制作費をかけたことしか伝わってこない、金満家の道楽です。

見終わった後、何かに似ている気がしてひっかかっていたのですが、昨日気付きました。運転免許更新の時に見せられる、交通安全ドラマにそっくりなのです。飲酒運転した人が死亡事故を起こし、交通刑務所に収監されて、自分を含む多くの人の人生が滅茶滅茶になるという類のドラマです。あれはとにかく、飲酒運転は恐ろしいことだという印象を植え付けるためだけに作られる教育素材で、その他の要素はその目的に従属する道具に過ぎない似非ドラマです。

教育素材は教育素材として別に構わないのですが、そんなものに日本を代表するテレビ局が大金をつぎ込み、感動大作と銘打って大人が視聴する時間に誇らしく放送するとなると、日本の文化レベルに関わる由々しき問題です。

ナチスの犯罪を深く反省していることで知られるドイツでは、かつてはナチスを人間として描くことはタブーでした。しかしここ数年大衆レベルで、単純な善悪を乗り越えて、あの時代を見つめ直そうという気運が高まっています。この夏日本で公開された、ヒトラーの最後を描いた映画「デア・ウンターガング」もそうですし、今年の春にはテレビでも、ヒトラーの親友だった軍需相、アルベルト・シュペーアを描いた、「シュペーアと彼」という重厚なドキュドラマが放送されました。

それらに共通するのは、余計な演出を極力省いて事実にこだわり、見る者に判断をゆだねる姿勢です。これは善いこと、あれは悪いこと、とはっきり色分けして、見る者をひとつの結論に辿り着くようにし向けるのが子供向けの教育素材なら、ナチスの重鎮たちを弱さを持つ生身の人間として描くそれらのドラマは、大人の観客を前提としています。見る人によって意見が分かれ、一歩間違えばナチスの美化につながりかねないこうしたドラマは、十分な知性と判断力を備えた、成熟した観客を前提としてはじめてできるのです。

その意味では、「広島昭和20年8月6日」は、明らかに子供としての観客を前提として作られています。そこには、見る人それぞれの判断力が介入する余地はなく、戦争=悪、軍人=悪、庶民=善、朝鮮人=犠牲者という結論にしか辿り着きようがありません。

しかし、ドイツにできることがなぜ日本にできないのでしょうか。日本の大衆はそんなに子供でしょうか。日本人には物事の善悪を自分の頭で判断することができず、この程度の作り物を「感動ドラマ」としてありがたがる程度の知性しか備わっていないのでしょうか。

そんなわけはありません。

あの程度の教育素材を恥ずかしげもなく堂々と制作できるのは、作り手側が、視聴者の知性をバカにしているからに他なりません。日本の民衆は、右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向く愚かな子供なので、知性あるエリートが教え導かなければ道を誤ってしまう、というわけです。

「広島昭和20年8月6日」という教育素材の制作者たちのそうした姿勢は、番組のサイトに端的に現れています。

放送を見てしばらくした後、この「ドラマ」に対して他の人たちがどんな感想を持ったのか興味があったので、ドラマのサイトにある、「ご意見、ご感想」というコーナーを覗いてみました。

ところがそこにあるのは、「感動した」「涙が止まらなかった」という賛同の声ばかりで、批判的な意見はひとつも見あたりません。少し前に、NHKが日韓関係についてネットで意見を募ったところ、韓国の態度を批判する意見が大勢を占めたことがありましたが、「オモテの世界」に比べてポリティカル・コレクトネスを疑う傾向が強いネットの世界において、あのような教育素材を一様に賞賛するというのはあり得ないことです。

すると案の定、書き込みにおける同意文書のところにこんな但し書きがあります。

スタッフの判断によりメッセージを掲載しないことがありますが、掲載されなかった理由等のご質問には一切応じかねます。


ぼくもブログをやっていると、当然ながら批判的な意見がたくさん投稿されます。読むのがつらくなるときもあります。しかし、ネットという自由な社会で活動するエチケットとして、どこからどう判断してもスパムとしか思えないコメント以外は、消去すべきではないと考えています。

もちろん、他人の意見を聞かないという選択肢は存在します。ブログであれば、コメントもトラックバックも受け付けないようにすればいいだけのことです。そうすることで、そのサイトを訪れる人たちも、管理者の姿勢を見極めることができます。

しかし、他人の意見を受け入れるフリをしながら、自分の意に沿わない意見を削除するのは最悪の態度です。だったら最初から「ご意見、ご感想」など求めなければいいのです。広く意見を求めるフリをしながら、自分たちの気に入らない意見を捨てて居直るだけでも傲慢ですが、賛同する意見一色でページを埋め尽くせば大衆を騙せると考えているところが、まさに大衆をなめていることの現れです。こうした態度と、「広島」に透けて見える視聴者を見下した傲慢な制作態度は完全に一致します。

抗議の電話でも受けているのか、昨日、今日と、多少は批判的な意見を載せるようになりましたが、今さらとても信用できません。所詮は「フェアに意見を載せている」という態度を装うためのアリバイに過ぎません。

こんな選民思想を持つ人たちに、薄っぺらな教育素材の道具にされてしまった犠牲者の方々が、憐れでなりません。

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2005年04月27日

デア・ウンターガングの楽しみ方3

東亜日報の転倒した解釈

ネットサーフィンしていたら、韓国の東亜日報日本語版にこんな映画評を見つけました。

「虚しい野欲の最後」。韓国では4月上旬から封切られているんですね。で、この映画評、なぜか日本の「教科書改悪」や「竹島領有権主張」から始まって、ドイツの徹底した反省ぶりを説き、ヨアヒム・フェストの原著の内容をたどり、最後にこう締めくくっています。

ヒトラーは戦争が始まる前、「我々が没落するなら、世界の半分を一緒に没落に追い込む」と公言しており、戦争末期には「退却するときはすべての施設を破壊せよ。文明の廃墟を作る」と話したりした。

このような奇妙な心理状態にもかかわらず、この本と映画『没落』に現われたヒトラーは、犬を撫でて悲しむ恋人を慰める人間的な面貌も持っていた。映画が受けた非難もこの点に焦点が当てられていた。しかし、逆説的にそれこそ著者の意図だったろう。

すべての罪を「私たちと違う」特別な存在に回すとして、私たちが良心の呵責から自由でないということ、ただ絶え間ない熟考と反省だけが人類を悲劇から救うことができるということ、そのことが著者が伝えようとするメッセージではないか。このメッセージこそ、極端的な民族主義を主張する日本の右翼たちが、肝に銘じるべきことではないか。

今月30日は、ヒトラーがバンカーで「没落」して60周年になる日だ。

日本批判を絡めた映画評(というか書評)なのか、映画評に名を借りた日本批判なのかわかりませんが、いずれにしてもこの記事は途中まで正しい見方をしながら、最後に結果ありきの大転倒をしています。

まず、そもそも戦後のドイツは、「すべての罪を『私たちと違う』特別な存在に回す」ことをしてきました。ナチスの犯罪というのは、ナチズムという悪の思想に染まった特別な人たちによって行われた犯罪であり、ドイツ人の罪は、そんな悪の集団の台頭を許し、反抗しなかったことだ、という考え方です。だからこそドイツはこれまで、ナチスを究極の悪と認定し、追求することに血道を上げてきたのです。


ヴェーアマハトの扱いに見るドイツの反省


それは例えば、旧ドイツ国防軍、ヴェーアマハトの扱いを見れば明らかです。ドイツでは、反ナチス法により、ナチスを賞賛する一切の言動は法律で禁止されています。ホロコーストの犠牲者数に疑問を呈するなどという行為はもちろん、2年前には、犬にナチス式敬礼を教えたとして逮捕された人も出ました。自由主義国家とは思えない思想弾圧ぶりですが、ナチスの犯罪を軽減する行為は、原則を曲げてまで裁かれるべき超犯罪なのです。しかし、こうした態度から「あー、ドイツはすごいな。徹底して過去を反省してるんだな」と受け取るのは早とちりです。もしこうした脅迫的とも言える徹底した追求が、ドイツ人全体の過去に向けられているのであれば、ヒトラーの手先として近隣諸国を侵略したヴェーアマハトは真っ先に断罪されて当然なはずです。しかし、そうではないのです。

ヴェーアマハトに対するドイツ連邦の態度はこうです。1、ヴェーアマハトはナチスのホロコーストに関与していない。2、ヴェーアマハトは軍人としての職務を遂行しただけである。3、上級将校がヒトラー暗殺計画に荷担したヴェーアマハトは、むしろ反ナチ勢力だった・・・。というわけで、ヴェーアマハトの栄誉は守られ、50年代にヴェーアマハトの伝統を引き継ぐドイツ連邦軍、ブンデスヴェーアを創設し、堂々と再軍備しています。

ナチス式敬礼を犬に教えただけで逮捕される一方で、ヒトラーに忠誠を誓い、ポーランドを侵略し、デンマーク、ノルウェイ、オランダ、ベルギー、フランス、ユーゴ、ギリシャと蹂躙し、ロンドンに無差別爆撃を浴びせ、不可侵条約違反を承知しながらロシア征服を目指してソ連に絶滅戦争を仕掛け、サンクトペテルブルグだけでも2年以上包囲し飢餓攻めにして100万人近い死者を出した人たちの栄誉が守られるとは、あまりにグロテスクな落差です。

1995年から、「ヴェーアマハトの犯罪・絶滅戦争1941ー1944」というヴェーアマハトの罪を告発する展示会が市民団体の主催で行われるようになりましたが、展示を巡っては論争が続いています。そして当然ながら、ヴェーアマハトの犯罪に異議を唱える人は、ネオナチ認定されない限り倫理を問われることはありません。そもそも終戦から50年たつまでヴェーアマハトの罪を誰も声高に非難してこなかったのはなぜなのでしょうか?それは、 ナチスの罪=ドイツ人の罪、ではないからなのです。

というわけで、ドイツ人は自らを「ナチスの台頭を許してしまった国民」としては反省してきましたが、「犯罪を犯した張本人」としては認識してきませんでした。東亜日報の映画評にあるように、ナチスの罪を「私たちと違う」特別な人に押しつけるのをやめれば、国民全員が良心の仮借から自由でなくなってしまいます。だからこそ戦後ドイツは、「ナチス=絶対悪」というイデオロギーの構築に全力を傾けてきたのです。この映画評を書いた記者は、徹底したナチス追求を指すと思われる「ドイツの反省」と、それとは正反対に位置するヒトラーを人間として見つめる態度を乱暴に並列して、自分の好きな結論を導き出しているのです。


日本とドイツの違い

こうしたドイツの反省の仕方を、詭弁とかトリックとか呼ぶ人もいますが、ぼくはそうは思いません。こうした反省の仕方を、ドイツは決して隠してきたわけではありません。また、ナチスの犯罪を乗り越えて生きていくには、現実的にこうした方法しかありません。終戦直後にナチスの犯罪を自分の行為として受け入れ、その罪を贖うというのは、自らを滅ぼすことに他ならないからです。

一方日本では、先の大戦の日本の行為は日本人全体の行為として受け止められていると思います。だから主な戦争指導者たちは靖国神社に祀られ、東条英機をはじめA級戦犯を人間として見つめる取り組みは、書籍にしても映画にしても、大衆レベルでかなり以前から行われています。日本の戦争は根本的にナチスの絶滅戦争とは比較にならないということもありますが、日本にはナチスにあたる特別な集団はなく、戦争指導者たちを特別視できないのですからごく当然な態度といえます。

東亜日報の記者は、「デア・ウンターガング」を作ったドイツ人の態度を賞賛していますが、そのようなことは日本では常々行われてきたことです。その意味では、東亜日報の記事はここでも事実を誤認しています。

ナチスの罪を自分の罪として見つめるドイツの作業は最近ようやく始まったばかりです。大衆レベルでナチスの人間化をしてみせた映画「デア・ウンターガング」はその象徴的な出来事です。そしてこの作業は、傷つけられた側、傷つけた側双方の痛みが癒えてきた今だからこそできる作業だと思います。 総統防空壕でヒトラーとともにナチスが滅んでから60年近くたつまで、ドイツ人は、ヒトラーを同じ人間として見ること、自分の問題として引き受けることができなかったのです。
(おわり)

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2005年04月24日

デア・ウンターガングの楽しみ方2

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ヒトラーはあんなに小さくなかった

ヨアヒム・フェストとトラウデル・ユンゲの著作を下敷きに、史実に忠実に作られた Der Untergang <デア・ウンターガング>ですが、すべてが史実通りというわけではありません。そんなことをしたら2時間あまりでひとつのストーリーを語れなくなりますし、仮に作ってもマニアにしか受けない真のカルト映画になってしまうでしょう。というわけで、この映画の中にもいくつか明らかに現実と違う点があります。

まず個人的に気になったのが、ヒトラーの身長です。ヒトラーを演じたブルーノ・ガンツは背が低くて、周囲の軍人はもちろん、ゲッベルスや女性秘書のユンゲよりもずっとチビです。でもこれは事実と違います。

ヒトラーというとなぜか「チビの独裁者」というイメージがあります。 前にあげた「ライズ・オブ・イーヴィル」に出てくるヒトラーも小男でした。当時実際に「チビ」と呼んでバカにしていた人もいるのですが、多分これは誇大妄想的な野望を抱く独裁者を比喩的に貶める意図だったと思います。それに、映画「チャップリンの独裁者」の強烈なイメージのせいもあるかもしれません。

ぼくの知る限りヒトラーの身長は176センチくらいで、第一次大戦に従軍した兵士の平均身長が165センチくらいだったといわれていますから、むしろ同世代の中では背が高い方に属します。防空壕にこもっている頃は、心労から一気に背中が丸くなってしまったといいますし、周囲を固める屈強なSS隊員たちに比べれば小さいでしょうが、愛人のエヴァ・ブラウンやゲッベルスより小さいはずはありません。

ユンゲ著「最後の時まで」によれば、ヒトラーはエヴァに「猫背になっていいこともある。君と話す時にかがまなくていいことだよ」とか何とか言っていますし、小男で知られたゲッベルスに至っては、映画のように推定185センチはありそうな長身のわけはありません。身長165センチくらいと言われるゲッベルスは、ヒトラーと一緒に写っているどの写真や映像を見ても明らかに小さいです。ユダヤ人の劣等性のひとつに背の低さをあげていたナチスですが、その宣伝大臣が小さくて、しかも小児麻痺の後遺症で左足が短い身障者だったわけですから皮肉です。

ちなみに、小男で脚の不自由な方だったゲッベルスは女たらしとして有名で、女優と浮き名を馳せるなどモテモテでした。宣伝省の若い女性職員たちも憧れの眼差しを送っていました。ゲッベルスのフェロモンはどこから出ていたのでしょうか?やはり地位でしょうか?それともあのギロリとした目の奥に女性を虜にする魔力が潜んでいたのでしょうか?残念ながらこの映画の中のゲッベルスは、長身で目も落ちくぼみ、本人との共通点は痩せていることとヘアスタイルだけです。似ていなくても構わないのですが、演技を通じてもゲッベルスの魔力は伝わってきません。何しろぼくは途中まで彼がゲッベルスだと気がつきませんでした。

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本物のゲッベルス<左>と長身のゲッベルスとその家族<右>

他にもこの映画には史実と違う所がたくさんあります。側近たちに最後の別れを告げて、自殺するために部屋に入ったヒトラーが、ゲッベルス夫人の懇願でもう一度部屋から出てくるのですが、ぼくの知る限りこういった記録はありません。またそこで語ったヒトラー最後の言葉「明日になれば人は私を呪い始めるだろうが、これが運命なのだ」も、当然ここで語られたものではありません。このセリフは、ヒトラーの専属飛行士、ハンス・バウアーが、南米か日本に逃げましょうと進言したことに対する返事だったはずです。

こうした創作の最たるものは、ヒトラー・ユーゲントの一員として市街戦に参加した、ペーター・クランツ君のエピソードです。彼は完全にフィクションです。ただ、総統防空壕の外、ベルリン市街であのようなことが起きていたのは事実でしょうし、映画の手法としては間違っていません。そして、そうしたフィクション部分を含めて、この映画が醸し出す空気は、長年ヒトラーとナチズムを研究してきたヨアヒム・フェストが言うように、本物なのだと思います。ヒトラーが語る言葉もあくまで事実に基づいていて、とってつけたような恣意的なセリフは一切ありません。

ただひとつ、そうした創作の中でやり過ぎと思ったのがラストシーンです。ベルリン脱出を計るトラウデル・ユンゲがペーター・クランツ君の助けを借りてソ連軍の包囲網をすり抜け、青空の下2人で逃げていくのですが、ちょっと安易過ぎる終わり方です。2人の姿にその後のドイツの姿を重ね合わせたのでしょうが、あまりに見え見えで萎えます。

実際のユンゲは、脱出チームと散り散りになりながら最後には1人で包囲網を突破し、そうこうするうちにドイツは正式に降伏。占領下を汽車でミュンヘン近郊の親元に帰った所で、アメリカ軍に摘発されました。


主役たちは外国人

ナチスといえば極端な人種思想です。ところが、そのナチスの最後を人間ドラマとして描いた映画「デア・ウンターガング」で主役たちを演じるのはドイツ人ではありません。

まずヒトラーを演じたブルーノ・ガンツは、イタリア人とスイス人のハーフです。そしてトラウデル・ユンゲを演じたアレクサンドラ・マリア・ララは、ドイツで活躍するルーマニア人女優です。

これは、何も純粋なドイツ人でない2人を意図的に起用したという訳ではないでしょう。ガンツはドイツ語圏最高の役者としての名声を欲しいままにしていますし、マリア・ララは今売り出し中の若手女優です。

そして2人はともにピッタリと役にはまっています。

映画の冒頭と最後に出てくる実際のユンゲは、「最後の時まで」を出版した直後の2002年に亡くなっていますが、健康的で体格のいい女性でした。マリア・ララはまさにそんなタイプです。

ヒトラーは健康的な女性が好きで、姪のゲリ・ラウバルもエヴァ・ブラウンも健康的で天真爛漫な女性でした。「最後の時まで」によれば、ユンゲが秘書に採用されたのは、エヴァに似ているからだと噂されたそうで、なるほど2人の写真を見ると、雰囲気が良く似ています。映画ではそれほど似ていませんが。

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健康的なマリア・ララ<左> 若き日のユンゲ<中> 体操をするエヴァ・ブラウン<右>

エヴァ・ブラウンと言えば、死んだときは33歳。ヒトラーとは20歳以上歳が離れていました。よく「バカなブロンド女」と言われたりしますが、体を動かすことが大好きな、明るく溌剌とした女性だったようです。今であればもてはやされこそすれ、誰にも非難されたりしないでしょう。生まれる時代を間違えたとしか言いようがありません。映画の中でも、みんなをダンスに誘ったり、落ち込むユンゲを元気づけたり屈託のなさを発揮していますが、演じる女優がミスキャストで、天真爛漫を無理に演じているような感じをぬぐえません。

エヴァはたいへんな映画マニアで、自分でも16ミリのカメラを回してヒトラーの日常生活を撮ったり、自分を撮らせたりして、これは現存するものが一部公開されています。ヒトラーとつきあう前は女優になりたいと思っていたそうで、ヒトラーの恋人となってからは、偉大な指導者の伴侶として、いつの日か映画の題材に取り上げられることを夢見ていました。

未来の映画化に思いを馳せていたのはエヴァだけではありません。確かゲッベルスも防空壕の中で、「いつかこのことが映画化された時に恥ずかしくないように振る舞え」とか何とか発言していたと思います。しかし、ドイツ映画なのにヒトラーがドイツ人以外によって演じられるとは想像していなかったでしょう。ドイツは変わりました。もしかしたらトルコ系の俳優もSS隊員として出演しているかもしれません。
(つづく)

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2005年04月21日

デア・ウンターガングの楽しみ方1

ヒトラーを人間として描いたドイツ映画

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「ヒトラーを人間として描いた映画をドイツ人が作った」として、去年の秋日本でも少しだけ報道されたドイツ映画 Der Untergang <デア・ウンターガング>。日本でいつ公開されるのだろうと思っていたら、ようやくこの夏に全国公開されるようです。ドイツでは空前の大ヒットで、すでにDVDも発売されているのですが、日本でこれだけ公開が遅れるというのは、現在の日本とドイツの距離を象徴しているようにも思えます。今回は、少し早すぎるかもしれませんが、この映画の楽しみ方を綴っていきます。

タイトルのデア・ウンターガングというのは、ドイツ語で滅亡とか没落という意味で、1945年4月、ソ連軍に包囲されたベルリンの総統防空壕でのヒトラー最後の日々を、史実に基づいてドキュメンタリータッチで描いています。

原作はヒトラー研究家のヨアヒム・フェストの同名著作と、この映画の事実上の主役であるヒトラーの女性秘書、トラウデル・ユンゲの Bis zur letzten Stunde <最後の時まで>(日本語版ではズバリ「私はヒトラーの秘書だった」になっていました)で、ドイツ一のヒトラー研究家であるフェストは、「これこそ本当のヒトラーだ!」と手放しで映画を讃えています。

この映画の最大の価値は、やはり「ドイツ人がナチスを人間として描いた」ということです。ロックバンドKISSのロゴのSSの文字がナチス親衛隊のSSと同じルーン文字だということで検閲されたほどの国、タクシーを止める時右腕を上げるのもはばかられるドイツ連邦で、いかに映画とはいえ大勢のドイツ人がナチス時代のユニフォームに身を包み、「ハイル・マイン・フューラー!」と挨拶する光景はまさに60年ぶり、衝撃的なリアルさです。いかにナチスを追及しようと、ナチス時代の軍服がドイツ人に似合うのはどうしようもない事実です。

そして極めつけはヒトラーの描写です。これまでもヒトラーの登場する映画はたくさんありますが、どれもこれも似ているのはチョビ髭と毛先を垂らした七三分けだけで、ドイツ人を虜にして大戦争を起こすようなカリスマ性はゼロ。魂の抜けた人形か、がんばってもせいぜい物まね止まりでした。

2年ほど前にアメリカで作られたテレビ映画 The Rise of Evil <日本タイトル:ヒットラー>も、若きヒトラーを人間として描いて話題になったのですが、ヒトラーを演じたロバート・カーライルに魅力がなく、ウイーンでホームレスをしている頃はむしろそれでぴったりなのですが、ヒトラーが急速に支持を拡大していくあたりになると、ただやたらと冷たいだけのヒトラーになぜ人々が夢中になるのかさっぱりわかりませんでした。テレビ映画だし、英語圏の作品ではそれが限界なのかもしれません。

一方この「デア・ウンターガング」では、ヒトラーを演じたのは名優ブルーノ・ガンツで、撮影中は誰も寄せ付けず、身も心もヒトラーに成りきって演じたというだけあってすごいです。物まねにすることだけは避けようとしたそうですが、ヒトラーのラジオ演説と比べてもしゃべり方はそっくりです。これはドイツ人も認めています。

ガンツとヒトラーはルックス的には全然似ていないですし、髪がいかにも「ヅラ」なのも少し気になりますが、映画を観ているうちにヒトラーそのものに見えてきます。映画完成後、自分の演技に反省する点はあるかと聞かれたガンツは、「しかめっ面にしすぎた」と言っていましたが、逆に言えば他は満足なわけで、会心の演技だったのでしょう。

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左=本物、右=ガンツヒトラー この写真で見るとうり二つです・・・

映画を楽しむための背景

先にも言ったようにぼくは物語の背景をそれなりに知っています。その上でこの映画を観て、良くできていると思うのですが、背景をまるで知らない人が観たらどう見えるのか、楽しめるものなのかどうかはちょっとわかりません。登場人物も多いですし、それだけで混乱してしまうかもしれません。というわけで、映画をより楽しむための基本情報を以下記していきます。

1945年4月、ドイツは東からソ連、西から英米軍に挟撃されて、もう100パーセント勝ち目はありませんでした。英米軍は旧西ドイツ地域を南部の山岳地帯と北部の海岸線を除いてほぼ制圧。すでに戦略的に価値はないと見られたベルリン攻略はソ連軍にまかされました。

4月中旬に250万人を越える大軍でオーデル川を渡河したソ連軍はあっという間にベルリンを包囲。弾薬も燃料も尽きた正規軍に、年寄りに銃を持たせた「国民突撃隊」とヒトラーユーゲントの寄せ集めでは勝負になりません。

この頃ドイツの首脳は、映画の中でもゲッベルスが言っているように、英米とソ連の仲間割れに最後の可能性をかけていました。時間を稼げば英米はソ連の脅威に目覚め、ドイツを味方につけてソ連を攻撃し始めるはずだと夢想していたのです。後の歴史を見ればその読みは正しいのですが、当時の英米にとって未だスターリンは頼りになる「アンクル・ジョー」であり、ナチスは悪魔以外の何ものでもなかったのですからあり得ない話しです。映画の中に、ヒトラーが一人薄暗い部屋で机の上にかけられた肖像画を見つめているシーンがでてきますが、肖像画の主はフリードリヒ大王です。フリードリヒ大王は18世紀に起きた7年戦争で、フランス、ロシア、オーストリアに包囲される絶体絶命の状況下でも降伏せず、フランスの突然の戦線離脱とロシア女帝の死という幸運に恵まれて最後に勝利を手にした伝説的人物です。ヒトラーは大王の運命に自分を重ね合わせ、最後まで奇跡を信じていたのです。

当時のドイツ人にとって、ソ連軍はとにかく恐怖の対象でした。もともとドイツから絶滅戦争を仕掛けて、敗退するまでの間ソ連の民衆に暴虐の限りを尽くしていたのですから、復讐に燃えるソ連兵は略奪、レイプのし放題でした。ベルリンでのレイプ被害者は10万人と言われています。だからドイツ東部の住民たちはとにかく西へと逃げました。映画の終盤で、総統防空壕で生き残った人たちがベルリン脱出を計りますが、これは残されたドイツの支配地に逃れるというよりは、英米軍の占領地で投降したいという思いからです。ソ連軍に投降することは、死よりもつらい試練を意味していました。ちなみに、ヒトラー死亡後のドイツ首脳は、いかに多くの兵員を英米軍側に投降させるかということに全力をあげました。

さて、こうした全体像とは別に、この映画には事情を知らないと良く意味がわからないエピソードが随所に散りばめられています。まずヒトラーの左手です。ヒトラーが後ろで組んだ左手が、いつもプルプルと震えているのですが、これは1944年7月に起きた暗殺未遂事件の後遺症です。作戦会議中にヒトラーのすぐ脇で爆弾が爆発して死者も出たのですが、奇跡的にヒトラーは軽傷で済みました。この幸運は、ヒトラーに自分の天命をさらに確信させたとも言われています。しかしこの事件でヒトラーの左手は痙攣するようになり、威厳を保つために、いつも右手で震えを抑えるようになりました。ちなみに、事件後の粛正で、それまでは軍人としてのプライドから時にナチスに反抗的だった国防軍は、完全にナチス体制に組み入れられました。

また、この映画には食事シーンが何度も出てきますが、ヒトラーはマッシュポテトばかり食べています。これは何も食糧難でそれしかなかったのではなく、ヒトラーがベジタリアンだったからです。1931年に事実上の愛人だった姪のゲリ・ラウバルが拳銃自殺して以来肉を食べなくなった言われています。肉だけでなく酒も飲まない禁欲家でした。しかし大食漢で死の直前まで食欲は衰えず、さらに甘党だったので、最後にはかなり肥満だったようです。この映画の中でも良く食べています。自殺前の寂しい「最後の晩餐」でも食事をきれいに平らげてしまう所は、無神経な人間というよりも、人間の悲しい性に妙なリアリティを感じさせます。

そしてヒトラーと切り離せないのがタバコのエピソードです。彼は徹底したタバコ嫌いで、自分のまわりでも吸わせませんでした。当時、というか30年くらい前までは、タバコが健康に悪いという認識はまったくなく、女も男もきついタバコをばんばん吸っていました。 映画の登場人物たちもみんな喫煙者ですが、喫煙をとがめられたり、隠れて吸うシーンが何度もでてきます。副官のギュンシェがくわえタバコで書類を焼却処分している時に、知らないうちに背後に来ていたヒトラーに気づいて狼狽するところや、ヒトラーが自殺した後、みんなが一斉にタバコに火をつけるところなどは、タバコ絡みで面白いシーンです。ヒトラーは食事の後に長話する習慣があったので、その間タバコが吸えない側近たちはつらい思いをしたようです。当時どれほど禁煙が珍しいことだったかは、当時医学の最先端を走っていたドイツの医者、それもヒトラー付きの医者が、「タバコは口内の殺菌作用があるので体にいい」と主張してヒトラーのタバコ嫌いに異議を唱えたことからもわかります。それでもヒトラーは、タバコは体に悪いと頑として譲りませんでした。しかしあれほどの独裁者でありながら、タバコを禁ずることまではできなかったようです。
(つづく)

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