2013年02月10日

架空戦記に見るステレオタイプ

架空戦記というジャンルがあります。戦国時代や第二次大戦を舞台に、もしもの世界を描くジャンルです。架空戦記は世界各国にあり、Uchroniaというアメリカのサイトには、たくさんの架空戦記が紹介されています。

架空戦記というのは、一般的に文化を異にする者には面白さが伝わりにくい、ドメスティックなジャンルです。本能寺を生き延びた信長の戦いぶりや、日本軍無双の太平洋戦記をハラハラドキドキ読めるアメリカ人はあまり想像できません。架空戦記というのは、あくまで自文化圏の人たちに向けた、自文化圏の人たちにカタルシスをもたらすために書かれたエンターテイメントなのです。

さて、そんな架空戦記ものですが、先日興味本位から、日米戦争を舞台にしたアメリカ産の架空戦記を読んでみました。アメリカ人が昨日の敵をどう見て、どんな所にカタルシスを感じるのか、肩の力の抜けた大衆レベルでのステレオタイプを楽しんでみようとしたわけです。

読んだのは、去年の暮れに発売されたばかりのロバート・コンロイ著「ライジング・サン」というベタなタイトルの作品です。ミッドウェー海戦で日本が米空母3隻を沈める大勝利をあげるところから物語は始まります。



太平洋全域の制海権を握った日本は、パナマ運河を特攻で破壊し、アラスカに上陸し、ハワイ島を占領し、米西海岸を脅かします。アメリカに残された唯一の空母サラトガを沈めて講和に持ち込もうとする日本を、劣勢のUSAは知力を尽くして迎え撃ちます。

話のトーンは主プロットに恋を絡めたハリウッド調で、ちょうど映画「パール・ハーバー」のような感じです。登場するアメリカ人はみなヒーローというわけではなく、ダメ軍人やダメ政治家、そして日系人を差別する偏狭なアメリカ人たちの姿も批判的に描かれます。また主役の米軍人は日本語を解す知日派であり、日本軍人もかなり人間的に表現されます。

日本の架空日米戦記の多くは、白人レスラーをぶちのめす力道山と同じで、日本人のアメリカに対する劣等コンプレックスに働きかける構造をしています。しかし先の日米戦争にわだかまりを持たないアメリカ人は、日本を巨悪として叩きのめすだけでは心に響きません。オープンな人間性を至上のものとし、それがアメリカの国家意志と融合して大きな困難を乗り越えるときにカタルシスを覚えるのです。

しかし、そうした微笑ましくもある典型的アメリカンエンターテイメントの中にも、日本軍の嫌なステレオタイプは登場します。武士道を信奉してやたらと自爆攻撃するのはご愛嬌。捕虜の首をその場でハネまくるのも、誇張されたマンガ的表現として我慢できます。しかし「性奴隷」の登場には暗澹とさせられます。

アラスカのアンカレッジを占領した日本軍は、現地女性をことごとくレイプします。またハワイ島では、現地女性を強制的に連行して慰安婦にします。決して当時の日本人を野蛮人視しているとは思えない著者が、エンターテイメント作品の味付けとして性奴隷を描くのは、中国人や韓国人がレイシズムから性奴隷を描くのとは別の意味で深刻です。日本軍のレイプ魔ぶりはそれほどまでに浸透しているのです。

ここまで定着してしまったイメージはそう簡単には拭えません。レイプ魔の烙印を補強するには1つの事例で事足りるのに対し、反証するには10の事例が必要です。20数年かけて世界中に浸透した確証バイアスを覆すには、20年以かかると覚悟すべきです。

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2013年01月17日

過去を反省しない日本の原点

オリヴァー・ストーンの「Untold History of the United States」という本を読みました。20世紀初頭から現代にかけて、いかにアメリカが悪事を重ねてきたかを滔々と語る本です。



オリヴァー・ストーンは、リベラルというより急進左翼、社会主義者なので、内容は大いに偏っています。本書で語られる悪はアメリカ右翼の悪、すなわち軍産複合体の悪であり、逆に社会主義化を進めたF.D.ルーズベルト大統領時代はバラ色の時代として描かれます。

実際には、ルーズベルト時代のアメリカは平均40%の高関税で国内産業を守り、そのくせ外国に対してはアメリカ製品に門戸を開けと迫るジャイアンであり、世界に保護貿易レースを仕掛けた主犯でした。世界の自由主義者たちに死刑宣告を下し、「持たざる国々」を決起に追い込んだ張本人でした。

そうしたアメリカ左翼の悪も暴けば、この本は党派を超えて説得力ある「アメリカ黒書」の決定版となれたかもしれないのに残念です。

さて、そんな米帝バッシング本を読んだ後にこのような報道を目にするとあきれてしまいます。

旧日本軍の従軍慰安婦問題は「20世紀に起きた最大規模の人身売買だ」として、ニューヨーク州上下両院の議員が16日までに、被害女性らへ謝罪するよう日本政府に求める決議案を両院それぞれに提出した。…

決議案は、2007年に連邦下院で可決された日本政府に公式謝罪を求める決議を支持し「歴史的責任を認め、未来の世代にこれらの犯罪について教育する」ことを日本政府に求めている。

日本政府に謝罪要求 慰安婦でNY州決議案「最大規模の人身売買だ」

盗人猛々しいとはこのことです。米帝に他国の過去を断罪する資格などありません。たとえ日帝が組織的に性奴隷狩りをしていたとしても、米帝はそれ以上の罪を犯して頬かむりし続けています。原爆投下の罪です。

日本人が原爆について口を開くと、アメリカ人は「戦争を始めたのは日本の方だ」とか「悪虐な日帝に原爆に文句を言う資格はない」とか「本土決戦を避けるため仕方なく落としたのだ」とか反論してきます。しかし、原爆投下には日帝の悪も戦争も関係ありません。

1945年8月にはすでに戦争の帰趨は決しており、日本はひたすら敗戦交渉のテーブルにつく道を模索していました。当時の日本政府が降伏の条件としていたのは「国体護持」、すなわち天皇制存続の保障のみでした。しかしアメリカはそれを認めようとしませんでした。アメリカはただその一点だけのために、「消化試合」を何ヶ月も続け、瀕死の日本を殴り続けたのです。

そのくせアメリカは、終戦後は余裕で天皇を恩赦しました。アメリカ人からすれば、天皇制の存続など些事にすぎぬという証です。アメリカ人は、彼らからすればどうでもいい「国体護持」カードをチラつかせれば日本がひれ伏すことを知りつつ、あえてそうせず、戦争を引き伸ばしたのです。戦後の国際秩序において主導権を握るためです。

ドイツとの戦闘をほとんど一国で引き受け、ドイツを轢き潰したのはソ連です。欧州戦線の終結にあたり、ロシア人の発言権は圧倒的になりつつありました。しかし原爆投下により、米ソの立場は劇的に逆転しました。アメリカは、ただ国益のために数十万人の市民の命を吹き飛ばしたのです。

このような空前絶後の国家犯罪を、アメリカはいまだに認めようとしません。国際社会においてモラルなど存在しないことの何よりの証拠です。冷酷なレアルポリティークのダシにされた日本人は、国際政治をモラルで語ることの無意味さを思い知らされました。もし日本人が過去に対してタンパクであるなら、その理由は、広島、長崎という戦後日本の原体験にあるのです。

日本人に、「歴史的責任を認め、未来の世代にこれらの犯罪について教育する」のを求めるのであれば、日本人をモラルなき虚無的な国民としたあの出来事についてモラルが示されなければなりません。アメリカ人が「歴史的責任を認め、未来の世代にこれらの犯罪について教育」し、オバマ大統領が広島と長崎で頭を下げてはじめて、日本人はモラルの存在を目の当たりにし、請われなくても自分を鞭打つようになるのです。

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2012年11月13日

アメリカ分裂

アメリカのオバマ政権は、「We the People」というサービスをしています。どんなサービスかというと、ホワイトハウスのページで何か政策提言をして、提言してから1ヶ月以内に2万5000人の署名を集めると、政府から返答するというものです。

日本では少し前に竹島に絡む署名で話題になりましたので、ご存じの方も多いかもしれません。ちなみに「国際司法裁判所で領土問題を解決するように韓国を説得しろ」という請願は3万人以上の署名を集め、基準をクリアして返答待ちの状況です。

Persuade South Korea (the ROK) to accept Japan's proposal on territorial dispute over islets.

さてこのページでロックなことが起きています。大統領選の直後から前代未聞の提言が続々と立ち始め、盛大に署名を伸ばしているのです。

それは「☓☓州に連邦からの平和的離脱と新政府の樹立を認める」というものです。

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Peacefully grant the State of Texas to withdraw from the United States of America and create its own NEW government.

11月7日にルイジアナ州から始まったこの署名運動は、ヴァイラルで広がりみるみる仲間を増やし、今や独立運動は南部を中心に、現時点で22州まで拡大しています。

CSA?

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2012年11月09日

米大統領選の総括

米大統領選はオバマ大統領が二期目を決めました。自分はテレビを見ないのでよくわかりませんが、史上空前の接戦と謳い、現地の熱気を伝える報道もあったようです。

しかし個人的には、これほどまでに興味を持てない大統領選はありませんでした。世界の親分を決める選挙に自分も参加したいと、かつては思ったものでした。しかし今回は、もし選挙権をあげると言われても辞退したと思います。それほどまでに、今回はどちらが勝とうと同じと感じさせられる選挙でした。

経済政策的には、社会主義者などと呼ばれながらマネーゲーマーの顔色をうかがい、借金地獄で身動きの取れないオバマと、口だけ番長でもともと共和党左派のロムニーは、結果として同じような政策に着地したに違いありませんし、日米関係でも両者に差はないと言えます。違いは肌の色だけです。

さて、今回の大統領選挙を総括し、その世界史的意義をどう見るかという議論が盛んです。オバマが2期目を決めたことは、新自由主義の終わりを示すなんて言う人もいます。しかし、今回の大統領選からはより明白な傾向が見て取れます。

APの調査によれば、今回の投票者数は、2008年の選挙に比べて1400万人も少なかったといいます。アメリカでは、イラク戦争以降左右の対立が高まるにつれ投票率が伸び、オバマ旋風が吹いた前回の選挙では有権者の58パーセントにあたる1億3100万人が投票したのですが、今回は1億1700万人程度にとどまり、50パーセントを割り込みそうです。50%未満の投票率は、1828年以降3回しかない珍事です。

ハリケーンのせいではありません。投票率の低下はあらゆる州で見られました。今回の選挙では、「スイング・ステート」といわれる両党が拮抗している州に両陣営とも大半のリソースをつぎ込み、とくにオハイオ州とフロリダ州では空前の選挙祭りという様相を呈したのですが、その両州ですら投票率は低下しました。

民主党支持者はオバマに幻滅し、ただ共和党候補に勝たせたくないという動機から活動し、共和党支持者は分裂し、ただオバマに勝たせたくないという動機から活動する、「lesser of two evils」を選ぶ中傷合戦に有権者は失望したのです。

「積極的に支持する政党がない」という嘆きは、世界中で共通して見られる現象です。日本では次の総選挙でそうなるのは確実ですし、ヨーロッパ各国でも同様です。ヨーロッパでは、左派政党は社民主義を捨て、保守政党は左傾し、もはや左右の差は一切なく、従って有権者に選択の余地はありません。

日本やヨーロッパでは、主要政党は「中道よりやや左」に収斂し、左右の対立軸が消滅して久しいですが、鈍重なアメリカでは、世界のトレンドから一周遅れて左右の対立が激化していました。しかしそれもどうやら終わりで、共和党も民主党も同じ穴のムジナと認識される日が近いようです。そしてアメリカという超大国が左右対立の構図は現代に合わないと気づいた時、世界は動き、新しい対立軸の確立へと近づくに違いありません。

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2012年02月11日

クラウドファンディングで100万ドル突破

アドベンチャーゲームの著名な開発者、ティム・シェーファー氏が、ネット上でゲーム制作費を募ったところ、すごいことになっています。

シェーファー氏が主宰するゲーム制作会社「ダブルファイン・プロダクションズ」は、アメリカのクラウド型出資募集サイト「キックスターター」で、次のように出資者を募りました。

「大作ゲームを作るには大金が必要です。Xbox ライブアーケードのようなシンプルなゲームでも、200から300万ドルかかります。ディスクで売られるようなゲームになるとその10倍です。こうした大規模なプロジェクトを制作、宣伝、販売するために、ダブルファインのような制作スタジオは、パブリッシャー、投資会社、ローンに頼らなければなりません。そうした出資者は、資金を提供するかわりにゲーム制作に口をはさみ、ゲームを違う方向に歪めたり、制作をキャンセルに至らしめることさえあります」

「クラウドソースで寄付を募れば、消費者は自分が求めるゲームをサポートでき、制作スタジオはより実験的に、リスクを恐れず、誰にも妥協することなくゲームを作ることができます」

というわけで、40万ドルを目標にして入札を開始したところ、開始8時間で目標額を突破。2日目には140万ドルを超えてしまいました。キックスターターで100万ドルを超えたのは初めてのことだといいます。

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入札締め切りまでまだ1ヶ月あるので、最終的にいくら集まるのか楽しみです。

さて、こうした「クラウドファンディング」サイトは、日本にもいくつかでき始めています。「CAMP FIRE」とか「READYFOR?」などがそれです。

こういうサービスはどうしても、「既存のやり方ではお金が集められないプロジェクトに可能性を提供する」という面が強調され、チャリティなどの社会貢献活動を助けるシステムというイメージをもたれがちです。しかし今回のような現象を見ていると、クラウドファンディングの本質はそこにはありません。

クラウドファンディングは、既存のやり方でも資金を集められるプロジェクトにこそ向いているのです。たとえば大きなファンベースを抱えるミュージシャンが、完成したアルバムの提供とコンサートの無料招待を引換にファンにアルバム制作資金を募れば、目もくらむ額が集まるのは確実です。

クラウドファンディングとは、「パブリッシャー、投資会社、ローン」というレガシー・ファンディングと競合する新しい資金調達方で、社会奉仕的性格はおまけにすぎないのです。

しかしそうなると、パイを食われることになるミドルマンたち、「パブリッシャー、投資会社、ローン」はおまんまの食い上げです。指をくわえて時代の変化を眺めるだけとはとても思えません。

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2011年12月12日

日独コラボ作品としての米帝

1941年の12月11日、ドイツはアメリカに宣戦布告しました。

日本のパールハーバー奇襲により、日独伊はアメリカと戦争に突入したと勘違いしている人もいるかもしれませんが、日独伊三国同盟は防御同盟なので、ドイツに参戦義務はありませんでした。ドイツは自らの判断でアメリカに宣戦し、そしてその判断は今日、ヒトラー最大のミスのひとつに数えられています。

当時のドイツは、開戦以来の危機に立たされていました。同年6月に開始された独ソ戦で、当初楽勝ムードで進撃していたドイツ軍は、冬将軍の前にモスクワ突入を阻まれ、12月6日に初めて赤軍との戦闘に敗れました。ドイツ戦勝の可能性はそのとき潰えたと、多くの歴史家は口を揃えます。翌12月7日、ソ連のタス通信はドイツ軍潰走のニュースを世界に伝えましたが、まさにその日、日本はパールハーバーを奇襲したのでした。

なぜヒトラーは、そんな苦境の時に、自殺行為としか思えない米帝との戦争を決意したのでしょうか?

ドイツ軍の敗退により憔悴していたヒトラーは、日米開戦の報を聞いてさぞかし動揺し、苦悩したと思われるかもしれません。しかしそうではありませんでした。ヒトラーは日米開戦をグッドニュースととらえてとても喜び、「3000年間無敗の国が味方についた。もう我々は負けない」などと側近に語りつつ、対米宣戦布告を即断したのです。

ヒトラー一人の決断で次々と戦線を広げてきたドイツは、それまでは新たな敵を作るたびに、軍部は反対の声をあげ、国民は不安を露わにしてきました。しかし対米戦はそうではありませんでした。ヒトラーのみならず多くのドイツ人は、対米開戦はドイツの戦争遂行にプラスであり、マイナスにはならないと見ていたのです。

その背景には、すでに米独は事実上の戦争状態にあったということがあります。アメリカは、イギリスとソ連に膨大な武器と物資を供給していました。ドイツは両国への補給を断つ潜水艦戦を展開していましたが、非交戦国であるアメリカの艦船を攻撃できず、目の前の獲物をみすみす見逃しては歯ぎしりしていたのです。

アメリカが対日戦にリソースを振り向ければ、ドイツの負担は大幅に軽減されます。さらにここで対米開戦してアメリカの艦船に攻撃を加えれば、戦況は大きくドイツ優位に傾くと考えたわけです。

しかし今日から見れば、この方程式には重大な欠陥があります。アメリカを強大な経済力に支えられた武器庫としてのみ認識し、戦闘マシンとしてのアメリカをまるで考慮していないということです。実際のアメリカはそうではありませんでした。戦争突入とともに総力戦体制に入り、武器庫としての生産能力を飛躍的に増大させたばかりか、凶悪な戦闘マシンとして、陸海空でドイツをひき潰しました。

ドイツの対米宣戦布告の最大の理由は、この極めて単純な誤認にあります。ドイツは、民主主義という温室で育ち、軟弱で金満なアメリカ人は、悲惨な戦場に耐えられないと踏んでいたのです。もし戦場に出てきても、ファナティカルに戦うドイツ兵とは比べるまでもなく弱いと見ていたのです。

日本がアメリカに牙を剥いた理由も同じです。今からすれば、10倍以上の国力差のある超大国に戦いを挑んだのは狂気にしか見えず、戦前に対する反省はその狂気の源を探る方向に向けられています。しかし当時の人たちは十分に勝算ありと見ていました。「国貧しくて民勇敢なる日本と、国富んで兵弱き米国」が戦えば、アメリカは戦争の損害に耐えられず、やがて和平を申し出てくると目論んでいたのです。

実際アメリカの軟弱ぶりは、戦後の日本と比べても遜色ないほどのレベルでした。第一次大戦に参戦してトラウマを受けたアメリカは、以来孤立主義と平和主義にのめり込み、パールハーバーの直前でも、欧州大戦への介入に反対する声は7割近くありました。ルーズベルト政権はドイツと日本に敵意をむき出しにしていましたが、平和主義者たちの大統領批判は止むことはありませんでした。例えば日本に対する対応について、不介入主義者たちは次のような意見を残しています。

「チャイナは地理的概念にすぎず、チャイナの統一を支援するいわれはない」「日本の大陸支配は、アメリカのビジネス界に利益をもたらす」「戦争をしてまで獲得すべき利益は極東にはない」「ルーズベルトは日本を挑発することで裏口から大戦に参加しようとしている」「日本はその国民と経済を守るために当然の要求をしているにすぎない」「フィリピンとグアムは放棄すべきだ」「日本は米国の脅威とはいえず、友好関係を構築すべきだ」……。

ドイツ流の国家社会主義とアジア主義に昏倒していた当時の日本は、ろくなものではありませんでした。しかしアメリカには、そんなゴロツキですら擁護するオピニオンリーダーたちがいて、しかも決して少数派ではありませんでした。アメリカは、それほどまでに戦争を恐れていたのです。

そんな軟弱なアメリカは、現地時間12月7日の真珠湾攻撃と、12月11日の独伊による宣戦布告で、瞬時にして過去のものとなりました。脈々と続けられてきた平和運動は消滅し、最も強硬な平和主義者でさえ、すすんで戦争に協力するようになりました。

70年前の12月初旬、日本とドイツは、絶妙のコラボレーションで自らの墓穴を掘り、米帝という戦闘マシーンを創り上げたのでした。

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2011年11月16日

オバマのギャンブル

アメリカの民主党というのは「リベラル」の看板をあげた政党ですから、リベラルという言葉の持つ開かれたイメージから誤解している人も多いかもしれませんが、実はきわめて内向きで保護主義的な政党です。自由貿易フェチの共和党が各国と自由貿易協定を結ぼうとするたびに、弱者保護や環境保護を表向きの理由として、その実労組の既得権を守るためにブロックしてきた実績を持ちます。

オバマさんという人はその中でも筋金入りの保護主義者で、自由貿易の意義なんて露ほども理解しちゃいません。彼が自由貿易を讃えるとき、それは単に「アメリカの労組に都合のいい自由貿易」であって、やはり民主党であるクリントン政権時にさかんに喧伝された「グローバリゼーション」と同様に、アメリカン・スタンダードの押し付けでしかありません。

TPPというのは、そんなオバマ民主党政権がプッシュする協定です。嫌な感じです。ジャイアニズムもいい加減にしろと言いたくなります。が、ことはそう単純ではありません。

TPPというのはブッシュ共和党政権のときに動き出したアイディアで、いかにも共和党らしい自由貿易バンザイ、「産業空洞化?何が悪いの?」的な構想です。もちろん米民主党は反対でした。オバマさんも、アメリカの製造業を殺す売国的協定と厳しく批判し、政権についてからは、TPPをアメリカン・スタンダード協定に魔改造して仕切りなおす気満々で、支持者からもそれを期待されていました。

ところが、現在進められているTPPはブッシュ時代となんら変わらないシロモノです。これがどれほど奇妙なことかというと、TPP批判で名をあげた中野剛志さんが、反対派をまとめて政党を立ち上げて政権をとり、その挙句TPPに参加してガッツポーズをするような、それくらい変なことなのです。

だからオバマ政権は、各国との自由貿易協定を、非常にひっそりと進めています。韓国とのFTA締結も、日本を筆頭にTPP協議参加申込国が殺到したハワイでの出来事も、これが共和党政権なら超絶アピールしたはずですが、ぜんぜんプロパガンダしないので、アメリカのメディアはほとんど伝えません。おかげでアメリカ人は「TPP?Tea Party Patriotsのこと?」なんて始末です。そろそろ大統領選も近いというのに、党の信条に反し、支持者を減らしかねない行為にコソコソと奔走しているわけです。

その理由は、繰り返すように中国対策です。1990年代の半ばまでは、アメリカ製造業衰退の元凶として、米民主党は日本を叩くのを仕事としてきました。ところが2000年代に入ると次第にターゲットを中国に移し、今や米民主党の外交政策は「人民元の為替操作をやめさせろ」に尽きます。彼らの眼中にもはや日本はありません。

民主党の中国叩きに対し、ブッシュ前大統領は「為替操作して損をするのは中国の方だから」などとフリートレーダーまるだしの態度で受け流してきたものですが、オバマさんはそうは考えていません。最初は紳士的に、徐々に語気を荒らげて、人民元の大幅な切り上げを要求してきました。

しかし中国は米民主党の要求に屈せず、それどころか固定相場のまま人民元の基軸通貨化に向けて動き出す始末。党の信条を実現するために、そして大統領選に向けて得点を稼ぐために、もうオバマさんに後はありません。TPPとは、そんなオバマさんの大勝負に向けた伏線のひとつ、より大きな勝利を得るためにしぶしぶ払う犠牲のようなものなのです。

ペンタゴンは、中国を主敵ととらえた「エア・シー・バトル」コンセプトの発表準備をしており(Battle Plans Tempt Chill in U.S.-China Relations)、またハワイでのAPECを終えたオバマさんはオーストラリアに飛び、米海兵隊のオーストラリア駐留を発表する予定です(Obama visit signals threat of China)。南シナ海における中国軍の動きを牽制するためです。

経済的、軍事的に中国に圧力を加えつつ、勝負の山場は為替操作国認定です。今行われているオバマ大統領のアジア遠征後、米財務省は定期報告書を出すのですが、そこで中国が為替操作国に認定されると、議会の承認を得たうえで、中国からの輸入をブロックできるようになります。

そんなことになれば、中国経済は終わりです。しかしiPhoneの出荷は止まるし、アメリカにも日本にも大打撃です。だから議会で多数派の共和党は反対の姿勢を明確にしていますし、中国もそれがわかっているから、これまで余裕で構えてきました。しかし最近では共和党の中にも、次期大統領選の有力候補であるロムニーさんのように「チート国からの輸入を許してはならない」と主張する人も増えてきていますし、あとひと押しーーー例えばアメリカの威嚇に憤怒した中国の愛国派がアメリカの世論を怒らせる行動をとるなどすれば、為替操作国認定はいよいよ現実味を帯びてきます。

そうなればオバマさんの大勝利で、中国の指導層がよほどのバカでない限り、人民元は変動相場制への移行を余儀なくされます。中国が大日本帝国なみのバカなら、世界を巻き込む勝ち目のない経済戦争に突入することにはなりますが。

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2011年11月05日

米韓FTAは不平等条約か?

TPP反対の根拠として、10月に合意した米韓FTAの例をあげる人がいます。日経の記事によれば、

米韓FTAが発効してもすぐには関税率が下がらない。乗用車は韓国側が主張した「関税の即時撤廃」が「5年後撤廃」になり、商用車については「米側は10年目に撤廃。韓国側は現行10%の関税を即時撤廃」にまで押し戻された。

しかも、米側には「自動車に限定したセーフガード(緊急輸入制限)条項」が付いた。米国車に対し韓国国内で協定違反があった場合、「米側は韓国メーカーに関税を2億ドル課することができる」決まりもある。

http://www.nikkei.com/biz/editorial/

とのことで、これを読んだ人の多くは、「なんという不平等条約」「TPPもこれと同じだ」とあきれているようです。

たしかにこの部分だけ見ると、アメリカに都合のよい不平等条約です。しかしFTAで取り決めたのは自動車の輸出入についてだけではありません。

たとえばコメはFTAの除外項目ですし、牛肉の関税撤廃は発効から15年後です。また、ケブラーなどの繊維分野は明確に韓国有利で、アメリカは即時関税撤廃なのに対して、韓国は5年間関税を維持できます。ただでさえ衰弱しているアメリカの繊維業は壊滅的な打撃を受けるといわれています。

というように、全体として見れば、米韓FTAを一方的にアメリカ有利な不平等条約と呼ぶことはできません。だいたい自動車のアメリカ有利の条項にしても、現状として年間80万台の韓国車を買うアメリカに対して、韓国はアメ車を4千台しか買っておらず、そもそも韓国の年間新車販売台数は150万台にすぎないことを思えば、この程度の不平等条項はほとんどなんの効力も持ちません。

前回も書きましたが、米韓FTAはアメリカの民主党支持者の間でとても評判が悪く、十数万の職が失われるとも算出されています。オバマ大統領は、こういう条項を入れることで労組の気持ちをどうにかなだめ、まるで隠れるかのように協定にサインしたわけです(NAFTA以来16年ぶりの大型FTA締結にもかかわらず、ホワイトハウスは報道をトーンダウンさせたのです)。

オバマ大統領はもともと自由貿易協定には反対で、就任当初は米韓FTAもTPPも保留項目とし、NAFTAでさえ大幅見直しすると息巻いていました。ところが2009年の暮れから2010年にかけて大きくスタンスを変えて、なりふり構わず各国に自由貿易協定を提案し始めました。

不平等条約でアメリカを利するためではありません。そうすることを断念したからです。そんなことをしていたら、中国に交易パートナーをとられて、経済的、政治的にアメリカは大損害を被ると気づいたからです。

それはともかく、米韓FTAに話を戻すと、あれで一番大笑いしているのはアメリカ人ではなく、ヒュンダイとサムスンをはじめとする韓国企業であることは確かです。早急に経済ブロックを固めたいアメリカの弱みをついて、うまいタイミングで協定を結んだものだと感心します。

アメリカとの間に関税障壁をなくせば、競合する日本企業は早々に駆逐されてしまうに違いありません。日本政府が何もしなければ、ヒュンダイがトヨタを抜くのは時間の問題です。

韓国は小さな国ですが、普通の国ではありません。ヴォルテール風に言うなら、「ヒュンダイとサムスンは韓国の企業ではなく、国土を持つ企業なのだ」というところです。そんな国に暮らす韓国人を幸せだとは思いませんし、真似をすべきとも思いません。しかし日本の隣には現実としてヒュンダイ=サムスン二重帝国があり、日本の製造業と競合しているのです。

真にこの国の将来を憂うのであれば、米韓FTAは重箱の隅をつついて笑うネタではありません。競合する日本企業を駆逐して、世界に冠たる地位を確固たるものにしようとする韓国企業と、中国を叩き落とすために大きな一歩を踏み出したアメリカの、「肉を切らせて骨を切る」態度に衝撃を受けるべきテーマなのです。

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2011年10月30日

保護主義としてのTPP

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に反対する意見を、なにやらあちこちで目にするようになりました。加盟各国間の関税を撤廃して、自由貿易圏を作ろうというこの協定は、はたして日本に得なのか損なのか、それをここで語るつもりはありません。自由貿易を絶対悪と見なす国家主義者や社会主義者、貿易は輸出を増やしてこそナンボと考える重商主義者、あるいは協定により直接被害を被る団体に属する人たちを説得しようとすることなど、エネルギーの無駄ですし、だいたいTPPの核心はそこにはないからです。

TPPの核心は、自由貿易の推進ではありません。そのことは、オバマ政権のおかれた立場を考えてみれば簡単にわかります。

オバマ政権は、言うまでもなくアメリカ民主党の政権です。アメリカ民主党というのは、製造業の労組を支持母体とする、保護主義的な政党です。減税と規制緩和、そして自由貿易を無邪気なまでに追求する共和党とは違うのです。オバマさんはその急先鋒で、2008年の大統領選では、下記のように自由貿易協定を執拗に攻撃していました。

私はCAFTA(中米自由貿易協定)に反対票を投じたし、NAFTA(北米自由貿易協定)を支持したこともないし、NAFTAのような貿易協定は今後も支持しない。NAFTAは投資家に多大な権利を与えたが、労働者の権利と環境保護の重要性については、リップサービスをしただけだった。→http://www.citizen.org/documents/WFTC_Obama_Letter.pdf

NAFTAというのは、1994年に発効したアメリカ、カナダ、メキシコ3カ国間の自由貿易協定で、共和党のパパ・ブッシュ大統領の猛烈プッシュで実現にこぎつけた協定です。関連各国で当時喧々囂々の議論を巻き起こしたこの協定は、アメリカ民主党支持者の間では、今日まで製造業衰退の元凶と目されています。

オバマさんもその見方を共有しており、だから、共和党政権時代に交渉が開始された米韓FTAにも、就任当初は乗り気ではありませんでした。闇雲に自由貿易協定を結ぶのはアメリカの製造業を弱らせるだけだ。アメリカの労働者にプラスになるように協定を改めるべきと考えていたのです。

ところが去年、オバマ大統領は突然方針を変え、NAFTAとなんら変わらない、NAFTA批判派の言う「投資家の利益を優先し」「アメリカの労働者をないがしろにする」自由貿易協定を積極的に推進し始めました。先日合意した韓国、コロンビア、パナマとのFTAは、どこからどう見てもNAFTA型の貿易協定であり、TPPもNAFTAの焼き直しです。多くの民主党支持者は、オバマさんの変節に怒りを露わにしています。

2010年の一般教書演説で、オバマ大統領は「2015年までにアメリカの輸出を50パーセントアップさせ、200万の雇用を創出する」ことを目標としてあげました。各国との自由貿易協定=米韓FTAとTPPはその柱というわけですが、民主党支持者はもちろん、自由貿易を信奉する共和党支持者でさえ、そんなにうまく行くとは信じていません。

自由貿易は国を富ますはずですが、短期的には混乱を招くし、よく言われるように、損をした集団は目につきやすく、逆に得をした分は広く薄く分配されるので見えにくいという特徴を持ちます。にもかかわらずオバマ大統領は、決して一方的にアメリカの労働者に有利とは言えないNAFTA型の自由貿易協定を結びさえすれば、2015年までに魔法のような効果を発揮すると言うのです。なんという狂信的な自由貿易主義者、そして過去の自分の信念への無責任ぶり!

…なわけはありません。いくらオバマさんが口だけ調子のいい食わせ者だとしても、そこまでハチャメチャとは考えにくいことです。オバマさんは今でも、アメリカ民主党の伝統である保護主義的な姿勢で、アメリカの労組を満足させることを第一義においているはずなのです。

保護主義的な信念を抱きつつ、各国と自由貿易協定の締結に邁進するとなれば、答えはひとつしかありません。排他的経済ブロックの確立です。ターゲットはもちろん中国。中国さえ退場してくれれば、アメリカのブルーカラーは短期間のうちに忙しくなること請け合いです。TPPは中国の加盟も念頭に置いているということですが、それならそれでオーケー。アメリカと同じルールのもとで中国が経済活動してくれるなら、不当に安い人民元を武器に各国の製造業を骨抜きにした輸出マシンの力は大いに削がれるに違いありません。王手飛車取りというわけです。

力にモノを言わせたひどいやり方で、自由貿易の精神にも反していますが、日本にはそれをやめさせる力はありません。日本にとれる選択は、アメリカの経済ブロックに加わるか、中国と組んで東アジアブロックを作るかの二つに一つ。従って日本の取るべき道はひとつしかありません。仮にTPPが日本に多大な被害をもたらすのだとしても。

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2011年01月13日

アリゾナ銃乱射事件と分裂するアメリカ

アメリカ、アリゾナ州で起きた銃乱射事件。民主党のギフォーズ下院議員が狙われたことで、事件発生直後からあちらのマスコミは「過激な右派思想」を激しく叩き始めました。ニューヨーク・タイムズは、まだ速報のうちから、「サラ・ペイリンは、自分のフェースブックページに、ギフォーズ議員を含む民主党議員に銃の照準を合わせた画像を掲載していた」と報じ、また同紙の論説員である経済学者のポール・クルーグマンは、事件の責任はティーパーティーを始めとする右派の言説にあり!と断定しました。

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ペイリン陣営による、銃の照準をモチーフとした問題の図柄


アメリカの保守派はやられたな、と思いました。なにしろ9歳の少女も命を落とした感情を揺さぶる事件です。いくら言い訳をしたところで、たとえそれが正論であろうと、ペイリンが銃の照準をモチーフとした図柄を掲載していたのは事実ですし、これはアメリカの政治地図を一変させる分水嶺になる、そう思いました。

10日の月曜日のCBSラジオ、11日のCNNの論評などに見られるのは、「事件の犯人はメンタルな問題を抱えていた」のは確かだが「国内問題で激 しい対立を煽り、政敵がまるで外国の手先であるかのような罵倒を繰り返すような言論」が「こうした人間を暴力に追い詰めた」というようなレトリックです。 つまるところは「党派性に根ざした相手を全否定するような言論」が問題だというのです。

実にまっとうな議論で、私はアメリカに18年住んでいますが、こんな正論は初めて聞いたというぐらいの正論です。

乱射事件で一変したアメリカ政界の「空気」とは?


ところが、ハフィントン・ポストの事件記事に寄せられる大量のコメントを読むうちに、大きな「?」が浮かんできました。ハフィントン・ポストはリベラル派のウェブ新聞ですが、「ペイリンを見ているだけで吐き気がする」とか「ペイリンとその支持者は切除されるべき」とか、まさに「党派性に根ざした相手を全否定するような言論」が炸裂しているのです。新聞の中には、「犯人はペイリン」とまで書くところまであり、その同じ口で「相手を全否定するような言論は問題だ」と主張しているのですから、党派性むき出しにもほどがあります。

やがて犯人の素性が明らかになると、いよいよ「?」は決定的になりました。マスコミが右派叩きに走った理由は、被害者が有力な民主党議員であり、犯人が白人であり、犯行に使われた凶器が銃であり、その舞台が左右の政治対立が激化しているアリゾナであることにありました。以上の要因から導きだされる犯人像は「イカれた極右」です。ぼくもそう連想し、だからこそ保守派はアウトだと感じたのです。しかしその後の調べで、犯人のジャレッド・ラフナーは、ティーパーティー運動に影響を受けたどころか、アメリカ国旗を燃やすことをクールと考える、あえて言うなら極左であり、また彼は、ペイリンが登場する以前の2007年から、ギフォード議員に対する敵意を表明していたことも明らかになりました。

なるほどそれでも、民主党候補に銃の照準を合わせたペイリンはやりすぎかもしれません。そういう殺伐とした政治対立が、ラフナーのような基地外に影響したと考えることもできます。しかし物騒な表現は政治キャンペーンではよくあることで、オバマ大統領もかつて「敵がナイフを使うなら、我々は銃で対抗する」などと演説していました。また敵対議員に銃の照準を合わせるモチーフもペイリンがはじめてではなく、今回撃たれたギフォード議員は、ペイリンに狙われる以前に、こともあろうに有力なリベラル派サイト「デイリー・コス」で、方針の違いから「狙撃の対象」とされていたのでした。

Is Daily Kos Involved in Arizona Murders?


そういうわけで、当初は保守派にとてつもないダメージを与えるかに見えたこの事件ですが、時間とともにアメリカマスコミの党派性と軽薄さが浮き彫りになり、猛烈なバックラッシュを起こしつつあります。

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リベラル派にも使われていた、選挙戦における銃の照準のモチーフ


ラスムッセンの世論調査によれば、連日のマスコミ報道にもかかわらず、アメリカ人の大多数は今回の事件を政治テロではなく、異常者による犯罪ととらえています。民主党支持者でさえ、政治テロととらえる人は少数です。

Most Voters View Arizona Shootings As Random Act of Violence, Not Politics

被害者の喪が明けたとき、今回の一件で「敵」の姿をより明確にとらえた保守派と、焦燥感をつのらせる左派の対立は一層激しさを増すと思われます。もはやアメリカは、武力をもちいない内戦状態に突入したと言えるのかもしれません。

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2010年02月03日

オバマのお辞儀

去年の11月、来日したオバマ大統領は、天皇陛下に深々とお辞儀をしました。

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オバマ大統領は、それ以前にもサウジの王様にお辞儀していた“前科”があり、アメリカでは、保守派を中心に「卑屈だ」とさんざん叩かれました。あちらには日本のように日常的にお辞儀をする習慣はなく、それだけに奇異に見えるのです。

しかし多くの日本人からすれば非常に好感の持てる態度で、大統領の態度に日本と日本文化に対する理解を見たり、あるいは他文化に対する謙虚な姿勢を見たりして、とにかく総じて高評価でした。あのシーンを見て以来、オバマという人に好印象を持ち続けている人もいると思います。

そんなオバマ大統領ですが、またお辞儀をしてあちらのマスコミを騒がせています。

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今回大統領のお辞儀を受けた人は、フロリダのタンパ市長。もちろん市長は外国の要人ではなく、特にお辞儀を受ける理由もありません。

どうやらオバマ大統領のお辞儀に深い意味はないようです。

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2010年01月20日

日本以外全部沈没

アメリカ、マサチューセッツ州の上院補選で共和党のスコット・ブラウン氏が勝利し、アメリカの保守派は革命でも成し遂げたかのように興奮し、ついでにダウも2008年10月以来の高値を更新しました。

これがどれほどのことかというと、昭和的な例えになりますが、大阪で巨人の人気が阪神を上回ったようなものです。ボストンのあるマサチューセッツというところは、それほどまでに徹頭徹尾リベラルな土地で、あろうことかそんなところで、共和党の無名候補が勝ってしまったのです。

マサチューセッツ出身で、リバタリアン雑誌「リーズン・マガジン」のライター、マイケル・モイニハン氏が、ユーチューブにアップされたインタビューで、そのあり得なさをこんな風に表現しています。

この前フリードリッヒ・ハイエクのことを書いたプラカードを掲げている人を見たよ。子供の頃、新装版が出た「隷属への道」を買おうとしたけど、本屋に置いてなくて注文しなけりゃいけなかったんだ。そんな街で、「肩をすくめるアトラス」とかハイエクのプラカードを揚げた人が練り歩くなんて、ここがマサチューセッツだなんて信じられないよ。街路で共和党候補を応援するなんてもっての他で、保守派であることを公言するのも憚られた土地なのにね。

ハイエクとかアイン・ランドを例えに出しているところがいかにもリバタリアンですね。日本にいると、アメリカには上品なリベラル派と、銃を振り回す田舎者とキリスト教原理主義者しかいないように見えますが、ハイエクやランドをプラカードに書いて通じ合えるような、そういう層も存在しているのです。

そういうわけで、これでオバマ政権は事実上死亡しました。世界中のアンチ・フリーマーケット主義者を歓喜させた政権の誕生からまだほんの1年あまり、チェンジはチェンジでも逆方向へのチェンジで、アメリカは骨の髄まで保守化するに至ったのです。

経済危機を克服するために、去年の秋に中道右派を選んだドイツ国民。決然として自由を選んだアメリカ国民。さらにまもなく労働党を政権から放逐すること確実なイギリス国民。わが国の首相や財務相や金融相によれば、「市場原理主義」は終了したそうですが、どうやら世界はとんでもない方向に進んでいるようです。

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2009年09月07日

理想主義の代償

「わが闘争」のマンガ版が売れているようです。

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今あの本を読んでなにが面白いのかわかりませんが、ただあの本を読んで、ヒトラーの中に正義を見つけて勘違いしてしまう人がでてしまわないかと少し心配です。

いや、彼は正しいのです。とんでもなく正義の人です。はっきり言って100年に1人のレベルです。彼ほど国家と国民に無私の奉公を誓い、それを実践した政治家はそうはいません。しかしそれでも彼は世界に大厄災をもたらしたわけで、ヒトラーに学ぶべきことはそこにあるのです。

先入観を持たずに見れば、ヒトラーの主張は、正義と正論に溢れています。ユダヤ人差別はおかしいですが(第一次大戦後のハイパーインフレーションの中、ユダヤ系金融資本家ばかりが私腹を肥やした時代背景を考えれば、それすらある程度仕方ない部分もある)、それさえ除けば、彼の主張は今でも十分に通用します。要するに彼は、今の言葉に翻訳すれば、こう主張していたわけです。

「社会の伝統と安定した暮らしを破壊し、マネーゲーマーばかりを肥え太らせる冷酷なグローバル資本主義と決別し、文化と伝統を大切にする、公平で血の通った社会を実現しよう!」

当時のドイツの民衆は決して洗脳されていたわけではなく、そういう彼の理想に共感し、彼に希望を託したのです。そして彼は理想に向けてぶれることなく邁進し、ある時期確かに、ユートピアの実現を人々に実感させたのです。アメリカが長引く不況に苦しむのを尻目に、失業者は消え、底辺の労働者の暮らしは目に見えて良くなりました。

しかし、強引な理想の推進は現実との間に摩擦を起こしていました。その摩擦の現れこそが、強制収容所であり、破産寸前の国庫であり、戦争だったわけです。

彼は血に飢えた極悪人ではありません。正義の人です。しかし彼の訴えた正義と、彼のもたらした厄災は、同じコインの裏表なのです。

ところで、ヒトラーが正義を志すようになった動機に、もうひとりの正義の人がいます。アメリカの大統領、ウッドロー・ウィルソンです。理想主義者として知られるウィルソンは、第一次大戦末期に、正義と人道に基づいた平和な戦後体制を提案する「14カ条の平和原則」を発表したのですが、ヒトラーは後々までウィルソンを憎んでいました。

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なぜ憎んでいたかというと、第一次大戦時のドイツは、寛大で公正な戦後処理を訴える14カ条を信じて降伏し、完ぺきなまでに裏切られたからです。ヒトラーは、日本の真珠湾攻撃後になされた対米宣戦の演説でも、アメリカの悪の象徴として、ルーズベルトとならんでウィルソンをあげました。

ウィルソンの名は、歴史に類を見ない低劣な裏切りの代名詞として語り継がれるだろう。その結果、敗戦国はもとより、戦勝国も大きな被害を受けた。あの約束破りこそ、ベルサイユ条約をもたらし、国々を分裂させ、文化を破壊し、そして経済を崩壊させた原因である。今日我々は、ウィルソンの背後にいた金融家たちの存在を知っている。彼らはこの無能な学者を操り、自らの懐を肥やすためにアメリカを参戦に導いた。かつてドイツ人はこの男を信じ、その信義の代償として、政治と経済の混乱を被ったのである。

対米開戦を告げる議会演説(1941年12月11日)

ウィルソンの14カ条に対しては、日本にも特別な思いを抱いている人がいました。近衛文麿です。近衛は、ヒトラーが負傷兵として入院していた頃に、ウィルソンの理想主義を手放しに賞賛する風潮に釘を刺し、真の正義の実現を訴える論文をしたためました。

わが国またよろしくみだりにかの英米本位の平和主義に耳を貸すことなく、真実の意味における正義人道の本旨を体してその主張の貫徹につとむところあらんか。正義の勇士として人類史上とこしえにその光栄を謳われん。

英米本位の平和主義を排す(1918年11月)

近衛は、ウィルソンの人道主義を高く評価していましたが、その反面、英米ばかりに都合の良い不十分さを感じていました。結局近衛の危惧していた通り、日本の求める自由貿易や人種差別撤廃の願いは聞き入れられず、期待を裏切られた日本は、近衛の主張する真の正義の実現を夢見るようになります。

ウィルソンという人は決して、金融資本家の手先でも、厚顔な偽善者でもありません。彼ほど熱心に正義人道に基づく政治を追求し、それを声高に訴えた政治指導者は、それ以前にはいませんでした。そしてウィルソンの正義は、世界を虜にしました。ただ彼の理想はあまりに実現性に乏しく、美しい理想は、厳しい現実の前にことごとく潰えたのです。

ぼくはここに、20世紀の悲劇の種を見ます。正義という病の種です。

19世紀までの世界は、ビスマルクに代表されるように、政治といえばレアルポリティークでした。リンカーンの奴隷解放宣言は正義のためというよりも政治的判断からなされたものであり、日本の明治維新も現実主義に貫かれていました。政治家というのは、国をうまく舵取りしてなんぼのもんであり、無能な理想家などただの穀潰しでした。

しかしウィルソンという人は、実現性度外視でただただ高い理想を掲げることにより世界を酔わせ、評価されたのです。会社経営者の質が、経営能力よりも道徳性で評価されるようなもので、これは大変な価値転換です。そしてウィルソンに触発された世界は、政治における正義を、重要視するようになりました。

近衛文麿は、ウィルソンの理想を疑いの目で見ていましたが、それは実現不可能な理想だからではなく、真の正義ではないという理由からでした。ヒトラーがウィルソンを非難する理由も同じで、正義の不在を責めています。とんだ正義合戦です。互いが互いに正義を期待し、正義の純度を競い、正義でないものは罪人として唾棄する。そこでは、かつてのステーツマンに求められていた、かけひきの妙や妥協の出る幕はありません。そしてそうしたサイクルを始めたのは、正義の人ウィルソンでした。

結局正義合戦は力によるアメリカの勝利で終わり、その後の冷戦下では、東西陣営はたがいに正義を主張していたものの、その内部では正義合戦は起こりえず、また冷戦終結後しばらくは、勝利者であるアメリカの正義を疑う余地はなく、その下でかけひきと妥協のステーツマンシップが復活していました。しかしアメリカの力が衰えてきてからは、再び正義合戦が頭をもたげ始めています。

言葉ばかり美しいオバマの「チェンジ」、誇らしげに正義を旗印にする「白い鳩」、近衛ばりの正義を熱く語る「黒い鳩」、いずれの場合も、実務家としての能力は二の次で、理想家としての姿をアピールし、世間もそれを不思議に思いません。

現代はまだ、ウィルソンに始まる正義時代の延長線上にあります。今起きているのは果たして正義時代の終結前に勢いを増した炎なのか、それとも本格的な正義時代の復活の兆しなのか、後者でないことを願います。

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2009年08月19日

激しく右傾化するアメリカ

作者はなぜ匿名なのか?その理由は恐らく、ポスターが人種差別的なイメージだからだろう。

Obama as The Joker: Racial Fear's Ugly Face ワシントンポスト

このポスターが受ける理由は、人種差別意識に尽きる。

Obama 'Joker' Poster: It's All About Race LAデイリー

このポスターは、違法コピーしたフォトショップで子供が作った作品かもしれないし、中年男がメッセージを広めるために作ったのかもしれない。後者だとすればとても興味深い。なぜならグラフィティやゲリラポスターは、左派の専売特許だからだ。

フェイリーは言う。「人々の注意を引き、メッセージを伝えるというストリートアートの有用性に、ようやく右翼も気がついたのかもしれないね」

Shepard Fairey has 'doubts' about intelligence of Obama Joker artist
 LAタイムズ

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オバマ大統領をバットマンのジョーカーに模したポスターが登場したとき、アメリカのジャーナリズムはこんな調子で警鐘を鳴らしました。

そして昨日、オバマをジョーカーに模した、知性の劣る差別主義者の顔が割れました。犯人は、シカゴ在住でパレスチナ系の20歳の学生でした。

犯人のフィラス・アルカティーブは、すぐに名乗りでなかった理由をこう述べます。

大統領に対して批判的であることを公に知られるのに不安があった。特にシカゴという土地柄は「ものすごくリベラルだから」と彼は言う。

「オバマが当選したあと、まわりはまるでキリストの再来のように見ていた」とアルカティーブ。「ぼくの見方では、彼は見かけだけだ」

Obama Joker artist unmasked: A fellow Chicagoan LAタイムズ紙

イスラエル贔屓だったブッシュ前大統領はもちろん大嫌いで、共和党支持でも民主党支持でもなく、大統領選は棄権したというアルカティーブ。そんな彼が、低俗で恐ろしいイメージ作りに手を染めるとは・・・。アメリカの右傾化、人種差別の影は、こんなところにまで及んでいるのです。

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2009年08月18日

アメリカが揺れている理由

医療保険改革を巡って、なぜアメリカが揺れているのか?

その理由について説明するコラムを見つけましたが、これは誤解を誘います。

米国(の一部)が医療保険改革に反対なのは「クレージー」だからか――ニュースな英語

長いコラムをひと言でまとめれば、「アメリカの保守派は非理性的で陰謀論に染まりやすいのだ」ということです。

しかしこれでは、「保守派はバカだな」で終わりです。民主党の無謬性に立脚した、一方的すぎる見方です。

実際に起きたことはあれこれ分析するまでもありません。reddit(redditは中道左派的なユーザーが多いです)で見つけた明快なコメントを借りれば・・・

民主党は完ぺきにドジった。最悪のプレゼン。メッセージは複雑で、まとまりがなく、おかげで国民に要点は伝わらず、もちろん細かいことなんてまるで伝わらない。印象として残るのは、企業に対する公的支援と同じで、とにかく借金して大量のカネをつぎ込み、余計なお役所仕事を増やし、その結果コバンザメたちがもうかるということだけだ。


重要な政治課題に対してこれでは、失敗するのは当たり前です。民主党は、オバマ人気に頼って準備不足で電撃戦を仕掛けてコケたのです。

ところが民主党はそこでリグループしようとせずに、さらに傷を広げてしまいました。「法案が反対されるのは、反対者がバカだからだ!」と考えて、それを態度に表してしまったのです。

大物議員たちは、反対者を「ナチスだ」「非国民(アンアメリカン)だ」「アストロターファーだ*」と呼び、民主党贔屓のインテリたちは、人種問題やら文化論を持ち出したりして反対者の愚を指摘しました。

冒頭で紹介したコラムの筆者は、そうした民主党シンパの考え方を踏襲しているのですが、外国人ジャーナリストの表面的な日本批判と同じで、こんな上から目線で実験動物でも見るような分析をされた保守派からすれば、それこそ怒髪天を突くです。

「なにその自分を棚に上げた独善的なエリート意識?」ということで、保守派はますます態度を硬化させ、もともとのオバマ支持者たちも鞍替え続出で、おかげで支持率はフリーフォール状態です。

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医療保険改革を巡って露わになった民主党のエリート意識に対する疑念は、この問題にとどまらず、長く尾を引きそうです。

*Astroturfer=アメリカでは、人工芝のことを、初の人工芝球場であるアストロドームにちなんで、アストロターフと呼びます。草の根運動のことはグラス・ルーツと呼び、これは「天然芝の根」を意味しますが、アストロターファーはこれにかけたスラングで、人口の草の根運動=動員されたデモを意味します。語感としては、「プロ市民」に近いかもしれません。なお、反対派をアストロターファー呼ばわりした民主党側は、タウン・ミーティングに自派のアストロターファーを動員していたことが明らかになっています。

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2009年08月14日

異なる戦後・終戦直後のアメリカは日独をどう見ていたか?

第二次大戦終結後、米軍は、かつての主敵であるドイツと日本に大規模な占領軍を駐屯させる必要に迫られました。占領軍の任務は、戦時のそれとはまるで違います。そこで米軍は、任務につく兵士たちにむけて、占領軍兵士としての心構えを説くオリエーテーションフィルムを作りました。

ドイツ占領軍に向けては、「Your Job in Germany」、日本占領軍に向けては、「Our Job in Japan」。いずれの作品も、ドクター・スース脚本、フランク・キャプラ監督のコンビで、1946年初頭に作られました。

戦争終結後のフィルムですから、戦時中のプロパガンダフィルムと違い、敵に対する憎悪を無闇にかき立てる必要はありません。またその一方で、旧敵に対して配慮したり、偏見を隠す必要もありません。そういうわけで、この2本のフィルムには、ドイツ人と日本人に対する、当時のアメリカの本音が色濃く表れているといえます。

さてまず「Your Job in Germany」の方ですが、この作品は、占領軍の兵士のみならず、一般にも公開されて好評を博しました。そしてその内容は本当に苛烈です。今でこそ、悪いのはナチスで、その他大勢のドイツ人に罪はないとされていますが、このフィルムは、問題はナチスだけでなく、ドイツ人そのものだとしています。



君たちの任務は、未来の戦争を防ぐことだ。今ドイツは無害に見える。ヒトラーは去り、鉤十字は去り、ナチのプロパガンダは止み、強制収容所は開放され、そこには廃墟と美しい風景が広がる。しかし惑わされてはいけない。君たちは敵国にいるのだ。君たちは観光客ではなく、ドイツの歴史と相対しているのだ。その歴史は、1人のフューラーにより書かれたものではなく、総体としてのドイツ人により書かれたものだ。

フィルムはこう始まり、ナチスの征服戦争を、ビスマルク時代、第一次大戦時代のドイツとの延長線上に描きます。そして、戦間期のドイツ人は、平和的に振るまい周囲を油断させるが、ほとぼり冷めると正体を現して、世界征服を企むといいます。だから結論はーー

すべてのドイツ人はトラブルの種だ。従ってあらゆるドイツ人と友好を結んではいけない。ドイツ人は我々の友人ではない。女、子供を問わず気を許してはならない。公の場はもちろん、プライベートでも気を許してはならない。家を訪ねたりして、信用してはいけない。いかに友好的でも、いかに反省しているように見えても、いかにナチスの崩壊を歓迎しているように見えても、彼らの握手の求めに応じてはならない。それは握ってはならない手なのだ。


その後冷戦の勃発によりアメリカは占領政策を変更しますが、アメリカ人のドイツ人に対する不信と憎悪、偏見は、これほどまでに大きかったのです。

では一方の「Our Job in Japan」はどうなのか?

黄色人種の日本人に対して、偏見の限りをこれでもかとばかりにぶつけるかと思いきや、そうではありません。

この平和が維持されるかどうかは、7000万人の日本人の取り扱い次第だ。占領軍として日本人をどう扱うべきか?占領軍として、元兵士たちの父、兄弟、母、親類、そして軍服を脱いだ元兵士たちをどう扱うべきか?指導者の命令に盲目的に従うよう教育され、文明人なら目を覆うような野蛮を働いた彼らをどう扱うべきか?彼らを操る軍人たちは消え、日本人はまたトラブルを起こすかもしれないし、正気になるかもしれない。我々は、彼らを正気に戻すことにした。そしてその仕事は、日本人の脳から始まる。我々の問題は、日本人の脳なのだ。


こう始まる「Our Job in Japan」は、「日本人の洗脳を解き、再教育する」ことをひたすら訴えます。

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7000万人の脳に正しい考えを注入せよ

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軍人により注入された選民意識を破壊せよ

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友好的に振る舞い、アメリカ思想の魅力を伝えよう



これはこれで大問題で、その弊害は今でも残りますが、作品中に無垢な子供たちのカットを何度も挿入するなど、昨日まで殺し合いをしていた相手に対する態度としては驚くほど寛容です。実際マッカーサー将軍は、あまりに寛容すぎるということで、このフィルムを兵士に見せませんでした。

ドイツ人に対する、「我々の任務は再教育することではない。良いドイツ人も悪いドイツ人もなく、もう絶対にトラブルを起こさないと確実にわかるまで、彼らを認めてはならない」という態度と、日本人に対する、「おかしな思想を抱く日本人には厳しく、良き思想を抱く日本人には優しく。友好的に振る舞うことで、日本人を良き方向に導かなければならない」という態度。同じように殺し合いをした相手に対する態度の違いはどこから来たのか、興味深いことです。

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2009年08月11日

Why So Serious?

今月初め、ロサンゼルスにオバマ大統領をバットマンに出てくるジョーカーに模して批判するポスターが出現し、結構な騒ぎになりました。

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警察の要人は、「大統領を悪魔や社会主義者と表現するのは、政治的なパロディを超えている」とポスターの制作者を批判し、識者の多くは「悪意に満ちており、危険だ」と憂慮しています。

こう言われると、「確かに」と頷いてしまう人も多いと思いますが、次の画像を見ると、おかしなことに気づくはずです。
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2009年08月06日

世界を動かすのは結局セックスである。

クリントン元大統領が北朝鮮に飛び、2人の米人女性記者を連れて帰りました。裏取引について危惧する声もありますが、アメリカのテレビ局は基本的に感動物語として伝えており、感動に水を差すコメントをしにくい状況にあります。

しかしよく考えてみると、2人は別に拉致されたわけではありません。かのゴアさん経営のテレビ局の取材中に北朝鮮の法に触れ、それで逮捕されたのです。日本とは違う不可解な法に触れて外国で逮捕され、禁固刑に服している日本人はたくさんいますが、それと同じようなものです。彼女たちは、「12年間の労働矯正」に服しても文句を言えない立場にあったのです。

しかし今回、アメリカは元大統領という超大物を派遣し、北朝鮮の温情で特別に連れ帰ることを許してもらいました。国民を守る国の仕事としては立派ですが、外国で刑に服す国民全員のためにここまでのことはできないですし、感動してもいいけれど、それで塗り尽くされてしまうというのはやはりおかしいと思います。

こういう状況になるのは、2人のイメージのせいです。

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上は2人が逮捕されたときに世界に配布された写真ですが、左のユナ・リーさんがしなを作っていて、いやにセクシーです。実際のユナさんはこんな風ではありませんが、一番アピールする写真を選んだのだと思います。右側のローラ・リンさんは典型的な美人には見えないかもしれませんが、ローラさんのお姉さんはルーシー・リューに似た(アメリカ人から見た)美人キャスターとして有名で、ローラさんのイメージは、お姉さんにダブるのです。

そういうわけで、2人のイメージは「か弱いカワイコちゃん」なのです。もし2人が冴えない2人のオッサンだったら、救出劇に対する批判の声はもっと大きかったでしょうし、そもそも元大統領を派遣してまで救おうとしなかったに違いありません。

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2009年07月29日

逆噴射するオバマの解決策

「黒人」の教授を「白人」の警官が妙なシチュエーションで連行したことをオバマ大統領が「愚かな行為」と指摘し、大騒ぎとなったので「ホワイトハウスで3人でビールを飲むこと」を提案して人種和解を呼びかけた事件の続報。

オバマ大統領の問題解決能力を讃える声も一部で聞かれますが、ゲーツ教授のいかがわしさが明らかになるにつれて、事件を人種差別のコンテキストで語ろうとするゲーツ教授の側に立つ大統領に対する批判は、沈静化するどころか高まる一方です。

オバマ大統領が自らの過ちを認めようとしない中、CNNは、「黒人」のゲーツ教授に手錠をかけた「白人」のクローリー巡査部長の名誉を守ろうと声をあげるケンブリッジ市警の様子を伝えました。

「この件から学ぶべき教訓は、結論を急がずに事実を検証することの大事さです。ゲーツ教授は人種差別という効果的な煙幕を張りましたが、この件はそれとは関係ありません。大統領の態度は残念です。彼を支持し、投票しましたが、もうしません。大統領が友だち(ゲーツ教授)思いであることは結構ですが、過ちを認めるべきでした」

Cambridge cops support Crowley(ビデオ)

インタビューに対する「黒人」のキング巡査の応えです。

黒人女性が中傷覚悟でテレビで「もう支持しない」と語ること、そして「オバマサポーター」のCNNがこういう論調で伝えていることから、オバマ大統領の解決策がぜんぜん成功していないこと、また彼のカリスマパワーが衰えていることが見て取れます。

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感極まってキング巡査と抱き合うクローリー巡査部長


ちなみに、ケンブリッジ市警を始めとするクローリー巡査部長擁護派の多くは、決して大統領に敵意をむき出しにしているわけではなく、「大統領を110パーセント支持している」というクローリー氏本人をはじめ、あくまで円満和解を求めています。ギブス報道官によれば、「ホワイトハウスで3人でビールを飲む」というのもクローリー氏からの提案だったということです。

こうした状況を見ていると、古い人種差別の色眼鏡をかけた大統領の失策とそれに対する反発から、本当の人種和解が自律的に起きているようにも見えてきます。そういう意味でこの事件は、人種問題の歴史における金字塔になるかもしれませんが、ここでの大統領が「ヒール役」であることは言うまでもありません。

3人によるホワイトハウスでのビール会談は30日の午後6時に行われるそうです。

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2009年07月28日

オバマの問題解決能力に対する疑問

自分の家の鍵を忘れ、鍵を開けようとしていた黒人の教授を逮捕し、手錠をかけた白人の警察官を『愚かな行動をした』stupidと発言し、白人から猛反発を受けたオバマ大統領。


はてなあたりでかなり人気を呼んでいる記事の書き出しです。

こんな書き方をしたら、そりゃオバマ大統領スゲーということになります。stupid を stupid と呼べない病んだアメリカ社会。でもぐっと自分を抑えて、stupid な白人警官を被害者の黒人教授とともにホワイトハウスに招いて、「3人でビールを飲みながら語ろうよ!」とやったオバマ大統領はカッコいいな、とそうなります。

でも、この出来事はそんな1960年代か70年代風なわかりやすい差別物語ではありません。いろいろなことが二重三重にねじれて、それこそものごとを白か黒かで判別できなくなった、いかにも現代的な出来事なのです。

この問題の本質は、上に引用した短い文の中に、3箇所も「黒人」と「白人」という言葉がでてくるところにあります。

実際に起きたことは、警官が何人だろうと、教授が何人だろうと関係ないことでした。なのにそれが人種問題になってしまったということが問題なのです。

オバマ大統領の知り合いでもあるゲーツ教授は、通報を受けて現場に現れた警官に対していきなり「オレが黒人だから疑うのか!」と激昂し、警官を路上に連れ出して「どんな親に育てられたんだこの差別野郎!オレを誰だと思ってるんだ!」などと延々と騒ぎ続けました。

こうした現場の状況に加え、手錠をかけた警官は、racial profiling (人種偏見による誤認捜査)防止の講師であり、現場にいた警官は彼のほかにヒスパニック系と黒人の3人でした。黒人大統領の治めるアメリカの、黒人知事の治めるマサチューセッツ州の、黒人市長の治めるケンブリッジ市で、黒人教授を巡って起きたこの事件は、クラシックな人種問題にはまるで当てはまらないのです。

それなのにオバマ大統領は、事情をよく把握していないうちから事件を「人種差別」の色眼鏡で見、警官の行動を「愚か」と定義して、何てことはないボヤにガソリンを注いでしまいました。

「ホワイトハウスでビール」というのは、とにかく迅速に対応したという点では悪くないのかもしれません。しかし、それが失策をプラスに変えるほどのファインプレーかというと、大いに疑問です。

この事件を語るとき、冒頭にあげたような書き出しをするような人から見れば大ファインプレー以外のなにものでもないはずです。事件の渦中にいるゲーツ教授も、「この事件はアメリカの人種問題の歴史において根源的な教訓になるかもしれない。ケンブリッジ市警には、私とともにその方向に向けて協力してくれることを心から願う」と大いに満足して招待を受けました。

しかしそうではない人から見れば(この問題については、ゲーツ氏を愚か者と見る、そうでない人が党派を超えてとても多いのですが)、厚顔無恥な問題のすり替えに過ぎません。

なにしろオバマ大統領は、「ホワイトハウスでビール」について語った会見で、警官を「愚か」と呼んだことについて言葉の選び間違いを認めたものの、発言自体を過ちと認めることもなければ、全米に向けて「愚か」とつるし上げた警官や、その延長で差別主義者と非難されている最初に通報した住民(彼女は通報時に人種に関する発言はしていませんでした)に対して謝罪もしていないのです(謝罪をすればゲーツ氏らのシンパから反発をくらうことになります)。

自分の不用意な発言でボヤを大火災に変え、問題はそこにあるにもかかわらずボヤの方に焦点を移し、ミスを犯したことを認めずになんとなく謝ったように錯覚させるその巧妙な話術はたしかに見事です。

こうしたやり方でもしオバマ大統領が失策をプラスに変えることに成功できたならば(そうはならないと思いますが)、そこから学べる教訓は、今の世の中では、愚直にミスを認めて謝ることは何の得にもならず、ルックスとイメージを磨いてまわりを見方につけ、巧みな話術で問題をすり替えた者勝ちということになるのではないでしょうか。

ぼくはオバマ大統領の会見よりも、渦中にいる警官のいかにもプロらしい冷静実直なインタビュー受け答えに感銘を受けました。英語が分かる人はぜひ見てみてください。


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